玲奈たちはすぐに美奈を追おうとしたかったのだが、エレベーターに通ずるための通路には足首を無くしたはずのジョンが立っていた。
「ここは通さないぞ?」
「…彼女を目覚めさせたのはあんたね?」
「そうだ。俺は彼女のためなら何でもする」
「……哀れな人ね」
玲奈はジョンを無視して通ろうとするが、お得意の高速移動で玲奈の真横を位置取り、拳を握る。そのまま玲奈が進めば、確実にその拳が彼女の顔面を捉えていたはずだった。
しかし、それをジョッシュが掴んでいた。
「行け‼」
「くそ…!離せ!」
ジョンは右の拳を掴まれてしまったため、ジョッシュの頭に蹴りを食らわせようとするが、ジョッシュは避けて肘を奴の顎にぶつけた。
「…っ‼」
「行けぇ‼」
玲奈と竜馬は頷いて、ジョッシュが稼いでくれた時間の間に走っていった。
ジョンは口から出た血を拭って、ジョッシュを睨み、口角を上げた。
「馬鹿な息子だ……。ちゃんと俺に従っていれば死ななかったものを……」
ジョッシュはそう言われて、更に拳を何倍も強く握った。あまりに強く握りすぎて、掌から血が垂れた。
「なぁ…。あんた…俺の母さんがどうなったか……知ってるか?」
突然のジョッシュの話にジョンは然程興味がなさそうな感じだった。
「あの女か…。あいつはな……」
「俺を産むためだけの道具…か?」
ジョッシュが先に行って、ジョンの言葉を遮った。
「本当に…俺はそれだけのものなのかよ…」
ジョッシュは呟くような…小さい声で言った。
ジョンはそれを聞き、首を傾げた。
「あんたにとって……俺は何なんだよ…。あんたにとって俺は一体何なんだったんだよ‼」
紗枝はジョッシュの大きな怒声に肩をビクリと震わせてしまう。なにせ、ジョッシュがこんなに感情的になったのを見たのは久しぶりだからだ。しかし、逆にジョンは僅かに笑うだけだった。
「教えてやるよ…。お前は単なる実験道具だよ…」
「………なん、だと……」
「お前はJJ-ウィルスの抗体を作るためだけの“道具”なんだよ…」
ジョッシュはこの瞬間…本気で父親に対して殺意を抱いた。
だが、まだそれを爆発させることなく、ジョンに話を続ける。
「母さんは……お前を愛してた…。子供だった俺でも分かったよ…。捨てられてもなお……あんたを探してた…。それなのに……それなのにあんたは!あんたは母さんを殺したんだ‼」
ジョンの目の色が一瞬変わる。
「……分かっていたのか?」
「忘れるはずがねえ…。あの時、俺は隠れていた…。あんたが醜い心で母さんを殺した情景は今でも頭の中に残っているよ…。それが親父だと分かったのは暫くしてさ……。そう分かった時…どれだけ悲しかったか…悔しかったか分かるか⁈分かる訳ねえよな‼だから……」
ジョッシュはここで一気にスタートダッシュを切った。ジョンは突然の急襲に目を丸くした。
「だから俺は……あんたを殺す…」
ジョッシュが作った拳はジョンの顎に当て、奴を吹き飛ばした。それだけで終わるはずもなく、倒れたジョンの胸ぐらを掴んで、顔面を何度も殴打する。
怒りを通り越したジョッシュの拳はウィルスの力を手に入れたジョンにとっては痛いものだった。
だがジョンもやられてばかりもいられない。ジョッシュの腹を蹴って、態勢を立て直す。
「殺す?」
ジョッシュはそれからも無暗に突っ込んで、ジョンの顔にパンチを向かわせるが、それらは簡単に避けられてしまう。そして、最後のパンチは掴まれてギロリと睨まれる。
「殺せるはずがないだろう?」
「っ⁈」
ジョンはそこから腕を捻り、肘打ちを腹に食らわす。
「ぐほっ‼」
そこから顔面を殴り、フラリと身体が揺れたところを蹴って、机の向こう側に吹き飛ばした。
「ぐあぁ‼」
机の上を転がって地面に倒れた。
ジョンは容赦なく、高速移動で近付き、腹を足で抑える。
「あがぁ…」
「そんなものか?」
「……くっ……」
ジョッシュはジョンの背中を蹴り、暖炉の薪を掴んだ。火が付いたままの薪をジョンの顔面にぶつけてやってから、髪を掴んで膝蹴りをした。
だが、ジョンは全く痛くないような表情をする。
「なっ……!」
「分かったか?これが力の差だ」
ジョンは逆にジョッシュに頭突きし、地面に伏し倒した。それから拳銃を抜き、銃口を向けた。
「ジョッシュ‼」
紗枝が叫んで向かおうとしたが、既に遅かった。ジョンは迷うことなく、引き金を引いた。
銃声と共に放たれた弾はジョッシュの胸部を貫いた。
「……‼」
「イヤアアアアァァァ‼‼」
紗枝は甲高い悲鳴を上げる。
