ここにいつまでいても仕様がないと判断した玲奈は、このアラスカの地から離れることにした。いくつかの理由があったが、まず一番決定的に欠如しているのが食糧だった。
寒いが故に食糧がほとんどないのだ。薺がどうやってこの一年近く生きてきたのか分からないが、とにかく…消えてしまった他の生存者を探しに行くことにしたのだ。
不幸中の幸いなのが玲奈と竜馬が乗って来たプロペラ機が三人乗りであること。
朝方になり、玲奈が操縦で2人は後ろに乗って、彼らはロサンゼルスに向かうことにした。
「どう?この景色とか見て……何か思い出さない?」
「……全然」
薺の一部記憶喪失…。玲奈はこれが永久的なものでないことを祈りながらも、ロサンゼルスに向かうため、飛行機を南へと動かした。
「どこ向かうんだ?」
「ロサンゼルス。このプロペラ機の燃料を補給しなくちゃならないしね」
「そうか…。何事もなけりゃいいけどな…」
「竜馬、嫌なこと言わないで」
薺の言う通りだった。あと1時間から2時間でロサンゼルスに到着するだろうが、着いてから面倒なことにならなければと思いながら、ハンドルを強く握った。
「まあ…着くまでに燃料が持たなかったら最悪だけどね」
玲奈は最後にそう呟くのだった。
ジョンはアンブレラが保有している衛星を使い、アラスカ付近を飛行中のプロペラ機に座標を合わせた。これにより、玲奈たちはこの監視から逃れることは出来ない。流石にあの玲奈だも、上空50000mからの監視に気付けるはずがないだろう。ジョンは椅子に背を十分な程に預け、薄ら笑いを浮かべるのだった。
それから全く問題は起きることなく、プロペラ機は順調に進んでいき、カナダの国境を越えた。と、言っても、もうこの滅びた世界に国も国境もない。あるのは生きた屍が歩き回るだけだ。
漸く玲奈たちの視界にもロサンゼルスの景色が見えてきたが、その光景は見た通り…酷いの一言だった。
「これがあのロサンゼルス?」
「たった2年で、ここまで酷くなるのかよ…」
竜馬はこの完全に荒廃しきった大都市を見て、改めてウィルスの恐ろしさを実感する。ロサンゼルスもラスベガス同様に完全に崩壊していた。ロサンゼルスでは有名な『HOLLYWOOD』の看板文字も壊れかけていて、ギリギリ読めるくらいであった。立ち並ぶビルは至る所から炎が噴き出し、燃え尽きることはなかった。
こんな惨状を見てしまった3人は、とても生存者がいる場所だとは思えなかった。だが、その中で一番大きい建物に目を奪われた。
「ああ……嘘でしょ……」
「何だ?」
「見てよ。あの塀で囲まれた建物…」
玲奈が言う場所を見た二人は唾を飲み込んだ。その建物はよじ登るのが不可能な程高い塀で囲まれた巨大な建物を中心に大量の“何か”が蠢いているのがすぐに分かった。“何か”とは、もちろんアンデッド。ロサンゼルスの人口…約400万人とほぼ同じくらいのアンデッドが一際大きな建物の周りを囲んでいたのだ。
しかし、何故あそこにだけアンデッドが群がっているのだろうか…。
考えられる原因は一つだけ…。
「まさか…」
玲奈の頭の中では考えたくもなかったことが頭の中を過ってしまった。
いつものように退屈な時間を過ごしていたクリフトは双眼鏡を目に当てて、何か面白いものがないか…脱出手段はないかと探していると、不意に耳にプルプルと何かの回転音が僅かに聞こえてきた。その音を辿って双眼鏡を動かすと、その視線に黒色のプロペラ機が写った。
「マジ……かよ…」
思わず呟いてしまう程の衝撃を受けてしまうクリフト。数秒固まった後に、クリフトはアラームを鳴らし、全員を呼び寄せた。その音を聞きつけた生存者も続々と屋上に上がってきた。
「飛行機だ……。おい!あれ飛行機じゃねえか‼」
「やった!やったぞ!」
「だから言ったろ!いつか助けが来るって‼」
生存者は歓喜に満ち溢れる。
