純子ちゃんが誰かの日記を見ちゃったとよ?(ゾンビランドサガ短編集) 作:高杉ワロタ
「────────────────────ッ!!!!!!!???」
自分の口から漏れ出たような悲鳴にさくらは布団から跳ね起きた。
「はぁはぁはぁはぁ…かほっけほっけほっ…」
息が荒いせいか少し咳き込んでしまった。背中に手をやれば寝汗でびっしょりになっていた。最悪な寝覚めである。現実味のない夢。
思えば佐賀がたった数年で救われるだとか地球上から佐賀を知らぬ人間が居なくなったなど現実的に考えればまったくあり得ないというところで気づくべきだったのに…。
しかし幸太郎が過労死して、あまつさえゾンビとしても蘇れなかったというのは妙に真実味を帯びていた。
こんな夢を見てしまった原因には見当がついている。数日前に見てしまった幸太郎の健康診断の結果のせいだろう。先日に大成功に終わったアルピノでのライブで、ネットでの評価を見ようとして幸太郎の部屋に忍び込んだとき、ゴミ箱にくしゃくしゃにして捨てられていたのを優れた動体視力を持った愛が見逃したのをリリィが見つけたのだ。
どうやら幸太郎はこの歳ですでに慢性的な胃痛や寝不足に襲われていたようだった。
と、そこでさくらは気づく。
「あれ…?みんなはどこへ行ったと…?」
時刻は深夜2時。普段ならばまだ全然お休みの時間なのに誰もいない。しかもみんなしで掛布団を吹き飛ばしたような痕跡があった。
「…?」
らちが明かないのでさくらはとりあえず部屋を出ることにした。あんな夢を見た後である。今はとりあえず一刻も早く幸太郎の顔が見たかった。
◇
「愛ちゃん…?」
「う、うわぁああ!?」
幸太郎の部屋へ向かう途中にさくらは愛を見つけた。壁に隠れて幸太郎の部屋をちらちら見ていた。
「どどどどどどうしたのかしら、さくら…?」
「愛ちゃんがなんかおかしかと…」
「な、なんでもないわよ」
「…」
しかし愛の様子はどうもおかしく、挙動不審になっていた。よく見れば愛のパジャマの背中の部分にはぐっしょり濡れた痕があった。
「それよりもさくら、なにか用でもあるの?」
「ちょっと幸太郎さんの様子を見に行くだけと…」
「奇遇じゃないの…」
どうやら愛の目的地も一緒だったようだった。
「ねぇ愛ちゃん…」
「どうしたの?」
とりあえず二人は話しながら移動することにした。
「さっきやな夢見ちゃったと…」
「それってどんな夢?」
「幸太郎さんが居なくなっちゃう夢…」
「──ッ!」
思わず愛の足が止まる。
「私も似た感じな夢を見た…。中々休まないアイツを殺そうとして、でもその前にアイツが勝手に…」
愛は震えながら両手を抱きかかえる。
「バカみたいよね…全然非現実的なのに…妙なところで未来予知っぽくて…笑いたくなっちゃう」
「私は笑わんとよ…」
震える愛の両手をさくらは自分の手で包む。
「あんな夢を見たのはきっとわたしたちにまだ力が足りないんじゃけん。絶対に諦めちゃダメとよ…。」
「さくら…そうね」
「でもそのためにもまずは今幸太郎さんにどうやったら休んでくれるか考えんと…」
「それは私だって知りたいわよ…」
こうなったらいっそ幸太郎をこの手で…。そんな昏い考えが頭をよぎり、
『さくら、俺は────』
『い、いやだよたつみ…!お願いだから目を覚まして…!』
『幸太郎さんどうして…!?』
『グラサンてめぇ…ッ!』
「──ッ」
幸太郎の最期とリリィ達の嗚咽の幻聴が耳をちらつき、昏い考えは思わず消し飛ぶ。
「ま、まあとにかくまずはアイツのとこに行きましょ」
愛のその言葉にさくらは従うしかできなかった。
「お、おぅ…奇遇だな…」
「あなたたちまで…」
「ヴァ…」
気づけば幸太郎の部屋の入り口に全員で大集合していた。どうやら全員嫌な夢を見てしまって不安になったらしい。サキたちはどうやら別ルートだったようだ。
「とにかくアイツの顔をちゃっちゃと拝んで、解散しようや」
サキの言葉に全員が同意する。
「じゃあ、行きますね…?」
純子はドアを開けた。
◇
「なんじゃいお前ら…まーだ寝てなかったんかい」
開口一番にそんな言葉が飛んで来た。時刻は深夜2時半。まだ寝てなかったようだ。
しかし幸太郎の言葉に誰一人返事することができない。
(ぁぁっ…幸太郎さんがまだ生きとる…)
脳裏にリフレインする土色の顔になっていくやせ細った姿でも風化した姿でもない。正真正銘生きている健康な姿の幸太郎。
「ん?どうしたんじゃ?」
もう二度と聞けないかもしれないと思ったその声。ゾンビたちは不確かな足取りで幸太郎の傍まで来て彼に触れる。
