列車が停止してからどれくらい経っただろうか…。
小火もあり、いつこの列車が燃え落ちるかも分からない。
だが、玲奈はそんな中で必死に腕を動かして、どうにか列車外に出ることが出来た。
そこは駅のホーム…と呼ぶには些か不可解な場所であった。
線路はそこで終わっているが、どう考えてもこのシベリア鉄道が止まりそうな場所ではないのだ。
「サンクト=ペテルブルクでもないし、モスクワでもない…。どこなよ、ここ…」
そう呟くと、プシュゥと空気が抜ける音がしたと思えば、ポッカリと横穴…というより、綺麗な通路が開いた。
相変わらずのことだなと思いながら、行く宛もない玲奈はその通路に足を踏み入れる。暫く歩き、広い場所に出た。
壁は真っ白の金属。いくつか支柱が立っているが、視界の邪魔にはならない。
ゆっくりと周りを眺めていると、バンと電気が一斉に付き、玲奈の全身を眩しく照らす。
『上から失礼するよ』
声がして、玲奈は上を向く。
窓ガラス越しに見えたのは血塗れの白衣を来た初老の男…。
少なくとも玲奈は見たことがない。
「随分と手間のかかることをしたものね。私1人の瞬間を狙って…。いい加減まともな休暇をくれないかしら?」
『生憎さま…君は我々だけでなく、様々なテロ組織からも注目されているんだ。休暇をするつもりなら本当の僻地に行くことだな』
「そう…。私も有名人になったことね」
「さて、お喋りもそこまでだ。竜馬の雇主が望んでいる実験を開始しよう」
竜馬という言葉に一瞬気を取られたが、すぐにその思考は部屋の中央から聞こえた大きな騒音に掻き消された。
天井からドシンと落ちてきたのは、肩にロケットランチャーを担ぎ、白い装甲を身に纏ったタイラント…と表現したら正しいだろうか。
そいつは玲奈を赤く光る目で視認すると、態度が一変した。
「れええええええなああああああああああ‼︎‼︎」
「⁈」
タイラントが喋るなんて初めてだった。しかもきちんとした日本語だ。
そんな雄叫びを上げながら突進して来たタイラントはロケットを担いでいない方の腕で掴むと、壁に叩きつけた。
「ぐはっ‼︎」
そのまま何もせず…暫く玲奈の顔を逆撫でするようにジロジロ見てくるタイラント。機械の面を被っているから、どういう顔かは分からない。
それから一気に投げ飛ばし、担いでいるロケットを玲奈に向ける。
「くっ!」
玲奈は支柱の陰に隠れて、ロケットをやり過ごす。
しかし威力は凄まじく、支柱の陰にいても爆風で吹き飛ばされる。
そこを突いて、タイラントは玲奈の方に向かって跳躍する。
いつまでもやられる訳にもいかない玲奈は、粉々になった支柱の破片を掴んで横に転がって追撃を避ける。
「このっ…‼︎」
そこから玲奈は逆にタイラントに跨り、奴の首元にその破片を突き刺す。血がブシャッと飛び、苦しむタイラント。
更に顔を覆う金属のマスクに手をかける玲奈。
いい加減にこのムカつく野郎の顔に弾丸でも破片でも何でもいいから、ズタズタにしてやりたい気分だった。
そして、皮膚と軽く張り付いたマスクを無理矢理外した玲奈だったが、そこで玲奈の身体は硬直した。
「嘘……どうして…なんで……あなたが……」
玲奈の眼前に見える顔は…東京事件で死んだはずの竜也だった。
その光景を見ているディルク・ミラーは薄笑いを浮かべていた。
あのタイラントは竜馬の兄、竜也の細胞を使って再構築した生物兵器…。何故あるのかは置いておいて、奴は今玲奈のことだけを狙う殺戮マシーンになっている。
跨っていた玲奈を突き飛ばし、態勢を立て直す竜也。
その様子から見ても、玲奈は動揺を隠せていない。
このままやられれば……と思っていると、突然ディルク・ミラーの背中に鋭い痛みが走った。
「ぐはっ⁈な⁈」
振り向くと、背中にはナイフが突き刺さっており、その柄をしっかり握った竜馬も見えた。
ガタンと壁に体重を乗せて、息を荒くするディルク・ミラーは竜馬に叫ぶ。
「な、何をする‼︎」
「なあに。これも命令さ。アリエスは兄さんの細胞とお前の抹殺を命令した。それだけさ」
そう告げて、竜馬は一気に向かってくる。
ディルク・ミラーは抵抗することも出来ず、竜馬の毒牙に搔かれた。
お互いに距離を取る玲奈と竜也だが、玲奈の目は泳いでばかりであった。数年前…ヘリの下敷きになり、核ミサイルで肉片が残らないくらい粉々になったはず…。
なのに……どうして…。
そう考えていると、突然轟音が鳴り響いたと思えば、竜也の身体が吹き飛んだ。
「!竜馬…!」
散弾銃を持った竜馬が悠然とこちらに向かってくる。
「こいつが何なのか、知りたいだろ?」
