玲奈は長い長い梯子をどうにか登り切って、別のトンネルに到達した。そこは例のモスクワ駅のトンネルと同じくらい広くて大きい通路だった。明かりも何もないため、暗闇に慣れた目であの怪物を探すしかなかった。マシンガンを構えて進んでいると、地面にはあの怪物が残したと思われる引っ搔き傷や爪痕が至る所に残っていた。ここを通って、佑奈をどこかに連れ去った証拠だ。
だが、ここでまたしても腹に痛みが僅かに走った。
「うぅ…」
骨折した肋骨は時間が経つにつれて悪化してるようだった。腹を軽く抑えて、玲奈は痛みに耐えながらその通路を歩いていくのだった。
暫く歩いていると、また別の縦穴に着いてしまった。しかし…上から何か聞こえる…。。玲奈が上を見上げると、何が音を出しているのかすぐに分かった。壁に追い詰められた佑奈があの怪物に今にも殺されようとしているところだった。その証拠に剛腕が高々と上がり、白い爪をキラリと輝かせていた。
「…!ママ!助けて‼」
「…今行くわ」
玲奈はエイダから貰ったフック付き銃を取り、引き金を引いた。放たれたワイヤーは怪物の腕に当たり、玲奈はそこから引っ張られていく。腕に引っ掛かったことに気付いた奴は玲奈に全ての巨眼を向けた。だが、その時には玲奈は怪物の頭の高さにまで来ていた。
怪物はすぐに別の腕や螺旋状になった口で玲奈に食らいつこうとするが、玲奈は怪物の腕も口も届かないギリギリの場所で身体を回転させながら、奴の頭にマシンガンの弾を何十発もぶち込む。もちろん、玲奈もこれだけでこいつを殺せるなんておこがましいことは思ってなんかいない。ただ、奴が怯む隙を得て、その間に佑奈を助け出そうと思っているのだが……玲奈の予想とは裏腹に、奴は顔面をグチャグチャに潰れ、抉れて…地面に倒れていくのだった。
玲奈はまだ息があるのを確認しながらも、佑奈の元に駆け寄って彼女を抱き締めた。そして…我が子のように何度もその名を呼んだ。
「佑奈…!佑奈…!」
佑奈も泣いて玲奈の胸の中に顔を埋めた。玲奈はすぐに息がまだある怪物から離れようとするが、近くに転がっていた死体に付いている“何か”に目が入った。それは何個も連結して付いた手榴弾だった。服装からして、ここの職員だろうが…奴に見つかって餌にされたのだろう。
「佑奈!行くよ!」
玲奈は佑奈の小さな手を掴んで、とにかくここから急いで離れていくのだった。
竜馬は改めてタイマーの残り時間を確認した。あと5分足らずしかない。玲奈は一向に戻る気配はない。万が一…玲奈が戻って来なかったら……エレベーターに乗り込んで地上へと上がるしかない。
「うっ…!」
その時、隣にいた薺が小さく呻いた。彼女はライフルを落として右腕を落としていた。
「薺!」
竜馬は近付いてくる兵士たちにマシンガンを撃って牽制した。
ここも長くは持ちそうになかったため、玲奈と佑奈が戻る前に…エレベーターを動かすしかない可能性も上がってきた。
「エレベーターまで退却だ‼」
しかし、ルーサーだけは部隊の方を見て少し考え込んだ後に竜馬に伝えた。
「先に行け!俺が足止めする!」
「ルーサー!何言ってんだ!」
「タイマーがゼロになった時にはエレベーターに乗っていなきゃならないだろ!?誰かがエレベーターにまで攻め入られないようにしなきゃならないんだ!」
ルーサーは隙を見つけ、ライフルを連射し、アンブレラ兵士2名の命を奪った。
「行け!俺に構うな‼」
竜馬は必死に考えて考えたが…ルーサーの言っていることは正論だった。なので、竜馬は撃たれた薺を支えて、ジョッシュ、紗枝と共にエレベーターに乗るのだった。
ルーサーはここで自らの死を悟った。これだけの兵士の数を1人で相手し、死守するなど到底不可能だ。
