千の貌を持つアラガミ 作:疋倉ヨバラ
なんとか生き残ることはできたものの、アラガミとの命のやり取りに困惑し、散々な結果に終わってしまう。
しかし、聞けば、初任務にも関わらず本来就くはずのナビゲーターが就いていなかったと言う。
極東支部が災禍に呑み込まれつつある中、リンドウとヨハネスは不穏な邂逅を果たしていたのだった。
日を回ってからしばらくが経った、以前であれば通学・通勤ラッシュで多くの人間が満員電車に揺られ、ブラック企業へと向かっていくような時間帯だろうか。
今日も今日とて、法など意味を為さない世となった現代でも特に真っ黒に染め上げられた職場 フェンリル極東支部のロビーは朝っぱらから賑やかだ。
ここで言う「賑やか」は、皆が話に花を咲かせているだとか、楽しそうにワイワイしているだとか、そう言う「笑顔が絶えない」みたいな意味ではなく、単にミッションのやり取りやら出撃準備やらで人、というかゴッドイーターたちがロビーに来ているだけだ。
あとものの数分で、ここにいるゴッドイーターの殆どは出撃して居なくなる。
多くの人が動き回る中、ただ一人、まったく動かない停止点があった。
リンドウだ。
「あれ?リンドウさん、今日は出撃しないんですか?」
「ん?あぁ、今日はちっと恋人に会いに行くんでな。」
「恋人!?リンドウさんって恋人いたんすか!?いいなー、俺にも女の子紹介して下さいよ!」
「その内な、その内。」
分かりやすくかわされたコウタは、今度は何かハッとしたように辺りを見渡す。
いつもならここで、ユウが小声で罵ってくるのだが、今日はそのツッコミが来ない。
「そういえば、ユウは?」
「さっき、エリックとソーマと一緒に出撃してたぞ?」
「ソーマと……大丈夫ですかね、ユウのやつ。」
「心配か?」
「だって!アイツが、ソーマが何て呼ばれてるか知ってます!?「死神」ですよ!?なんでも一緒に出撃した奴らは全滅するとか……」
「そうか……俺はソーマの方が心配だがな。アイツはなんと言うか、死に急いでる気がしてな。……ま、エリックのやつは何かとソーマに絡んでるようだし、緩衝材にはなってくれるだろ。心配するこたぁねぇと思うがね?」
「だといいですけど……」
本人たちの居ない所で、勝手に心配されているソーマとユウ(と勝手に緩衝材として期待されているエリック)。
その本人たちはというと、ミッション「鉄の雨」に赴いていた。
内容としては、コクーンメイデンという固定砲台のようなアラガミの掃討というものだ。
言い忘れていたが、当然と言えば当然だが、ミッション内では討伐対象しか出没しない、なんてことは無い。
絶対とは言い切れないが、全世界でアラガミが跋扈するこの御時世では、他のアラガミが乱入してくることなど日常茶飯事。
本来の討伐対象よりも危険度の高いアラガミが乱入してくることなどしょっちゅうである。
……と、ソーマ、ユウ、エリックは討伐対象の生息エリアに足を踏み入れた。
「……俺はソーマ。別に覚えなくていい。」
ユウはそれに対して、なにも言うことはなかった。
普段は無口のユウには、ソーマがあまり話したがりではないことがよく解ったからだ。
無口同士でなんとなく踏み込むラインが理解しあえているのだろうか?
……いや、単にお互いのラインがやたら下がっているから干渉することがないだけだろう。
「お、君が例の新人クンかい?噂は聞いてるよ。」
「はい……神薙ユウです……」
「僕はエリック。エリック・デア=フォーゲルヴァイデ。」
エリック・デア=フォーゲルヴァイデ。
比較的若手のゴッドイーターで、神機は旧型のブラストのものを使用している。
フェンリル傘下企業である「フォーゲルヴァイデ財閥」の御曹司であるにも関わらず、危険な職業であるゴッドイーターとして名を連ねている。
裕福な生まれ故か、華麗に生き、華麗に戦うことを心情としており、やや自信過剰でナルシスト気味。
ソーマと忌避感や恐れを抱かず話すことのできる、数少ない人物のうちの一人でもある。
「君もせいぜい僕を見習って、人類のため華麗に戦ってくれたまえよ?」
「エリック!上だ!」
「え?」
いち早く危険に気付いたのはソーマだった。
ソーマはエリックに向かって走りだし、危険を知らせる。
しかし時既に遅く、エリックが振り向いた時には、既にオウガテイルは大口を開けて僅か1m前後にまで接近していた。
そして……
「うわああああああああぁ!!!!」
「ボサッとすんな!」
エリックが頭から喰われたのも束の間、既に駆け出していたソーマは、その勢いのままエリックの上に覆い被さっていたオウガテイルを一閃する。
この間、僅か5秒もない一瞬の出来事だった。
しかし、その一瞬が、彼の命を奪い去った。
「言っとくが、こんなことはここでは日常茶飯事だ。」
「……」
