玲奈と葉子が激しい戦闘を繰り広げているのを横目に竜馬とジョッシュも海翔に立ち向かっていく。2人は昔の仲間だからとか、そういう感情は全て捨てて戦うと決めていた。だが、竜馬とジョッシュとは正反対で紗枝は全くと言っていい程、棒立ちだった。いくらこの海翔が死んだ恋人だとしても、彼に銃を向けて撃つのはかなりの覚悟が…紗枝には必要だった。その覚悟を紗枝は未だに持てずにいた。だが、そんな紗枝をジョッシュは危険だと危惧していた。大事な時にどうすることも出来ない……それは今の世界で最もやってはいけないことだった。そうだと分かっていても…ジョッシュは今は紗枝を放っておきたかった。
今だけは……。
ジョッシュは海翔に拳を向けたが、海翔はそれを軽々と避けて、足を引っ掛けて転ばせる。竜馬もジョッシュと同じようにパンチをぶつけてやろうと思ったが、避けられてしまう。
海翔は自らの体内に注入した寄生体によって、人間では発揮することが出来ない極限に近い力を出していた。
海翔は竜馬の拳を避けた後に、態勢を低くして彼の腹にパンチをぶち込んで吹き飛ばした。
「ぐあっ‼」
地面を転がる竜馬を見たジョッシュは、こちらにも追撃が来ないように海翔の顔面を掴むと豪快な頭突きをかました。
「…っ!」
これは効いたようだ。更にそこから腹に膝蹴りを与え、怯んだところにラリアットをした。
「ぶふっ…!」
これも怯んだ海翔だったが、反撃もここまでだった。海翔は更に飛んでくるジョッシュの拳を掴んで、ぐいっと握り返した。
「なっ……⁈」
海翔はそこから腕を捻り上げ、ジョッシュの左腕を折った。
「グアアアアアアアアアァァァッ‼‼」
ジョッシュは腕を折られた痛みに絶叫する。ジョッシュの拳を離した海翔は胸にパンチを加え、側頭部に強烈な蹴りを当ててきた。ジョッシュは雪上に吹き飛び、腕を抑えながらも海翔を睨む。だが、睨んでもジョッシュから攻撃をするのは無理そうだ。
しかし、そこから先はやらせないかのように竜馬が側面から飛び出した。彼の飛び蹴りが海翔の頬にクリーンヒットして、奴を吹き飛ばした。
「ジョッシュ!」
そこに今まで棒立ちも同然だった紗枝が駆け寄る。そして、変な方に曲がってしまっている彼の腕を強く掴んだ。
「我慢して!」
紗枝は息を一気に吸って、ジョッシュの左腕をゴキリと鳴らして、元の方に戻した。どうやら折れていたのではなく、外れてしまっていただけのようだ。
「無理しないで。あんまりやると、本当に…」
「…紗枝、すまない……」
「……謝るのは私の方よ…。覚悟も決めれずに…突っ立ってばかりで…」
「…そんなことはない。お前だって…辛いんだろ?」
紗枝は答えなかったが、本音はそうだった。海翔と殺し合うなんて…辛い以上の地獄だ。彼女はポタポタと…己の
竜馬はというと、頬を擦る海翔と睨み合いを続けていた。竜馬は背中から刀剣を抜く。刀剣は何体も殺したアンデッドの血によって、赤黒く変色していてこの氷の世界では目立つものになっていた。竜馬はその刀剣を振り上げて、海翔に向かっていく。
海翔は拳を作り、竜馬に向かわせていく。刀剣と拳がぶつかった瞬間、金切り音みたいな音と共に黒くて細い金属質のものが飛んでいった。
それは竜馬の刀剣だった。根元から折れてしまったのだ。
しかし、刀剣とぶつかり、折ったその拳は止まることなくそのまま竜馬の胸に目掛けて飛んでくる。竜馬はすぐに避けようと、右に回避するが間に合わず、胸ではなく、左腕に当たった。
「ぐうっ……⁈」
竜馬の身体の中でバキバキバキッと何かが割れて…砕け散る音が響いた。それもそのはずだった。海翔の拳は刀剣を折るだけでなく、竜馬の上腕骨に
竜馬は後ろに下がって、ダランと垂れた左腕を抑えた。こいつはヤバイと…本能的に思った。
しかし、海翔はそんな竜馬を逃すことなく、一気に距離を詰めると竜馬の腹に連続でパンチをぶち込み、罅の入った左腕を強く掴んで、ギュッと力を込めた。
