第68話 目覚め
目を覚ますと…そこはフカフカなダブルベッドの上だった。明るい太陽の光が自らの身体を照らしていることに気付いた玲奈は上体を起こした。
すると…。
「おい、美奈。早く起きなよ。俺たちの朝ごはんを作ってくれ」
後ろで言って来たのは竜馬だ。だが…玲奈は首を傾げた。
美奈?
名前を呼び間違えただけなのでは…と玲奈は思い、そこまで気に留めなかった。それよりも何故今ここにいるかを玲奈は頭の中で整理し始める。つい最近…いや、どれくらい前までかは全く覚えていないが、何か…とても怖いことが起き続けていた気がしたのだが…気のせいだろうか…。
玲奈はベッドから降りて、鏡を見た。身体には全くと言っていい程、傷跡も残っていないし、顔色も悪くない。
じゃあ…今までのことは夢だった…ということだったのか…。
玲奈はどうなっているか分からないままだったが、とにかく竜馬が朝食を作れと言っていたから…作ることにしよう。そして気付く。…自分が料理を作れるという事実に…。
目玉焼きを作っていると、階段の方から小さな子供が降りてきた。
佑奈だ。玲奈と竜馬の間に出来た新しい命だ。そこは…覚えていた。
「おはよう!」
「おはよう、佑奈。今日はきちんと起きれたね」
竜馬は我が子を褒める。こういうほのぼのとした生活を送るのが竜馬の夢であった。そして、竜馬は腕時計を確認して、鞄を担いだ。
「おっと、時間だ。行ってくる、美奈」
「行ってらっしゃい。…ねえ、竜馬、私の名前…美奈じゃ……」
玲奈が自らの名前は『玲奈』だと言おうとした時、突然竜馬に血濡れの男が襲い掛かって来たのだ。腕を噛まれながらも、竜馬は二人に叫んだ。
「逃げろ!美奈!佑奈!」
玲奈は佑奈を連れて急いでここから離れようとするが、至る所からアンデッドが現れて、二人の退路を絶っていく。そこで玲奈は一旦、一緒に物置部屋の中に隠れる。が、アンデッドは玲奈たち人間の臭いを嗅ぎつけているのか、その部屋の扉をどんどん叩く。アンデッドの力も凄まじく、扉を叩かれる度にいつでも壊れそうな感じがした。玲奈はタンスで扉を抑えて、半分しか開かない窓から助けを求めた。
「誰かぁ‼助けて‼」
しかし、窓から見える住人は自分が助かるので精一杯でこちらなど気にもしてくれなかった。
誰かに助けを求めても無駄だと悟った玲奈はモップを掴んで、天井に穴を開けていった。佑奈が通れるくらいに広い穴になったら、先に佑奈を屋根裏へと移した。更に玲奈もジャンプして、屋根裏に行こうとするが、そこに扉を破ってアンデッドが入ってきて、玲奈の足に掴みかかってきた。
「イヤァァァァ‼」
玲奈は掴んで来るアンデッドを必死に振り払い、逆にアンデッドの頭を台にして屋根裏に到着した。佑奈はどうしていいか分からずにあたふたしているばかりであった。
「行って!」
玲奈は震える手で金属バットを掴んだ。武器を手にしても…安心した気分にはならなかった…。
玲奈はすぐに屋根裏から出た。
カラカラと梯子を降ろして、音を立てないように移動する。が、そんなことをしてもアンデッドには全く通用しなかった。すぐにアンデッドに追われる羽目になった玲奈と佑奈は寝室に逃げ込んだ。鍵をかけて、窓ガラスをバットで割ってそこから佑奈を通した。しかし…扉を破ってアンデッドもやって来る。
「来ないで‼」
玲奈はバットをアンデッドの顔面にヒットさせる。それでも死なないアンデッドに玲奈は今度はバットを真上に振り上げて頭頂部に食らわせてやった。噴き出た血が玲奈の真っ白なシャツに付着するが、今は佑奈を守るのが最優先だからそんなのを気にすることもなかった。
