稲には
御霊の籠もらない稲田には稲が実らず、国は栄えない。
この国では古来より信仰されきた思想で、豊作を祈って田に御輿を投げ入れる神事は現代でも奇祭としてテレビに取り上げられる事だろう。
それは一種の任命とも言える。この国においては、国民選挙で選ばれた行政の頂点たる大臣でも、それを任命するのは皇の御霊を宿した皇の役割である。かくあるべしと籠められる御霊が、その者の在り方を定めるのだ。
彼女もまた、そうだった。
一度は転生により、全てから解放された。
しかし、転生先にはまたすぐに別の役割が与えられた。
彼女に新たに与えられた役割はそれだった。
強力な肉体に、凡庸な魂、そして御霊は与えられた。
祟り神として、人々の恐怖を一身に集めよ。
御霊を籠められた彼女は昼の空の下に放り出された。
「わぉ、古代スタート・・・・・・」
そして、情緒も何もない産声を上げた。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
二○一八年九月某日
諏訪の天気は晴れ。
藤森水都は、十四歳だった。
爽やかな空気の中、水都は剣呑な出で立ちで山を歩いていた。
血塗れの巫女装束。それが水都の服装だった。
「うたのん・・・・・・待ってて、私が助けてあげるから・・・・・・」
何故こうなったのか、それを語るには三年前ほど遡る必要がある。
全ての始まりは、二○一五年の七月末。
同時多発的に日本を襲った、大地震や豪雨などの自然災害。
それだけで混乱する日本だが、さらに追い打ちをかける大災害があった。
バーテックスと呼ばれる、空から飛来する巨大怪物群の出現。
それは人類を好んで捕食し、謎の原理で近代兵器を無効化する、まるで人類の天敵のような存在だった。
しかし、バーテックス襲来直後に諏訪湖周辺には巨大な柱が出現し、人々を守る結界を形成した。
また、バーテックスと戦う力を持つ人間も出現し、彼女らはバーテックス襲来直後に表に現れた
三年前、水都の幼馴染である、白鳥歌野は勇者に覚醒した。
水都もまた、諏訪の神から神託を受ける巫女になった。
「はやく、はやくしないと・・・・・・」
三年間、歌野は結界を守り、人々と共に畑を耕し、皆を鼓舞した。
水都もまた神の声を聞き、人々を助けて回った。
しかし、それでも少女二人だけでは無理があったのだ。
ここ数日、バーテックスの攻撃は激しさを増している。
今日に至っては、ついに歌野がバーテックスとの戦いで重傷を負ってしまった。
あまりに出血が激しく、水都は体を支えた際に巫女装束についた血の多さに慄然とした。
しかも、歌野が朝から晩まで戦ってようやく撃退したのに、すぐに第二波が来ると諏訪の神から神託があった。そして、次は防ぎきれないとまで告げられてしまった。
だから、水都は諏訪の神が継ぎ足した、新たな神託に縋ったのだ。
それは諏訪大社の
ーー諏訪では子供でも知っている、諏訪の神が封じた、数々の
神託によれば、強力だが制御できない祟り神の一柱がそこにいるらしい。
封印を解けば、あるいは諏訪の結界の寿命を延ばせるかもしれない。
しかし、諏訪の神すら恐れる存在である。
命を捧げる以上の覚悟が必要で、やめても誰も責めないだろうと神は告げた。
「こわいけど、でも・・・・・・!」
最初の
歌野を救えるなら、水都には悪魔に魂を売る覚悟さえあった。
そうして山を歩き、辿り着いたのは奇妙な
諏訪の神が言うように、何かを封じているのが見て取れた。
御柱に絡んで垂れる注連縄には、蛇を"
「諏訪の神様は、この注連縄を切れって・・・・・・」
立派な刃物は無かったが、切るだけならと包丁を持ってきた。
覚悟は既に固まっている、水都は注連縄を次々と切り落とした。
一本切るごとに、ざらついた空気が肌を撫でる気がした。
今まさに穢れに身を浸しているのだと、水都は本能的に理解した。
しかし、手を止めることはなく、注連縄はみるみる数を減らす。
既に感覚は麻痺したのか、もはや肌のざらつきも感じない。
「これで、最後・・・・・・おねがい、うたのんを助けてください・・・・・・!」
全身全霊の願いを籠めて、水都は最後の一本を切り落とした。
「あーうー・・・・・・。まぁ、やるだけやるけどさー・・・・・・」
ふいに、水都の頭上から気の抜けた声が響いた。
顔を上げれば、古風な格好の少女が、御柱に座っていた。
それだけであれば、百歩譲って迷子もあり得る。
