千の貌を持つアラガミ   作:疋倉ヨバラ

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見れば狂い死ぬ、遭遇時における死亡率100%のアラガミ、ニャルラトホテプ。
このアラガミによるアナグラ襲撃事件(後にこの事件は『ラヴクラフトの厄』と呼ばれる)により、地球上における総人口のおよそ20%が犠牲となった。
最終的に、アナグラ諸共ニャルラトホテプを生き埋めにすることで人類は束の間の猶予を得たのだった。


無謀の神

世界中の名だたる研究者たちは、厄災の元凶たるアラガミ『ニャルラトホテプ』の生態解明に明け暮れていた。

現状、人類には打つ手の無い、正に天災 。

その突破口を見いださんと躍起になっていた。

 

厄より62日が経過した頃。

ロシア支部の研究者が、表皮に該当する部位のサンプルより弱点となりうる性質を発見したと発表された。

その性質というのが、『600℃以上に達した状態のニャルラトホテプの表皮を急激に冷やすことで、その表皮が発火した』というもの。

 

 

しかし、多くの研究者は苦言を口にした。

 

「発火しただけで、燃え尽きたり炭化した訳ではない」

研究結果は、あくまで発火しただけにすぎず、明確にダメージを与えられている様子はない。

 

「触手から分泌される粘液により、熱を遮られ」

ニャルラトホテプの触手からは粘液が分泌される。

その粘液を解析した結果、断熱性と絶縁性があることが既に確認されていた。

 

「動き続け、その上姿を変容させる相手を600℃にまで加熱することは極めて困難である」

根本的に、不規則に移動する物体を600℃にまで加熱し続けることは不可能。

 

「そもそもの話、目視しただけで発狂し、加えて完全な擬態をする生物をどうやって加熱するのか」

別の生物に完全変体したものを見抜き、それを見ずに加熱をするなぞ夢のまた夢であると。

 

研究者たちがこの2年間で発見したものは、圧倒的な力の差と調べれば調べるほど高まる絶望だった。

 

中には『2年の間に更なる進化を遂げ、これまでの全てが当てはまらなくなっているのでは?』と唱える者もいた。

事実、本を喰らっただけで人間の言葉を発したし、完全なヴァジュラへの擬態をもやってのけた。

なにもかも当てはまらない姿が存在しようと、なんら不思議ではない。

それどころか、そのアラガミの弱点を補完した姿になる可能性すら十分にあるのだ。

 

最悪の場合……いや、やめておこう。

口は災いの元だ。

 

ーーーーGOD EATERーーーー

 

フェンリル極東支部に、新たにゴッドイーター2名が入隊した。

 

1人は藤木コウタ。

性格は明るく楽観的なムードメーカー気質。

神機は、以前雨宮ツバキが使用していたアサルトの旧型神機を引き継いだ物。

 

1人は神薙ユウ。

普段は無口だが、戦闘中であったり感情的になったりすると饒舌になる。

極東支部では初となる新型神機の適合者であり、編成や相手によって戦い方を使い分けられる適応力を備えている。

 

共に雨宮リンドウ率いる第一部隊に配属され、今後の活躍に大きな期待がよせられる。

特に、神薙ユウには「雨宮リンドウと同等、もしくはそれ以上のカリスマ性と将来性あり」という評価がつけられた、正に期待の星とも言える。

仮に極東支部が雨宮リンドウを失った場合、その後任は間違いなく彼だろう。

 

極東支部アラガミ技術開発統括責任者 ペイラー・榊

 

 

「ふぅ……こんなものかな。…にしても、新型クンはつくづく興味深い。」

 

リンドウくんですら平均的なゴッドイーターの4倍強いと言われている近年稀に見る天才なのに、それを上回る

彼らであればあるいは……と、おおよそ研究者らしからぬ妄想をしてしまう。

アレに有効な打点が無い現状では、万に一つも勝ち目は無いと根拠の無い考えを改める。

自分は傍観者として徹する星の観測者(スターゲイザー)

どちらかに肩入れはすべきでない。

 

 

「博士~。藤木コウタと神薙ユウ、言われたとおり来ました!」

 

「おっ、想定していたより48秒早く来たね。まあ入りたまえ。」

 

「失礼しまっす!」

 

「……失礼します…」

 

報告書を保存し、件の新人2人を招き入れる。

ミッション終了後に研究室へ来るよう言っておいた。

というのも、彼らにオラクル細胞を、ひいてはアラガミをより深く知ってもらうためだ。

そして……

 

「で、博士、俺らはなんで呼ばれたワケ?」

 

「キミたちにアラガミを知ってもらうためさ。自分たちが戦っている相手ぐらいは知っておいて欲しいからね。さて早速だがコウタくん!アラガミとは()だと思う?」

 

「いきなり!?何って、えぇと……何?」

 

 

突然のことに戸惑いながらも考えるが、質問の意図と求められている答えが分からず、最終的に首を傾げて聞き返す。

新型クンも顎に手を当てて考えているものの、やはり質問の意図を理解しかねている様子だ。

 

 

「ふむ、では質問を変えよう。アラガミの体はいったい何で構成されているか、知ってるかい?」

 

「オラクル細胞……」

 

「そのとおり。オラクル細胞はアラガミの身体の全てを形成している。表皮や臓器は勿論、骨格から体毛の一本に至るまで全てだ。これは人間の脳にあたる部位、『コア』がオラクル細胞を『眼であれば眼らしく』『牙であれば牙らしく』形を変化させるからなんだ。なので、それらを統治するコアが無くなるとそれらは霧散してしまう。」

 

 

