バトルフィールドに到着した4人。高等部の女子生徒2人によるバトルは未だ進行しているが、既に“あまごい”の効果は切れ、雨が上がっている。雨でぬかるむフィールドにはミロカロスとニンフィアが対峙していた。そして、そこかしこに技によって空けられたであろう穴がある。
事件現場を撮影して記録しているのか、タブレットを操作している男子生徒が1人。紫のフレームのメガネを着けており、真面目な印象を受ける。その青年がミカド達に気付き、駆け寄ってくる。
「会長、どうしてこんな時に限って校舎から離れているんですか?」
「辛辣だな。トばして来たんだから勘弁してよ、ユウ」
高等部1年、生徒会庶務のユウ。
「よう、ユウ。さっきぶり。生徒会とは聞いていたけど大変だな」
「やあコウヤ。この学校はキミみたいなのばっかりでね。苦労しているよ」
コウヤとヒナとは同じクラスであり、昨日今日でそこそこ話していた。早速皮肉を飛ばして来たが、ヒナからのフォローもあり、既に“こういうやつ”とわかっているため、言い返したりはしない。一見根暗で皮肉屋だが、エスカレーター組の中では孤立することはなく“ツッコミ役“として馴染んでいるらしい。
「新入生やら見知った顔やらぞろぞろ引き連れて。右腕に抱えているレイがいれば充分でしょう」
「もしもの時に人手は必要だろう?」
「こんな手軽に抱えられるモノ扱いされるボクの身にもなってほしい」
「小さくて細くて軽くて持ち運びしやすいんだよね」
「いよいよモノ扱いじゃないですか。会長、ソレ、僕に貸してください」
「⋯」
ミカドはレイをユウへと引き渡す。あまり変わらないレイの表情が少し曇ったように感じたコウヤはユウに話しかける。
「レイ怒ってないか?」
「これからもっとひどいことするから。平気平気」
何が平気なのか分からない。だがその内容はすぐに知ることになる。
「ロゼ、こっちこっち」
ユウがニンフィアのトレーナー、鮮やかな赤いロングヘアの女子生徒に声を掛ける。
そして、左腕で抱えているレイの頭に手をかざす。すると手のひらからエネルギーの塊が球場になって形成された。
「なんだあれ⋯? “シャドーボール”か? ポケモンの技をどうして⋯?」
「ユウくんの十八番だよ。それにしても彼の悪癖が出てるなぁ。まあ見てて」
ヒナが少し説明をし、静観するようコウヤに促す。周囲にいる生徒たちがどよめく。ユウが表情を変えずにさらに言葉を紡ぐ。
「今すぐバトルを止めないと、だーい好きなレイの頭をぶち抜くことになるよ。ほら、やめたやめた」
周りの反応は言うまでもない。ドン引きである。当事者であるユウとレイは無表情なのがこの場の異質さを際立たせている。
取引を持ち掛けられたロゼは、目を見開き、言葉を失っていた。数秒後「ふぅっ」と息を吐き出すと、ずんずんとユウの元へ進んでいく。
「素直でよろしい。まさか本気でぶち抜くわけないじゃないか。ほら、目当てのお姫様だよ」
ユウは“シャドーボール”を霧散させ、レイをロゼに引き渡す。ロゼはレイを守るように自身の背後に立たせた。
ロゼがただならぬオーラを発しているのに気付いているのかいないのか、ユウはさらに言葉をかける。
「ヒヤッとしたでしょ? これに懲りたらバトルは控えてもらお、ごはっ!?」
ロゼの右ストレートがユウの腹に突き刺さる。「うぅ⋯」と呻きながら腹部を抑え、屈み込むユウ。拳を握りながら、ロゼは淡々と言葉を紡ぐ。
「レイを本気でどうこうするつもりはなかったんだろうけど、やっぱ腹立つわ。それに、あんたの自分が悪者になってでも問題を解決しようとする姿勢は嫌いよ」
