第26話 蝕むウィルス
J-ウィルスを東京で完全に滅却出来たと思い込んでいたアンブレラは、あまりに愚かだった。自らが生み出したウィルスで、自らを滅ぼしたからだ。
だが、それは同時に世界にもウィルスを蔓延させる結果を生み出してしまった。J-ウィルスの感染力、感染スピードは恐ろしく、被害を免れた国はたったの二国だけだった。だが、それ以外の国、地域ではウィルスの影響で川や森を干上がらせ、草木が簡単には生えない不毛の地へと変遷した。
少しずつ…確実に、ウィルスは、地球を蝕んでいった…。
砂漠と化したアメリカの中央で、玲奈はハーレーに乗って孤独に旅を続けていた。今走っている道路は昔あったものだろうが、今は頻繁に使われることはない。更に周りは一面砂の荒野で、ゴーグルがなくては走ることは出来ない。昔は緑が青々としていたことだろう。
彼女のハンドルの上には小さいラジオが置いてある。そこからはしきりに助けを求める声が聞こえていた。実際、この七か月近く…生きた人間とは会えていない。逆に死んだ人間となら、嫌という程会っている。はたまた、空を飛ぶ鳥に出くわすくらいだろうか…。
「……竜馬たちは、生きてるようね…」
何故玲奈が分かるかというと、ラジオからは薺をリーダーとする生き残りがここからそう遠くない場所で旅をしていると報告しているからだ。だが、玲奈はそこに入る気はない。
「……そろそろね」
玲奈は一つの廃墟と化した建物の前にハーレーを止めた。そこは見た感じ、ペットショップだったようだ。そして、ラジオから再び同じ内容の助けの声が聞こえてくる。
『こちらペットショップ!生存者は五人!子供が衰弱しきっていて……。お願い…誰か助けて!』
それをもう一度聞いた後に、玲奈はラジオの電源を落とす。
玲奈はゴーグルを外し、拳銃を構えてゆっくりと中に入っていく。拳銃は“もしも”の時のためだ。ペットショップと言っていたが。ここがその場所なのかは判断出来ない。だから……こういう場所では拳銃が欠かせない。
中に進むごとに日の光が失われ、薄暗くなっていく。視界があまり効かないのは玲奈としたら好ましくないことだったが、途中、建物の隅っこにうずくまる老婆が目に映った。
「ラジオを聞いて来た。あなたがそう?」
老婆は忙しなく頷く。そして、拳銃をしまう。すると、老婆は抱えているものを玲奈に渡してきた。
「子供が……どうか…助けて……」
玲奈は断る理由も無かったため、赤子を受け取った。だが、瞬時に気付いた。これは…赤子ではない。顔を覆っていた布を払ってみると、そこには無機質なプラスチックの顔が覗いていた。それを確認した途端、四方八方から銃口が向けられた。老婆も後ろから散弾銃を向けて、先程とは打って変わった口調で言った。
「甘ちゃんだねえ…。お嬢ちゃん?」
玲奈は溜め息を吐くのだった。
「うっ!」
玲奈は持っていた武器を全て没収され、手錠を後ろ手にかけられ、机に顔を押し付けられた。そして、陽気な老婆が声を出す。
「いっつもあたしがあんな風に怯えた声を出すと誰でもやって来るのよ…。車やバイクに食料に武器を積んでね…。今日の獲物は中々の美人さんだねえ…」
「本当にすごいよ、お袋…!さて…」
男は玲奈を前に向かせてナイフをちらつかせた。しかもそのナイフはさっき没収したナイフで、少し不愉快ではあった。
「持ち物チェックだ……。へへへ……」
男の卑しく、邪な欲望に満ちている顔を玲奈は睨んでいるだけだった。男はナイフを頬から順に身体の下につぅー…と伝っていき、最後にホットパンツのベルトにナイフの刃を差し込んだ。
「ここには、何があるかなぁ…」
周りの男たちもにやにや笑う。
「……いい?今すぐこの汚い手を退けないと…怪我だけじゃ済まないわよ?」
突然の玲奈の発言に目の前の男は固まるが、すぐに玲奈の頬をビンタした。
「うるせえ‼貴様はもう俺らから逃げれないんだよ!」
周りにの男たちは玲奈の身体をガッチリと拘束した。そして、目の前の男は自身のベルトを外す準備に入る。
「ねえ…」
「何だ?ヤル気に……」
「警告、したから…」
「あ?なんだ……」
玲奈は唯一拘束されていなかった足を一気に振り上げて男の顎に命中させた。男の顎は外れ、骨が口の中に刺さり出血し、頭を強く地面に叩きつけた。
「へティー‼」
さっきの老婆が駆け寄る。そして、周りの男たちは拳銃を玲奈に向けた。その目は血走り、怒りに震えていたと同時に焦ってもいた。