現段階では、コアを取り除かれたアラガミは即座に霧散し、活動を再開することはない。

そのため、ゴッドイーターはアラガミのコアを摘出することで初めて任務達成とされている。

近い将来にはコアを再生してすぐさま活動を再開できるアラガミが出現するかもしれないが……期待の新人たちに対して変に不安を煽るのは止めておこう。

 

 

「へぇ~……ん?はいはい質問!」

 

「はい、コウタ君」

 

「結局のところ、オラクル細胞ってなんなの?」

 

「いい質問だね。あらゆる器官になりうる万能細胞の正体……それは、単細胞生物なんだ。しかもただの単細胞生物じゃない、考えて喰らい進化するんだ。オラクル細胞は非常に補食に適した形状をしていて、文字通りあらゆるものを喰らい、そして学習する。これが何を意味しているか……」

 

「この世の全てが餌……」

 

「そう、餌だ。勉強道具っていった方がわかりやすいかな?彼らを学生とすれば、この世のすべては教科書や参考書ということだ。つまるところ、彼らはとっても()()()()なのさ。少なくとも……」

 

「Zzz……むにゃむにゃ……」

 

「そこで居眠りをしている彼より、ね」

 

 

ふと見ると、コウタは座ったまま眠っていた。

人類存続の危機には不相応の、安らかな寝顔だ。

二人は、そんなコウタの顔を見て少しだけ気が軽くなった気がした。

……講義の途中なのが少し戴けないが。

 

 

「今日の講義はこれでお開きにしようか。自室でゆっくりと疲れを癒すといい。」

 

「はい……あの、コウタは?」

 

「彼はこのまま寝かせてあげよう。こんなご時世だ、寝れる時は寝ておくのがいいさ。」

 

「そう、ですね……では、失礼します。」

 

「うむ、これからも頑張りたまえ!」

 

「むにゃ……もう、食べられないよ……」

 

コウタくんは鼻提灯を膨らませ萎ませを繰り返している。

よくもまぁここまで安らかに寝られると、一周回って感心する。

体が仕事道具であるゴッドイーターにとって病気は致命的なので、冷えないよう毛布を掛けておく。

もっとも、ゴッドイーター特有の抵抗力と本人の気質により、常人に比べ相当頑丈ではあるだろうが。

 

 

「はてさて……彼、どうしよう?僕一人の力じゃとても無理だし、リンドウ君とソーマ君は任務中だし……」

 

頭を抱えていると、研究室の扉がノックされた。

置時計は20:27を示しており、こんな時間の来客なんて知れている。

加え、落ち着き払ったようなノックの仕方、間違いなく彼だろう。

 

「はい、どうぞ。」

 

警戒心を完全に解いて扉を開ける。

 

「榊博士、少し話が……」

 

「ヨハン、良いところに来てくれた。彼を運ぶのを手伝ってくれないかい?」

 

ヨハネス・フォン・シックザール。

ここフェンリル極東支部の支部長である。

一見、冷酷無比な性格の持ち主にも見えるが、実際は至って誠実な人格者である。

彼の亡き妻共々、かつてはペイラー・榊と同じ学者であったが、現在は退いている。

 

 

「……ペイラー、私は話しがあって来たのだが?」

 

「わかっているとも。その話しの話題は()()()()()()だろう?だったら、彼に聞かれると面倒じゃないかい?」

 

「……チッ、話しは支部長室でだ。」

 

ーーーーーーーー

 

場所を局長室へ移し、ヨハネスは改めて話題を切り出した。

 

 

「ペイラー、()が目覚めたのは知っているな?」

 

「ああ。私の耳にも届いている。」

 

「……普段であれば面倒でしかないが、今回ばかりは都合がいい。」

 

言うまでもないが、この情報は支部長クラスの地位で初めて知ることのできる超機密事項であり、たとえアラガミ研究の権威であるペイラーとて耳にしていいものではない。

本来なら()()()もあり得る大問題であるが、非常事態かつ誰よりもアラガミのことを知っている彼だからこそ黙認されている。

 

「それで、何か分かったか?」

 

「そのことなんだが、少々厄介なことが起きてしまってね。」

 

「厄介なこと?」

 

「ここ数週間のことだが、私の手元に置いてあったサンプルが、突然無くなってしまったんだ。無論、紛失したという意味ではなく、文字通り霧散してしまった。まるで()()()()()()()()()()()()()()。」

 

「……なんだと?」

 

「その様子だと知らなかったようだね。最近は支部長の職務に掛かり切りで研究にも手が着けられなかったから気付いてないかも知れないけど、恐らく、君のサンプルも……いや、世界中で同様の現象が起こっていると思う。」

 

「……報告された時期とも一致する。奴が確認されたのがグラスゴーと考えれば、そう考えるのが妥当か。」

 

「……ヨハン。」

 

「なんだ?」

 

「━━━━━━━。」

 

 

ペイラーは狐の様な細い目を見開き、努めて淡々と機械的に口を開いた。

旧知の仲であるヨハネスは、その表情が本当に深刻な状況に見せるものだと知っていた。

そこから発せられる言葉が全て事実である、ということも。

 

 

「……そうか。」

 

「じゃあ私は研究に戻るとするよ。」

 

 

それだけ告げると、ペイラーは返事を待たずに退室してしまった。

それを言及することもせずじっとその背中を見つめていたヨハネスは、腰を浮かせて再度椅子に座り直す。

深いため息が、一人しかいない深夜の支部長室によく響く。

このため息は、ペイラーの無礼儀に向けたものか、奴に対する半ば諦めの現れなのか、あるいは両方か。

想像に難くない。




次回 知らぬが仏
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