―半年後―
カナダ付近の海上…その上空を一機のプロペラ機が飛んでいた。飛行機内には玲奈と竜馬が乗っている。そして、現在玲奈はビデオカメラで自身の顔を映しながら、何をしているかを記録している。
竜馬からは、無意味だと言われているが…。
「5月13日、15時2分…。アラスカ湾上空を飛行中…。このままアラスカに向かっていく予定。…薺たちに会えたら嬉しいけど…」
玲奈はそう言い終えてからビデオカメラの電源を落とし、ハンドルを左に傾けた。
二人はアラスカに向かうにはどうやっても飛行機かヘリが必要なのは明白だった。しかし、ジョンとの復讐劇が思った以上に長引いてしまい、あの時のヘリも三か月前に錆び付いてしまい、このプロペラ機を手に入れるのはかなり時間がかかってしまったのだ。
そして、玲奈たちは漸く向かうことにしたのだ。
安全と言われている、アラスカに…。
玲奈たちの乗るプロペラ機が巨大な氷山の真上を通過すると、とある海岸線の近くに飛行機やヘリ、あらゆる乗り物が至る所に停まっていた。玲奈はそこに向けてプロペラ機を向かわせた。そこはクナイ半島から約30km程離れた地点だった。
着陸させて、その場に足を着けたのだが…あまりに静かで少し不気味だった。後ろから竜馬も降りて、玲奈に聞く。
「ここ……なのか?」
「そのはず…」
そうは言う玲奈だが、全くもって人の気配はなかった。ここに置かれている山のように並んだ大量の飛行機も蔦や雑草が絡まり、長い期間放置されているのがすぐに分かった。
「…まるで、飛行機とヘリの墓場だな…」
「…そうね」
アラスカは北半球に位置しているため、風が冷たい。玲奈の焦げ茶の髪が冷風に靡く。寒そうにしている玲奈に竜馬はプロペラ機内から防寒着を取り、渡した。
「ほら。寒いだろ?」
「ありがとう」
「薺たちを探そう。…不気味な程静かでいるとは思えないけどな…」
「でも、アンデッドは本当にいないようね」
それはあの日記通りだった。無線の通信から半年…更に玲奈たちが到着するまで一年半。実に2年間もアンデッドが侵入していない不可侵のエリアがあるなど、生存者からしたら天国と呼べるところだろう。
だが…こんなに飛行機やヘリなどが大量に放置してあるのに、都市は全く築かれていなかった。こんな場所である程、都市を築くはずなんだが…。
「玲奈、俺はこっちに行ってみる」
竜馬は海岸とは別の方向に向かっていった。玲奈は逆に海岸をとぼとぼと歩いていく。すると、更に冷たい風が玲奈の顔に当たる。
だが、その視線の先には、あのアンブレラのマークが付いたヘリが砂浜に放置されていた。
「あれは…!」
薺たちが乗って行ったヘリが置いてあって、彼女たちもここに来たことが判明する。すぐにヘリに駆け寄り、中を確認する。中には血の跡もないし、襲われた形跡も見られなかった。あったのは、竜馬が託したあの日記一つだけだった。彼らはここには着いたが、忽然と消えてしまった…ということだ。
玲奈の気分は一気に下落し、崩れるように流木の上に座る。そこにビデオカメラを置き、再び録画しようと思った。が…急に馬鹿馬鹿しくなって、玲奈はそれを掴むと海に向けて投げ捨てた。
「っ!」
ポチャンと音を立てて、カメラは底知れない海底に沈んでいった。そして…今は竜馬が離れていたからなのか、孤独という悲しみが玲奈の中を駆けずり回り、涙腺を崩壊させる。ポタポタと途絶えることなく、涙は砂浜に落ちていく。
「うっ……うぅ……」
寂しい…。辛い…。
そういう気持ちが玲奈の心をギュッと締め付けた。
そこに砂を踏みしめる音が近付いてきたかと思えば、身体が抱き締められる感覚がやって来た。
「えっ?」
涙目で背後を振り返ると、竜馬が優しく抱き締めてくれていた。
「玲奈、どうしたんだ?泣いてるなんて…。らしくないな…」
「…泣きたくもなるわよ…。だって…薺たちがいないのよ?私に関わった人たちは……私の前から消えていく…。薺はもちろん…紗枝も海翔もケーシャも…。自分を呪いたくなるわ……」
