玲奈は兵士に無理矢理立たされ、車外に放り出された。地面に激しく肩や背中をぶつけながら転び、立ち上がろうとしたが、すぐに手錠をかけられた腕が引っ張られた。どうやら装甲車に手錠からロープを付けて、引っ張っているようだ。
………とんでもないものを後ろに引き連れて…。
玲奈が思わず後ろを振り向くと、数え切れない…いや、もしかしたら無限にいるかもしれないアンデッドの大群が玲奈を追って装甲車の後ろについて来ていたのだ。玲奈はそいつらを引き寄せる餌となっていたのだ。装甲車の上で淳は玲奈に語り掛ける。
「かつて、神は大津波でこの地上の汚れを全て綺麗さっぱり葬り去ったと言われている。今度は神ではなく、我々がそれを実行する」
高らかに話す淳の話なんて、玲奈は全く耳に入って来なかった。この装甲車の速度は玲奈がアンデッドに捕まるか、捕まらないかのギリギリのラインで走っている。
だが、中には玲奈に追いつくアンデッドもいるため、玲奈は手錠に結び付けられたロープをアンデッドの首に引っ掻けて転ばせると、そこに蹴りをぶち込んだ。
ただ…こんな状態で走り続けるのは、長くやっていられる訳もない。
「東京まであと10時間だ。それまで走っていられるかな?」
「!」
「やめてほしいなら…どこで抗ウィルスの話を聞いたか教えろ」
だが、玲奈は答えずにキッと淳を睨んだ。それを見た淳は鼻で笑い、見張りを行っている兵士にこう言った。
「音を上げたら俺に言え」
淳はそのまま装甲車の中へと戻っていった。
玲奈は絶対に音を上げるつもりなんてなかった。だが、このまま10時間走るのは相当辛い。どうにか隙を見つけてこの状況から脱しなければならない。それに…彼らが東京に着く前に自分が先に着かなくてもならないとも思った。
玲奈は血肉に飢えたアンデッドを背に…どうするか考えるのだった。
淳は装甲車に戻ってすぐにハイブで待機しているジョンに連絡を取った。
「ジョン、玲奈が生きていた」
『…⁈な、何?まさか…そんなはずが……』
ジョン自身もあの激しい戦闘で玲奈が生きているなんて予想も出来なかったようだ。
本来、淳とジョンの作戦ではあの戦いで玲奈を殺して、そのDNAを採取する予定だった。しかし、あまりに戦闘が激化してしまい、最終的に玲奈を殺すことも…その死体も手に入れられず、生死も結局分からなかったのだ。
それが原因で、ジョンは淳に玲奈は『死んだ』と伝えたのだ。
「まぁいい。これからハイブに戻る。一応ハイブの警戒を強化しておいてくれ。万が一のために……」
『分かりました』
ジョンとの軽い連絡を終え、淳は近くにあったマグカップを手に取り、温かくなったコーヒーを口に含んだ。これで頭が冴えたと淳は感じた。
「さて……玲奈はもう音を上げたかな?」
その頃、玲奈はまだ走っていた。
いつまで走り続けなければならないのかと思った。まさか…淳は本気で10時間走らせるつもりなのかと疑ってしまう。常人が考える拷問よりよっぽど辛い。
だが、ここで千載一遇のチャンスが訪れた。
装甲車が道を塞いでいた車を2台、吹き飛ばした音に見張っていた兵士が一瞬だけ目を離したのだ。そこで玲奈は一気に駆け出して、自分が放り出されたドアに掴まった。
兵士が向き直ると、そこには既に玲奈の姿がいないことに気付き、拳銃を握って辺りを窺った。顔を前のめりにして、玲奈を探していることが分かった玲奈は兵士の頭に足を引っ掛けて地面に落とした。
兵士は地面を転がり、アンデッドの餌となっていく。最後の悪足掻きとも取れた発砲は玲奈からしたら、酷く虚しく見えた。
玲奈は手錠をしたまま、装甲車の上に立つ。だが、上がったところで出来ることはあまりない。このまま奴らと一緒に東京に行くのが手っ取り早いかもしれないと思った時、カチンと装甲車のハッチが開くのが見えた。玲奈はすぐに影に隠れて、中から拳銃を持った別の兵士が出てくるのを確認した。
玲奈が走らされた場所を眺めていた兵士に、玲奈は後ろから蹴りをぶち込み、そいつを突き飛ばした。兵士は辛うじて装甲車に掴まったが
横にいたアンデッドに首を抉られて悲鳴を上げた。
安心しきっていると、すぐに何者かの拳が玲奈の顔面を襲った。
「ぐふっ!」
