管制室に、独特の緊張感が漂う。
その発生源は、今、まさに、怒っていますな体の女。
オルガマリー・アニムスフィア。ここカルデアの所長である。
「……」
彼女は見ていた。自分のちょうど前の席を。そこには、二人の男が座っていた。
一人は、なんの変哲もない、平凡な男の子。
その頭は上下していた。男の子は寝ているのだ。そしてそれこそがオルガマリーが怒る理由である。
この後始まる任務は、人類の未来を決定する程のもの。そのブリーフィングで居眠りなど言語道断。本来であれば今すぐにでも追い出すべきだ。
それをしなかった理由は、隣の男にあった。
「所長、質問です」
簡単に言うと、説教しようとした瞬間、この男が割り込んできたのだ。これでは怒るに怒れない。
だからまず、オルガマリーは質問を片付けようとする。
「発言を許可します。何ですか」
オルガマリーは頭の中で、質問した男のプロフィールを思い出していた。
こいつは日本の使者が最後の最後で見つけてきた人間だ。魔術師ではない、確か霊媒師とやらの家系に属する人間。取るに足らない凡人である。
だからなんだと思った。オルガマリーにとって重要なのは、血筋ではなくその適性。ただ職務をまじめにこなしてくれればそれでいいのだ。
だから質問には、真摯に答えなくては。
できる上司は真摯なのだから。
そしてとうとう、男は口を開いた。
誰もがみんな、その男を見た。
「おやつはいくらまでですか?」
「二人ともいますぐ出ていきなさい!!」
◇◇◇
第一の難問、回避いいいィィィ!!!
二次創作でなら絶対に回避しなければならないイベント。それが管制室爆破事件である。
何が厄介かって、レフがえらい爆弾を仕掛けてくれたことだ。名門の魔術師を殺しきるほどの爆弾を、一体どうやってレフは用意したんだろうか。確認のためにこっそり見てみたらガチすぎて引いた。
いやはや。しかしここまで大変だった。
管制室での爆破自体は、隣にいる藤丸立香みたいな環境ならどうとでもなるんだけど。俺の場合中途半端な時期に来ちゃったから、ガチの準備で取り掛からなきゃあならない。
具体的に言うと。
俺はカルデアに来て一週間、ずっと道化を演じてきた。
この管制室イベを回避するためのセリフはいくらでもある。だが問題なのはキャラだ。みんなの間でまじめくんやって今日いきなりふざけたら怪しまれる。
だから俺はずっとふざけてきた。
訓練の時は、サーヴァントもなしに敵のところへ突っ込んだ。
いつもの時は、わざとズレたように笑って話をした。
ある時は、DQNすれすれの行動をした。
見破られてはいない。だってこのおふざけも若干、俺の素が入ってたから。それに何より見破られていないか実際に確認した。だから心配ない。
ただ……やってる間はすごく恥ずかしい。一度開き直ってもそれはそれで後からくる。そしてみんなの視線が痛い。あのオフェリアの極寒のごとき視線は絶対に忘れない。
だが後悔はない。そして反省もしていない。
このおふざけモードでいる間は、なんとギャグ補正が発生するのだ。素晴らしい。最高じゃないか。
だから俺はこれをやめない。史上最高のご都合主義を味方に付けられるのなら、生き残れるのなら、俺の恥なんぞ捨てる。
ただきっと、一部のサーヴァントには通じないだろう。例えば俺と同じくチャラ男を演じているやつとか。
けどそれを考えるのは後だ後。万が一の時の手は既に打っているからワンチャンある。
「着きました。ここが先輩の個室です」
「ありがとうマシュ」
おっと着いたのか。といっても藤丸立香の個室にだが。
あ、それと藤丸立香は男だった。そして俺も男。つまり比較要素が多いわけだ。手違いで比較の獣覚醒するかもというスリリングを味わえということか神様。やっぱりあなたはドsだよ。
「マシュはどうするんだ?」
「わたしは管制室に戻ります。わたしもAチームのメンバーですから」
……止めない方がいいだろう。マシュはこの任務のキーパーソンであることはレフも承知している。だから確実に殺すだろう。
あぁ、全く。やっぱり道化を演じるだけじゃ無理だよ。こんな痛みに耐えるなんざ。
俺は分かってて彼らを見捨てるのだから。救う力なら、借り受けているくせに。
「……? どうしたんですか?」
「ん? ぁいや何でもないぜ。これからどうしよっかなぁって」
しまった。つい気を抜いて表情筋を緩めてしまった。これからはぐだおにも気をつけなきゃぁならないってのに。
よし。ならまずは、
「ところで俺も入らせてもらっていい? 暇だからねぇ」
「構いませんよ、どうぞ」
うーん予想通りのお人好し。こいつ将来大丈夫かな。あ、でも旅の中で改善されるか。
後に続いて部屋に入ると、そこには想定通りの人物がいた。
「うわ!? 君何を勝手に入ってきてるんだ!? ここはボクのさぼり場だぞ……って、半場くん?」
「あ、ロマン。ここにいたのか」
良かった。管制室にいないし大丈夫だろうと落ち着かせたが、心配は杞憂だった。ロマンはいてくれなければ困る。……こういうところも偽善って言うんだろうな。
しばらく黙っているだけで、ぐだおとロマンは仲良くなっていく。さて、では俺も混ざろう。
「時にロマンさんや。その菓子は一体どうして?」
