学校の校門前に車を停めて、紗枝と薺は車を降りる。
智之は車でお留守番並びに車を奪われないようにするための番として置いていくことにした。車のエンジンは切ってあるし、キーもない。運転するにはキーがいるし、紗枝みたいにエンジンを直結する知識も技術もない智之が車を奪うことは出来ない。一人で怖気づいて逃げるという可能性もなくはないが、アンデッドが蠢くこんな街で一人にはなりたくないだろう。
孤独は人間の心理的な面では避けたいことだ。
なので…問題はないだろう。
紗枝と薺は明かりが一つも漏れていない暗い学校の校舎を見上げた。小学校校舎も紗枝たちを見下ろしているみたいで、少し不気味だった。
「要三氏の娘さん…どこにいるのかしら…」
「中をくまなく探すしかなさそうね」
「奴ら…絶対いるよね?」
「…………」
紗枝は薺の問いに答えなかった。
紗枝が先頭に正面玄関から中に入っていく。灯りを付けようと電灯のスイッチを押しても何の反応もない。
電源が落ちてしまっているらしい。
「二手に分かれましょう。1時間後にこの玄関にもう一度集合しましょう」
薺は頷く。薺は東棟に、紗枝は西棟に向かっていった。
二人とも、正直、一人で行動するのは…とても怖かった。
紗枝は拳銃を構えながらゆっくり廊下を進んでいく。彼女の耳には何一つとして物音が聞こえなかった。何かが動く音、声、気配も感じない。夜だから当然…と思いたくなる。
それに、ここまで静かだと本当に学校に隠れているのかと疑いたくなってしまうのが紗枝の心情だった。さっきの要三氏の話ももしかしたら口から出まかせかもしれない。だが、まだ校内の半分も探していないのに文句を言うのは良くないと思った紗枝は嫌な考えを全て吹き飛ばして、感覚を研ぎ澄ませる。一つの教室の扉をゆっくり開ける。
そこはアンデッドの襲撃を受けたらしく、床はもちろん壁、机に椅子、黒板、果てには天井にまで血が飛び散って赤黒く変色していた。だが、教室内にアンデッドの姿はない。
中に入って、一応声をかけてみる。
「誰か……いる?」
暫く待ってみたが、何の返事もない。ここにいないと判断した紗枝が教室から出て行こうとした時…。
「!」
何か小さな影が教室から逃げるように飛び出していったのを紗枝は見逃さなかった。紗枝はすぐにその影を追う。
「待って‼」
しかし、どんなに声をかけても影は止まらない。チラッと見えた感じだが、子供のように見えた。もしかしたら要三氏の娘かもしれないと思った紗枝は必死に追うが、曲がり角を利用したのか見失ってしまう。
「はぁ……はぁ……」
ここまで来て見失う訳にいかない。紗枝の感覚では恐らく時刻は深夜の3時を回ろうとしているだろう。ここでちんたらしている暇すらない。紗枝はアンデッドを誘き寄せてしまうのを覚悟で大声を上げた。
「私は…あなたのお父さんから助けてくれるように頼まれたの!怯えずに出てきて!私は悪い人じゃないわ‼」
「………本当?」
紗枝の後ろから声が聞こえた。紗枝は反射的に拳銃を向けてしまった。振り向くと、少しビクついた黒髪の少女が怯えたような表情で紗枝を見ていた。
紗枝は「あ…」と声を漏らし、拳銃をしまって、目線を少女と同じに合わせた。
「あなたが……要三氏の娘さん?」
「うん……。
「律代…いい名前ね」
「ママが…付けてくれたの」
「怖かったでしょう?私がついてあげるから一緒に出ましょう?」
「…お姉さん……1人?」
「いいえ。他に3人いて、近くに1人……」
その時、律代が背負っていたリュックが火災報知器のボタンを押してしまったのだ。紗枝も子供の頃からやかましいと思う大きな警報音が校内全体に響いていく。紗枝はこれは非常にまずいと急いでここから離れようとした時、前方から児童のアンデッドがうじゃうじゃ湧いてきた。そして、紗枝たちを見ると、嬉しそうに口から血をタラリと垂らした。
「こっち!」
律代は紗枝の手を引っ張って廊下を走り出し、別の部屋に入っていく。アンデッドも追ってくるが、紗枝は扉を閉め、ツマミを捻って扉に鍵を締めた。そして、入った部屋は…。
