紗枝は涙をもう一度拭った。
メソメソ泣くなんて……紗枝のプライドが許さなかった。それでも、彼女の目から涙が止まることはない。途中で紗枝は車を止め、目を何度も何度も目を擦った。ルームミラーを見ると、赤く腫れてしまっている。すると、紗枝の前に白いハンカチが差し出される。
「涙、拭いてください」
「な……泣いてなんか…」
紗枝は不必要だと、薺の手を振り払う。それを見ていた薺は優しく言う。
「泣きたかったら泣いて方がいい…。悲しみを胸に秘める方が身体に毒…だって兄さんは言ってたわ」
「…………」
その台詞は…紗枝は何度となく聞いたことがあった。
そして、ゆっくりと薺の横顔を眺める。
よくよく見ると…やっぱり…似ていた。
「あなた…まさか、
「えっ?」
紗枝も驚いたが、もっと驚いているのは薺だった。
紗枝の口から、兄の名が漏れたからだ。
「紗枝…さん…。兄を兄さんを知ってるんですか!?」
「知ってるも何も……海翔は私と同じSATで…それに、私の…恋、人…」
「…へ?」
薺は間抜けな顔をする。暫し固まる二人。しかし、薺はすぐに表情を和らげたと思えば、突然小さく笑い出した。
「ぷっ……あ、あははは!なぁんだ!兄さんがいつも自慢してた彼女さんって紗枝さんだったんだ!」
「…へ?」
今度は紗枝が間抜けな表情になる。
薺の口から出た発言がどういうことか、理解出来ずにいた。
「兄さん、いつも私に言うんですよ!『俺の彼女はプライドは高いけど泣き虫だ』って!そのまんまだわ」
唖然としていた紗枝も時間が経つに連れ、わなわなと怒りが湧き上がってくる。その様子に気付いた薺もいい加減に笑えなくなってきた。
「あ……紗枝、さん?」
「海翔……絶対、殺してやる……」
「そ、それはともかく…!紗枝さん!兄さんは今どこに?」
「海翔は今日は……休暇で家に帰ったはずだけど…」
「ええ!?うそぉ!でも、帰りが遅くて…不安になって…だからここに来たのに…」
「中々のお兄さん思いね」
「なっ…!」
薺の顔はみるみる内に赤くなっていく。満更でもないようだ。
「じゃあ…彼に会えたらお互いに説教ね!」
「…そうですね」
紗枝と薺はふふっと微笑みあった。
その時、車の扉…紗枝側の方がバンバンバンと叩かれた。紗枝は拳銃を抜き、向けるがそこには一人の男性が両手を上げて立っていた。
「おい!待て!俺は奴らじゃないぜ⁈」
「……ふぅん…。私を忘れた訳じゃないわね?智之」
「ゲッ!あんたは…!」
「ほら、乗りたいんでしょ?私は海翔みたいに鬼じゃないわ」
智之は何とも言えない感じで後ろに座る。
そして、紗枝は間髪入れずに質問する。
「久しぶりね。覚醒剤からは抜け出せた?」
「覚醒剤?」
薺は
「う、うっせー!」
そう…。智之は二年前、覚醒剤所持及び使用で海翔と紗枝に逮捕されていたのだ。一度捕まえた犯罪者を紗枝は忘れない。
「それよりも!この車はどこに向かってるんだ?」
「学校よ。脱出するためにね」
「学校⁈」
「もちろん、手伝ってもらうからね、智之?」
智之はがっくしと肩を落とし、こう呟くのだった。
「乗るんじゃなかった…」
「ど、どうして…それを…」
海翔は目を大きく見開いて呟いた。
「薺が…ここに来た理由を教えてくれたんだ」
「薺が…?」
海翔は竜馬の話を聞いていく度に落ち着きを取り戻していく。
「お前が……薺を浚(さら)ったとか、そういうのではなくて?」
「んなわけあるか!初対面で!」
「……あぁ…とんだ勘違いをしちまった…」
海翔は申し訳なさそうに言う。マシンガンの銃口を下に向け、はぁ…と小さく溜め息を吐いた。玲奈と竜馬も海翔が落ち着きを戻して銃をおろしてくれて、ホッとする。
「なら、そうと先に言ってくれよ…」
「お前が先に銃口向けてきたんだろが!」
「そうだったな…」
海翔はふざけながら笑う。その笑顔も薺とそっくりで、薺の兄というのは間違いなさそうだった。
「竜馬だ。こっちは玲奈。名前は?」
「海翔だ」
二人は握手する。
「で、薺は?」