「アイツが死のうが、俺には関係ない。弱いヤツから先に死ぬ……ただそれだけの話だ。」
ソーマは神機を突きつけて、そう言った。
人間相手に神機を向けるのは非常に危険なことだ。
自らの神機はともかく、他人の神機に触れようものなら、偏喰因子がその神機に適応しているという奇跡でも起きない限りは神機に喰われてしまうからだ。
ユウはまだその事を知らないが、ソーマはそれを知った上で神機を突きつけている。
「邪魔になるようだったら、アラガミ諸共お前をぶった斬るからな。」
「……了解。」
程なくして、ミッションは終わった。
ソーマはまるでアラガミの居場所がわかっているかのように一直線で討伐対象の元へと向かっていき、重厚なノコギリのような神機を軽々と操り、アラガミを次々と真っ二つにしていった。
ユウも多少動きがぎこちなかったものの、新型特有の対応力でなんとか被弾することなく終えることができた。
しかし、今注目すべきはそこではない。
ミッション中は感情が表に出やすくなるユウだが、今回に限っては
今回初めて同行したソーマの目には平常にしか映らない光景だが、ミッション中の彼を知る者にとって、それこそが
(余談だが、極東支部のゴッドイーターたちが彼の豹変ぶりをあまりにあっさりと受け入れることができているのは、似たような人物を他に知っているからだろう)
それはさておき、2人はエリックの下へ向かった。
そこにはエリックの姿はなく、あったのはエリックだったモノと傷一つ付いていない彼の神機だけだった。
それ以降、彼らは一言も交わすことなくアナグラへ帰還した。
「ユウ、ちょっと。」
ユウとソーマがゲートを潜ってロビーに出るや否や、コウタが小声でユウのことを手招きする。
コウタの視線が小刻みに揺れる。
その先には、つい先ほどまで一緒にいたソーマの姿があった。
「……ごめん、少しだけ一人にさせて……」
「あ、あぁ、うん。呼び止めてごめん。」
いつもより輪をかけて大人しい友人の態度に困惑したのか、情景反射だけで返事をする。
言い終わってから、何があったのか聞こうと上体を捻って振り返ってはみるが、何も言えずにその場を後にする。
その背中は簡単に潰れてしまいそうなほど小さくて、でも俺なんかじゃ代わってやることが出来ないくらい重くて、全てを物語るほど静かだった。
そういえばリンドウさんは「ソーマとエリックと一緒に出撃した」と言っていた。
しかし、帰ってきたのはユウとソーマのみ、つまり……。
「ユウ……」
友人が落ち込んでる時に心配することしか出来ない自分を、心底恨めしく思う。
それと同時に、ゴッドイーターがいかに危険な職業であるかを改めて思い知らされた。
やはりソーマの「死神」の噂は本当だったのか。
「あぁくそ!」
人が、仲間が死んだというのに!
エリックだって家族はいるだろうし、友人もいるだろうし、彼が死んで悲しむ人間も多いはずだ。
そんなの、俺が一番分かってるはずなのに!
死んで安心するヤツがいるか、死んで良かったと思うヤツがいるか、死んでしまえばよかったと思うヤツがいるか!!
「……ちくしょお、ちくしょおぉぉ……」
元から悪い頭が更にぐちゃぐちゃになっていく。
人でなしになっていく。
俺なんかより、目の前で見ていたユウの方がよっぽど辛いに決まってる。
それでも、アイツはそれを口にしなかった。
……もう今日は寝よう。
その晩、ペイラーは考えていた。
無論、厄についてだ。
厄の最大の特徴は、他のアラガミの追随を許さない圧倒的学習能力。
学習したデータを元に、体の構造を完全に作り替えることすら可能だという。
また、グラスゴーの時はアナグラに出現したという点から、高い知能と食欲を抑える理性を持っていると考えられる。
ここで2つの疑問が浮かんだ。
理性を有しているとするならば、なぜアナグラの出現報告が一度きりだったのだろう?
アナグラ付近で目撃情報はあったが、アナグラ内での目撃情報はグラスゴーでの一度きり。
そしてもう一つ、犠牲となった人類20%のうち、その死因の約七割は捕喰
理性を有しているとは言え、捕喰することは何よりも優先順位は高いはず。
中には、狂死体を捕喰せずに放置していたこともあったらしい。
まるで喰うことよりも殺すことを優先しているようにも見える。
この事から、私は一つの仮説を打ち出した。
奴は「
あまりの学習能力が仇となり、人を喰らうことで人に染まってしまうのを恐れているのではないか?
奴にとって、自らを保とうとする、または妥協や我慢という概念の存在する人間の理性とは全くもって相反するもの。
真逆のものである「人間」に染まりすぎれば自分が「ヒトのようなアラガミ」になってしまうと理解した結果だと考えれば、筋は通るだろう。
ふむ……思い付く限りの穴埋めをして、一度発表してみることにしよう。
次回 赤い傀儡