「くっ……」
紗枝は律代を引き連れて、犬たちから逃げていた。調理場の影に身を潜めて奴らがどこにいるのか確認するが、辺りをウロウロしていてここから離れる様子は見られない。リッカーと同等かそれ以上の運動能力に素早さを兼ね備えた犬とまともにやり合うのは無謀だと、紗枝でも分かっていた。
分かってはいたが、本題はこれからどうするかだった。銃もまともに構える時間も与えてくれない犬を相手にする手立てを考えなくてはならず、紗枝にはもう後がなかった。その中で唯一助かったことと言えば、アンデッド化した犬は嗅覚はかなり衰えていることくらいだろうか…。だが、その代わり目はかなり良くなっているようだが…。
「どうする…?寄ってきているよ…」
律代の言う通り、犬はゆっくりとだが着実にこちらに足を進めていた。紗枝は辺りを眺めて何かないか探す。ここは調理室だから包丁などの刃物はある。けど、アンデッドであれば、この包丁も使い道もあったが、犬に接近戦をするにしても投げるにしても刺せることは無いだろう。そんな中、紗枝は目の前にあるものに目を付ける。
「…!」
かなり危険な手だと分かっているが、これに賭けるしかなかった。
今、立ち上がったら犬たちにバレることは分かっていたが、やるしかなかった。
紗枝は命を投げ捨てる覚悟で近くのコンロの元栓を開き、プロパンガスを空気中に放出した。そして予想通り、犬は紗枝を目視し、突っ込んで来る。紗枝は吊らされていたフライパンを咄嗟に掴んで、野球のバットを振る要領で犬の顔面に渾身の一撃を食らわせた。クゥンと痛そうな声を上げた犬は吹き飛んだのを見て、紗枝は律代の手を握って叫んだ。
「来て!」
律代は突然走らされて、焦ってしまい足がもたついてしまう。更に紗枝の走るペースについていけず、転んでしまう。
「あっ…!」
冷静な紗枝なら律代がまだ子供だと考慮して行動したが、こんな時に律代が転んでしまうのではと考慮出来なかった。
転んだ律代を今度は標的にした犬は犬歯を見せつけた。だが、律代が襲われる前に紗枝は自分の身体を大胆に利用して犬に体当たりをかました。犬は跳躍した途端に軌道をずらされてバランスを失い、机の角に頭をぶつけた。そして、そのまま動かなくなった。
紗枝は再びコンロのツマミを弄って、プロパンガスを空気中に放散させる。空気よりも重たいプロパンガスは徐々に調理室に溜まっていき、遂に紗枝と律代の鼻にもツンとした臭いがしてきた。ここで紗枝は漸く出口に向かいながら、先ほど拝借したマッチを取り出し、火を付け投げ捨てた。紗枝の計算なら、マッチの火で引火したプロパンガスが爆発する…そういうものだったが、マッチというのは、長く火が付くのを想定して作られてはいない。計算とは異なり、マッチの火に引火することはなかった。
紗枝は歯を噛み締めながらも一気に走る。が、暗闇の中から複数の人影が紗枝の目に映った。そして、聞き覚えのある声が紗枝の耳に聞こえた。
「紗枝!」
「えっ⁈その声……
「いいから説明は後だ!その子を…!」
海翔が急ぐ理由は、後ろからやって来る犬もそうだったが、もう一つは…玲奈がライターに火を付けて待っていることだった。
「!分かった!」
紗枝も玲奈のしようとしていることに気付き、2人で律代を抱えて走り出す。
犬にやられるか……爆発で吹き飛ぶか……または生き残るか…。
犬が調理室の扉を突破した瞬間、玲奈はライターを投げ入れた。ライターの火に気化したプロパンガスは引火し、調理室だけでなく、その外にまで爆発の範囲は広がった。その爆発から、紗枝と海翔は息がぴったりなくらいに大きく跳躍して逃れた。
「げほっ…」
倒れ、息が噎せている紗枝に真っ先に近寄ったのは海翔だった。
「紗枝、無事か…?」
「海翔……」
犬からの追跡が無くなり、安堵感に沈む紗枝。
そのせいか、場所も考えずに紗枝は海翔の唇を奪った。海翔も目を丸くして驚くばかり。それを見ている玲奈たちも「やれやれ…」と言ったところだ。
