本当に何もない。
玲奈の視線から、動くものが全く見えないのだ。風もないため、吹かれてしまうものもない。そのせいで、玲奈は遂に人類は絶滅してしまったんじゃないかと不安を抱かざるを得なかった。
だが…。
「…大丈夫よ……」
玲奈は独り言でそのように呟いた。
どんなに生態系の中で下位の生物でもしぶとく生き残っているのも僅かにいるはず…。その自然の摂理に従うなら、人間もいくらか生き残っているはずだ。
玲奈はそう信じたかった。
その時、玲奈の耳に…僅かだが、機械がカタカタ鳴る音が地下から聞こえてきた。こんな荒んだ場所で機械が未だに動いているなんておかしいと思った玲奈は、早速地下へと潜り込んでいく。はっきり視界は酷いの一言だが、音はやはりこの奥から聞こえた。
そして、漸く見つけた音の正体はタイプライターから発せられるものだった。勝手に動いていて、同じ言葉を永遠と打ち続けていた。
『おはよう、玲奈』…と。
こんなことを言う奴は1人しか玲奈には思いつかなった。
その途端に今まで暗かった部屋にあったたくさんのモニターが赤く付いたかと思えば、画面にはレッドクイーンが映っていた。
「…満足?」
『今衛星で確認したところ、地球には生存者は3985人いる。でもその生存者ももうすぐ全員死ぬ』
「…そう……。だから何?私たちが勝った…だから諦めろと言いに来たの?」
『いいえ。むしろあなたに止めて欲しい』
レッドクイーンは何度も『止めて欲しい』を連呼する。
玲奈でもこれがクイーンの本音か、
しかし、その時…クイーンは画面の中で後ろに指差した。
『いるわよ』
振り向くと、さっき水の中に繋がれていたアンデッドが玲奈に襲い掛かってきた。玲奈は避けると同時にナイフで奴の首を切り裂いた。更に近くにあったモニターを引き千切って、それをアンデッドの頭にぶつけてやった。
これでアンデッドの頭は何とか付いているような状態になったところで、玲奈はナイフでその首を切り落としたのだった。
『お見事』
「私に会いたかった理由は?」
『……もうすぐ全てが終わる』
「終わる?」
クイーンは画面にあるものを映した。
それはあのハイブにあったJ-ウィルスのように見えた。
『J-ウィルスではないわ、玲奈。これは抗ウィルス剤…それも空中散布型のね』
空中散布型……つまり空気感染でJ-ウィルスを殺していく代物だ。
玲奈はそれを知ったところで、どうしてクイーンがそんなことを教えてくれるのかと不思議に感じた。時には敵に…時には味方に回るクイーンが何故……と。
『それがハイブにある』
「ハイブって……あのハイブのこと?」
『そうよ。急ぎなさい。人類最終居住地が無くなるまで残り2日を切っている』
「……その話、信じ切っていいのかしら?」
『任せるわ』
玲奈はこの言葉遣いで信じていいんだなと思った。玲奈は置いてあったタイマー時計をセットしてから、再び地上に出るのだった。
建物を出て、すぐに玲奈は目の前の赤いバイクに目を奪われた。何故なら、そのバイクにはアンブレラのロゴが入っていたし、何よりさっきまでここにはなかった。
玲奈はナイフを取り出して、辺りを警戒する。
奴らは近くにいる……。そう直感的に感じた。
そう思いながら足を1歩前に踏み出した時、瓦礫の中に隠れていた全身黒服でヘルメットを着けた兵士が出てきた。しかもマシンガンを玲奈に向けて…。玲奈はゆっくりと足を退いたが、それは間違いだった。左足にガチャンと何かが装着して、上に引っ張られる。
「…⁈」
玲奈はそれによってバランスを崩してナイフを落とし、おまけに宙吊りにされてしまう。すると、さっきの兵士と同じ格好をした奴らが上や下からぞろぞろと現れて玲奈を取り巻く。
そして、1人の兵士がマシンガンで玲奈の腹を殴った。
