「あぁ暇だ。暇すぎて、暇が売れれば一儲けできるぐらい暇だ・・・・・・」
少年は本来は閉鎖されている駒王学園の屋上にて、寝そべりながら呟く。
現在の時刻十一時三〇分。あちこちの教室からは教師の授業を進める声や発言する生徒の声、校庭では声を出して走る生徒など授業に勤しんでいる。
だと言うのに春特有の涼しく撫でる風に当たる少年──兵藤一誠は当然のように授業をサボっていた。
母親譲りの茶毛は風の指示通りに靡き、空から降り注ぐ太陽はきめ細かい肌を鮮やかに照らす。黄金に輝く瞳は太陽を直接見つめるも眩しいと顔を逸らすことは無い。
ガチャガチャ。屋上と校舎を繋ぐ唯一の出入口のドアノブが何度も捻られるが、鍵が空いて居ないのか耳障りな音だけが鳴る。
それが意味するのはドアの鍵が掛かっているという事、しかし一誠は鍵を持っていない。そう一誠は唯一の出入口たるドアを使わずに屋上へと忍び込んだのだ。
「そこにいるのは分かっています!無断で立ち入り禁止の屋上へ侵入するのは私達生徒会が看過できません!」
「随分と肩苦しいな、もっとフランクに行こうぜ生徒会長様よ」
「やっぱり貴方だったのですね兵藤一誠君」
「これは光栄だな、駒王学園の生徒会長様の蒼那先輩」
鉄のドアを一枚挟み向こう側にいるのはこの学園の生徒会長たる支取蒼那だった。
学年は一誠の一個上の三年生にして、二年連続で生徒会長を務める超絶優等生。学園の風紀が乱れる事を嫌い、校則を一字一句間違えなく覚えている変態までの性格をしている。
この学校には三人の問題児がいる。二人は覗きや盗撮などの常習犯でありながら、親の権力により退学にする事ができない。そして、後の一人は授業をすぐにサボり屋上へと侵入する兵藤一誠である。
その三人が何かしら問題を起こす度に胃を痛めるのは蒼那である。今回も授業を欠席していると伝えられ授業をわざわざ抜けて屋上へと来たのだ。
「にしても良いのかよ。真面目な生徒会長様が俺なんかのために授業をサボってさ」
「問題ありません、授業の予習や復習を忘れた事はないので、一度や二度欠席した程度で遅れるほどの学力ではないので。
それに貴方と会話を出来るのは私ぐらいでしょうから」
その言葉と同時に鉄のドアは鍵を使い錠が開けられ開かれる。
太陽の燦々とした光がドアと壁との隙間から注ぎ込まれ、春を誘う風の匂いが鼻腔をつく。
「で、なんでまたこんな事を?」
「別に関係ないだろ・・・一々答える道理がない」
「あります、貴方はどんな問題児だったとしてもこの学園の生徒。であるならば私の家族も同然、親身になるが普通です」
全生徒を家族と言い張る蒼那の顔には一切嘘を付いている様子はなく、本心からそのように豪語しているのだと分かる。
「ヤハハハハ!ほんと物好きだよな生徒会長様はよ。まぁ、今回は大人しく従ってやるよ俺の唯一の理解者だからな」
「えぇそうしてください。そうだ今日のよ──」
蒼那が手を叩いて一人寂しいであろう一誠のために晩御飯に誘おうとしたが、それを聞く前に一誠は屋上を一巡して囲っている金網から外へと飛び降りた。
ドアを使わずに屋上へ入る方法とは、校舎を駆け上がり金網を超えると言う事であった。
だが、人間の身体能力にそのような事ができるわけが無い。海外で活躍するバスケ選手やバレー選手ですら二階校舎の天井を触れる程度だ。だと言うのに一介の平凡な高校生たる兵藤一誠がそんな事出来るのか?
