将棋の世界に身をおく俺がいるのはまちがっている。 作:Sオメガ
すいません。
分かっていた。
あの人がいなくなれば、彼が私から離れていくことは。
自分の好きだった人が自分から離れていったのを見て、いや、離れていくのを見て分かった。
あいつは私の好きだった人がこれから歩んでいかないといけないさみしい道、あの人がこれから暮らしていかないといけないさみしい国からきた子どもだった。
そんなあいつを、傷だらけのあいつをさらに傷だらけにしたのは私だ。
虫がいいし、
今更だし
遠くから
ただ祈る事に
意味なんてあるのか
わからないけれど
ーーでも
もう側には
いられないから
あなたの幸せも
あの人のことも
ここからでも
せめて
ありったけの
願いをこめて………
「ねえちゃーん~~~こんなところに独りでいたら変な奴につかまるよ~~俺らみたいな」
「きゃっ!」
いつの間にか近くに来ていた男に腕を掴まれた。
女の私は力で抵抗出来るわけもなく、連れて行かれそうになる。
ファン ファン ファン ファン
「ええ、今見えました。病院の裏手の方の川沿いです。女性が連れて行かれそうになているのでできるだけ早くお願いします」
「ちっ余計なことをしやがって」
パトカーの音にびびったのか男たちは走っていった。
「ケガとかはないっすか?」
「ええ。警察は?」
「ああ、あれスマホで音を出してたんですよ。さすがにこんなに早く警察はこれませんよ」
「でも、ありがとう。おかげで助かったわ」
「いや、俺がいなくても他の人がなんとかしてましたよ」
「えっ」
驚いた。助けてもらった人の声が何処かで聞いた事があると思って見てみると
比企谷 八幡だった。中学生でプロになってもうB2にいる天才だ。
零も凄いが、昇級スピードでいえばダントツだ。
他の棋戦でも結果を残している。
まだタイトルをとってはいないが、あと数年もすれば確実とまで言われている。
「比企谷先生に助けて貰えて光栄です」
何故か嫌みったらしく言ってしまった。
「俺みたいな奴に光栄なんて止めてください。名人とか土橋さんとか、雷藤さんは違うな。辺りに助けて貰って使って下さい。後、敬語も止めて貰えたら…」
「分かった。でも貴方も充分凄いじゃない。最速で昇級してるし」
「運が良かっただけです」
「へええ、会長おも天才と言わせた比企谷先生が運で勝ち上がってると」
「いや、まず俺を天才と呼ぶのがおかしいんですよ」
「まあとにかく気を付けて下さい。只でさえ美人なんですから」
「なっ///」
「後、終電大丈夫ですか?」
「うわっ過ぎてる!」
男に襲われるよりも
男に振られるよりも
男に助けられるよりも
私にとって終電の方が大事だ。
不味い。どうしよう。後藤の家?でもそれは不味い。
ヤバイ。どうしよう。 しかも財布を持ってきていない。あるのは電車代だけ
「ええっと……家来ます?さっき会ったばかりの男が言うのもあれですけど」
「いや、弟の家に行くから…」
ちらっと比企谷は後ろをみる。
「どうしてもってわけじゃないんで、たださっき会った人に自分がいない間に襲われるのもあれなんで…それに桐山もいないようですし、鍵と住所渡すんでおれの部屋使って下さい。一人暮らしで他の人もいませんし、俺はネカフェでも行くんで…」
後藤さんもいないようですし。そう付け足した。
「なんで」
「病院から出るときに後藤さんに会ったのと前に見かけたんで」
それは分かった。でもなんで、弟が零だって…
「覚えてませんか?何度か幸田先生の家に指しに行ったんですが…」
…………………思い出した!
確かに来ていた。彼は師匠に連れられて家に指しに来ていた。
零とよく指していたはず。
「思い出したわ。零とよく指していたでしょう?」
「一応、幸田さんとも指したんですがね…」
ええぇ記憶を漁るけどあまり覚えていない。
なんなら零と指していた頃のこともほとんど覚えていない。
答えに戸惑っていると彼から声をかけられた。
「答えに困ることいってすいません。それで、どうします?ああでも俺がいるのが嫌だったら、どっかのネカフェにでも行きますよ?読みたい漫画もありますし」
さすがにここまで言って貰えれば安全なのは分かる。いや、そもそも彼のインタビューの受け答えから彼がまともな人間であるという事は分かっている。こんなところで彼に迷惑をかける事になるとは思わなかったが、着いていくことにした。
彼の住んでいる場所は意外と近く、あまり歩く事はなかった。
家が千葉のため、別に実家からでもなんとかなったらしいが妹離れのために追い出された、という彼がどうぞといいながら扉を開く。
散らかってはいないだろうと思っていたが、本当に綺麗だった。
零の家は将棋以外を取り払っているようだったが、彼の部屋は零よりも物があった。
零の所と同じように広い部屋が1つと後一部屋があった。基本的にもう一つの部屋が住みかだから大きい部屋の方には物が少なかった。
彼がそう話してくれた。
「夜はもう食べましたか?」
食べていないと答えると、
「ご飯と麺どちらの気分ですか?」
料理をするのだろうか?意外だ。
麺が良いと言った
「簡単になるんですけど、それでよろしかったら、テレビでもつけて見てて下さい」
椅子に座ってテレビをつける。
独り暮らしにしては大きなテーブルと椅子の数だ。
お笑い番組を観てみたが、あまり面白く感じなかったため、情報番組に切り替える。
その間にも彼は黙々と料理している。
良い匂いが漂ってきた。
何か手伝おうと思い、聞いてみる。
そこのサラダ持っていって下さい。後冷蔵庫からお好きな飲み物。
何にしようかちょっと考えたがお茶にした。
しばらくすると料理が出来たみたいで彼がきた。
両手にフライパンを持っている。
すいません。鍋しきおいてもらえますか。と頼まれる。
見てみるとテーブルの端にコルクのなべしきがある。正確には違うのかも知れないが、
テーブルに置かれたものを見てみるとスパゲッティだった。
ちょっとテンション上がっちゃいました。食い意地はってるんです。
良い匂いがした。
皿、二枚どうぞ、好きなように食ってください。
えっと、こっちがキノコの和風な感じでこっちがイカとズッキーニです。
レシピを見て食べたかったという。
普通に美味しかった。
その後、殆ど話す事はなく私は彼のベッドを借りて寝た。
シーツを変えるところまでテキパキしていた。
その日は気持ちよく眠れた。
朝起きると彼はまだ寝ていた。どうしようかと悩む。
もともと寝てたらそのまま出ていって良いと言われたが、キョロキョロしてみるとお握りと海苔がテーブルにおいてあった。
一緒にあったメモをみると
幸田さん
お握り良かったら····
味噌汁台所にあるんで温めて下さい
比企谷
とあった。
甘えて、お握りと味噌汁を食べ、食器をあらい、またお礼をすると書き置きを残し家を出た。
朝のツンとするような寒さも。
透き通った冷ややかな風も心地良かった。
何か温かいものが近くにあるように感じる。
比企谷じゃない。
絶対比企谷食い意地はってない。
はい、そうです。全部自分の事です。
ええ、レシピみて食べたくなって作りましたとも。