玲奈はその建物の周りを旋回して、どこに着陸出来るかを模索する。一番着陸出来そうな場所は白いペンキで大きく『HELP』と書かれた屋上しかないのだが…滑走路として使った時に長さが足りるか怪しい。
「何で……さっきから旋回してるんだ⁈さっさと降りて来いよ!」
生存者たちはそうボヤくが、そのうちプロペラ機はどんどんこちらに向かって来てるのに気付いた。それに明らかに高度は低かった。
「ヤバイ‼伏せろ‼」
急いで伏せた生存者たちのすぐ真上をプロペラ機が通過した。
「何やってんだ⁈」
「………あれは、着陸する気だ…。着陸する気だ!物を退かすぞ!」
玲奈が着陸するつもりだと分かったため、生存者たちは少しでも着陸の成功率を上げるために急いで無造作に置かれている荷物を横へと移動させ始める。ただ、その頃には玲奈は首を鳴らして、もう着陸させる態勢を作っていた。
「ドカンと行くわよ!」
「しっかり頼むぜ、玲奈!これで死んだら呪ってやるからな!」
「了解!」
玲奈は再び高度を落としていき、屋上の高さに合わせる。屋上にいる生存者たちはまだ荷物を退かしている途中なのだが、もう待っていることも出来ない。玲奈はこのまま着陸を強行することにした。
「掴まって‼」
竜馬と薺は掴まる場所がないことにツッコミを入れたかったが、集中しきっている玲奈に無駄なことは言わないでおこうと口を閉ざした。
プロペラ機は足りるか足らないかも分からない即席の滑走路に向かっていく。
「まずい!もう来る!」
ルーサーがそう言った途端に飛行機は屋上に突入した。
クリフトは地面にロープを張り巡らせ、それを柱に結び付けた。ロープは飛行機のタイヤに引っ掛かり、速度を減衰させる。しかしそれでも飛行機はスピードが緩むことなく、段差に激突し、飛行機は前のめりになり、玲奈の視界には瓦礫がアンデッドの山に落ちていく様子が写っていた。
クリフトもロープが千切れないように支えているのだが、結び付けている柱の土台がメリッと鳴り、その柱もろとも破壊してしまう。
「おいおい!待て!」
玲奈たちの飛行機はロープの支えを失い、前傾姿勢だったのが更に酷くなり始める。このままではアンデッドの溜まり場に向かって真っ逆さまだ。それを救ったのが身長190cmの巨体を誇るルーサーだった。地面を強く蹴って一気に跳躍し、機体の後翼を掴んで、自身の体重で後方に重心を乗せた。
「引けーっ‼引けぇ‼急げ‼」
ルーサーに引き続いて他の生存者も機体を掴んで落ちないところにまで引っ張っていく。
「ふぅ」と安堵の息を吐く玲奈は、安全な場所にまで行ったところでハッチを開けて、漸く建物の上に足を着けた。
ルーサーは降りてきた玲奈に一息飲んだが、笑いながら話す。
「ナイス着陸」
「墜落寸前ではあったけどね」
続いて竜馬と薺も続く。
「俺はルーサーだ。ルーサー・ウェスト」
「玲奈よ。彼女は薺。で、彼が…」
「竜馬だ。よろしく」
すると一人の男が自己紹介中に突然割り込んで来た。
ちょび髭を生やした背の小さい男だった。
「自己紹介などどうでもいい。お前はアルカディアから来たんだろ?」
「アルカディア?」
玲奈はもちろん、竜馬も薺も『アルカディア』という名は聞いたこともなく、相手に聞き返してしまった。
別の女性も同じように質問してくる。
「そこから来たんでしょ?食糧、シェルター、安全な場所を保証するって……」
「いいえ…私たちはそこからは来ていないの」
「え……。でも、他にも生存者はいるんでしょ?」
「いや、俺たち3人だけだ」
竜馬がそう告げると、ほとんどの生存者は肩を落として、再び建物の中に戻ってしまった。
玲奈はちょっとだけ申し訳ない気持ちになり、ルーサーに謝った。
「なんか……悪いことをしちゃったみたいだね…」
「気を悪くしないでくれ。みんな、期待で一杯だったから……」
生存者たちが言う『アルカディア』とは何なのか…。
玲奈たちの中で新たな謎が増えた瞬間だった。
ちょっとルーサーは名前の変えようがなくてそのままにしました。