勝手に作った言葉ですが、通じるからいいかなと…。
玲奈はシャワールームに到着するとすぐに例の大穴を改めてライトで覗いていた。その様子を見ていたルーサーは考えたくもない脱出方法が頭の中に思い浮かんでしまい、玲奈に恐る恐る聞いてみる。
「まさか……本気でこの穴に入って脱出……なんてこと言わねえよな?」
「本気よ」
玲奈はあまりに淡々と言うため、全員顔を強張らせた。
「下水は水道管を流れ、やがて排水路に……」
「排水路は海に繋がる」
竜馬が玲奈の言葉を引き継ぐ。
「これしかここから脱出する方法はない」
誰も“うん、そうしよう”なんて言うはずはない。この穴に入れば、忽ちアンデッドに襲われる可能性はぐんと上がる。だが、外でうろついているアンデッドたちがいつここにやって来るかも分からないため、迷っている時間もない。
「……しゃあねえなぁ…。俺が最初に行こう…」
沈黙を破ったのはルーサーだった。ルーサーの覚悟を見た3人も漸く覚悟を決めた。
「なら、次は私が行く。援護は任せて」
薺も続いて発言した。
ルーサーは頷き、ルーサーの巨体でどうにか入れる穴の中に入っていく。中はコンクリートを破壊しているようなものだから、所々に鉄屑があったり、通れない場所があるかもしれない。しかし…無事に海に繋がっていることを祈るしかなかった。ルーサーが入り、その後に薺も入っていった。
「お先に…玲奈…」
二人が入り、残りは玲奈、竜馬、シェーンの三人。シェーンは仕方ないな…といった感じで穴に向かおうとした時、太陽に反射して光る刃が三人の目に入った。
「よけ……!」
玲奈が『避けて』と叫ぶ前に、シェーンの右腕は巨大な斧で切断された。
ブシャアアアァという音を奏でながら、右肩から血飛沫を上げた。
「ぐあああああああぁぁぁ‼‼」
すぐに玲奈は自分の背よりも高い、あの巨人が音もさせずにここに忍び寄って来ていたことを確認した。玲奈と竜馬は暫し茫然と狼狽えてしまったが、玲奈はすぐに高く跳躍し、頭巾を被った頭に渾身の蹴りを食らわした。
その間に竜馬は負傷したシェーンを端へと移動させる。
しかし、巨人は全く玲奈の蹴りを気にすることなく、今度は鎚の方で玲奈を殴りにかかる。玲奈は間一髪横に避けたが、そこにあったトイレの便器は粉々に粉砕された。更に横に向かって振り回してくる。それも辛うじて避けた玲奈だが、その時砕けた壁の破片が目にかかり、玲奈の視界を一時奪う。その隙を逃すことなく、巨人は斧で切り裂こうとする。
「くっ…!」
玲奈はすぐに立ち上がったことで、腹から真っ二つにされることはなかった。
やられてばかりにもいかない玲奈は再び背中からコイン入りの散弾銃を取ると、巨人に向けるが、鎚が玲奈の脇腹に命中する。
「ぐふっ…⁈」
玲奈は壁に激突し、気絶してしまう。尚も玲奈をしつこく狙う巨人は斧を振り上げるが、巨人の背中に数発の銃弾が当たり、怯ませた。
だが、然程効いている感じはしない。奴が竜馬の方を向き、標的を竜馬に変えた。
竜馬に向かって走ってくる巨人に向けて、何度も発砲しても止まることはない。いずれ弾切れになり、竜馬も逃げるように走り出す。奴は斧を竜馬を断頭しようと、横に振ってくる。その度に竜馬は避けて、代わりにシャワーが次々と斬り倒され、そこから噴水の如く噴き出す。竜馬は走って避けながらも、こいつをどうしようか考える。生半可な武器では倒せない。しかも、今戦っているこのシャワールームも大して広くない場所だ。長時間惹きつけることも、逃げることも出来ず、圧倒的に不利だった。
そんな考えをしながらも、竜馬は壁を蹴って跳躍し、巨人の背後を取った。
奴は立ち止まり、竜馬を静かに見詰めていた。
「……こいつ……目見えないくせに、どうやって見てんだか…」