「ぐあっ……!」
腹に鈍い痛みが走る。更にもう1発殴られる。
「くぅ……!」
宙吊りなので、殴られる度に身体がぷらんぷらん揺れた。殴って来なくなった兵士を見た玲奈は更に挑発した。
「やりなさいよ?痛めつける好きなんでしょ?」
この挑発に兵士は反応した。
ヘルメットを被っていても
そして、兵士がかぶりを振った瞬間だった。玲奈はマシンガンを掴んで、まず目の前にいる兵士の首を折った。次にその死んだ兵士のマシンガンで後ろの兵士を殴って、気絶させると、そのまま拳銃を引き抜いて引き金を引いた。拘束された足を掴んで、身体を捻らせてぐるりと一周しながらも順々に弾をぶち込んでいく。玲奈の周りにいる兵士を皆殺しにしたところで、玲奈は左足を拘束しているワイヤーを撃ち抜き、死体の上に落ちる。ここで気絶した兵士が起き上がるのだが、その後頭部に銃口を当てて、遺言を聞くことなく…撃ち抜いた。
玲奈は拳銃を捨て、落としたナイフを拾って彼らが乗ってきたであろうバイクに跨った。キーは付いていないが、指を押し当てる場所があった。そこに押し付ければ、このバイクは動くようだ。アンブレラにしては高性能だなと玲奈は感心した。
玲奈は自らの親指をそこに付けた。しかし、付いたのはえんじんではなく、バイクに搭載された電流システムだった。すぐに玲奈の親指から身体中に電流が走った。
「あっ……!」
玲奈は電流によって、バイクから落ちてしまう。
そして…何者かが玲奈に近付く。玲奈はその姿にどことなく見覚えがあったが…すぐに意識を失ってしまった。
「…………うっ…」
玲奈はガタガタと大きく揺れているのに、目が覚めた。まず、自身の腕が手錠で拘束されていることに気付いた。ガチャガチャ動かしてみるが、自力では解けそうには思えなかった。
最初、暗くてどこなのか全く分からなかったが…暗闇に目が慣れてくると、周囲には玲奈と同じように手錠を掛けられた生存者がたくさんいた。
「ここは?」
玲奈が質問しても相手は何も言わない。
いや…言わないというより、何かを恐れて話したくないように見えた。
だが、玲奈はそんなことお構いなしに聞き続ける。
「どうしたの?話して」
「しゃ…喋らないで……」
すると、向こうの扉が開き、そこから明るい光が漏れてきた。こっちとは大違いだ。手錠をされ、檻に入れられて……まるで動物扱いだ。
正に光と闇…と言ったところだろうか…。
こっちに入ってきて、玲奈の檻に向かってくる男を見て、玲奈は信じられない表情を浮かべてしまった。
「やあ…元気だったかい?玲奈」
「あんたは……淳!」
淳はアメリカの研究施設でアンデッド化し、レーザーで無惨に死んだはずなのに…どうしてこんなに元気にピンピンしているのだろうか…。
「どうして…生きてるのよ⁈」
「あれはクローンだ」
「…いつもいつもせこい手しか使わないわね…。それで、今更私を捕まえてどうする気?また実験台の上に乗せる気?」
「ははっ…そんなことは今更しないさ!君にはこの世界の終わりを見届けてもらう」
「…散布型抗ウィルスを使って何を企んでいるの?」
余裕そうな淳の表情が一気に硬くなった。少し驚愕した様子だった。
「……何故お前がそのことを知っている?誰から聞いた?」
「さぁ?誰でしょうね?」
「………そうかい…。教えないのなら…」
淳は立ち上がり、突然大声を上げだした。
「裏切者はどうするのが決まりだ!?言ってみろ‼」
「外に……出す……」
生存者の1人が小さく呟いた。淳はそれを聞き、更に叫ぶ。
「そうだ‼外に出すんだ‼言え‼」
淳に逆らえない生存者は檻を叩いたり、壁を蹴ったりして何度も何度も叫んだ。
『裏切者は外に出せ』…と……。
玲奈がその意味を知るのはこれからだった。