アリエスが起こしたバイオハザードからはや二週間…。
漸く病院から退院出来た竜馬は思わず、寄生虫が入っていた自身の身体を凝視した。
ほんの少し前までこの身体に寄生虫が入っていたと思うと、吐き気を催してしまう。それに…玲奈を傷つけたことにも吐き気と嫌悪感を未だに抱いてしまう。
あの後…レールガンでアリエスを焼き殺した二人だったが、玲奈だけ意識を手放してしまって、急いで手当てをしたのを覚えていた。その間にも海翔たちは抗ウィルス剤を散布して、アンデッドだった市民を元の人間に戻した。
ただ、人間に戻したことで発生した問題もあった。人間を食らったという記憶が無かったのは良いが、食らったという「事実」が元感染者を苦しめる羽目になったのだ。海翔自身も後で、「感染者を元の人間に戻したのは正しかったのか…」などと言っていたが、そんな彼を紗枝は蹴り飛ばし、「何言ってるの‼」と怒鳴っていた。
そんな感じで海翔や紗枝、薺は無事だったが…玲奈だけ…戻らなかったものがあった。
それは、彼女の左腕。肘から下が元に戻らなかったのだ。
普通の人間なら、「当り前だ」と言われておしまいだが、玲奈は特殊な人間…。ウィルスの影響で傷はすぐさま治癒する能力があったが、アリエスに打たれたJA-ウィルスの副作用で一時的に治癒能力が失活し、身体内からJA-ウィルスを除去しても…今回の戦いで負った傷だけは再生しなかった。
その傷を負わせた原因を作ったのは竜馬自身だと理解していたから、彼はこの入院期間…玲奈と会わないようにしていた。毎回毎回のように見舞いに来る玲奈を突っぱねて、距離を置かせていた。
そのうち…玲奈は来なくなった。悲しいとも思わなかった竜馬は、毎日、ずっと、自らを罵倒して、この入院生活を送った。
そして退院した今日…彼は重い足取りで帰路に着いていた。
アリエスに洗脳されるまで、竜馬は玲奈と半同棲生活を送っていたため、そこに帰らねばならない。どうにも帰ることに躊躇いが出来てしまい、寄り道して公園のベンチに座ってしまう。
「はあ……どうやって玲奈に会えばいいんだ…」
独り言をぶつぶつ呟いていることで、公園で遊ぶ子供たちは竜馬に怪訝の目を向けているが、竜馬自身は気付いていない。そんなところに…。
「何してるの?」
顔を上げると、そこには腕を包帯で固定している紗枝が立っていた。まだあの時の傷が癒えていないことが分かった。
「紗枝さん…」
「隣、いい?」
汗を拭いながら紗枝は竜馬の隣に座り、身体を伸ばした。
「んー、やっぱり外はいいわね。こんな身体だからって誰にも見られたくないって思ってた私がバカだった」
「外…出てなかったんですか?」
「まあね。で、またお悩みの種は玲奈?」
図星を突かれて、何も言えずにいる竜馬に紗枝は寄り添う。
「このお姉さんに相談してもいいんだぞ?」
「ふざけないでください!」
思わず竜馬は叫んだ。紗枝もちょっとびっくりしたが、すぐに肩に手を置き、優しく聞く。
「『竜馬が戻って来てくれたのに、会ってくれない』って、涙声で玲奈が相談してきたよ?何で玲奈と会わないのよ…」
「…俺がしたことを償えると思えないからです」
「償い?」
「俺は玲奈をいっぱい傷つけた。身体も、心も。俺を救うために負った代償があの左腕…。全て俺のせいなのに…。どうして、助けたのかって…今更ながら思ってしまって…」
自己罵倒も程々にしようと竜馬も思ったが、自らがしてしまったことを羅列すると、その数は数え切れない。
そうやって延々と話していると、紗枝は竜馬の足を思いっ切り踏んだ。
「いでっ⁈」
「全く…いつまでくよくよしてるのよ!私だってあの場で失ったものくらいあるわよ!」
「…何ですか、それは…」
竜馬は興味なさげに聞く。どうせ…自分が失わせたものより、小さいものだと勝手に断定していたから…。
「仲間と、”ここ”よ」
紗枝が指差したのは鎖骨だった。
包帯を巻いていて竜馬には分からなかったが、紗枝は件の戦闘で左鎖骨を砕かれてしまったのだ。なので、今、そこには鎖骨を模した金属が入っている。
「あの戦いで失ったものは大きい…。いえ、今まで生きてきたことで失ったものはいくらでもある!生きるために仲間の命を代償にして、私も…海翔も、あなたも玲奈も生きてる!勝手に自分ばかりが失わせた元凶だと思い込まないで‼」
