ゴ ブ す ば 作:ナマクラの皮を被った悪魔
「えー。大変遺憾ながら、貴方は命を落としました」
「知っている」
全身に鎧を纏った男は、さもありなんと返答する。事実上、男自身も自らの死を自覚していた。
「動揺しない方も珍しいですね」
「命を落とすのは折り込み済みだった。まだ意識があることには、多少驚いている」
「貴方は実に勇敢でした。貴方は数多の魔族から村民を守るため、その命を投げ出しました」
「魔族? ゴブリンだろう?」
「……ええ。常軌を逸して繁殖したゴブリンの大軍を、その命と引き換えに撃退しましたね。貴方の活躍はきっと、英雄譚として後世に語られるでしょう」
「興味がない」
自らの幼馴染みを守るため。大事なパーティメンバーを救うため。我が身を囮に、その男は大量のゴブリンを屠った。
彼にとって重要なのは、自分の英雄譚などではない。
「奴等は……、あのゴブリン共は全滅したか?」
「……はい。貴方の死後に仲間達が、一体の討ち漏らしもなく始末しました。その結果、ゴブリンは全滅です」
「そうか。それは良かった」
そういうと、彼は初めて満足げな声を出した。
「……ゴブリンを倒すのが随分お好きなんですね。死んでなお、ゴブリンの討伐の可否を問うとは」
「馬鹿を言え」
その珍妙な反応を示す男に、女神はやや呆れた声を出す。ゴブリンの事しか頭にないのか、この男は。
「ゴブリンを殺せたか。これ以上に大事な確認事項があるか」
「……本物さんですね。貴方は本心からそうおっしゃってる」
「本心だとも。俺は、俺は────」
そこで、男はポツリと言葉を切った。それは、初めて男が見せた人間らしい感情かもしれない。
「俺はもう二度と。ゴブリンなんぞに、大切な人を蹂躙されたくなかった」
「……む」
「ゴブリンが全滅したと言うことは、取り敢えず当座はアイツらも無事だと言うことだ」
「成る程。そうですか、それが貴方の心の根底にある、闘う原動力だったのですね」
女神は男の答えを聞き、満足そうに微笑んだ。
一見すると、偏執的にゴブリンを憎む狂人にしか見えなかったこの男。だが、その実はただ真っ直ぐに誰かを守りたかった気高い戦士だと知ったから。
「……馬鹿な人。本当は黙っておくつもりでしたが、その貴方が守った方々は酷く泣いて悲しんでいましたよ」
「そうか……」
鎧に隠れてその顔は見えないが、その男は少し凹んだ様な気がした。この男にも感情はしっかりあるらしい。
「残念ですが、私の仕事は貴方の魂を導くのみ。今さら、貴方を元の世界に生き返らせる事は出来ません」
「だろうな」
「……裏を返せば、別の世界であれば貴方に生を与えることができます。私が管理する世界……、少しだけ貴方の知る世界と異なった、所謂異世界です」
「ふむ」
「或いは、貴方が安らかな死を望むので有れば……輪廻の輪に戻して差し上げます。どうぞお選びなさい、貴方の運命はご自分で決めねばなりません」
「分かった。考える時間をくれ」
「ただ、これは私情になりますが……。私としては是非、貴方を私の世界に招待したい。貴方の世界の魔王は討たれましたが、私の世界の魔王は未だに健在です。少しでも戦力が欲しいのが現状なんです」
「魔王退治に興味はない」
「ええ。勿論、貴方には貴方の望む闘いを求めます。我らの世界にもゴブリンは居る。ゴブリンに悩まされる民もいる。……どうか、力を貸していただけませんか?」
「────ゴブリンか。分かった、なら行こう」
その男の返答に、一切の迷いがない。即ち、それはいつも通りだからだ。
「ゴブリンを退治するのなら、それは俺の領分だ」
その真っ直ぐな答えに、女神は破顔した。
その後。
女神はその男に「魔王軍と闘う貴方には女神からの援助として好きな武器を差し上げます」と色々な神器を見せたが、彼は「デカすぎて邪魔だ」と一蹴し受け取らず。
代わりに「異世界の情報を全く知らないし拠点もないから、現地協力者が欲しい」と申し出た。
女神はそれを快く了承した。盗賊に身を扮した少女がきっと貴方の助けになるだろう、と女神はそう告げた。
そしてその男は旅立つ。転生者の蔓延る新たな素晴らしい世界────女神エリスの管轄する、魔王が未だに健在しているその世界に。
それが、その女神の胃痛を加速させることになるとは、この時点でエリスは想像だにしていなかった。
「そろそろ聞かせてくれないか、クリス。あの男とはどうなんだ?」
