自宅に戻った私は、自分の部屋に入って少しだけ安堵した。家の外の周辺に変な視線は感じるが、そんなことはもうどうでもいい。
「……逃げる準備しなきゃ」
父が元自衛官だったお陰でキャンプ用具は一通り持ってるし、移動手段の予備の自転車……というか、生前母が使っていたママチャリもある。お金もまだ暫くは動画の方で得た収入で少なからず余裕があるし、この際だから東京から離れるのも悪くないかもしれない。お金貯めて買った動画投稿の機材は置いていかなきゃだろうけど。
「それと……永久との写真も、かな」
両親が永久と私の二人を撮ってくれた数少ない、私という暗闇に、光を与えてくれた大切な親友との思い出。
「懐かしいな……」
ワタシが永久と出会ったのは、小学校の図書室の人があまりこない隠れたスペースだった。
当時小学生一年生だったワタシは大人しすぎたせいか、周りから苛められていた。もっとも苛めと言っても男子からからかわれる程度のものだったけど。
お昼休みや放課後のだいたいはここで、静かに本を読むのが日課みたいなものだった。
「あれ?こんなところで何してるの?」
けどその日、まるで迷い込んだように現れた彼女、黒いショートカットに綺麗な赤いペンダントを着けた彼女がワタシの親友……梔永久だった。
「……見たら分かるでしょ、本を読んでるの」
「ふーん、なんてタイトル?」
「……封神演義」
「へー、面白いの?」
「……別にそんなにかな」
漢字が難しくて読めないから、と言うと永久は首を傾げて、
「だったらもっと分かるやつ読もうよ!!こっちの南総里見八剣伝とか!!」
「それはもう全部読んだから」
「うっそ!!凄いね!!」
まるで楽しそうに話す彼女にワタシは少しだけ楽しかった、そんな気がした。
「ねぇ、名前、名前教えて!!私は梔永久!!」
「……御影加古」
「かこちゃんか~!!ねぇかこちゃん――」
――私と一緒に遊ぼう。その一言が、ワタシの全てを変えた、今思えばそう確信できた。
その日から少ししてワタシは永久の事を知ることになった。ワタシのとなりのクラスで、勉強も運動もできて、皆の中心に居るような人だって事が、そして家もすぐそばだった事も。
「ねぇとわちゃん、ワタシなんかと一緒に遊んでていいの?」
「ん~なんで?」
「だって、ワタシはいじめられっこだし、一緒に居たらとわちゃんにも迷惑がかかるし」
ワタシのその言葉に永久はケロっとした表情で、
「そんなのはへいき、へっちゃらだよ」
「へいき、へっちゃら?」
「そうだよ。どんなに辛いことがあってもそう言えれば、どんなことでも乗り越えられるんだよ」
「へぇ……誰かから教わったの?」
「あー、そんなところ、かな?」
永久にしてはなんかお茶を濁すような口ぶりだったけど、小学生だった私にはそこまでは分からなかった。
「あ、それよりもかこちゃん!!このあとどんなことして遊ぶ?」
「ワタシは……本を読んでるのが楽しいから」
「そんなのは家でもできるよ!!けど遊ぶのは今しかできないんだよ!!ほら!!」
「ちょ……」
無理矢理引っ張られて外に連れ出されたワタシは、とわが良く行く展望台公園に連れてこられた。
「はぁ……はぁ……早いよとわちゃん」
「ごめんごめん、でもほら、見てよ」
「?……ぁ」
そう促されて見たその景色に、ワタシは思わず驚いた。夕焼けに照らされて、町の景色が一望できるその姿は、
「キレイ」
そして口から出たその言葉に、永久は笑顔になる。
「ここ、ワタシのお気に入りなんだよ!!人があんまり来ないし、夏場は花火をここから一望できるんだよ」
「凄い、ね」
「うん!!凄いんだよ」
そう言ってはしゃぐ姿にワタシも自然に笑顔になってしまう。
「――夕焼け惑う 雲眺め
茜の輝き みーつめた」
そして突然聞こえたその歌声、永久のその歌にワタシは聞き惚れる。
(凄い……うまい)
なんていうか、テレビでたまに見る歌手みたいな、そんな感じがした。それくらい永久の歌は上手くて、綺麗だった。
「空よ暁になれ 時の波を越え
鳥ははざま 駆けーていく」
歌い終わった永久は此方を見て恥ずかしそうに顔を赤くする。多分、ワタシの驚いた顔に照れてるのだと思った。
「アハハ……ごめん、音痴だったよね」
「」ブンブン!!