竜馬はさっきも言った通り、今の玲奈は明らかに弱気で玲奈らしくなかった。いつもの玲奈からしたら考えられない…信じられない言葉がばかりが並べられていた。
竜馬は玲奈の隣に座り、彼女の頭を自身の胸に押し当てた。
「でも、まだ“全員”は消えていないだろ?」
「…ぁ……」
玲奈も気付いたらしく、小さく喘いだ。
「俺がまだ残ってるだろ…。自分を責めるな。もし……この世界で俺たちだけだったとしても…俺は玲奈から消えていかないし、離さない。約束する」
「竜馬…」
竜馬は小さく笑って、玲奈の唇を塞いだ。
玲奈は嬉しさから再び目尻から雫が溢れた。唇を離してから、お互いにくすっと笑い合う。
その時。
玲奈の視界に映る木の後ろから誰かが出てきて、先程の飛行機の溜まり場に走っていくのが見えた。玲奈は竜馬を突き飛ばしてそっちに走り出した。
「おわっ⁈」
「待って…!待って‼」
玲奈は必死に叫んで、見失わないように追跡する。やっと見つけた人間だ。見失うわけにはいかなかった。だが、この飛行機やヘリの裏に隠れられたら、見つけるのは困難を極める。
「お願い!出てきて!どこ⁈」
「ど、どうしたんだよ、玲奈…」
「生存者がいたのよ!見間違いじゃないわ‼」
「……玲奈、あれ…」
竜馬が指差す先には、停泊している飛行機のドアがギィ…ギィ…と音を立てて動いていた。風で揺れているだけかもしれないが、確認する必要がある。玲奈は銀色のマグナムを抜き、その飛行機に近付く。後ろでは竜馬が見詰めている。
そして、ドアに手をかけてゆっくりと開けようとした瞬間、数羽の鳥が突然飛び出してきた。
「うわっ!」
玲奈は顔を腕で隠してしまう程に驚き、茫然としてしまう。竜馬も溜め息を吐き、玲奈の見間違いだったんだなと思ったその時、彼の後頭部に蹴りが飛び込んで来た。
「うっ⁈」
竜馬の呻き声を聞いた玲奈は振り返るが、持っていたマグナムを弾かれ、更に鼻にパンチを食らってしまい、馬乗りにされる。襲撃者はナイフを取り、玲奈の心臓に突き刺してこようとする。
玲奈はナイフの柄を掴んで堪える。その間に襲撃者を見るが、服は廃れ、髪は何年も洗っていないのかボサボサに乱れている。だが、身体付きに髪の長さから女性だということは分かった。玲奈は相手を振り落とし、立ち上がり、容赦なく襲撃者の腹部に蹴りを打ち込んだ。
襲撃者は飛行機の機体に頭を強打して気絶した。
「いてて…。容赦ない蹴りだったぜ…」
「誰なのかしら?」
玲奈は女性を仰向けにして何者なのか確認する。
襲撃者の顔を見た途端、二人とも驚愕の表情を受けた。
「……!薺…!」
肌は泥だらけ、黒色の艶やかな髪は以前のような輝きは失われていたが、間違いなく薺本人だった。汚れた服の隙間からは、赤色の機械が胸に装着しているのが見えた。二人は、気絶したままの薺をただ見詰め続けていた…。
薺は漸く目を覚ましたが、自らの腕が縛られているのに気付き、身体を暴れさせる。
だが、焚火に照らされた玲奈と竜馬の顔を見て、薺は目を丸くした。
「玲奈⁈竜馬⁈」
「…どうやら、今は大丈夫なようだな…」
「どういうこと⁈何で私、縛られて…」
現在の薺は今の状況を把握しきれていなかった。それもそうだろう。目が覚めたら、腕を縛られて拘束されているのだから…。それにこの様子だと、あの胸に付けられていたデバイスは人間の理性を失わせる機能を持っているらしい。
「薺、一から説明させて。実はこれが付けられていて、操られていたの。みんなはどこなの?」
「…みんな?」
「ケーシャたちよ。一年半前にヘリでここにやって来たはずでしょ?」
薺は玲奈に言われたことを必死に思い出そうとするが、記憶に靄がかかったかのように、そんな人たちがいたのかすら覚えていなかった。
「………分からない…。あなたと竜馬の名前しか……憶えていない……。他には、全く…。どうしてここにいるのか…」
「……そう…。でも薺。あなたに会えて良かったわ…」
玲奈は薺の腕を縛っていたロープを切り、彼女の身体を抱擁した。
「ちょっ……どうしたのよ……。照れるじゃない…」
実はこの時、玲奈が少しだけ泣いていたことは竜馬も気付いていなかった。