「………」
「言わなくても分かるだろうが、こいつは俺の兄から出来てる。あの核が落とされる前に、細胞だけ盗んで生き抜いたクソ野郎がいてな…。だから今もあるのさ。何はともあれ…」
竜馬はもう一度散弾銃をぶっ放し、腹を抉る。
「何を…してるの?」
「俺の目的は変異した兄貴の細胞入手…。生きている必要はない」
そう言って、心臓に散弾を撃ち込もうとする。
その光景を見ていられない玲奈は…丸腰で竜馬を止めようとする。
「やめて‼︎彼は…‼︎」
だが…。
ダァン‼︎
「ごふっ…‼︎」
散弾が玲奈の腹を直撃し、距離を取らせる。
そして…床の上で蹲ったまま動かない竜也に銃口を向ける。
竜馬は無言のまま、散弾銃の引き金を引いた。
竜也の巨体に大穴が開き、絶命する。
「実の…兄を…殺して…何も感じないの⁈」
怒りを露わにした玲奈の問いに竜馬は冷めた目で答えた。
「別に…俺はお前が死のうが先に逝った兄や妹だろうが、何も感じない。むしろ……“死んだ方が嬉しい”かな…?」
微笑を浮かべた竜馬のこの発言に…玲奈の中で何かが切れた。
抉れた腹を抑えながら、玲奈はそれでも立ち上がり、竜馬に向かっていく。
「竜馬あああああああああああああああ‼︎‼︎」
「うるせえよ」
竜馬はまた散弾銃を向けたが、玲奈と竜馬の間に突然触手が走る。
「何⁈」
それは死んだはずの竜也の身体から出てきていた。
しかも…その触手は天井へとへばり付き、身体からも巨大な物体が飛び出て来る。
「…全く、ミラーめ…面倒なことをしやがって…」
竜也の身体は異常を遥かに超えていた。
下半身はもはや失い、上半身だけが異常なまでに活性化、腕は1番肥大化している。
「ここはもう持ちそうにねえな…。玲奈、今度は故郷で会おう。そこで決着をつけてやるから…覚えとけ」
竜馬はそれだけ言って、逃げるように通路を駆けていった。
「竜馬!くっ…」
完全変異を遂げた竜也は自慢の豪腕で天井を突き破り、地上に向かおうとする。玲奈にはそれを止められず、竜也はさっさと地上へと赴き、玲奈には大小様々な瓦礫が降り注ぐのであった。
海翔と紗枝が乗るヘリかも見える。
横転した列車…揺れる地面。そして、姿を現す完全体竜也。
大きな腕を振り上げ、背中から出ている触手を振り回す。しかも、触手の先端からは赤色の光線が出て、金属も岩石も何もかもを焼き切っていた。
「あれは…!」
「ここはBSAAの最新兵器を使うぞ‼︎」
ヘリに掛けられた特殊な形をした銃を持ってきて、構える。
これは電磁加速砲…通称『レールガン』である。
BSAAが生み出した最新兵器で、どんなBOWも殺せる優れ物だと研究員は豪語していた。
早速それを実践活用しようと海翔は思った。
「発射準備出来たら撃つぞ!紗枝、奴の気を引いてくれ‼︎」
「OK!」
紗枝はガトリングを竜也に浴びせる。
もちろん紗枝も海翔も今戦っているのが、竜也の細胞で作られた怪物だとは分かっていない。
構わず撃つのだが、それを止めようとする玲奈の姿があった。
「やめて…殺さないで……。彼は…竜也は……」
彼女は未だに未練が残っている竜也が死ぬところを…もう一度見たくなかったのだ。
必死に叫ぶが、掠れ声でヘリのローター音と銃声で掻き消される。
しかも玲奈自身も天井の崩壊に巻き込まれ、身体はボロボロだ。
まともな部位を探す方が大変な程、重傷だった。
「やめて…やめてえ…」
フラフラと歩き、巨大化した竜也に近付く玲奈。
それに気付いた海翔はすぐにレールガンを発射する準備を整える。
「撃つぞお‼︎頭を吹き飛ばしてやる‼︎」
海翔は引き金に指をかける。
竜也は触手を向けて、海翔たちを殺そうとする。
その前に…海翔が撃ったレールガンの弾が竜也の頭を貫いた。
意図も簡単に電磁砲は竜也の頭を吹き飛ばし、その先の地面にも着弾して爆発を起こした。
そんな光景を…玲奈は虚な目で見ていた。
竜也の身体が倒れると同時に…玲奈も崩れ落ちた。
「………」
愛していた人の死を2度見た玲奈の心は…もう崩壊していた。
そして…新たな心も芽生え始める。
復讐心だ。
「…さない」
「玲奈!良かった‼︎無事だった……」
ヘリから降りた紗枝と海翔が駆け寄ると、ブツブツと呟く玲奈に近寄り辛くなった。
「…玲奈?」
「絶対……殺してやる…!殺してやる‼︎殺してやる‼︎‼︎」
もはや狂気に飲まれていた。
暫くそんな風に壊れた玲奈を見ていた紗枝たちを横目に…玲奈はさっさとヘリに乗り込む。
玲奈の望みは1つだけだ。
竜馬の雇主を……竜馬を…確実に殺すことだ。
次章…IF STORY最終章‼︎