首を思い切り横に降ってそれを否定する。あんなにキレイな歌を音痴だという奴がいればそれはもう手遅れだと思う。
「凄い、凄いよとわちゃん!!あんなキレイな歌、それもテレビとか授業とかで聞いたことのない、オリジナルの歌を歌えるなんて!!」
「か、かこちゃん?」
飛び付くように肩を掴み、若干引いてる加古を知らずにワタシは加古に言った。
「お願いかこちゃん!!ワタシにもとわちゃんの歌を教えて!!」
加古と歌を練習するようになって6年の月日が経って、ワタシは中学1年生になった。
ワタシと加古は揃って合唱部に入って、クラスも同じ私達はもはや親友と読んでおかしくない間柄だった。
「ねぇ永久~」
「……どうしたの加古?」
その日は加古の趣味のダンスのためにパルクールというのをやりに来ていた。ワタシも一緒に軽く練習しつつ、加古の言葉に答えた。
「永久ってホント良く本を読んでるよね~」
「まぁ、これでも小学校じゃ図書室の化物なんて苛められてたからね」
「アイツらは口だけのおバカさんだからどうでもいいの。それよりも永久、お願いがあるんだけど」
永久のお願い、その言葉にワタシはジトリと目を細める。親友とはいえ、いや、親友だからこそ、永久のお願いというその言葉の意味を知らないわけがない。
「……話を聞くだけだからね」
「いやさ、それだけ本を読んでるならさ、永久に私達の歌の作詞をしてよ……ってダメだよね」
「……なんだ、そんなことか」
てっきり前に加古の家の楽器屋に置いてあるのを使って既存曲のカバーをやろうなんていう、小学生じゃ無理だろとでも言わんばかりの無理難題を押し付けられるかと思ったら。
「そんなことって、つまり」
「少し前からだけど、そのうち加古が言い出すかなって思って始めてたよ。一曲だけだけど」
「ホント!!」
ホントだ。正確にいうと、
「実はワタシさ……リディアンを目指そうかな、って」
「!!……リディアンって、あの音楽学校の?」
「うん、リディアンに入って……作詞家の勉強をしたいって思ってたんだ」
音楽のための専門学校とでも言うべきリディアンに行きたい、その一言を告げた親友の目はどこか真剣で、何かを見つめていた。
「永久?」
「へ……あぁ、うん。でも作詞家なら別に大学からでも良くない?」
「勿論大学も行くつもりだけど、やっぱり身近に音楽のための専門の学校があるんだし、そこで基礎だけでも身に付けようかなって」
「……そっか」
永久はそう言うと立ち上がって練習を再開する。
「加古」
「うん?」
「この際だからさ、私達二人で作曲と作詞して、動画サイトにでも上げようよ!!その方が近道だし」
いきなりそんなことを言う親友に私は驚いた。
「ちょ、流石にそこまでのは出来てないからね!!」
「大丈夫大丈夫!!失敗しても損なんてしないんだし、何より私達の作曲で加古の作詞なんだよ、受けないはずがない!!」
「ワタシの負担は無視なの!?」
暫くして、漸くの思いで作った曲を投稿して、二週間で1万も見られた事にワタシ達は歓喜した。
そこからは二週に一度のペースでオリジナル曲を投稿して、間の一週にカバーソングを二人で歌ってという楽しい日々が続き、夏から始めた私達の歌い手として、作詞者として楽しい日々が続いた。
勿論楽しいことばかりじゃなくて、作詞や作曲に行き詰まって辛かったりもしたけど、でも親友と一緒にこんなことをできるというだけで、ワタシは嬉しかった。
そう、あの日……ツヴァイウィングのライブまでは。
「……ぅ、永久」
ライブ会場の階段の踊場の側、意識を取り戻したワタシは思わず親友の名前を呟いた。
確か自分はツヴァイウィングのライブを見に来て、あの二人の歌に驚いて……突然現れたノイズに驚愕した。
「そうだ!!永久!!」
そしてワタシは思い出した、私と永久はすぐに側の階段から逃げて、けど、ノイズの襲撃のせいで崩落した階段の上層から、永久はワタシを突き飛ばして庇ったのだ。
「永久!!永久!!」
ワタシはすぐに踊場に戻った、が、今思えば戻らなければ良かった。だって、瓦礫に体の半分埋もれた親友を見てしまったのだから。
「う……うぅ」
「永久!!しっかりして永久!!」
「……アハハ、聞こえてるよ、加古」
声が聞こえて、私は少しだけ安堵した。まだ生きてる、それだけが私の希望だった。
「待ってて永久、すぐにそこから引っ張り出して」
「……うーん、それはちょっと、やめた方が良いよ」
「止めるわけないでしょ!!すぐに……ぇ」
引っ張り出そうとして手を握った瞬間、ワタシは気づいてしまった。永久の手が異様に冷たくて、握った手にはべったりと血がついていたのだ。
「う、うそ……嘘だよね、永久」
「……ごめんね、自分でも分かるくらい、体が重いんだ」
「そんな……」
直感的に悟ってしまった、けど、ワタシはそれを受け入れられなくて、ただただ呆然としてしまった。
「ねぇ……加古」
「……なに、永久?」
「これ……」
永久はそう言うとまだギリギリ動いた左手で首からペンダントを千切り取って、ワタシに向けた。
「これ……加古が持ってて」
「でもこれ、永久が昔から大切にしてたペンダントだよね、そんなの……」
出会った日も身に着けていた、ワタシですら触らせて貰えなかったほどに大切にしていたペンダントを向けられ、ワタシは困惑した。
「私からの……最後のお願いだよ」
「いや……イヤだよ、最後なんて言わないでよ、とわぁ……」
「加古ちゃんが持ってて……私は、もう加古の隣には居れないから、それと一緒なら――」
その最後の言葉を聞いた直後、永久の手がだらりと下がった。
「永久?永久!!とわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その日、私の光が闇のなかに消えていった。