我、黒き“無慈悲な王”となりて [凍結]   作:阿久間嬉嬉

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去レ

ソノ身ニ宿スハ闇ノ(ホムラ)、ソノ体ハ暗夜ノ如ク、ソノ力ハ死二神ノ如シ、シカシソレラハ漆黒ダトモ、ソノ心ハ純白ナリ、ソレハ黒竜、神ニ近キ竜、ソレハ黒竜、偉大ナル竜神――――

 

 

「あら? またその歌を歌っていたの?」

「あ、アイリーンお姉ちゃん!」

 

何処か悲しいリズムに乗せてとある竜をたたえる歌を歌う子供たちに、籠を持ったアイリーンが話しかける。

 

「だって、これ以外の歌余り知らないんだもん」

「それに、凄い竜だから称えなさいって言われたし」

「歌の感じも好きだしな!」

「僕、この歌にある黒竜神様みたいに強くなるんだ!」

「あ! それなら俺だって!」

「あたしもっ!」

 

歌の話から、誰が黒竜神のように強くなれるかといった、軽い口論が起こる。ハイハイ、とアイリーンはそれらを納めると、じゃあね、と再び森の中へと歩を進めた。

と、そこで子供の一人が、アイリーンの籠の中身の異質さに気付く。

 

「アイリーンお姉ちゃん、何時もより籠のなかみ多くない?」

「あれ、気付いた?」

 

そう言って彼女がおどける様に上げた籠は、確かにいつもよりも中身が多く、見た事のない物も入っていた。

子供の一人が、淋しそうな声で彼女に問う。

 

「ねぇ……やっぱり本当に行っちゃうの?」

「うん、折角のお誘いを断る訳にはいかないわ」

「また、帰ってくるよな? 姉ちゃん」

「うん、いつかまた帰ってくるからね」

 

子供たちの視線を見に受けながら、彼女は少々重たい足取りで森へと向かった。

 

 

アイリーンは数十分ほど森の中を歩き、やがて目的の場所へ着く。

 

何時も通り、黒竜はそこに居た。

 

寝そべるような格好のまま、首だけを上げて空を見ている。

 

「黒竜様」

 

彼女は黒竜に声をかける。

それに反応し、黒竜が彼女の方を向いたのを見計らって彼女は籠を置き、何時も以上に真剣な顔で語りだした。

 

「黒竜様……実は私、この村を離れる事になったんです」

 

その言葉に黒竜は僅かに反応し顔を少し上げるが、すぐまた元に戻す。

 

「ヴァリエール公爵家……此処の土地を納めるモーロット様とはまた別の、しかも此処よりもより広い土地を納める貴族様の家に、御奉公する事になったんです」

 

彼女の話によると、此処よりも大きな村に行った時、暗くて見えない場所を照らす為魔法を使っている所を、偶然散歩中のヴァリエール家の二女に見られたのだと言う。

 

彼女はこっそり抜け出して散歩をしているのだと言い、魔法を秘密にする代わりに自分が抜け出してこんな所に居るのも秘密にしてほしいと頼んできた。

アイリーンは勿論それを了解し、その後まだ時間があったようなので、話をしていた。

彼女は、アイリーンの持つ貴族のイメージとは違う雰囲気を持っており、そのやわらかな雰囲気の所為か、何時の間にか自分の村の事を話し始めていたという。

 

小さくも大きくも無い村だという事、

 

チーズが特産だという事、

 

数ヶ月前に盗賊に襲われたという事、

 

その危機を救ってくれた竜がいる事、

 

そして、村が盗賊襲撃の影響で貧しくなっていることも。

 

その話を聞いて彼女は、ならば家で働かないか、と誘ってきたのだ。アイリーンは、初めは“無理やりそうさせたようで悪い”と渋ったが、彼女の押しが意外に強く、しかもヴァリエール家の他の人たちも、人手が足りなかったから歓迎すると、反対しなかった。

村長である祖父も、村の為だけでなく外を見てくる機会だと思え、と賛成してくれたので、アイリーンは彼女の言う通りにする事に決めたのだ。

 

「村を立て直す足掛かりにもなりますし、本当に運がいいと思います。……ヴァリエール領は此処から少し遠いので、明日にも立つ予定なんです」

 

悲しそうな顔で俯いた後、アイリーンは今できる精一杯の笑みを浮かべ黒竜に向かって話し始める。

 

「黒竜様、あなたは遠くから来たのでしょう、そうして土地を転々としてきたのでしょう。

今までよりも警備は厳しくなりましたし、あなたの噂はもう既に領内全土ならず近くにも広がり、噂では此処を避けて通る盗賊も出始めたとか。

……ですから、次の場所へ行っても構いませんよ? 村の人たちも、“何時までも黒竜神様に頼ってばかりじゃだめだ”って、奮起してましたから……もう、この場所にこだわらず、これからの私のように外の世界を見る為に此処から去ってもいいんですよ?」

 

黒竜は彼女の眼をじっと見つめ、アイリーンもまた黒竜の眼を見つめる。

 

微かな沈黙の後、黒竜はアイリーンが持ってきた籠を咥えて立ち上がった。そして――――

 

『ア…イ…リーン』

「え……!?」

 

彼女の名を呟き、風のごとく去って行った。

 

「……アイリーンや」

「…おじいちゃん」

 

黒竜の背中が見えなくなるのと同時に、村長が姿を現し、アイリーンへ話しかけた。

 

「黒竜神様は…行かれたか」

「本当にいいのお爺ちゃん? 確かに賛成してる人は多かったけれど―――」

「良いのじゃ、何時までも頼る訳にはいかんのも本当じゃし、なにより竜とは自由な生き物……縄張りを持たない黒竜神様なら尚更の事、この地にずっと縛られてはいかんのじゃよ……これ以上、彼に頼っては、今以上に依存してしまう事になる」

「……」

「行って来い、外を見てこい、アイリーン」

「……うん」

 

アイリーンは立ち上がり、村長と共に歩きだす。

 

……少し歩いた後、彼女は後ろを振り向き、呟いた。

 

「また、会いましょう……黒竜さん」

 

彼に初めて会った時に呼んだ、その呼び名を。

 


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