しかし、水都には諏訪の神から新たに神託が下った。
祟り神の機嫌を損ねてはいけない、と。
「とりあえず、明日あたり襲ってくる連中を追い払えばいい?」
「はい・・・・・・っ!」
「よし、じゃあ手付けに贄を貰うから、お社と一緒に用意よろしく」
しかし、いきなり出てきた贄という単語には、覚悟を固めたとはいえ、背筋が寒くなるのであった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
水都にとって神とは、一方的な存在だった。
神託や加護を与えはするが、会話は成立しない。
それが昨日までの水都が、神に対して抱くイメージだった。
「野菜料理も乙なものね。良き哉、良き哉」
「は、はぁ・・・・・・」
「特にこれ、こぉんぽたぁじゅ? 四百年前は無かったわ、こんなの」
「あの、そんなお料理で良いんですか・・・・・・?」
「良いに決まってるよー。もう、大満足!」
だのに、祟り神はとてもよく喋り、よく話を聞いた。
水都が生贄が必要かと尋ねれば、治水工事でもやるのかと逆に聞かれる。
鹿の頭を捧げた方が良いかと尋ねれば、気持ち悪いから要らないと言われる。
何が欲しいかと尋ねれば、断食明けのお腹にやさしいご飯がほしいと返された。
「あの、制御できない祟り神なんですよね・・・・・・?」
祟り神の機嫌が良さそうなので、水都は踏み込んで尋ねてみた。
そして、祟り神はあっさり答えてくれた。
「私は自由が大好きで権威に縛られない、まつろわぬ神だからね。あと、治水工事の事故死や飢饉の子捨てに疫病は、私の求める生贄ってお約束だから。封印される直前なんて戦国時代だから、私を崇めれば殺人オッケーなノリで布教しまくったし」
「殺人オッケーなんだ・・・・・・」
「その時代に合った"
人間の善性を証明する理不尽の象徴たる祟り神。
そして同時にあらゆる不満や憎悪を閉じこめる
「それが洩矢諏訪子って祟り神。ちょっとは説明になったかな?」
コーンポタージュに舌鼓を打ちつつ、そう諏訪子はまとめた。
恐ろしいイメージだった祟り神だが、案外に善良らしい。
「はい、なんとなくわかりました・・・・・・」
「うんうん、祟り神といっても人間は大好きだから、安心してね」
「好きな人に恨まれるのって、辛くないんですか・・・・・・?」
「祟り神的には嬉しくて、個人的には悲しくて、とんとんかなー。だけど、それが世のため人のためになるぶん、ちょっと嬉しいかも?」
諏訪子の感覚は理解できないが、水都はその穏やかな人柄(神柄?)に安堵した。
大量の生贄を求める絵に描いたような悪神でなくて本当に良かった。
「さてと、お腹が膨れたら、明日の戦いに向けて英気を養おうかなー。お布団はどこに用意してくれたのかな?」
「あの・・・・・・お社はすぐに用意できなくて、その、私の部屋に・・・・・・」
恐ろしい目に遭う覚悟はしていたが、優しい神様に越した事は――
「共寝? いいけど、結界を用意しないと、うっかり漏れた悪意で死んでも知らないよ?」
「ひっ」
訂正、恐ろしい目に遭うのは間違い無いようだった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
翌日、諏訪には何万を数えるバーテックスの群れが押し寄せた。
先日の歌野が撃退した数よりさらに多い、悪夢のような光景だった。
諏訪子が言った。
この国には
魂振り、魂触り、魂降り、魂賜り、様々な意味で用いられるが、その根本にあるのは御霊のもつ力への信仰だ。
そして、天の神が
御霊の籠もった声は、言霊となって相手の体に入る。
悪い言葉は相手を傷つけ、良い言葉は相手を励ます。
天の神の言霊の宿った
「――――」
諏訪子の名状しがたい声には、悪意の御霊が乗り移る。
あらゆる憎しみを閉じ込めた塞の神の喉から、呪いの言霊が放たれる。
それが一匹のバーテックスに届いた瞬間、ぽつりと黒い沁みができた。
――"隣のこいつ"が憎い。
祟り神が御霊に植え付けた悪意は増殖する
――周りのこいつらが気に入らない。
――こいつらが生きているだけで腹が立つ。
他者への悪意は、いつしか生物の本能すら侵食する。
悪意に支配された一匹は、わずかに身体を掠めた仲間に発狂した。
己の役割を忘れて仲間に噛みつき、一方的に殺してしまった。
すると途端に悪意は伝播して、生物の頂点たる存在に黒い沁みが増える。
――"隣のこいつ"は、まさか敵だったのか?