「ふっふっふ。お目が高いねぇ。実はちょっと頼んで買ってきてもらってさぁ」
「じゃあいただきます」
「君には遠慮ってもんがないのかい!?」
お菓子戦争にルールなんてないぜ、とだけ言ってバクついていく。そしてのどに詰まらせるまでが一連のパターン。鍋でさっさと肉食ったやつが腹壊すのと同じだ。
諦めたのか、ロマンは俺を止めない。そしてぐだおにカルデアについて説明し始めた。そういえばこの段階ではぐだおはここの概要知らないんだっけ。
「つまりカルデアスって言うのは……っと。どうしたんだいレフ?」
『Aチーム以外の体調が優れないんだ。すまないが今すぐ来てくれ。医務室からなら二分で着くだろう」
「……ここ医務室じゃないですよ」
「しまった……! ここからだと五分はかかるぞ……!」
この連絡が来たってことは……そろそろか。
俺は饅頭を水で奥まで押し流し、ウェットティッシュで軽く手を拭く。
「……俺そろそろ自室に戻るよ。ロマンも遅刻しないようにね」
「大丈夫大丈夫。ちょっと遅れるくらいが大御所っぽくていいだろ?」
「だから怒られるだろー」
最後にぐだおに手を振って、俺は部屋を移動する。
その間に、顔つきも変える。
「……持ち物は」
今の手持ちはナイフ一本、拳銃一丁に黒鍵三本か……。
追加するものをピックアップし、自室に入った瞬間から懐に忍ばせていく。
俺の部屋は既に改造済みだ。扉の横に小太刀仕込んでるなんざ当然。所長には悪いが、一番カルデアで危険な部屋は俺の個室だな。
「……刀はいいか、さすがにそこまでいらんだろう。むしろ投げナイフを増やした方が……」
直後、緊急アナウンスが鳴り響く。
今ついていかなければ間に合わない。このまま逃げるか? 否、そんな無駄な行動は取らない。
本来なら四次元バッグを持っていきたい気持ちをぐっと抑えて、俺は持てる分の武装を所持していく。
そうして個室を出て走り抜けたら、ロマンの姿が見えた。
「半場くん、君まで来ちゃったのか⁉︎」
「その顔だと藤丸も来たみたいだな。なら行くかぁ」
「ええい、隔壁が降りる前に出るんだぞ!」
その約束はできない。
俺は特異点修復に参加しなければならない。それが神様から言われた条件だ。
たとえ謎だらけの特異点Fであっても、それを反故にはできない。
「……と言っても、きついなこれは……」
入った瞬間、猛烈な熱風が襲い掛かってきた。おのれレフ、なんであんなに爆弾を用意したんだ。
顔を腕で隠しながら前に進む。探すのはぐだおとマシュ。生存者は見つけない。
「せん……ぱい、逃げてください……」
「そんなことできない……!」
あぁ、よかった、マシュは生きていたか。
そう安堵して壁に寄り掛かろう―――として、俺はそれが何なのか気づいた。
「……コフィンか」
中には以前ちょっとだけ話をしたやつが入っていた。
悪いなと平謝りして周りのコフィンも見る。多分あの中央の一番損傷が多いのがAチームのコフィンだろう。
「……」
思えば、一番交流が多かったのはAチームだ。というか他の魔術師たちが魔術師らしすぎて無理だった。
そしてAチームは一番優秀なチーム。とすればレフが念入りに殺しているだろう。俺のスキルで蘇生させても無意味。
「……悪い」
散々友人友人言っておいてこの様だ。彼らがいるとスムーズに進まないから、なんて理由で俺は彼らの活躍の場を奪おうとしている。
だからせめて、絶対に人理修復して生き返らせてやらなくちゃ。
『レイシフト適性者、基準値を満たしていません。該当者検索……』
最後に思い出す。彼らとの思い出を。
『該当者発見。ナンバー36、
アンサモンプログラム、スタート』
俺がお菓子と間違えて大量の睡眠薬を渡しちゃって、危うく死にかけたカドック……。
俺が反省に廊下掃除してたらすっころんでパンツ晒して、どぎついストレートをかまそうとしたオフェリア……。
初対面で『お前人間?』って言ったらそれ以降口をきいてくれなくなったヒナコ……。
『共食いじゃねーか』なんて茶化しながら一緒にパスタ食ったペペロンチーノ……。
夜中に目の前にいきなり現れて、驚いて思わず殴っちゃったベリル……。
集会で膝カックンやったら『俺の後ろに立つな』と言ってきたデイビット……。
キリシュタリアは……、…………。…………。そういえばあいつとは話してなかった。
待ってろ。
必ず、人理修復してくる。
何ということだ……。ギャグがない……‼︎
ほんの、一瞬も、ギャグがないっ。
しかし書いてて偽善者と呼んだらいいのか人でなしと呼んだらいいのか分からなくなってきた。
・キャラクター詳細
転生特典を受け取った転生者。
・プロフィール
「まだ生きたい」という願いをもって、転生の間に辿り着いた男。そんなことができるので、当然その魂は型月に順応する。
・プロフィール2
渇望「多くを残して自分も生きたい」
善にも悪にも寄りきれない、良くて人間らしい、悪くて人間らしい、そんな渇望。当然神座には遠く及ばない。
普通ならただの人間として輪廻の輪に入る予定だった。が、普通の人間より魂が強化だったため、たまたま特殊な輪に流れ込んだ。ある意味、それが彼の再スタートである。
今の話は全て真実。
しかしどうにも、今の彼は嘘くさい。