そう余裕そうに呟く竜馬だが、顔が分からないのがまた…彼に恐怖を与えていた。自然と足が竦み、勝手に後ろに下がってしまう。
しかし…今回限りはそうも言っていられなかった。いつも玲奈は竜馬たちのために戦い、その度に身も心も傷つけてきた。いい加減…自分も何かしなければならない…。そう思いながら、床に転がっている玲奈の散弾銃が目に入る。いい案が思いつくが、かなり危険で上手くいくかなんて分からない。
ただ……生き残るにはやるしかない…。
巨人は遂に止めていた足を前へと踏み出した。竜馬も覚悟を決め、巨人に向かって走る。
そして、巨人が斧を振り上げた瞬間、竜馬は水浸しになった床を利用してスライディングした。滑りながら落ちている散弾銃を拾い、巨人の真下を通過した時……竜馬は引き金を引いた。放たれたコインは巨人の喉から頭頂部に向かって貫通した。巨人はほんの数秒立っていたが、すぐに足は曲がり、崩れるように倒れていった。倒れる際には、シェーンの右腕を切り裂いた斧鎚がバシーンと大きな音を立てた。
竜馬は死んだと思われる巨人を後ろから眺めていた。
「はぁ……はぁ……」
極度の緊張感から溢れていたアドレナリンが無くなっていくのを竜馬は感じていた。疲労も凄まじく、立っているのも精一杯な程だった。
「やったぞ……。玲奈……」
竜馬は倒れている玲奈の下に行こうとしたが、彼の視界で…再び奴が動き出すのを見て、固まってしまう。
巨人は……まだ息絶えていなかったのだ。上体を起こし、斧鎚を掴むと、それを横に向けて投げてきた。竜馬にはもう逃げる力も避ける力も残っていなかった。あの巨体から放たれる斧鎚の速度は恐ろしい程に速かった。もう既に目の前にまで来ている。
竜馬もこれまでかと思った時、一閃の叫びが耳に入った。
「竜馬‼」
玲奈の叫び声が聞こえたかと思えば、竜馬の身体は玲奈によって地面に伏せられた。間一髪のところで斧鎚は2人の真上を通過した。玲奈はもう一つの散弾銃を巨人に向けた。武器も何も持っていない巨人は茫然とこちらを向いている。恰好の的でしかない。玲奈は引き金を引き、コインを発射させた。巨人の頭巾の頭は吹き飛び、肉、血、布切れが辺りを舞い、コインが地面に落ちる音がシャワールームに響いた。
玲奈と竜馬は自分たちの真上に突き刺さった斧鎚を見て、また茫然とする。そして、お互いに顔を見合わせたが、二人の口からは何の言葉も発せられない。竜馬がぐずぐずしていると、先に玲奈が動いた。彼女の腕が竜馬の首の後ろに回り、唇を付けてきたのだ。竜馬はちょっとだけ目を見開く。
「助けてくれて…ありがと…。その御礼」
「そうかい…。御礼なら…ここから脱出してからが良かったな…」
竜馬は玲奈をギュッと抱き締めた。
やっぱり、彼女が愛おしい…。そう改めて思ってしまう竜馬だった。
少しだけ抱擁した後に、右腕を肩から失ったシェーンの下に駆け寄る二人。出血が酷く、今から治療しても間に合いそうもないくらいに酷い傷だった。
「どうしよう……。竜馬、どうしたら…」
「落ち着け、玲奈…。シェーン、どうしてほしい?」
玲奈は竜馬が何を言っているのかと思った。
「……はっ、相変わらず…ついていないな…。牢獄に閉じ込められた、時から…」
「そりゃあ、本当にな…」
「……置いて行ってくれ…」
「ダメ…。私は見捨てられない。あなたがいたから、私たちは助かっているのよ」
竜馬は玲奈の肩に手を置き、首を横に振った。
「玲奈…。彼の意志を尊重しよう…」
玲奈はまだ納得してなかったが、二人は虚ろな瞳のシェーンを見て、もう何分と持たないと分かり、穴の中に入っていった。
シェーンは最後にこう呟き、永遠の闇のなかへと落ちていくのだった。
「生き延びろ……よ……」
次回、復讐の章終了です。