それなら……エレベーターに乗った4人のために、一矢報いてやることがルーサーにとっての最後に仕事だと考えた。ライフルの弾もなくなり、残りは今手に握っている単なる拳銃1つだけだ。これで奴らを倒すには…。
「捕虜を連れてきな!」
葉子の鋭い声と共に、奴らは突然銃撃を止めた。そして、柱から出てきた人を見て、ルーサーは目を見張った。玲奈が死んだと言っていたエイダが、後頭部に銃口を当てられながら、ルーサーの目に現れたのだ。
「それ以上撃ってみろ…。この女の頭から赤い花が咲くぞ?」
ルーサーはこの状況を打破するには、自らの命を差し出してやるしかなかった。拳銃を左手に握ったまま。柱の影から出た。そして撃ってこいと言わんばかりに両腕を大きく広げて…彼らの前に姿を見せた。もちろん、そんな格好の的を奴らが生かすはずもない。智之から放たれる銃弾がルーサーの身体を突き抜けていく。
「ごふっ……ぐはっ……」
ルーサーはドサッと音を立てて倒れる。それを見た智之はフッと笑みを漏らし、足を前に踏み出した。
だが……その時、まだルーサーは生きていたのだ。死んだと思わせてから、さっき空中に投げた拳銃を起き上がって掴むと、最後の一発を智之の心臓にぶち込んだ。乾いた銃声の後に、智之の胸には綺麗に穴が空き、智之は吐血して倒れていった。
もう1度…ルーサーは両手を広げた。今度こそ…奴らは容赦しなかった。これでもかというくらいにルーサーの身体に弾を撃ち込み、遂に彼の巨体は地面に倒れ、二度と起き上がることはなかった。
玲奈と佑奈は通路をひたすらに走っていき、突如として広い部屋に出た。それは目を疑いなくなるくらいに嫌な光景だった。同じ顔、同じ体型の人間がまるで工場で作られているおもちゃみたいに吊るされて運ばれていたのだ。その中には玲奈のクローンもあって、それを見た佑奈は驚愕してしまう。
「あれ……ママ⁈」
玲奈も返事に困ってしまう。しかし、ここで立ち止まっている訳にはいかなかった。さっき頭を潰した怪物が前方の高い位置にある通風孔を破って、玲奈たちに咆哮した。散々に脳をグチャグチャになるまでマシンガンを撃ったはずなのに、まるで効いていなさそうだった。
そこで玲奈はさっき取った手榴弾のピンを抜いた。すると、佑奈は玲奈の腕を引っ張った。その顔は、今にも泣きそうなものだった。
「ママ……ママは本物だよね⁈」
本当は違う。あなたは作られた存在なの……と、心の中で言う玲奈。だが、そんな残酷なことを言えるはずもなかった。玲奈は真剣な表情で佑奈に言った。
「今はそうよ」
怪物は通風孔からジャンプし、玲奈たちに飛びかかってくる。玲奈は瞬時にフック付き銃で天井に引っ掻けると、上へと逃げていく。そして…眼下は爆発で赤く染まっていくのだった。
ルーサーの死を見届けた竜馬とジョッシュは申し訳なく思いながらも、2人はレバーに手をかけた。玲奈はもう待てなかった一行は、タイマーを確認して、爆発に備えた。
そして、すぐに施設全体が揺れた。施設に流れていた電源を切られてしまったため、この時だけは非常用電源が作動する。これだけはレッドクイーンでも操作出来ないことを知っていたため、最終手段にするには最適だった。
「……走れ‼」
通路の奥から葉子の声が響いた。どこに走っていくにせよ、エレベーターに乗っていない彼らは助からない。身に滲みる程の極寒の海水を浴びてしまうからだ。予想通り、漸くエレベーターが動き出すが、途端に4人に超冷たい海水がかかってくる。あまりに冷たくて、4人とも身体ががくがく震える。
その時、奥からガタンと音がして、エレベーターに網戸が落ちてくる。そちらに銃口を向けたが、そこには網戸を蹴破って、ここに到着した玲奈と佑奈の姿があった。
「戻ってくるって言ったでしょ?」
「……信じた通りの女だぜ、なぁ…竜馬?」
「そうだな…」