タイラントは竜馬と薺を視界に捉えると、一言も呟くことなく二人に向かっていく。二人は取り敢えず…本当にあまり期待せずに拳銃を撃つ。しかし、銃弾は奴の灰色のコートが悉く弾き返してしまう。
「防弾か…!」
「こんな化け物…どうしたら…!」
タイラントは筒の入れ物から出て、ゆっくりと足を前に踏み出す。竜馬は筒に潰された薺のハーレーを見て、そこに拳銃を向けた。
「走れぇ‼」
竜馬はハーレーのガソリンに発砲した。そしてすぐにガソリンは引火し、巨大な爆破が起きる。竜馬は薺を抱えて思いっきりジャンプした。ハーレーの残骸がカラカラと落ち、完全に吹き飛んだ。それを見た薺は竜馬の胸ぐらを掴んだ。
「何してんのよ!私の愛車を!」
「もうぶっ壊れただろうが!今更気にすんな!…って…」
竜馬は炎の中に立っている巨大な影に目を見張った。タイラントはあの爆破をまともに受けても、竜馬たちの前で仁王立ちしていたのだ。
「薺!立て!」
竜馬が薺を立たせると、タイラントは拳を握り、それを振り下ろした。ドカン‼…と、地面が軽く揺れる程の衝撃が二人の足元に響いた。タイラントのパンチは堅いコンクリートを容易に粉砕する力を持っていた。今、目の前でそれを見てしまった二人は更なる恐怖に身体を震わせた。
「嘘だろ!」
「今は逃げましょう!」
そうは薺は言うが、竜馬は別の考えを持っていた。あいつ…タイラントは自分が誘き寄せて、一人で相手にする…というバカげた考えだ。竜馬自身も馬鹿なのではないかと、言いたくなる。
だが、あの驚異の力を見てしまうと、女性である薺を守りながら逃げるのは無理だと思った。今は乗り物もない。いや…あったとしても追いつかれるだろう。
「竜馬!どうするの⁈」
「……俺が囮になる…。先に逃げろ」
「⁈何言ってるの⁈あんなの相手を一人でなんて馬鹿げてるわ‼私も…!」
「それなら尚更だ!奴を誰かが引き止めないと、俺たちはおろかここにいる生存者は皆殺しだ!」
竜馬が思った以上の声を上げたために、薺はしゅんと縮こまってしまった。彼女も、あのタイラントを相手に戦いたかったが、あの異様な圧力を放つ奴には立ち向かえそうにはなさそうだった。
薺はギイッと歯を食いしばって、情けなく思いながらも、竜馬とは別の道に入っていった。それをタイラントは見ていたが、竜馬は奴のターゲットを自分に向けさせるために、無駄撃ちと分かりながらもコートに穴を空けていく。
「こっちだ!コート野郎!」
タイラントは白い目をこちらに向けた。そして、近くにひっくり返っていた車を、意図も簡単に持ち上げると、竜馬に向かって投げてきた。まさかの行動に竜馬は横に飛び出すしかなかった。車は竜馬のすぐ横を転がっていき、爆発する。
「あの野郎…」
しかし、これだけで終わらない。タイラントは更に車を持ち上げて投げる。竜馬は堪らず、前に向かって走り出す。車は何台も彼の後ろを滑ってくる。ちらりと後ろを振り向くと、前方にいたアンデッドを蹴散らすか、身体を粉々に引き裂くかして、竜馬に猛スピードで近付いてくる。そして、奴の拳が竜馬に向かってくる。
「……!」
拳は建物の壁にめり込み、それを引き抜くと建物はガラガラと崩れ落ちた。
「まじかよ…!馬鹿力かよ!」
竜馬は咄嗟に建物の陰に隠れた。ここがビルで囲まれていたのが唯一の救いだ。タイラントは、見失った竜馬をゆっくりと歩きながら探す。息をするだけでも見つかるのではと緊張する竜馬。
さっき薺にあんな大口を叩いたが、実際、奴を倒す案は思い付いていない。荒い息を整えながら、これからどうするか考える。
「落ち着け…落ち着け俺…。いくらあんな筋骨隆々野郎でも、頭は防御しないと死ぬはずだ。だから……運よく……落とせそうなものはないのか…」
少しだけ顔を出して、辺りを伺う竜馬。すると、自分の真上に丁度良いものがあったのだ。時計だ。しかも、かなり良い大きさ。だが、見つけたはいいが、どうやってこれをぶつけるかだ。
「ここに誘き寄せるには……」
考えていると、突然竜馬が背を預けていた壁が崩れ、そこから人一倍大きな腕が伸びてきた。
「なっ⁈…ぐっ⁈」
タイラントは竜馬を掴むと、自慢の握力で、ギリギリと竜馬の身体を締め上げる。がっちり掴まれた竜馬は逃げられず、身体がどんどん再起不能になるのを待つだけだった。
その時…一人の女性の声が響いた。
「竜馬!」
竜馬が後ろを振り向くと、そこにはさっき逃げたはずの薺が足を震えさせながらも戻ってきていた。竜馬はここで上を見上げた。そこには時計が外れそうになっている。竜馬は絞り出すように、声を上げた。