「へティー‼…あんた、私の息子を殺したわね‼」
「あなたの息子さん?ちゃんと教育しないからよ…。私は警告したわ」
「このくそ女…!」
老婆は周りの男どもに指示した。
すると、玲奈の頭に痛みが駆け巡り、意識を保てず、そのまま気を失ってしまった。男どもの卑しい笑い声を聞きながら……。
「う……くぅぅ……」
一体どれくらい時間が経ったのだろうか…。
玲奈は手錠をされたまま、先程とは別の場所に放置されていた。
「ははは!漸く目覚めたかい、お嬢ちゃん!待ちくたびれたわよ!」
玲奈は身をよじって上体を起こそうとするが、手錠を付けられているため、上手く身体を動かせなかった。それを見かねた老婆は何か投げた。カランと金属音を奏でて玲奈の後ろに落ちる。
「手錠の鍵だよ!」
玲奈は手を後ろに回された状況でも取ろうと身体を動かし、それを掴んだ瞬間、檻からアンデッド化した犬が隙間から噛みつこうとしてきたのだ。玲奈は一瞬驚くが、すぐに鍵を掴んだ。
「檻を開けるぞ!」
男たちは仲間を殺された恨みを晴らすためか…または、玲奈の回りに数えきれない程に落ちている肉片の付いた骨にさせて、犬どもの餌にさせるのか…。
どっちにしろ、奴らが玲奈を殺そうとしていることには変わりない。まず玲奈はすぐに手錠を外すことはせず、上体を起こすために足腰に力を込めて立ち上がってここから離れる。犬も檻から解放され、新鮮な肉を求めて玲奈に走っていく。
玲奈は走りながら、尖った方が上を向いている鉄屑を見つけた。そっちに向かい、壁を蹴って犬たちの背後を取る。が、頭が悪い犬たちはそのまま玲奈を追ったため、壁を同じように蹴って追いかけてくる。しかし、一体の犬は壁を上手く蹴れずに空中でバランスを崩し、鉄屑に身体を自ら突き刺してしまった。
それを見た老婆は目を丸くした。今まで殺した奴らの中で犬に敵った者がいなかったからだろう。
もう一体は足で地面に叩きつける形で蹴る。
犬は顔面を潰され、二度と動かなかった。
玲奈はそれからやっと手錠の解錠にかかった。舐められた老婆は男たちに新たな指示を出した。
「四体とも、全て出しちまいな!」
今の声を聞いて、あと四体もいるのか…と途方に暮れそうになる。
玲奈はまず辺りを見渡し、ここから脱出する方法か、あの犬たちを殺せる武器を探す。だが、この高い段差を登るのは実質不可能だろうし、たとえ登れても犬にケツを噛みつかれて終わりだろう。
特に武器となりそうなものも見当たらない。
しかし、彼らが玲奈を見ている場所は脆くなった柱の真上だった。そこに目を付けた玲奈は垂れ下がった銅線の類を引っ張り、それを柱に結び付けた。
「やれ‼」
だが、作業に夢中になってしまい、後方からの急襲に備えれず、犬が玲奈に突っ込んできた。
「うあっ‼」
馬乗りになり、赤い歯を見せてくる犬。顔面に食らいつこうとするが、玲奈は何とか抑えれている。
が、そこに更にもう一匹やってきた。このままでは殺られる…。
そう感じた玲奈はまず目の前の犬には、火花がバチバチ鳴る銅線を掴み、犬の口の中に突っ込んだ。犬は火の熱さに悶え苦しむ。そして、もう一体は…捨て身とも言える行動で防御した。右腕を前に出し、わざと噛ませたのだ。
「ぐぅぅ…!」
腕に凄まじい痛みが感じられたが、玲奈は噛みついた瞬間に銅線を器用に使って、犬の身体を結び付けた。
更に二匹やって来る。玲奈は絡まった銅線を投げて、二体をこんがらせた。犬たちはこの銅線の即席リードから逃れようともがく。
それこそ、玲奈の狙い通りだった。暴れれば暴れる程、脆くなった柱に亀裂が出来ていく。柱を固定する器具のネジが抜け、遂に彼らが立つ地面が崩れ、地上へと繋がる道が出来上がる。玲奈はその瞬間一気にスタートダッシュを切り、坂を駆け上がり、最後に高く跳躍して天井の配水管に掴まった。銅線の拘束から逃れた犬たちはそのまま即席の坂を登って、玲奈ではなく、彼らに牙を剥いた。
彼らは抵抗する間もなく、牙が肉に食い込み、抉られ、悲鳴があちこちに木霊した。玲奈はそれを横目に机に置かれていた自身の武器を返してもらうと、この場をあとにした。
あんな奴らは…いくらでもいる…。気にしたら負けだと自分に言い聞かせた玲奈はハーレーに乗り、ペットショップから離れていった。
そして、その数分後…アンデッドとなった彼らが店から出ていくのだった。
滅びの章はJ-ウィルスだけでなく、新ウィルスも登場する予定にしています。
それは後々投稿するので楽しみにしていてください。