千の貌を持つアラガミ 作:疋倉ヨバラ
極東支部では初となる新型神機使いである神薙ユウと、明るく活発なムードメーカー気質の藤木コウタ。
どちらも雨宮リンドウ率いる第一部隊に編入し、期待の星としての第一歩を踏み出そうとしていたのであった。
一方その頃、今再び甦らんと、顔の無い厄がその貌を覗かせていた……
2071年某日
新人の神薙ユウ並びに藤木コウタは、ゴッドイーターとして初の任務に赴いていた。
任務の内容は「オウガテイルを5頭討伐する」という、ゴッドイーターとしての入門的なものだ。
しかし、いくら入門と言っても、オウガテイルの大きさは大型犬を上回る。
小型のアラガミとはいえ、油断をすれば死ぬ。
アラガミとは……いや、ゴッドイーターとはそういう仕事だ。
監査役として、彼らの所属する第一部隊の隊長である雨宮リンドウが同伴している。
激戦区である極東支部の中でも、皆口を揃えて最強は彼だと言う。
それ故か、彼と共に出撃した者の生存率は90%を越える。
極東支部のカリスマと言っても決して過言ではない。
「命令は3つだ。死ぬな。死にそうになったら逃げろ。そんで隠れろ。運がよければ不意を突いてぶっ殺せ!……あ、これじゃ4つか。とりあえず死ぬな、それさえ守れば万事どうにでもなる。」
((大丈夫かな、この人……?))
……ただ1つ、オツムの方がよろしくなく、数もまともに数えられないのが玉に瑕。
「んじゃ、始めるとすっか。」
「はい!」
「……はい」
リンドウは紅いチェーンソーのような形状をした旧型近距離神機を、コウタはリンドウの姉、雨宮ツバキの使用していた旧型遠距離神機を、ユウは青を基調とした新型の神機をそれぞれ手にし、構える。
リンドウのとてもリラックスした構え方とは対照的に、新人2人の神機を握る手からは、じっとりと汗が浮き出て、構えも気持ち強張る。
神機の大まかな扱い方は訓練したものの、初の実戦、それも命のやり取りをするアラガミとの戦闘ともなると、嫌でも緊張するものだ。
しない者がいるとすれば、それはよっぽどの死に急いでいるか、よっぽどの能天気かのどちらかだろう。
「うおおおおおおお!!」
目標との交戦が始まると、早速コウタは遠距離から攻撃を加えていく。
連射性能の高い神機ということで、矢継ぎ早に撃ち込む。
近距離を専門とするリンドウには遠距離の戦い方は分からないが、それでもコウタが突っ込みすぎなのは分かる。
最初はかなり距離を取っていたにも関わらず、今や相手の射程圏内にまで近づいてしまっている。
すると、オウガテイルは射撃に耐えつつ、飛び掛かろうと重心を下げたのが見えた。
「おい!近づきすぎだ!」
「へっ?」
コウタはリンドウの声に反応して、相手から目を離した。
オウガテイルは変わらず、重心を下げている。
近距離神機と違って、遠距離神機には装甲が搭載されていないため、攻撃は回避する他にないのだが、リンドウはその事を知らない。
装甲を展開して防御するだろうと思いこみ、警告もそれっきりにユウの方へ目線を移した。
そのユウはというと、交戦していたアラガミを背に、コウタの方へと駆けていた。
「ぜえりゃああああ!!」
「どわぁああ!?」
普段の無口で寡黙な性格は鳴りを潜めたようで、感情的な叫びを上げながら神機を補喰形態へと変え、コウタを狙っていたオウガテイル目掛けて大顎を突きだした。
既に離陸していたオウガテイルにその勢いを殺す術はなく、飛び掛かるつもりが逆に飛び掛かられ、そして食われた。
ちょうどコアを補喰したようで、オウガテイルはそのまま起き上がることなく霧散した。
「ちょっ!?俺まで食われるところだったぞ!?」
「あのままじゃ、どの道食われてたよ。」
「おーいお前ら、生きてるか?」
リンドウはユウと交戦していたオウガテイルを片付け、2人の安否を確認する。
折り目のついた真新しい感じだったフェンリル支給の制服は砂だらけではあるものの、ケガはしていないようだった。
「ちょっと聞いてくださいよリンドウさん!もう少しで俺も食われるところだったんですよ!」
「反省会は後だ。そら来たぞ!」
戦いの気配を感じ取ったのか、さらにもう3頭のオウガテイルが現れた。
まだ距離はあるが、一直線にこちらに向かって突進してくる。
「射線開けて!」
ユウはそう言うと、神機を今度は銃形態に変形させ、銃口を3頭の内の真ん中に向けた。
2人が射線上から離れると、重心を低く構え直し、引き金に指をかける。
「どうしたんだ?」とコウタが口を開こうとした瞬間、ユウの神機が火を吹いた。
通常とは比べ物にならないほど大きな衝撃と発砲音に、アラガミを前にしているにも関わらず思わず目を瞑ってしまう。
次の瞬間、目にしたのは、息絶えた3頭のオウガテイルの亡骸だった。
「……え?何が起こったワケ?」
「アラガミバレットって言って、補喰したアラガミの一部を弾として━━」
「あー、そーいう小難しい話も後だ後。とりあえずミッション完了だ、お疲れさん。」
リンドウが強引に話を切り上げて、さっさと帰還するよう促す。
そして帰還した3人の前にはリンドウの姉であるツバキが立ちはだかり、正座をさせられ……もとい、自ら進んで正座をして、早速反省会である。
「……なんだ、さっきの戦いは?特に貴様」
「え、俺?」
ツバキの指の先には、自分に指を向けたコウタがいた。
コウタは自分が何で怒られるのか分かっていない様子で、それが更にツバキの怒りを加速させる。