伝播した悪意は、恐怖によって増幅される。
――"隣のこいつ"は仲間を殺した。自分も身を守らなくては。
――いきなり殺し合いを始めた、"隣のこいつ"らは気が狂っている。
――群れの統一の為に"隣のこいつ"らを殺さなくてはいけない。
――"隣のこいつ"らに襲われる前に、対処しなくては。
バーテックスの高度な情報共有能力が事態を加速させる。
祟り神が植え付けた悪意の御霊が、バーテックスに共有される。
"隣のこいつ"が憎い、と。
「よし、こんな感じでいいかな?」
諏訪子は、そう言って二人の方を見た。
人間に目もくれず殺し合いを始めた、バーテックスの群れを背景に。
「ワォ・・・・・・。貴女、何をしたの?」
「癌を植え付けただけだよ。祟り神のお墨付きで性質の悪いのを」
勇者である歌野も、目の前の光景には少々狼狽えていた。
水都から「新しい神様が力を貸してくれる」と言われて、素直に喜んでいたのが嘘のようだ。
「うたのん、ごめん・・・・・・。でも、あんまり怖がらないであげてね?」
諏訪子をかばう水都には、多少の自己弁護の気持ちもあった。
諏訪子を解放して、守ってもらうと決めたのは水都なのだ。
こうして戦力外の巫女にも関わらず、戦場に立っているのも覚悟を示す行動のつもりだった。
「あらら、ちょっぴり呪いの余波を受けちゃった?」
「ごめんね、うたのん・・・・・・」
「あぁっ、大丈夫よ、みーちゃん! 少し気が弱っただけだから!」
余波だけで、明るく快活な歌野に不信感を植え付ける呪い。
水都は目の前でバーテックスが共食いで数を減らしていく光景に、諏訪の神が言った「命を散らす以上の覚悟」の意味を見た気がした。
「それじゃ、歌野ちゃんはまだ怪我人なんだし、病院に戻る?」
大怪我を押して戦場に出てきた、歌野を諏訪子が気遣う。
「いいえ、最後の一匹がいなくなるまで、ここで見させて貰うわ」
しかし、歌野はとても強い口調で、それを否定した。
水都はその声の強さに、また謝罪が口をついて出そうになるがーー
「そっか、さすが勇者だね」
「えぇ、人は必ず立ち上がれるがモットーですので!」
歌野は両目で、諏訪子をただまっすぐ見つめていた。
恐怖を前に、耳を塞いで布団に篭もるのは性に合わない。
それはバーテックスとの戦いに限った話ではないと、歌野は言った。
「諏訪子だったわね。頼もしい助っ人、感謝するわ!」
「うんうん、やっぱり人間は素敵ね。やる気が出てきたわ」
やがて、共食いを生き延びた満身創痍のバーテックスが、本能を思い出したように散発的に攻撃してくるのを歌野は迎撃した。
諏訪子もどこから取り出したのか、巨大な鉄輪を投げて迎撃を手伝う。
「これでフィニッシュ!」
その日、最後のバーテックスを仕留めたのは歌野だった。
何万規模のバーテックスによる襲撃を無傷で乗り越えた、まさしく偉業である。
しかし、歌野の表情には、その偉業を誇る気配は微塵も無いのであった。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
「こちら、諏訪の白鳥歌野です」
「(四国の乃木だ。今日は定刻通り通信できてなによりだ)」
「はい、バーテックスを追い払ったおかげか、電波状況も改善しました」
バーテックスとの戦いを終えた歌野は、上社本宮の
四国には、諏訪と同じような結界があり、勇者と巫女がいる。
参集殿の通信機で彼女らと会話するのが、歌野にとって大事な日常の一場面だった。
「本日午前、バーテックスと交戦。新たな協力者と共に迎撃し、被害ゼロで撃退しました」
「(おぉっ! ついに諏訪で二人目の勇者が見つかったか!)」
「いえ、勇者ではありません。本人は祟り神だと言っています」
「(祟り神・・・・・・?)」
歌野は、水都がつれてきた諏訪子のことは隠さず、四国へ伝えた。
人間の悪感情を一身に集めて、人間同士の憎しみ合いを塞いでくれる神のこと。
正しく扱わなければ、世に憎しみが溢れてバーテックスに関わらず人間は滅びるだろう。
そんな神に対してどう向き合うべきか、歌野は他の勇者の話を聞きたかった。