「………」
「玲奈は何も失ってない。『あなたを失わないために、左腕を代償に助けたのよ。』そのことを決して忘れないで」
紗枝はそう言って、ベンチから立ち上がり、公園から消えた。
既に公園に子供の影はなく、日が落ちて薄暗くなっている。
竜馬は一筋流れた涙を拭い、立ち上がる。帰るべき場所に…帰るために…。
暗くなってきたので、玲奈は自宅…じゃなくて、竜馬の家の明かりを付ける。
今日、退院だと聞いていたのに竜馬は戻ってこない。
やっぱり、会いたくないのかな…と考えてしまう。
プランプランと長袖の左腕部分…。最初、元に戻らないと分かっても、大してショックは受けなかった。
竜馬を助けた代償であり…これが、『普通』だからだ。
身体の一部が切断されれば、そこは失う。どんな生物だって、そう…。
玲奈は戦闘で戦いにくくなるという不利な面を抱えることになるが、構わなかったのに…竜馬には、玲奈の想像を超えるショックを与えてしまったようだった。
「…はあ、私は…竜馬がここに戻って来てくれることが、望みだったに…。結局変わらないな…」
自嘲的な笑いを浮かべて、キッチンの前に立つ。
冷蔵庫からペットボトルを取ろうとするが、片腕のせいで上手く取れず地面を転がる。
「ああ…またやった…」
何度となくやってしまったことに溜め息を吐き、コロコロと転がるペットボトルを取ろうと、手を伸ばすが、玲奈が取る前に誰かが拾う。
「あっ…」
そこには竜馬が…。まだ服の襟首からは白い包帯が見える。それでも…あの時の竜馬が立っていた。
竜馬も久しぶりに見た玲奈に見惚れる。長かった髪はいつものセミロングに戻っている。ただ…長袖の彼女の左腕の部分だけがプランと揺れている。
2人はお互いに見詰め合って固まるが、玲奈はハッとして背を向けた。
「お、おかえり…。ごめん、会いたくないって言ってたのに、まだここに居て…」
「………」
竜馬は何も言わない。ただ、どんどん玲奈に近付いてくる気配だけがする。
「竜馬?」
「……くれ」
「え?」
手に取っていたペットボトルを放り投げ、背後から玲奈を抱き寄せる。
そして耳元でこう呟いた。
「…一緒にいてくれ…」
弱々しい竜馬の声。
その声に玲奈はぴくッと反応し、くすっと笑みを溢す。
「もう……最初から、そう言ってよ?」
竜馬の抱擁から抜け、残った右腕で竜馬の頬を撫でる。
玲奈は自分でも僅かに泣いていることに気付かずに、言葉を紡ぐ。
「あの時の約束、今度こそ守ってよ?」
「ああ、守る。その前にその左腕の代償…俺に払わせてくれ」
「どうやって?」
「…お前を幸せにする」
恰好つけた竜馬の言葉に玲奈はもう一度笑みを溢した。
そして、もう一度…今度は正面から竜馬を抱き締めて、口づけする。
あの時…離れ離れになった二人の心は、この瞬間、溶け合ったのだった。
ー一か月後ー
崩壊した都市で玲奈と竜馬はお互いに背をくっつけながら、前に進む。
燃え上がる家や崩れた瓦礫の下から、ぞろぞろとアンデッドが這い出てくる。
「全く…俺ら二人でこれを全部相手するのか?」
そう愚痴る竜馬だが、二人ともアンデッドにすっかり囲まれている。数はおよそ50。
しかし、玲奈は狼狽えも愚痴りもせず、竜馬に言う。
「やることは一つだけよ」
拳銃を腰から取り、アンデッドたちに向ける。
「一人残らず殺すだけ」
そう言って、引き金を引く。
新たな戦いが…幕を開ける。
~To Be Continued?~
はい、IF Storyはこれにて終了です。
To Be Continued?と書いたのは、また何か思いついたら執筆に走るかもしれない…とだけ言わせてもらいます。
あと7の話を書こうかな~なんて考えてたり、考えてなかったり。
もしくは新章でも書こうかな~なんて考えてたり、考えてなかったり。
映画とかアニメなどで『これで最後』、『本当の最後』とか言っておいて、結局新作が出るってよくあることなので。
まあ、確実に言えることは最初の章とIF Storyの間が一か月くらい空きましたが、今度はもっと長く空くと思います。
一応、最後に登場人物紹介は書きます。
今回は影の薄そうな人物も全て書く予定なのでお楽しみに!
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