紗枝と一輝は徐々にアンデッドに包囲されていき、逃げ場を失ったため、仕方なく教会に逃げ込んだ。それも理由の一つだったが、別の理由もあった。一輝の足の治療だ。
走るのもやっとの一輝を手当てもせずに歩き回るのはかなり危険だと紗枝は判断したのだ。扉を閉め、掛かっていた錠前を取り付けると、紗枝は一輝を長椅子の一端に座らせた。
「ちょっと痛むわよ…」
「大丈夫さ…。これくらい……っ…」
紗枝が自分の服を千切って、包帯代わりにして、ぎゅっとキツく一輝の足を縛った。止血のため、緩めるとか弱くとかそんなのは全て配慮せずにやったため、一輝の顔は痛みで歪んだ。
「うっ、くっ…」
「どう?マシになった?」
「…まぁな。で、紗枝…これからどうするつもりだ?」
「そうね…。まずはこの教会で少し休んでからまた出発しましょう。走り続けるのも歩き続けるのも大変だしね」
「賛成だ」
そう言うと、一輝は長椅子に横になった。緊張感のない一輝に溜め息を吐きたくなるが、休めるのだから仕方ない。
紗枝はというと、拳銃を握って教会の中を探索し始める。中にアンデッドがいないか確認するのは当然のことだ。
すると、奥に灯りが見える。闇に包まれた教会の中にしては異様なものだった。紗枝は慎重に扉を開けた。そこには二人の人間がいた。
「誰だ⁈」
「す、すいません…。奴らから逃げてここに…。あなたは神父ですか?」
黒服の男性に尋ねる。男性はコクリと頷いた。
なら、椅子に座ってユラユラ動いているのは、神父の妻だろうか…。だが…どこか様子がおかしい。
「その人は…?」
「つ、妻だ…。少し病気で…」
よそよそしく言う神父に怪しさが益々膨れ上がる。
紗枝は女性から何者も近付けさせないようにする神父を退かし、正面から見た。
案の定、女性はアンデッドとなっていた。椅子の手摺にロープで縛られていたが、暴れすぎて今にも襲いかかってきそうだ。
「頼む…。放っておいてくれ…」
神父の願いを尊重することは紗枝には出来なかった。今放置していけば、間違いなくこのアンデッドは手摺を破壊するか、ロープを引き千切るかして神父に襲いかかり、彼もアンデッドになってしまうだろう。それなら、いっそここで殺した方が後々面倒にならずに済む。
そう判断した紗枝は拳銃を女性の頭に向けた。
「止めろ‼殺すな‼」
神父は妻が撃たれないように紗枝の腕を掴みかかるが、運が悪いのか、その瞬間椅子の手摺が壊れ、神父にアンデッドが襲いかかった。そして首もとに歯を食い込ませ、肉を抉った。吐きそうになる光景をどうにか堪えた紗枝は再び拳銃を向け、アンデッドとなった神父の妻も神父も頭を撃ち抜いたのだった。
紗枝はそれからも一つ一つ部屋を確認して回ったが、他には誰もいなかった。人も…アンデッドも…。とにかく、今現在ここは安全だと一輝に報告しようと、礼拝堂に戻ってきたが、そこにいるはずの一輝の姿はなかった。
「一輝?」
紗枝の呼ぶ声だけが教会内に木霊する。
ゆっくりと、礼拝堂に足を踏み入れる紗枝。
外も大雨から雷が鳴り響く程の豪雨に発展していた。
「一輝?」
もう一度呼び掛ける。だが、その問いかけに答えるように天井から何かが落ちてきた。長椅子を粉々にする程の大きさを持ったもの…それは、一輝の惨殺体だった。
「一輝……!」
同僚の死という今までとは別の悲しみが紗枝を襲う。
一輝の死体は所々、腕や足が無くなり、アンデッドの食い方とは全く異なっていた。しかも天井から落ちてきているから、アンデッドの可能性はない。紗枝は一粒だけ零れた涙を拭い、ライトを天井に向ける。その時、小型の何かがライトに照らされて、視界から消えた。
暗闇に慣れた目でその姿はよく見えた。
血色の謎の生物…そう、リッカーだ。
しかも、紗枝が確認した限り一匹ではない。何匹か分からないが、2匹以上はいる。紗枝は、この拳銃に籠った最後の弾を使い切ることにした。ライトで目標のリッカーの照らしながらも、引き金を引いていく。だが、リッカーの素早い動きに翻弄され、抜群の射撃能力のある紗枝でさえ、一発もリッカーに当てることは出来なかった。一輝を死に追いやったリッカーに何の報いも出来なくて、紗枝は悔しくなる。