外に出た二人だが、状況はそこまで変わりそうになかった。周りの近所の人たちも襲われ……違う。食われていた。警官であろうとも容赦なく襲ってくるアンデッドに拳銃を撃っていた。車で逃げようとする者もいたが、車に乗る前にアンデッドに捕まって首を噛み切られて鮮血を噴き出していた。
玲奈たちが右往左往していると、2人の前に一台の車が止まった。
「何ぼさっとしているのよ⁈」
それは向かいの家に住んでいる葉子だった。玲奈たちはすぐに葉子の車に乗り込むが、後ろからは
「飛ばすわよ!」
しかし、車の加速は最初だけ鈍い。そのせいか…アンデッドの走るスピードに追い付かれそうだった。
案の定、開けていた窓からアンデッドの腕が伸びてくる。
「キャアアアアアア‼」
玲奈は思わず悲鳴を上げた。それを見た葉子は車をカーブさせて、アンデッドを振り切った。
しかし…後ろからやって来るアンデッドの軍隊が尽きることはない。
「ねえ!どうなってるの⁈」
「まるっきり見当つかない…!」
「あの人たち……何でこんなこと…!」
「あいつらが人間に見える⁈あいつらは……」
その時、車の後方部に右側から猛スピードでやって来たトレーラーが衝突し、車は横転した。ひっくり返った車の中で玲奈はどうにか動いて、佑奈の傍に寄った。
「佑奈!しっかり……。大丈夫?」
「うん……」
佑奈はあんなに車が横転したのに、気絶していなかった。
それよりも…後方から迫りくるアンデッドをどうにかしなければならなかった。玲奈は佑奈を車から降ろして、街中を走り出す。一方、葉子は逆さまになったまま、シートベルトが外れずに車から出られなくなってしまった。
「……最悪!」
そう愚痴る葉子だった。
玲奈たちはとにかく奴らから逃れるために家の中に駆け込んだ。鍵を一応かけるが、あの数のアンデッドを足止めできるはずなどない。玲奈は佑奈と共に2階へ駆け上がり、子供部屋らしきところのクローゼットの中に隠れた。
佑奈は恐怖で今にも泣き叫びそうな程震えていたから、玲奈は佑奈の口を手で塞いだ。
すると…子供部屋に1体のアンデッドが入ってきた。だが…アンデッドの視覚はそこまで優れているわけではない。その代わり、人間とアンデッドの臭いを嗅ぎ分ける能力を持っている。更にその能力を向上させるためにアンデッドは口から四又の寄生体を出した。それをクローゼットの隙間から見た玲奈はもう逃げきれないと確信してしまった。
でも…佑奈だけは死なせたくない…。
それを実現するためにには……。
玲奈は暫し佑奈を見詰めると、佑奈の額にキスをした。
「愛してる……佑奈……」
「私も…ママ…」
佑奈をギュッと抱き締めた後…玲奈は一筋の涙を流してからクローゼットから飛び出した。アンデッドの不意を突くことは出来たが、それだけでは奴を殺すことは出来なかった。玲奈は子供部屋から急いで出て、佑奈の安全を確保しようとする。
だが、アンデッドはすぐに玲奈を掴んで四又も口で顔に食らいつこうとする。
「いやぁ!」
玲奈は身体を暴れさせたことで、気付かぬうちにアンデッドを突き落としていた。アンデッドは2階から落下して木の柵に身体が突き刺さり、動けなくなった。それでも命は尽きることはなく、玲奈を見ながら腕を伸ばしていた。玲奈は安堵の息を吐くが、すぐ目の前に突然竜馬が現れた。シャツも顔も血だらけで、口からは止めどなく血が垂れていた。
「竜馬!大丈…」
竜馬の身を安じて声をかけようとしたが、竜馬は口を大きく開いて、そこから四又の寄生体を吐き出した。
その姿に目を丸くして固まってしまった玲奈に…アンデッド化した竜馬は…即座に食らいつくのだった。