「ダクネス、何度も言ってるでしょ。あの人とはそんなのじゃないって」
ここは初心者冒険者の街、アクセル。そのギルド内部に設けられた酒場の1席に、二人の年若い少女が対面して飲んでいた。
一人は重装備を纏った金髪の女騎士。もう一人は、短い銀髪を揺らす健康的な盗賊職の少女だ。
「ずっとソロだったお前が、今やアイツに付きっきりじゃないか。少しは気になっているのだろう?」
「全然。本当にそういうのじゃない」
彼女達は知己であり、無二の親友でもある。こうやって同じ席で酒を酌み交わし、色恋沙汰を語る程度に仲が良い。
女騎士は4人組の固定パーティに所属してはいるが、こうして女盗賊と食事を共にする事がしばしばある。
「でも、最近はずっと一緒に依頼を受けてるじゃないか。男女二人でパーティを組んでいたら、そりゃそういう目で見られても仕方ないさ」
「パーティは組んでないから!! ……確かにずっと一緒に依頼こなしてるけど」
「固定でパーティを組んでなかったのか。もう組めば良いのに」
「そんな事したら私はストレスで死んじゃうよ!」
「もう現状、実質パーティ組んでるようなものだろう」
「……それは、そうなんだけどさ」
そこまで言うと、銀髪の少女がグビリと酒を一気に飲み干す。何か嫌なことを忘れたいかのように。
ぷはぁ、と頬を仄かに染めた親友の吐息を、女騎士はやれやれと言った表情で眺めていた。
「ほっておけないんだよ。あの
「む? 何でも一人で上手くこなせそうな剣士に見えるが。あのタイプはほっといても問題ないと思うぞ」
「
「あー、その男なのか。カズマの奴が噂してた、ゴブリン絶対殺すマン」
「聞いてよ! この間なんかアイツ、40℃超える高熱出してんのに、たった数匹ゴブリンが見つかったって村にフラフラ歩いていったんだよ!」
「ふむ。カズマの話は誇張では無かったのか……。筋金入りだな」
「良いから休め、数匹のゴブリンくらい他の冒険者に任せろって私が言ったらさ。『一匹でもゴブリンを見たら、そこには巣があると思え。この機を逃したら、奴等は益々手強くなる』とか言って聞く耳持たないの! ほっとける訳無いでしょ、あんなの!」
「ゴブリン程度、多少手強くなったところでなぁ……。で、どうなった?」
「その挙げ句、ゴブリンの巣穴見つけて潰したのは良いけど、その場で高熱でぶっ倒れちゃって。仕方なく私がひーこら背負って近くの村に連れていってあげたら『しばらく休んでいれば一人で帰れた』と抜かしたの! 信じられる!?」
「落ち着け、クリス」
酒の影響か、いつも以上に饒舌に愚痴る親友を女騎士は笑いながら宥める。滅多に見せない親友の愚痴の内容に、笑いが隠せなくなったのだ。
いつも飄々とした彼女にも、こんな一面が有ったのかと。
「本当にその男に惚れ込んでるのだな」
「惚れ込んでない!!」
「その男の1件、カズマ達と相談しておく。機会があれば私達も依頼に同行するとしよう。楽な討伐依頼が出来るとカズマに嘯けば、きっと乗ってくるだろうさ」
「……そうね、お願い。あーごめんねダクネス、愚痴って」
「構わんさ。男っ気のないクリスに春が来たんだ、親友として祝福する」
「だから違うから。……そういうダクネスはどうなの? カズマ君との関係」
「わ、私の方こそそれは断じてあり得ないと言わせてもらう! 覇気もなく正義感も倫理観もなく、楽をすることしか考えていない! しかもあのどうしようもない馬鹿は隙あらば卑猥な事を考え、私を妖艶で甘美な恥辱の嵐に……ああっ!!」
「……危ない発言をしながらニヤニヤするのはやめた方がいいよダクネス」
くねくねと、妙な事を口走りながら悶える女騎士を今度は盗賊が半目で睨む。これが、この女騎士の悪癖だ。
「ダクネスはダメ人間に入れ込むタイプだね」
「だから違うと言っている! そしてその言葉、クリスにだけは言われたくない!」
「ちょっと、それどういう意味さ!」
「はぁ。……クリス、さっきまでの自分の台詞を思い返してから、もう一度同じ台詞を言ってみろ」
「えっ……なっ!? あれ私、ダメ人間に入れ込む女みたいな事しか言ってない!? 嘘ぉ!?」
……女騎士と女盗賊は、向かい合って思わず吹き出した。女盗賊も、その事実を自覚してなかったらしい。
そして、女二人は再び酒を酌み交わす。互いに笑い、愚痴り、そして旨い料理を頬張りながら。
初心者の街アクセルは、今日も平和だった。