「くっ…薺ぁ!あの時計を撃ち落とせ‼」
「時計?」
薺は一瞬どれのことを言っているのか分からなかったが、竜馬がアイコンタクトして、漸く見つけられた。が…
「ダメよ!その位置だと、竜馬も…!」
「構う…か!さっさと……や、れぇ…‼」
薺はあの時計の落下に竜馬が巻き込まれるのではないかという恐怖に負けそうになった。
が、このままでは竜馬はタイラントに殺される…。それなら……。
「うわああああああ‼」
絶叫を上げながら、薺は引き金を引いた。銃弾を受けた時計はぐらぐら揺れ、金具の支えに耐えきれず、真下に落下する。タイラントは気付いていない。
「いける‼」
「食らえ‼コート野郎‼」
そして……時計はタイラントの頭頂部に命中する。運が良かったのか、竜馬には欠片の一つも当たらなかった。タイラントは暫し硬直してから、竜馬を離して倒れ始めた。薺も倒したと思って近づこうとする。が…こんなことでこの巨漢を持つタイラントが死ぬはずがなかった。怒りの目を地面で噎せている竜馬に向け、再び掴み上げると、今度は思いっきり投げ飛ばした。
「りょ、竜馬‼」
竜馬は道路の上を勢い良すぎるくらいに転がる。あまりの衝撃に意識を失いかける程の威力だった。勢いが弱まり、漸く止まった時、竜馬の視界に赤いものが写った。
それは自分自身の血だった。投げ飛ばされた時、頭を強く打ったから、その衝撃で出血したのだろう。俯せの竜馬はすぐに立ち上がろうとするが、足腰に何故か力が入らない。薺が竜馬の傍に寄ってくる。
「馬鹿……!早く、逃げ…ろ…!」
「嫌だ!私はいつもそう…‼怖くなったらすぐに腰を引かして逃げてしまう…!だから…竜馬みたいに…兄さんみたいにどんな奴にでも立ち向かえるようになりたいの!だから私は…逃げない‼」
薺はやけになって拳銃を撃つが、恐怖に腕が震え、弾が当たらない時もある。こんな状態じゃ、薺は戦えそうにない。竜馬は身体を起こそうとするが、どう頑張っても顔を地面から20cm上げれるか上げれないかくらいだった。タイラントは徐々に竜馬たちの前に近付き、腕を大きく振り上げた。両手を重ね、天に上げた腕を振り下ろそうとしている。それを見た薺は竜馬の上に覆い被さり、守ろうとした。
そして、二人が覚悟した時、降ろされ始めた腕が唐突に止まった。
タイラントは通りの向こうを見ている。薺と竜馬も同じ方向を見詰める。段々と、車のエンジン音が大きくなり、瓦礫を突破して一台の車が飛び込んできた。タイラントが視線を外した隙に薺は竜馬を引っ張ってここから離れる。
「あれは…」
薺は乗っている人物は見えなかったが、タイラントに挑むなんて…かなりの命知らずだと思った。
玲奈は車の速度を落とすことはない。
そのまま突っ込むつもりだった。一方タイラントは右腕を振り上げ、巨大な拳が顔に飛んでくる。フロントガラスを突き破ってくるが、玲奈はひょいと顔を左に反らして避けた。タイラントもまさか避けるとは思っていなかったのか、焦った表情になる。玲奈は更にアクセルを踏み、全速力でタイラントの身体にぶつける。タイラントごと車を一気に走らせ、壁に激突させる。だが、タイラントは未だに身体を動かして、車を退かそうとする。玲奈は車に乗ったまま、背中から散弾銃を抜き、玲奈は頭に銃口を向け、引き金を引いた。タイラントの顔は血で染まり、半ば顔の半分は吹き飛んでいる。腕を伸ばして、最後の悪足掻きに玲奈を殺そうとするが、途中で力尽き…ガクッと崩れた。玲奈は、タイラントの死を見届けた後に車を降りた。
車から降りる人影を見た二人は彼女を見て驚愕した。理由はいくつかあるが、共通して驚いたのは…玲奈のあまりの美しさだった。竜馬はまだしも、薺でさえも驚いてしまった。
端整な顔つき、肩辺りにまで伸びた焦げ茶の髪、全てを吸い込むような青い目…。大変な時なのに、二人は見惚れてしまった。
「……生きてる?」
「え?え…えぇ…。無事だけど…」
「じゃあ…ついて来て」
「ちょっと待って!あなた誰よ?」
「名前は玲奈、いいから来て。死にたくないでしょ?」
言い方に薺は気に入らなかったが、言い争ってもいられない。
薺は取り敢えず竜馬に肩を貸して玲奈の後ろを歩き始める。玲奈は、負傷した竜馬をチラと見た。どこか…玲奈の記憶の中に残るある人物と姿形がよく似ているのだが…記憶の中に
戦闘シーンの描写…下手くそだなぁ…。
我ながら思う。