紗枝は玲奈の腕の中で気を失ってしまった。その怒りを…玲奈はクローンであるが、海翔にぶつけるように怒鳴った。
「海翔ぉぉぉっ‼」
この猛々しい声は玲奈の心の奥底から溢れ出した。玲奈は手斧の持ち手が砕けるのではと思う程に強く握り、海翔に向かって走っていく。海翔も玲奈に向けて、足を前に出している。玲奈は斧を横に振って海翔の首に刺したが、その攻撃に海翔は全く反応することなく、玲奈の左腕を掴んで動きを止めると、玲奈の胸部に渾身のパンチをお見舞いした。
「ああっ‼」
そのパンチの威力は凄まじかった。
この一撃で玲奈の胸骨は
これでいつもの全力を出せなくなってしまった。どうにか膝を着けて、はぁはぁと荒い息をする。その時、この氷の下に何かいることに気付いた。降ってくる雪を退かしてみると、氷の下には口を開けて肉を欲しているアンデッドの姿が冷たい海水の中に見えた。
この存在が玲奈の中に最後の作戦を思いつかせた。しかし、玲奈の案を成功させるには誰かが“アレ”を玲奈に渡してくれないと実行出来なかった。だが…今この場にいる全員はまともに動けそうもない。
玲奈は唇を噛み締める。その間にも海翔は玲奈にゆっくりと近付き、彼女の焦げ茶の髪を乱暴に掴んで、回転蹴りを腹に与えた。
「ぐはっ……」
玲奈は雪上を滑り、何度も咳をする。いつ途絶えてもおかしくない意識をどうにか手放さないようにするので必死だった。諦めかけた時…。
「玲奈…!」
その声の主が、玲奈にマシンガンを投げた。これを…玲奈は待っていた。
投げてくれたのは車の中で待機していたはずの薺だった。玲奈は
「……いいの?もう…見れなくなるよ?」
海翔はそれを聞いて笑っている。
そんな海翔をもう…薺は見たくなかった。薺の記憶の中にある優しい姿の兄だった彼だけで…彼女は充分だった。薺は涙を一滴落とすと、玲奈に頼むように言った。
「…っ……お願……いっ……」
こんな兄を見たくない……もう、兄を2度と見れなくなる……この2つの感情が薺の心に渦巻いた。
だが…海翔は相変わらず笑ったままで、余裕そうだった。
「俺は死なない」
海翔は自信ありげに言う。玲奈は冷たい視線を軽く送ってから淡々と言った。
「殺すつもりはないわ……」
玲奈はマシンガンの引き金を引いた。しかし、流れる弾は海翔の身体には1発も当たらなかった。それもそのはずで、玲奈は海翔が立っている氷を撃ったのだ。
海翔がそのことに気付いた時には、もう極寒の海水を身体中に浴びていた。更にそこにあの施設で生きていたアンデッドが海翔に襲い掛かる。抵抗をする海翔だが、水の重みで身体は思った通りに動かないし、アンデッドは無数にいるため…至る所に歯を食い込ませてくる。噛みつかれても生きていけるが…こいつらの餌となって一生海水の中に留まるのだけは嫌だった。
海翔は最後にどうにか地上に這い上がり、玲奈たちに叫んだ。
「俺は…!必ず戻ってくるからな‼覚えておけ‼」
「………そう、頑張ってね……」
玲奈の冷たい言葉の後に無数のアンデッドは海翔の身体を掴んで、海水の中へと引きずり込んでいく。
「うぐあああああああああ‼」
海底に海翔の悲鳴が木霊するのだった。
ジョッシュは気絶した紗枝を一旦薺に任せて、雪を身体に被ったエイダに自身のコートをかけた。その直後、ヘリのローター音がバラバラと聞こえてきた。その音によって、エイダは漸く目を覚ました。
「何……この音…」
「どうせ親父が送ってきたお迎えさ。遅いんだよ…」
ヘリのライトが玲奈の身体を照らした時、彼女の身体は既に地面に膝を着けていた。それに気付いた竜馬が痛む身体を抑えつつ、駆け寄る前に玲奈の意識は紗枝同様…闇に飲まれていった。
次に目を覚ました時、玲奈は担架の上にいた。口には酸素を送り込む装置が取り付けられていて、シュー…シューという音が定期的に彼女の耳に入った。
玲奈の横には竜馬1人、寄りそうにいた。他の皆は玲奈の周りにはいなかったため、恐らく別のヘリに乗っているのだろう。竜馬は玲奈の右手を両手でがっちり掴んで、そこに額を押し付けている。玲奈は竜馬に答えようと、掴まれた右手をぎゅっと握り返した。