「今、ここから脱出するために学校に向かっている」
「学校…?どうしてそんなところに…」
「…悪いけど…それは後で」
玲奈は拳銃を抜き、海翔の後ろに照準を合わせ、引き金を引いた。肉が抉られるような音と共に倒れる音がした。海翔が振り向くと、そこにはアンデッドが一体、眉間に穴を空けて倒れていた。
「話してる内に、来ちまったようだな…」
「…学校か…。来い!案内する!…嫌なところを通るがな…」
海翔はそう言って先導する。玲奈はその“嫌なところ”について聞く。
「嫌なところって?」
「…土葬墓地」
急いで薺と紗枝と合流するために嫌な墓地を近道で歩く三人。
夜…雨が降り、雷が鳴る中、墓地の真ん中を通るなんてこの上なく不快な気分だった。しかも、地面がぬかるみ、動きが緩慢になる。
「日本に、土葬墓地なんてあったんだな…」
「ここだけだよ。こんなに大きいのは…くっ…!」
海翔は突然肩を抑えた。そこからは赤い鮮血が流れているのが見えた。そして、海翔の目の下に隈らしきものが出来ているのに気付いた玲奈は、瞬時に拳銃を抜く。だが、それに気付いた海翔も拳銃を抜き、お互いの頭に銃口を向けた。
「玲奈⁈何して…⁈」
「彼は感染している」
「……感染?」
海翔は聞き返す。
「あなたには話していなかったわね。今この街にいるのは、ウィルスに侵された人間のなれの果てなの。傷口から侵入したウィルスは徐々に蝕んで……やがてアンデッドになる…」
「…なるほどな…。だからこの街の奴らはイカれていたわけだ。で?俺がそのアンデッドになる前に殺ろうって訳か?」
「そういうこと」
暫く二人は硬直状態になる。
竜馬もどうしたらいいか分からず、戸惑ってしまう。
すると、玲奈から先に拳銃を降ろした。海翔も先に言いだした玲奈が降ろしたことで少し目を細めた。
「…いいのか?」
「ええ。薺のことを考えたら残酷だし…。でも、奴らになったら、真っ先に殺すわ」
「……お構いなく」
海翔も拳銃を降ろした。竜馬は安堵の溜め息を吐いた。
その時…突然地面から腕が伸びて竜馬の足を掴んだ。
「何だ⁈う、嘘だろ!おい‼」
「こいつら……ウィルスで復活したのか⁈」
海翔が驚きの声を漏らしていると、玲奈は出てきたアンデッドの頭を蹴り上げて、首をへし折った。そこから、竜馬を立たせて走ろうとしたが、次々と地面からアンデッドが湧き出してきたのだ。
玲奈は竜馬を置いて一人で走っていく。前方に立ちはだかるアンデッドの頭を殴る。更に墓石を飛び越えて、アンデッドを掴んで地面に押し倒し、腐った頭を踏み潰した。更に後ろにいるアンデッドを前を向いたまま、蹴り上げる。
「玲奈!こいつらはどうやったら死ぬんだ⁈」
海翔がそう叫ぶ。玲奈は色々な装備を身に纏った身体とは思えない身体の熟しでアンデッドを圧倒しながら答えた。
「頭よ!」
雨のせいで聞こえないと思った玲奈は大きく叫んだ。海翔と竜馬は頷き、拳銃を構えたが、玲奈はそれを止める。
「ダメ!私がどうにかするから…!そこの木に集まって!」
玲奈は最後に残った手榴弾のピンを抜き……。
「伏せて‼」
玲奈の叫び声を聞き、二人は木の根元に伏せた。玲奈はアンデッドの塊に手榴弾を投げた。手榴弾が爆発すると、足腰がきちんとしていないアンデッドたちは爆風だけでも倒れてしまった。爆発の震動でも倒れるアンデッドもいた。玲奈は立ち上がろうとするアンデッドを蹴り倒して先導する。
「こっちよ!今なら逃げられるわ!」
二人も玲奈の後を必死に追う。竜馬はふと地面に目をやると、『安らかにお眠りを』と刻まれた石碑とそれを枕にして死んだアンデッドの死体があった。しかも、顔面は長年地面に埋められていたせいか、蛆(うじ)虫がたくさん湧いていた。
それを見た竜馬はボソリと漏らした。
「…安らかに眠れそうにねえな…こりゃ…」
「ええ同感」
玲奈も賛同するように呟き、墓地を突っ切って行ったのだった。
どうしても墓地での戦闘は書きたかったので、ここに入れました。
因みに土葬墓地は日本にはあります。