「う…ぁっ…」
最期に握りしめた彼の手の感覚と砂になっていった時の感触とは違う、生者のぬくもり───
「「「「「「「うわぁあああああああああんんんん!!!」」」」」」」
「な、なんじゃい!?」
ゾンビたちは幸太郎に泣きついた。
「──ってことがあったんですよ」
「オメーゆうぎりに手出してねぇだろうな?」
「だから出しませんって…」
泣き虫ゾンビィどもに襲われてから数日、幸太郎はBAR New Jofukuでいつものように愚痴っていた。
幸太郎は夢を見るのは好きではなかった。フランシュシュ全員に一人ひとりなぜゾンビとして蘇らせたのかと罵られる夢や、ステージの上でとてつもなく大きなトラブルが起きてフランシュシュが傷つくような夢ばかり見ていた。もう精神が擦り切れるほど見てきたし、さくらが記憶を失ったときの夢見は史上最悪であったと言っていい。
しかしそんな彼だが、久々に最高に幸せな夢を見ることができたのだ。佐賀を救うことができ、フランシュシュ史上の中でも最高のライブに携わることができ、引き継ぎ作業も完成させて、しかもさくらに看取ってもらえたのだ。
最期にさくらのおかげで自分はここまでこれたと感謝を伝えようと思ったがそれはさすがに望みすぎだろう。控えめに言っても最高の夢であったと言っていい。
普段は神に感謝しない幸太郎でもこの時ばかりはお賽銭を入れてやってもいいというぐらいには礼を言いたかった。
だというのにである。いい夢見で醒めたしとりあえず仕事をしようと思って起き上がったところでゾンビィどもが揃いも揃って辛気臭い顔で襲来してきたのだ。幸太郎自身はフランシュシュたちにどう思われようが構わないと思っている。いや、むしろ死者を蘇らせるという冒涜を犯したのだ。そんな人間は彼女たちに好かれる権利などないという考えすらあるし、そのために彼女らとは距離を取っていた。
しかしながらそんな幸太郎でもさすがに彼女たちの泣き顔を見ると心が痛むのだ。幸太郎が好きなのはステージの上で最高の輝いている彼女たちの笑顔なのであって、泣き顔を見てしまうとこちらまで胸が苦しくなって何もできなくなる。
だがゾンビィどもがなぜ泣いたのかをいくら考えても思い出せず、こうしてお酒に浸っているのである。もしかしたら自分の仕事が至らないせいなのだろうか…。
少なくとも好感度調整がほぼカンペキにうまくいっていることは間違いないであろうから自分を心配したという線はまずありえないだろうとだけは言えるが…。
そうでもなければことあるごとにサキにぶっ倒れろと言われながら殴られないし、愛も抜身のフランスパンで切りかかってこようとしないだろう。あれは完全にアゴ狙いでこちらを気絶させに来るつもりである。また純子が睡眠薬を購入してそれをコーヒーに混ぜて持ってこようと画策していることもすでに察知済みである。これは間違いなく好感度調整がカンペキである証拠だろう。
ゾンビィどものことはさておいて、夢の中であった引継ぎマニュアル制作はいいアイデアなのかもしれないと幸太郎は思った。自分がいつどんなことになるか分かったものではない。いざというときのために作った方がいいだろう。
「我ながらグッドなアイデアじゃい」
そう自画自賛しながらおちょこに口を付けようとして…
『『『『『『『うわぁあああああああああんんんん!!!』』』』』』』
思わず取りこぼしそうになった。
これである。あの夢を見た夜からそうなのだが、事あることにゾンビィどもの泣き顔が脳裏にこべりつくのである。それも幸太郎が乗りに乗ってるときに限って。
夜もうちょっと起きて仕事を片付けようとするたびにあの声が再生されるし、牧のうどんでごぼう天肉うどんを頼もうとするたびにあの光景が脳内再生されるのである。おかげさまで仕事は思うように進まず、気晴らしに食べたいものも好きに食べれないという有り様。まさに地獄である。
だからこうしてそのような幻聴とおさらばしようとしてお酒に逃げるしかなかった。すでに1合飲み干しており、2合目に手を付けようとしたところで…
『『『『『『『うわぁあああああああああんんんん!!!』』』』』』』
再び脳裏をちらついた泣き顔に思わず肩を震わせる。仕事もダメ、ちょっと営業のために身体に悪い食べ物を食べるのもダメ、お酒に逃げるのもダメ。
「な、なんでじゃい…おれが何したってんじゃい…」
幸太郎は一升瓶抱えながらめそめそ泣いた。
「はぁ…こりゃ時間がかかりそうだ…」
そう呟きながらイカゲソをかじるマスターの目には、しかし愉悦の色が浮かんでいた。