「うあああああああぁ‼‼」
竜馬もこれには耐えきることは出来なかった。想像以上の痛みが左腕から全体に走り、氷の上で暴れまわった。海翔はその後に竜馬の胸ぐらを掴んで、無理矢理立たせた。
「うぅ……くぅ、海翔…お前……」
海翔はまたさっきみたいに拳を作り、力を込めていく。今度は腕なんか当てずに、心臓に食らわせようと狙いを絞った。命を止めるだけなら…心臓か脳に強力な一撃を加えればいい…。
竜馬はあの拳が飛んでくるのをただただ…見ていることしか出来なかった。ジョッシュと紗枝は今…あの状態では戦えない。海翔は拳を振り上げる。
竜馬が目を閉じた、その瞬間だった。
「やめてっ‼‼海翔‼‼」
紗枝の悲痛な叫び声の後に、静かな雪原に銃声が響いた。
銃弾は竜馬を掴んでいた腕に命中し、竜馬を解放した。海翔は撃たれた腕を軽く見てから、紗枝を一瞥する。
そんな睨みだけでも…紗枝は足を後ろに退かせてしまいそうになった。今まで…いや、いつも優しい表情しか紗枝に見せたことがなかったため、あの恐ろしい表情に負けそうにもなる。
それでも…紗枝は震える足を必死にこの場に留めた。
「私っ……!もう海翔は諦める…!海翔の死も……受け入れる……!海翔のことを……忘れようと思っている…‼……大切な人のために…!だから……もうやめて‼」
ジョッシュは驚いた表情で紗枝を見た。紗枝の表情は、恐怖と…嬉しさが入り混じっていた。
紗枝はジョッシュの方を振り向くと、彼に笑いを溢して…単身で海翔に突っ込んで行った。
これが…紗枝の出来る限りの覚悟だった。
「さ、紗枝‼」
紗枝は拳銃を撃ちながら海翔に突っ込む。自爆、特攻…どれで言ってもいい表現だった。命知らずにもほどがあるとジョッシュは言ってやりたかった。しかし…最初に飛び出した言葉は……。
「やめろおおおおぉぉぉっ‼」
海翔に…紗枝を殺すなと懇願しているように思わせてしまうような発言をしてしまった。だが、そんな儚い願いを今の海翔が持っているはずがない。海翔は無暗に突っ込んで来た紗枝の拳銃を掴み、粉々に粉砕してしまうと…紗枝の首を掴んだ。
「あっ……あがっ……」
今、紗枝の足は地面に着いていない。海翔の腕力で持ち上げられているのだ。ジョッシュはすぐに助けに行きたかったが…極度の疲労とダメージで身体は全く動かなかった。それは竜馬も同じだった。
紗枝は息を吸いたくて必死にもがくが、海翔の力が強すぎてほどくことも出来ない。昔から…海翔が強かったのは知っている。だけど、紗枝の望んだ力はこんなものではない。
どんな人にでも優しく手を差し伸べてくれる……それが本当の力だと紗枝は信じていた。
「ぐっ……うぅぅ………」
視界がぼやけてきた。抵抗する力も何もかも抜けていく気が紗枝にはした。
いや……もうすぐ死ぬんだと紗枝は理解する。海翔の手で死ぬなら……それでもいいかも……とも思い始めていた。
海翔はそれを見越したのか…更に力を強くした。
「…⁈うっ…!」
しかし…その時だった。紗枝は突如、空中で自分の身体が傾いたことに気付いた。それもそのはずだった。海翔の右手首は玲奈の掴んでいる斧によって、綺麗に切断されていたからだ。そこから海翔の腹を蹴って、紗枝と距離を置かせると…崩れ落ちる紗枝を受け止めた。
「紗枝…!」
「どう……して……」
「何勝手に死のうとしてるの⁈あなたには……あなたを大切に想っているいる人がいるでしょ⁈」
紗枝は今にも失いそうになる意識の中でジョッシュを見た。急いでこっちに向かって来て、表情はとても焦っている。そんな表情でも…紗枝は癒された。
「そう……ね…。ジョッシュ……」
「紗枝?紗枝⁈」
玲奈の呼ぶ声が遠くなっていく。
最後に紗枝は…こう呟くのだった。
「愛し…てるよ……ジョッ、シュ………」
実験の章、次回完結