玲奈はその攻撃で装甲車の上に倒れる。殴って来たのは淳で、そこから追撃で玲奈を踏もうとするが、玲奈はそれをガードする。片足を浮かせていた淳の足に蹴りを与えて転ばせ、その間にお互いに間合いを取った。
淳も同じく立ち上がり、玲奈にナイフを向ける。しかもそれは竜馬から託されたナイフでより怒りが増した。
淳はナイフを振り上げて、攻撃してくる。玲奈は手を拘束されながらも避けるが、淳は時折足を蹴ったり、肩に打撃を与えたりと、中々に手強く感じた。
だが、それでも玲奈からしたら大したことはなかった。前に突き出した淳の腕を掴んで、背負い投げをされ、ナイフを落としてしまう。落としたナイフを掴もうとした淳の首にワイヤーを絡めて、締め上げて動きを拘束した。
淳はナイフに手が届かない代わりに、玲奈の腹に肘をぶち込んだ。
「ぐっ!」
玲奈は少し怯んだ。その隙にとナイフに手が届きそうになったため、玲奈は装甲車の側面に移動する。アンデッドの手が玲奈の足を掴まないギリギリの場所に行ったため、淳はワイヤーで引っ張られてしまい、またナイフを掴めなかった。
が、さっき突き落としたはずの兵士がアンデッドとなって、玲奈に襲い掛かって来たのだ。玲奈は顔面を蹴って、相手を怯ませるが、どうにもしぶとく装甲車から落ちない。鬱陶しくなった玲奈はアンデッドの頭を掴んでアンテナに強くぶつけて、漸く蹴り落とした。
だが、そのアンデッドに気を引いている内に、淳は体勢を整え終えていて、ワイヤーを引っ張って、玲奈の首に二の腕をぶつける。
「くぅ…!」
淳は再びナイフを掴み、玲奈に斬りかかった。
玲奈はその腕を掴んで捻り、ナイフを腕から落として、足で淳の後ろにへと蹴った。そこから淳を足で挟んで床に叩きつけた。更に淳の首を締め上げる。ワイヤーと違って、今度は容赦などしない。
「外して…」
淳は何も言わない。
「このまま首をへし折るわよ?」
「……わ、分かった…」
淳は胸ポケットから電子キーみたいなものを出して、玲奈の手錠に当てた。手錠が外れた瞬間に淳は玲奈の腹を小突き、後頭部で顎を強打した。
「あがっ……」
玲奈は顎を抑えた。流石に顎は痛かった。
怯んだ隙にまたナイフを握っている淳に玲奈は闘志を燃やす。ナイフの刃を避け、突こうとしてきたところを掴んだが、逆にナイフで右手に切り傷を作られた。
「あっ……!」
更に頭に振り下ろされる刃を腕をクロスして防ぐ玲奈。玲奈はそこから奴の腹に蹴りを与え、淳の背後に回り込み、ナイフを握っている腕を殴って奪うと、逆手に持ったナイフで淳の背中を切り裂いた。淳はその場に崩れ、玲奈が最後の止めを刺そうとした時に隣にいた装甲車からガトリング砲の弾が飛んできた。
そのガトリングから逃れるために玲奈は淳を連れて、装甲車の横に隠れた。ここならどうにかガトリングの弾は当たらずに済むが、ここで淳と一緒にいても何も変わらない。
ふと、そこにあの赤いバイクが収納されているのに気付いた。玲奈はボタンを押し、バイクを出す。
「お前には使えない」
淳は笑いながら言う。そんなのは玲奈でも分かっていた。
「お前は逃げられない」
「そうね…!じゃあこれならどう⁈」
玲奈はナイフで淳の右手を切断した。
「グアアアアアアアアアアアアアァッ‼‼」
淳は肉を切られ、骨をも切断された痛みに絶叫した。
玲奈はその手を掴んで指紋認証をパスして、バイクを発進させた。用済みになった右手はすぐに捨て、玲奈の乗ったバイクはぐんぐん前に進んでいく。
しかし、アンブレラも黙ってなんかいない。
玲奈を逃さまいと容赦することなく、ガトリング砲やミサイルを飛ばしてくる。玲奈はどうにか避けていく。
もう少しでミサイルの射程圏内から脱するところで、ミサイルが玲奈の真横を通過して、前方にあった廃車を吹き飛ばす。
その間に玲奈はバイクで駆け抜けていくのだった。
「くそ!」
淳は右手を抑えながら装甲車の中に戻った。大量の出血で今にも頭がイカれてしまいそうになる。兵士たちもすぐに右手に包帯を巻き、必要最低限の応急措置を取った。
玲奈が去っていく際、淳が見たのは自分の右手をうまそうに食べているアンデッドの姿で、その光景を見た淳は…悔しくて堪らなかった。