玲奈は竜馬とケーシャの乗る車に同乗した。ケーシャは玲奈の肩に頭を預けてスヤスヤと眠っている。玲奈は仮にベガスに着けたとしても、ガソリンも食糧がなかったらどうしようかと考えていたが、それは流石にないだろうと思い、再び日記の方に目線を向けた。
『アラスカに行け』と書かれた後にはこう記されていた。
『これで愛する人と安心して生きていける!』
「愛する人……か…」
今考えたら、玲奈の記憶には幼少時代の時の記憶はひとかけらも覚えていなかった。自分が子供の時、どういう子でどんな夢を持っていたのか…。両親の顔も思い浮かばない。
彼女の一番古い記憶は、あのハイブの緊急通路に通ずる教会であのクソ亭主と一緒にいたことだ。彼は…玲奈を愛していなかった。それに関しては今更何も言うことはない。
なら…今、玲奈にとって愛する人とは、誰なのだろうか?
玲奈は知らず知らずのうちに車を運転する竜馬を見詰めていた。東京で初めて出会った頃よりも筋肉が付き、顔つきも以前に増していかつくなっている気がした。そして、玲奈は自身の心の変化に気付く。
自分が…竜馬をどのような感情を抱いているのか…。玲奈は思わず顔を逸らしてしまう。これ以上、じっと見ていたら、変に思われると思ったから…。
竜馬は逆に運転しながらも、玲奈をちょくちょく見ていた。長かったセミロングの焦げ茶の髪をまとめ、戦闘の時に邪魔にならないようにしている。そして目つきは以前よりも鋭さ、厳しさを増し、いつでも警戒を怠らないようにしているが、奥底では計り知れない恐怖を抱いていることが分かった。
強くて美しい……それが竜馬の心を惹きつけた要因だった。
竜馬はそんな玲奈を守ろうと思いながらも、ベガスへと車を急がせるのだった。
淳は玲奈たちの車の位置を補足し終えたことで、彼らの目的地を突き止め先に陣営を張っていた。そして、用意していたコンテナをガソリンスタンドに通じる道に落としておく。中には淳からのサプライズが用意してある。
「もし、仮に奴らを全て殺されたら、実験用にジュアヴォを出動させる。そっちの準備も怠るなよ!」
今回はデトロイトの時と違い、ただで終わらせるつもりはなかった。
「ああ……そんな、これがあの…ラスベガス?」
薺は目の前の光景に思わず悲壮な声を出してしまった。
玲奈たちはどうにか無事にベガスに着いた。着いたには着いたのだが…そこは完全に砂漠と化していた。世界が滅ぶ前までギャンブルの都市として栄えたベガスも今では完全な廃墟になっていた。
玲奈もこの光景に唖然とした。ただ、予想と反して廃墟となった建物、オブジェクト、その他の建造物にも人影、アンデッドは見られなかった。
「物凄い静かだ……。アンデッドが何故いないんだ?」
玲奈は窓から身を乗り出し、上空を眺める。黒い影が空を優雅に飛んでいるのが見えた。
「きっと…あのカラスたちの仕業でしょうね…。人もアンデッドも全て食べ尽くしてしまったのよ」
「そいつは恐ろしい…」
玲奈たちは音一つ響かないベガスの地に足を踏み入れた。
彼らは縮尺したエッフェル塔の前に車を列にして駐車する。
「周囲を固めないとね」
「なら、上からがいいわ」
「…その通りね。チェイス、これに登って周囲を監視して」
薺が指差したのは縮尺したエッフェル塔だった。こんなものに登るなんて恐らく最初で最後だろうが、こんな鉄骨ビルに登るのかと思うと、気が重くなるチェイスは溜め息がちに呟く。
「最高……だね」
チェイスは手袋をはめ、塔を登って行った。
「本当に静か。時が止まったみたい。これならすぐ食糧もガソリンも補給出来るかも…」
「……そうでもないぜ?」
智之が指差す。そこにはガソリンスタンドのマークがあるのだが、その通路を塞ぐように巨大なコンテナが置かれていた。
「奴らが来ないうちにさっさと片付けるわよ。エッジ、車のウィンチを」
「了解」
薺はエッジの車に付属されているウィンチを使うことで、このコンテナを動かそうと考えた。その前に、背中から散弾銃を取り、玲奈は一人、コンテナに近付いていく。玲奈には意図的に置かれたこのコンテナが異様に怪しく思えた。
コンテナを動かす前に中身が何なのか確認する方が先決だろうと思った。
「薺、ちょっと待って」
玲奈の真剣な言い方に薺たちも“もしも”の時のために、それぞれ拳銃を構える。塔の上にいるチェイスも物々しい雰囲気を気にしている。玲奈はゆっくりとコンテナに耳を付けて、何か聞こえないかと思う。
すると…中から獣の唸り声のようなものが聞こえ、玲奈は途端に後退した。
「下がって‼」
玲奈の鬼気した声に全員に緊張が走る。
全員でコンテナに銃口を向け、迎え撃つ準備をした。玲奈が薺たちのところに戻ったところで、あんなに硬く閉ざされていたはずの扉が勝手に開く。地面に落ちた扉が砂塵を巻き上げる。玲奈は険しい顔つきでコンテナを見るが、中は真っ暗で何も見えない。
しかし、コンテナの中に何かいることは明白だった。
そして…雄叫びを上げて出てきた“奴ら”に、玲奈は散弾銃の引き金を引いた。出てきたのはアンデッドでは間違いないのだが、どこか様子がおかしい。
まず全てのアンデッドが同じ服、靴、手袋を身にしている。しかも、額、眉間には太い血管が浮き彫りになり、禍々しさが増していた。玲奈の散弾銃の銃声を合図に全員一斉に拳銃を撃ち始める。いつも通り、頭が弱点なのだが、こいつらは普通のアンデッドよりも敏捷さが格段に増している。そのせいでコンテナから出てきたばかりのアンデッド全てを排除出来ず、辺りに散らばっていく。薺はマズいと思い、後方に走っていく。
「竜馬!ここは任せた!」
「行ってこい‼」
竜馬はサブマシンガンを乱射して、奴らを蹴散らしていく。車から出ていた生存者に襲い掛かるアンデッドたち。チェイスはそうはさせないと言うように上からライフルで援護する。
薺も走って奴らから必死に逃げるが、スピードが速すぎて簡単に掴まってしまう。地面に倒されてしまう薺だが、上体を起こし、拳銃で頭を撃ち抜く。荒い息のまま、薺は再び走り出した。
一方の玲奈は空になった散弾銃を捨て、向かって来たアンデッドの首に腕を巻き付けて骨をへし折る。次に腰に差していた二つのナイフを掴むと、高々と跳躍し、奴らの首を切断する。だが、吹き飛んだ頭は未だに生きており、口がパクパク金魚のように動く。玲奈はそれを踏み潰し、更にコンテナから出てくるアンデッドに備えた。
そして…これが開戦だということを思い知ったのだった。