「⁈玲奈⁈」
「竜馬……」
竜馬は玲奈が目覚めた途端に背中に腕を回して抱き締めた。
玲奈の胸骨は信じられない速度で再生されていて、身体は動くし、痛みもない。だけど…身体は少しだけ怠かったから、今だけは…竜馬に身体を預けたかった。
「玲奈……お前はいつも傷だらけで……俺は…」
「大丈夫よ……。それより…」
玲奈は酸素マスクを外して、彼の唇を奪った。
「んっ…」
玲奈のキスに竜馬は答える。玲奈はほんの数秒で良かったのに、竜馬はガッチリ身体を抱き締めて、一向に唇を離そうとしなかった。
「ん……んぅ…」
遂に彼の舌が玲奈の口内に侵入していくのを感じた玲奈は…それから暫くは竜馬に全てを任せるのだった。
玲奈はここでこのヘリがどこに向かっているのか聞く。外の景色は見る限り、南極ではなかった。
「ここか?ああ、日本だ」
「日本?どうして…」
「ジョンが率いる生き残りが名古屋に集結しているらしい」
ジョン……。
玲奈は今でもジョンなど信用していない。アンブレラの全てを牛耳っているのはレッドクイーンであるのは、間違いないのだが…それでも、彼女は彼を信じきれずにいた。
暫くして、ヘリから何かが見えた。
「あれは…名古屋城?」
そう呟く玲奈だが、その城の瓦はほとんど落ちていて、昔のように戦国時代を象徴するものはほぼ失われていた。それよりも血が多く付着しているのか…赤くなった巨城はさながら地獄に
玲奈たちを乗せたヘリは改造された名古屋の天守閣に着陸する。
そこから城の中に入ると、マシンガンなどを持った自衛隊や民間人が走り回っていて、玲奈は1人の隊員にとある部屋に案内された。
その部屋に、ジョンはいた。
「…で、名古屋城を治めた気分はどうかしら?」
「悪くないよ。むしろいい気分だ」
ジョンは背中をどっと預けて椅子に座っていた。
やはり…アルカディアで戦ったのは、彼のクローンのようだ。
「私を助けた理由は?」
「知りたいだろう?だがその前に……」
ジョンは立ち上がると、ウィルスを摂取したことで手に入れた瞬間移動の能力で玲奈の間合いに即座に入って、手に持っていた注射器を無理矢理玲奈の首に突き刺した。
「あああぁ‼」
痛かった。今まで受けてきた注射器の中でも格段に痛くて、玲奈は床に倒れて首を抑えた。そこにドアを蹴破って入ってきた竜馬が玲奈に駆け寄った。
「貴様!玲奈に何をした⁈」
「新たなJ-ウィルスを投与したのさ」
玲奈をそれを聞いた途端にジョンを睨みつけた。
彼女はこれ以上…人間でない力を手に入れるのは嫌だった。普通の人間…普通の女性として生きるのが玲奈の夢なのに、その夢は
「玲奈だけなんだよ…。J-ウィルス…JJ-ウィルスを完全に克服し、力をフルに発揮できるのは…」
玲奈は膝を着きながらも、どうにかジョンに恨みの言葉を述べた。
「あんたを殺してやる……」
「…それも構わないが……その前にしなくてはならないことがある」
玲奈、竜馬、ジョッシュ、紗枝、薺はジョンの案内で先程のヘリポートに着き、そこからの景色を望んだ。
景色は……正に、地獄だった。押し寄せてくる何万、何億ものアンデッド…。空飛ぶ怪物に、巨大なリッカーも…こっちに向かって来ている。
「ここにいる生存者が全てだ」
生き残りはこの名古屋城にいる人だけ…ジョンはそう言ったのだ。
要するに、彼が言いたいことは…この数のアンデッドたちを相手にしろということだ。
「君にウィルスを注入したのも、助けたのもこのためだ。人類を救うには玲奈の力が必要不可欠だ。これは人類にとって最後の戦争だ。終焉の前の……聖戦だ」
玲奈は息を飲んだ。
この数を相手にしなければならないのかと……。しかし、他に生きる道はない。
玲奈はマシンガンを持ち、奴らに構えた。
そして…引き金を引いた途端……終わりもない…結末も見えない……ただ殺し合うだけの戦いが…幕を開けたのだった。
次章で最終章です。
Gウィルスの化け物を出そうとも思ったんですが…どうだしたらよいかわからずそのまま出さずに終わらせました。