そして…ストッ…と、地面に何かが降りてきた気配が背後からした。振り向くと、稲光に照らされたリッカーが白い歯を見せて、紗枝に威嚇していた。やっと降りてきたリッカーに拳銃を構えたが、カチンカチンと弾切れの合図だけが紗枝の耳に聞こえた。
「くそ……」
リッカーが腰を屈め、足腰に力を込めた時…聞こえた。
バイクの音…。エンジン音が近付くにつれ、教会に設えられた色鮮やかなステンドグラスから光が差し込んできた。それが何なのか分かった紗枝は咄嗟に長椅子の後ろに避けた。リッカーもそっちを向いた瞬間、ステンドグラスを派手に割って乱入してきたのは、玲奈だった。リッカーは後ろから急に飛び込んできたバイクに対処出来ずに轢かれる。バイクは礼拝堂の中心辺りでクルリと回転し、巨大な十字架の方を向いた。玲奈が入ってきて、数秒後、扉を突き破って入ってきた竜馬と薺の姿を紗枝は見た。
「竜馬⁈」
「あの銃声、やっぱり紗枝さんだったんですね!」
銃声だけでやって来た竜馬たちは、一つの叫び声に緊張感を戻された。
「再会の喜びは後にして!今はこいつらよ!」
玲奈はバイクのエンジン音を奏でてリッカーの標的を自分自身にする。リッカーはいくつもの蝋燭を倒して祭壇に立ち、玲奈を眼球のない悍ましい表情で見た。玲奈はバイクのタイヤを空回りさせ、一気にバイクを発進させる。
しかし、玲奈自身は途中で降りる。エンジン音にしか興味のないリッカーは突っ込んで来るバイクに掴みかかった。玲奈はその瞬間、太腿に装備した拳銃二丁を抜き、バイクのガソリンタンクに向けた。
そして、撃った弾はガソリンタンクに見事に命中し、リッカー一体を粉々に吹き飛ばしてやった。それを見届けた玲奈は拳銃をしまう。
だが、リッカーはまだいる。壁にへばりついたリッカーを見た玲奈は、肩に紐でかけていたマシンガンを握ると撃った。
「ちょっ…どこ撃ってんの⁈」
紗枝が叫んだ通り、弾はリッカーとは全く関係ないところに当たっていた。その間にリッカーは玲奈から約10m離れた位置に降り立った。だが、玲奈は構わず撃ち続ける。すると、巨大な十字架を支えていた鎖が撃ち切られ、十字架は前に倒れた。リッカーが襲い掛かろうとした途端、身体の半分近くが十字架に押し潰されてしまう。そして、動けないリッカーの真上にある電灯を撃ち、落下させる。もがき苦しむリッカーの頭部に槍状になった電灯が突き刺さり、確実な死を
その時飛んだ血は、紗枝の靴にまで飛び散った。
「………」
三人とも玲奈の計算され尽くした戦闘に圧倒され、見入ってしまった。
マシンガンを肩にかけ直した玲奈は、ふと足や頬に鈍い痛みを感じた。まず、脚にはキラキラと輝くステンドグラスの破片が突き刺さっていた。また、頬には切り傷が出来てしまっていた。ヘルメットもせずに、無暗に突っ込んで行ったのが、怪我の原因だろう。それを抜き取った玲奈は、四人に視線を戻し、紗枝に質問した。
「生き残りはあんただけ…?」
紗枝はぶすっとした顔で玲奈に言う。
「
紗枝はもう一度一輝の死体を見た。
「それはそうと、あんたは?」
「私は玲奈」
中々に気の合わない二人に竜馬が仲介者になったつもりで発言する。
「あ、えーーと……俺と彼女…名前は……」
「薺よ」
「あ、薺と俺は、玲奈に助けてもらったんです…」
「その前には私が助けたけどね」
紗枝は目を細くして、竜馬をじろじろ見る。
「随分、美人ばかりに助けてもらっているみたいね…。何かの勧誘かしら?」
「そっ…そんな訳ないでしょ‼」
竜馬は思わず叫んでしまう。この反応に紗枝と薺はクスクス笑う。
すると…。
「水を差すようで悪いけど…そんな悠長に話している場合じゃないでしょ?」
紗枝はまたイラっと頭に来たが、怒鳴り付けたい気持ちを抑える。
「はいはい、分かりましたよ…。お姫様…」
玲奈も紗枝をギロッと睨んだ。そして、ぷいっと顔を背け、教会から出て行った。薺はその光景を見て、自然と呟いた。
「仲良くなるには、時間がかかりそうね…」
「…そうだな」
と、竜馬も同感するのだった。
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