そして、玲奈は紗枝が抱えていた律代をじっと見詰めた。
「あ……要三氏の娘さんの律代よ」
すかさず紗枝は説明を入れる。だが、玲奈はそんなことは全く耳に入っていなかった。玲奈は律代は…自分と同じであると分かった。
「この子……感染してる…。それもかなり重度よ」
「どうして分かるの?」
玲奈が答えようとした時、律代が先に口を挟んだ。
「この人も私と同じだから…」
4人は律代の発言に驚愕する。
玲奈が感染しているなんて…彼らの目にはそんな風に見えなかったからだ。
「感染?嘘でしょ⁈どうして黙ってたの!」
薺が怒鳴る。玲奈は淡々と言葉を並べる。
「さっき歩きながら話したでしょ?アンブレラ社に人体実験されていたって…。その実験内容が…J-ウィルスの投与だったわけ…」
「じゃあ…玲奈のその馬鹿力は…ウィルスによるものだってことか?」
「……馬鹿力は余計だけど、その通りよ、竜馬」
玲奈は膝を曲げて律代と同じ視線にする。
「そのリュックの中身……見せてくれない?」
「ダメだよ……。パパが、誰にも見せるなって…」
「お願い」
暫く考え込む律代だったが、玲奈の目力に負けたのか素直にリュックを降ろした。中からは銀色の弁当箱のようなものを取り出して玲奈に差し出した。
「お姉さんも私と同じだから……信用できる」
「…ありがと」
玲奈が箱の横に付いているボタンを押すと、横からプシュゥと小さな音を出しながら開いた。中には緑色の液体が詰め込まれた試験管が合計4本…注射器と共に入っていた。
これが何なのかは、玲奈は
「抗ウィルスだわ」
「パパが…必ず持っていろって…」
「でも…どうして子供なんかに…」
皆の視線が律代に集まる。律代はすぐに説明する。
「パパは…私が不治の病から助けるためにあのウィルスを作ったの…。私の母も同じ病気で死んだから……娘の私にも同じ運命を辿らせたくなかったの。けど…その成果も、ウィルスも、金でアンブレラは買い取ったの。パパは私のために奴らに従うしかなくて…。私みたいな大病を患っている人には物凄い画期的だったけど……それ以外の人は……」
律代は辛い胸の内を明かした。
「悪いのはパパじゃないよ…。悪いのはパパの研究を奪って…今回の事態もパパのせいにしょうとしているアンブレラの人たちだよ‼」
大粒の涙を溢しながら訴えかける律代を玲奈は優しく抱きしめた。
「分かってる…。大丈夫よ、パパは何にも悪くない…」
「お姉さん…」
シクシク泣く律代を玲奈は泣き止むまで受け止め続けた。
暫く時間が経ってから、竜馬が声を上げた。
「時間もない。行こう」
「そうだな……。ぐふっ…!」
突然海翔が吐血したのだ。
「海翔⁈」
「あ…あぁ…。大丈夫だ…」
「運が良かったわね。これがあるから…」
玲奈は抗ウィルスを入れた箱を指差す。
さっき死刑の判決をされたも同然の海翔はホッと息を吐くのだった。
車の中で智之は退屈そうにふんぞり返って、昼寝をしていた。その姿を見た玲奈が紗枝に視線をやると、紗枝は大きく溜め息を吐いて車のドアを開けた。
「ほら!起きなさい!」
紗枝は智之の服の襟を掴んで車外に降ろし、頬を叩いた。ペチンと良い音が響き、智之は目を覚ました。
「痛っ…!なっ、何すんだ!折角気持ちよく寝てたつうのに……よ…」
智之は今自分の周りにいる人の数に驚きを隠せなかった。特に、奥で額をピクピクさせながら笑っている海翔を見た時には…智之の顔はサァーーと引いていき、唇は自然とガタガタ震えた。
「…よぅ、智之…。元気だったか?」
「海翔……さん…」
「何か言うことは?」
わざと明るい声で話す海翔によって恐怖心を煽られる智之。
「す、すみません…」
やけに大人しく謝った智之に皆、笑いを漏らすのだった。
次回は原作ではビルの壁を走る辺りの話なんですが、どうしようか迷っています。
8割:原作沿い
2割:オリジナル
の可能性が高いです。