周囲の空気はそれはもう、お通夜のようだった。それを感じとったのか、ロゼは振る舞いを180°変える。
「レイー! 怖かったね? もう大丈夫だから。あたしが守るからね! ユウに人質にされて怖かったって言いな?」
「死ぬかと思ったよー。怖かったー。ねー、ニンフィア⋯」
レイの足元に寄ってきたロゼのニンフィアを撫でながら、棒読みでレイは答えるのだった。
「ユウがこういうことするのって珍しくないんですか?」
「別にここまでしろなんて誰も思ってないし言ってもいないんだけど、突拍子も無くこういうやり方をするんだよ⋯」
ある種問題児な後輩の行動に頭を抱えながら、ミカドは濃紺の長髪を束ねた少女に問いかける。
「アオバ、興が冷めただろう? お開きでいいね? あと、せめてバトルするなら俺にひとことくれないかな?」
「ミロカロス、戻って。わかったわかった、善処するわ。ロゼ、勝負はまた今度にしましょう」
「アオバ先輩には悪いですけど、あたしはレイとイチャイチャしなきゃいけないんで」
「そんな使命に燃えなくていいのよ。ほんとレイのこと好きね」
「えへへ、好きー♡」
ロゼはレイへの好意を公然と口にする。当のレイは無表情だが、照れ隠しするようにわしゃわしゃとニンフィアを撫で回すのだった。
そんな様子を「ふふ」と笑って見ていたアオバが、コウヤに目を向ける。
「えっと、ミカドに連れられてきたキミは?」
「やだなあアオバ先輩、わたしと先輩の仲じゃないですかー」
「なんでやねーん」
「うわー、雑ぅー」
2人は仲が良いのか、ヒナのボケに雑なツッコミで返すアオバだった。
「気を取り直して、ウォーグルに乗ってきた男の子、キミは?」
「そうですよね、オレですよね。1年B組のコウヤです。よろしくお願いします」
「円卓議席第2位のアオバです。それと、こっちが第3位のロゼ。ほらロゼ、自己紹介」
「お、振ってくれるとは流石アオバ先輩。あたしはロゼ。クラスは1年C組。中等部からのエスカレーター組だからさ。ここで会ったのも何かの縁だし、分からないことは聞いてくれたまえよ」
アオバに続き、ロゼも自己紹介する。いつの間にかニンフィアをボールへ戻し、レイを背後から抱き締めていた。
「じゃあ、えっと…。レイとはどういう関係なの?」
コウヤの言葉に、アオバとヒナとレイは苦い顔をする。聞いてはいけない事を聞いてしまったと言わんばかりに。
「ほう、気になるかい? それではまずはあたしたちの出会いから話さねばなるまい…」
コウヤはここで悟る。これ、長くなるやつ。
「それはあたしが地元のカロスを旅していたとき。いつものようにキャンプをしていると野生ポケモンの大群に囲まれてしまった。手持ちのポケモンだけではとても応戦しきれない。そんな時に颯爽と現れて助けてくれたのがレイだったんだ。感謝してもしきれない、命の恩人なんだ。こんなに可愛いのに男の子よりかっこいいんだよ。そりゃもうあたしはメロメロですよ」
こんな具合に、ロゼは1時間ほど途切れること無く話し続けた。レイとの馴れ初めやら、その縁で中等部からアカツキトレーナーズスクールに入学したとか、後半からはレイがとにかく可愛いという話題が9割を占めていた。
ミカドとアオバは殴られてうずくまっていたユウを保健室に連れて行くと言っていなくなるし、ヒナはそそくさとその場を去っていった。
いちばん可哀想なのは、ロゼに抱き締められていたがために逃げられず、半ば惚気のような話をコウヤと一緒に聞かされたレイであろうか。
表情があまり変わらないレイが、顔を真っ赤にして恥ずかしそうにする姿は、コウヤの脳裏に深く焼き付いたのだった。