紗枝から見たジョッシュの目は虚ろで、時折身体が震えるだけだった。
「愛する者を失った悲しみか?ならもっと泣くがいい!」
ジョンの冷酷非情な笑い声が部屋中に響く。もちろん紗枝だけにでなく、ジョッシュにもその声は耳に届いていた。しかし、それでも意識は今にも消え入りそうだった。
このまま…母親の元へ行ってもいいか……とも思った。
しかし、頭の中にあの愛しい紗枝の笑う顔が流れた。
今死んだら…ジョンは紗枝を絶対殺すはずだ。
そう思うと…自然と意識が戻ってくる。焼けたような痛みも、徐々に消えて行く。
「…………待て……よ…」
ジョンはその声を聞き、笑い声を止めた。
恐る恐る振り返ると、紗枝ですら見たことがない程の怒りの表情を浮かべたジョッシュが胸から血を流して立っていた。いや…胸の傷は徐々に塞がっていた。
「お前……まさか…」
ジョンは恐怖からその先の言葉を言うことが出来なかった。本当はこう続けたかった。
『JJ-ウィルスを完全に取り込んで制御しているのか⁈』……と。
ジョンはJ-ウィルスを取り込んでいるが、JJ-ウィルスを取り込んだ場合にどうなるかは想像もつかない。
「……流石…流石俺の息子だ!ここまでやるとは…」
「うるさい」
ジョッシュの言葉はいつも以上に冷たく、鋭かった。
その途端、ジョッシュはジョンの目前に迫った。そこから先は完全にジョッシュの流れだった。
まずジョンの鼻を殴って砕き、怯んだところに腹に蹴りを食らわせた。吹き飛んだところに更に追い打ちをかけるように腹に拳をねじ込む。
「ぐほっ‼」
ジョンは吐血し、今まで味わったこともない血の味に目の色が変わっていく。
死の恐怖が……ジョンを襲ったのだ。
「や、やめろ…。助けてくれ‼」
ジョッシュは突然ジョンが命乞いをし始めて、思わず笑ってしまった。しかし、目は暗かった。
「……本当…馬鹿な親だよな…」
ジョッシュはジョンの胸ぐらを掴んで、無理矢理立たせた。
ジョッシュの今の力はジョンを片手で軽々持ち上げられるくらいに跳ね上がっていたのだ。
「もう……これで最期だな…」
ジョッシュは拳を作る。
だが…その拳は細かに震え、しかも目からは止め処なく涙が流れていた。どんなに冷酷な父親でも、ジョッシュにとっては唯一無二の父親だ。殺すには、覚悟が必要だった。
「俺は……お前が憎くて………仕方ないんだよ……」
「ジョッシュ…」
初めてジョンがジョッシュの名を呼んだ。
しかし、それは最初で最後のものとなった。
ジョッシュは怒りと悲しみの籠った拳がジョンの顔に……。それにより、ジョンの頭蓋骨は潰れ、頭からは大量の血が溢れ出る。そして、ジョンはそのまま絶命した。
ジョッシュはジョンの死体の傍らに膝を付いた。そこにゆっくりと紗枝が近付く。ジョッシュはピクリとも身体を動かさず、ジョンの死体を眺めたままだ。そんな彼を…紗枝は優しく抱き締めた。
「……ジョッシュ………」
「……これが俺の運命…か……。…はは………」
自虐的に笑うジョッシュに紗枝は思わず目尻が熱くなった。紗枝は本能的に彼を自分と向き合わせて、その唇を奪った。
「んっ……」
「………」
ジョッシュは茫然と紗枝を見詰める。
「私はジョッシュから離れないから……もう一人だなんて思わないで…」
ジョッシュの目からも涙が溢れる。ジョッシュはここでもう1度気付いた。
自分は1人ではない…愛する紗枝がいるんだと……。
2人は暫く抱き合ったまま、その場を動くことはなかった。
クローンの淳は装甲車に乗っていた兵士を1人残らず殺し、自らが装甲車を運転していた。
そして、ハイブに向かうにはこの崖を降りながらいけなければならないのだが、装甲車に搭載されたコンピューターは何度も『危険』と表示されるが、クローン淳はアクセルを緩めなかった。
そして、窪みの一番下に着いた途端に装甲車のタイヤは破損し、動かなくなる。
クローン淳が外に出ると、既に装甲車の周りはアンデッドで埋め尽くされていた。アンデッドたちがクローン淳を見るなり、肉を求めて不気味な奇声を出し、手を伸ばす。
しかし、装甲車がツルツル滑って登れずにいる。
拳銃を手にしたクローン淳は装甲車から降り、拳銃を天に向かって撃つ。
「来い!」
クローン淳はハイブにアンデッドを溢れさせ、玲奈たちを殺そうと考えていた。会社のことなどどうでもよかった。今、クローン淳の頭の中には、玲奈たちを殺すことだけが構築されていた。
ジョンとジョッシュの戦いはどうしても書きたかったので、ここに入れました。