「(すまない、白鳥さん・・・・・・。私は伝え聞いただけで言葉を交わしたことすらない他人に、どう接すべきか語れるほど立派な人間ではないんだ)」
「なるほど、まずは語らうべき。実直な乃木さんらしいですね」
「(しかし・・・・・・神と会話というのは、できるものなのか?)」
「はい。こちらの祟り神、諏訪子はお喋り好きの神様ですので」
乃木若葉の言葉は、歌野にとって重たいものだった。
まずは語らうべき。
しかし、言霊に宿る力の大きさは、諏訪子自身が証明してしまった。
歌野の言葉一つで、神すらその性質が変わってしまうかもしれない。
「(白鳥さんとの会話なら、きっと諏訪子さんも楽しめるだろう)」
「そうでしょうか?」
だが、ふいに若葉の言葉が、歌野の背を押した。
「(あぁ、私は白鳥さんとは通信越しで、顔さえ見たことが無い。それでも私は白鳥さんのことを親友だと思っている。それは白鳥さんの言葉にそれだけ魅力があるということ・・・・・・違うだろうか?)」
言葉に籠もる力というのを、歌野は再び感じた。
しかし、今度の言霊は誰かを恐れたり、憎んだりするものではない。
誰かを勇気づける、暖かい言葉の力だった。
「ありがとうございます、乃木さん。少し勇気が出ました」
「(そう言ってもらえると幸いだ)」
その後の通信はお約束の"うどん対そば"のアピール合戦へと移行したが、歌野の心は遠い四国の友人への感謝一つだった。
人は必ず立ち上がれる。
最後に心の中でそう言って己を勇気づけ、歌野はその日の通信を終えた。
(つづく)
~無駄に長くなったキャラ設定~
洩矢諏訪子(もどき)
いわゆる転生者。
神代に転生し、祟り神の使命を与えられる。
世界各地で人間が周囲にばらまく悪意や不満を集めて力を蓄え、本来の人間性はかなり薄れている。
諏訪子が通ると周囲の空気から悪意や不満が消えて平和になる。
しかし、諏訪子が長く滞在してしっかり空気を清浄化しようとすると悪意の高密度な土地ができてしまい、そこに人間が近づくと発狂したり欲望のタガが外れる(例:王様が戦争を始める)などの祟りが発生する。
そんな性質の為、なるべく一カ所に定住せずに世界中を移動していたが、結果的には世界各地で貧乏神、疫病神、狂気を司る神として恐れられ、一部宗教では人間に悪を教える悪魔の化身とされる。
石を御神体にした社が作られ始めたのは西暦前後だが、正しく祀らないと悪意吸着機能が働かないので、結果的に祟りがあると勘違いされる。(例:重臣の謀反で国が滅びたのは諏訪子のせい)
社ができるようになってから、無茶な工事や戦争、その余波で飢饉や疫病が発生するのも諏訪子をきちんと祀らないせいだと言われるようになる。
日本において資料に登場するのも祟り神として。
生贄にされそうな女神を守るために祟り神に立ち向かう男神の敵として、退治した証拠に中国から持ち帰った神剣を与えるポジション。
なお、諏訪子が集める悪意に当てられた男神は姉の神殿にうんこを投げつけたり馬の死体を投げ入れたりの大暴れをする。
諏訪で封印されたのは戦国時代の末期。
とある戦国大名が天下統一の締めくくりに、これからは神に頼らず平和を作っていく云々と戦国一の人たらしの弁舌を発揮し、封印する。
なお大名は悪意に当てられて無謀な出兵や身内の斬首を繰り返して、天下太平の一歩手前でこの世を去る。
諏訪の神にとってはなぜそこで大人しくしているのかわからない存在だが、諏訪子が戦国大名にリクエストした結果である。
戦国大名の説得以来、悪意の収集はしておらず、周囲に漏れた悪意は存在しない。
みーちゃんの命の恩人は戦国大名。
しかし、溜め込んだ悪意だけで軽く世界を滅ぼせる。(例:核戦争)
うっかり悪意が漏れたら諏訪はひぐらしが鳴く感じに滅亡するので、扱いには細心の注意が必要。
対バーテックスの戦力としては、ゆゆゆいの造反神級。
勇者や巫女への甘さも造反神級なので、うたのんとみーちゃんを裏切ることはまず無い。
この世全ての悪や、白面の者みたいなオリ主です。
属性は「混沌・善」
人間が苦しむ程に悪意を受け止めるため強化されますが、人間の幸せを心から祈っています。