「遠距離神機は近距離神機と違って装甲が無いから近づきすぎるなとあれほど言っただろう。死にたいのか?」
「すいません……」
「そしてお前もだ、新型。今回はあれで間に合ったからよかったものの、動きの素早いアラガミ相手だと確実に手遅れになる。そもそも、お前の神機は遠近両用なのだから、射撃すればいいだろう?」
「あ……」
「まったく……そのすぐ後にはアラガミバレットを使いこなしていたというのに、何故思いつかない……」
ツバキは額を押さえて呆れ果てる。
ユウが赤くなって俯いてしまっているのを見ると、何かの思惑があった訳ではなく、単に忘れていただけのようだ。
そのお陰で、後の3頭を楽に倒せたと言えるが、それは結果論だろう。
「まあいい。初任務にも関わらず、ナビゲーターを付けられなかった私にも責任の一端はある。」
「ナビゲーター?」
「竹田ヒバリ、ミッションの受付やナビゲーターを請け負っている。本来なら、彼女がアラガミの位置情報やゴッドイーターのバイタルなどを報せてくれるのだが……」
ツバキが少々お茶を濁す。
見慣れない姉の振る舞いに、リンドウは訝しげに問いかける。
「……何かあったのか?」
「現在、とあるアラガミの調査が行われている。彼女は今そのナビゲーションに当たっている。」
「なるほど、それでか。」
「話は以上だ。各自、ミッションの疲れを取っておけ。」
ツバキは言うことを言い終わると、さっさと踵を返して行ってしまった。
3人揃って小一時間説教コースを覚悟していたリンドウは、少し呆気にとられながらも「たまにはそんなこともあるか」と自分の中で納得する。
あれはあれで自分の非はちゃんと受け入れるし、今回のことを自分なりに責任を感じているのだろう。
そう結論付けをして、リンドウは新人2人へ振り返る。
「まぁなんだ、俺が言えたことじゃないが、これからは気を付けろよ?死んで誉めてくれる奴はいねぇからな。」
「はい……」
「……」
リンドウが何となく居心地が悪くなって視線を反らすと、露出の多い緑を基調とした服を身につけた、
「あら?あなたたち2人が噂の新兵さん?」
「あ、はい!」
「……コクリ」
「私は橘サクヤ、あなたたちと同じ第一部隊よ。よろしくね?」
「は、はい!よろしくおねがいします!」
「……ペコッ」
コウタはみっともなく顔を赤らめて台詞を噛みながら、ユウはいつも通り静かに頭を下げる。
となりでコウタを見ていたユウの目には、その様子が酷く滑稽に見えた。
現に、顔を上げてサクヤの顔を見たら、口に手を押さえて微笑していた。
「ふふっ。あ、そうだ、リンドウ。」
「どうした?」
「さっき支部長があなたのこと探してたわよ。」
「……そうか。配給のビール、取っといてくれよ。」
「はいはい。」
一瞬、ほんの一瞬だけ、「支部長」というワードを聞いたリンドウの表情が曇ったのをユウは見逃さなかった。
ユウの中で、ヨハネス・フォン・シックザールという人間に対して疑心感を覚え、そのままべっとりと脳裏に張り付く。
いつか言葉の奥底から感じた「本当は人類を想っている人だ」という気持ちで何度も拭おうとするも、疑心感は広がるばかりだ。
というか、ユウは支部長をあまり信用していない。
確かに聡明で人類のことを想っている人だとは認めているが、なにか隠しているような気がしてならない。
そんな感じがしているからだ。
「じゃあお前ら、今日はとっとと寝とけよ?ゴッドイーターは元気でなんぼだからな。」
そう言うと、リンドウは白い歯のサムズアップを見せて行ってしまった。
姉弟共々、行動が早いものだ。
リンドウとヨハネスへのちょっとした不安を押し殺しつつ、新兵たちは泥のようにベッドに潜り込んだ。
所変わって、ここは支部長室。
ードンドン!
支部長室のドアが、無作法にノックされる。
「第一部隊隊長 雨宮リンドウです。」
「……入りたまえ。」
「しつれーします。」
これまた無作法にも、やや気だるそうな気配を隠そうともせずに、支部長室にズカズカと踏み込んでくる。
もはや何時もの事なので、ヨハネスも何も言わない。
「で、今日は何のご要件で?」
「要件を伝える前に、リンドウ君。」
「?」
「君は''厄''を知っているかね?」
「?……あー確か、何十年か前にあったとんでもねぇアラガミの事だったような……」
「……つい2年前のことだ。……まぁいい、知っているのなら話は早い。」
瞳の奥を輝かせ、フェンリル極東支部長が告げる。
極東支部最強のゴッドイーターに対し、おそらく世界一危険な任務を。
その瞳が持つ輝きには、「これは依頼ではなく命令である」という脅迫の意と少しの悲しみが含まれていた。
リンドウはその悲しみを、「有用な道具が無くなってしまうので悲しい」と受け取った。
そう受け止めた上で、首を縦に振った。
「危険な任務だとは思うが、よろしく頼む。出発は明日の朝だ、くれぐれも遅れることのないように。話は以上だ。」
「はいはい、しつれーします。」
後ろを向いたリンドウの顔は、いつものおちゃらけた表情ではなく、正に真剣そのものと言うべき剣呑な表情をしていた。
しかし、報告書に目線を下ろしていたヨハネスはそれに気付くことが出来なかった。
もっとも、それを見たところで何かが変わった訳ではないのかもしれない。
ただ強いて言うなら……
ヨハネスがその表情に気づけていたら……
''厄''はもっと''人''になっていたのに……
次回 静なる嘆き