「調理室…」
後方の扉はバンバンと叩く音が引っ切り無しに聞こえてくる。長くは持ちそうにはなさそうなため、離れるのが懸命だと判断した紗枝だが、目の前にいる
「……運が悪いわね…」
調理器具の影から血だらけの犬が歩いてきた。
しかも3匹…いや4匹だ。
この状況は紗枝にとっては最悪以外何物でもなかった。
「お姉さん…」
律代は紗枝の後ろに隠れる。
紗枝もここで死ぬわけにもいかず、拳銃を腰から抜いた。
「さあ…かかってきなさい!」
犬たちは一回吠えると、紗枝たちに向かっていったのだった。
薺も紗枝と同様、暗い校舎内を歩いていた。しかし、突然火災報知器が紗枝の向かった西棟から響いてきたのだ。驚いてそっちを向くと、U字型廊下の一番奥から紗枝と見知らぬ少女が別の部屋に入ろうとしているところが見えた。更に後ろには、無数のアンデッドがいた。
「紗枝さん!」
薺は叫んだが、こんな遠くでは紗枝の耳には聞こえず、紗枝はそのまま部屋の中へと消えて行った。薺もそこに向かうために、廊下を元に戻ろうとするが、火災報知器の警報音に反応したアンデッドが次々と教室から出てきた。
「急いでいるっていうのに!」
愚痴を溢しながらも薺は拳銃を構えて、的確にアンデッドの頭を撃ち抜いていく。が、横の扉からアンデッドが飛び出してきて、薺に覆い被さって来たのだ。しかも、突然出てきたため、肝心の拳銃を手から放してしまった。更にアンデッドは薺の上に跨り、馬乗りになる。
「いやぁ‼」
薺自身信じられないくらいか弱い声を出してしまった。薺はアンデッドに噛まれないように顎と額に手を置いて必死に抵抗する。しかし、廊下に出てきたアンデッド…残り二体も徐々に薺に近付いてきている。早くこの跨ったアンデッドを始末しなければ、奴らの餌となってしまう。
「くっ……この…ぉ……!」
薺はここで兄に教わったことを思い出す。馬乗りにされた時の最善の対処法…。それは相手の腹を蹴り上げることだ。薺は思い出した通りにアンデッドの腹に膝蹴りを食らわせる。食らった途端、アンデッドの口からおぞましい量の血が噴き出す。それは薺の顔にかかるが、そんなこと気にせず薺はアンデッドの拘束から抜け出し、落とした拳銃を拾うと、馬乗りになったアンデッドを殺した。そこから既に1mと離れていないアンデッドのも撃とうとしたが、カチンと乾いた金属音が響いた。
「えっ?」
それは弾切れの音だった。スライドが開いていることに薺は気付いていなかったのだ。グリップは腰に挿してあるが、今から取っても間に合わないだろう。
茫然としている薺…アンデッドは薺の肩を掴み、口を大きく開けた瞬間…一瞬で目が覚める程の声が薺の耳に聞こえた。
「薺ぁ‼」
掴みかかっていたアンデッドが突如吹き飛び、首にナイフを突き刺す姿が暗闇でも分かった。もう一体は至近距離で側頭部を拳銃で吹き飛ばしていた。
「薺!大丈夫⁈」
「れ……玲奈……」
急に薺の足腰に力が入らなくなり、がくりと膝から崩れる薺を支えたのは…薺の兄、海翔だった。
「薺…来たぞ…」
「兄…さん…」
薺はポツリと呟いた。海翔は優しく笑いながら、薺の顔に付いている血をハンカチで拭ってやった。そして、海翔の耳にグスッと鼻水を
「薺…?」
「兄さん…怖かった、よぉ…」
薺の様子を見ていた玲奈も竜馬も開いた口が塞がらなかった。
薺がこんなに涙脆いと思っていなかったから…。が、薺は伝えなきゃいけないことを思い出し、3人に叫んだ。
「玲奈、竜馬、兄さん!紗枝さんが…あの扉の奥に…!」
「紗枝…?紗枝⁈今、紗枝って…!」
薺が指差す先を見た海翔は我先へと、廊下を猛スピードを突っ走っていく。三人が茫然と見ていたが、玲奈はふと口を滑らした。
「あれは……アレね…」
「……だな…」
玲奈と竜馬は顔を見合わせて、苦笑いした。
そして、薺はあんなに焦った兄を見たのが初めてで…再び茫然自失としていたのだった。
次回、後編です。
原作のクレアと違い、意外と涙脆い薺。