問いに対しての答えはYESである。一誠は地面を蹴るだけで一気に屋上まで飛び上がる事が出来、帰りも勿論命綱無しで飛び降り傷一つなく生還できる。
現に屋上から飛び降りた一誠は小さな砂煙を上げて地面へ着地していた。足を僅かに曲げ、それこそ階段の一段から飛び降りたように軽々着地を成功させている。
そのまま誰に声をかけるでもなく、手を軽く降って校舎の中へと入るため下校口へと足を向けた。
その光景を見ていた蒼那は、
「全くもう・・・またそうやってはぐらかして・・・・・・私はこんなに貴方の事を」
頬を赤らめ胸に手を当てて呟く。それは恋する乙女のようだ。
んんん。と顔を横に振り邪念を身体から追い出し、大きく深呼吸して気持ちを落ち着かせる。
「次は次こそは一誠君って呼ぼう」
ぐっと強く拳を握り覚悟を熱く決めた。このような事を数年繰り返していると言うのに全く進歩していなかった。
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つまらない授業が終わった。そもそも一誠が暇だと感じるのは代わり映えのない授業にあった。
弱者によりそうために授業の進行は一番出来ない奴に合わせ、効率の悪い覚え方を教える教師陣。それが小中高と続けば嫌気も次第に刺してくる。
一人で勉強した方が余程有意義で、時間の無駄とまで思っている。
とは言え、蒼那の顔を立てて授業に出てきたのだから今一度バックれる訳にもいかなかった。
空を見つめ、自由に飛び回る鳥に憧れを抱きながら時間を潰しどうにか放課後まで耐え抜いた。
「おーい!一誠一緒に遊ぼうぜ!」
「ん?あぁなんだ変態ド畜生か」
「なんだその超不名誉なあだ名」
不名誉なあだ名だと言い張るのは例の問題児の一人たる元浜だ。
眼鏡は不気味な輝きを放ち、鋭い眼光は常に女──獲物を狙うライオンのようだ。家系はここら辺では聞かない人は居ないほどの超名家だ。
その隣で肩をそっと叩いている毬栗頭が畜生僧侶こと松田。
松田は名家と言うよりは政権と強い繋がりを持っているのでと言った方が正確かもしれない。
「諦めろ元浜。強い心と慈愛の心があればあだ名など平気だ」
「くっ、なんと強い心!これが畜生僧侶の力か!」
「え、ちょっまって、今なんて」
「おい待てよ、俺が知ってるのは悪代官僧侶だぞ」
「それも関係ねぇぇぇぇ!」
教室で騒ぐ三人。それに対して注意を行おうとする者はいない。教師や生徒は避けるように足速に出ていく。
そんな中メガネをかけた金髪の三つ編み少女が遠くから何かを放る。
一誠は気づいていたので首を僅かに動かすだけで回避するが、他の二人は一切気づかず思いっきり頭にトランプが突き刺さる。
「チッ・・・あっちゃーごめーん。間違えてトランプ飛んじゃった、めんごめんご」
「「てめぇ舌打ちしたろ!!桐生!!」」
「やーだケチくさい。そんなんだからモテな・・・ごめんね辛い事を聞いちゃって」
「「うぎゃぁぁぁぁ!!ぶっ殺す!」」
「何してたんだ?随分と教室を空けてたが」
桐生藍華。その少女はある意味で三人の防波堤を成す存在でもあった。
小中高とずっと一緒で同じクラスであったためか肩書きを気にしたりしないで、好き勝手に声をかけられる数少ない人物像。一誠に対してもその異常性をしりながらも平凡な高校生として接する事ができている。
「聞いたわよバカ二人、また覗き込んだって。その事で一々呼び出されるこっちの身になってよ、面倒いったらありゃしない」
「また桐生を呼んだのかよ」
「まぁ仕方ねぇよな。あのクソ親の元に産まれちまったのが運の尽きだからよ、だからまぁその点に関してはすまんな桐生」
「あらまぁ随分と素直ね」
桐生はニヤニヤ笑いながら毬栗頭を撫で回し、焦れったそうに松田は頭を振る。
彼ら問題児二人が問題を起こすのには正当とは言えないがある理由があった。
二人の家の主──父親はそれぞれに厳しい躾を施した。それこそ名家や政界へ強い繋がりがあるので無様な姿を見せる訳にはいかないからだ。
その身体には幾多の痣や傷が刻まれていて、夏場であろうと半袖にする事が出来ない。
だからこそだ、反逆精神が募ったのは。
小学六年生の頃、一誠と松田と元浜はとある大事件を起こす。学校に爆弾をしかけ、爆破すると親を強請ったのだ。
反抗期にしては過剰な物だったが、今までの鬱憤が溜まっていたのか一気に吹き出し暴挙に出てしまった。だが、結果は爆弾はすぐ解体され、終いには学校の点検と称して一時休学にし問題を揉み消した。
そこでタガが外れてしまった。何をしても何をやっても問題にはならいと。その後も犯行を繰り返し続け今はチンケな覗きや盗撮に収まっている。
とは言え他の生徒の心を傷つける訳にはいかないと、全て未然に失敗させて事なきを得ている。
そんな二人に教師達何も言えないなか、唯一友達として接することの出来る桐生に伝えられるのは至極当然の事だ。
「今度四人で飯いくか」
「一誠ナイスアイデア!寿司屋いくか寿司屋」
「はぁ?元浜何言ってんだよ、桐生居るんだったらイタリアンだろボケ!女はイタリアンが好きなんだよ」
「ぷっぷ、女もいないやつの意見誠に参考になります」
「はは・・・いい度胸だな、表出ろよ。キレちまったよ久しぶりによぉ」
目からは火花が飛び散り、額をくっつけながら一矢乱れぬ動きで外へ走っていく。
凡そ殴り合いの喧嘩をするのだろう。昔から意見が別れたり違ったりしたらこうやって喧嘩で方を付けてきた。
「いいの一誠?」
「止める理由はないからな。それにたまには発散も必要だろうよ・・・危なくなったら俺が止めるだけだから問題はない」
「それもそうね、けど後は私が何とかするから帰えっていいわよ。予定が決まったら連絡するから」
「おう、そんじゃな桐生」
「えぇまたね」
満面の笑みで見送る。
窓から入る光は桐生を背後から照らし、神の後光のように煌びやかに飾り、その美貌を高めている。
並の人間、それこそそこら辺に歩いている歩行者ならば一目惚れだろう。だが、一誠は顔色一つ変えず頭を軽く数回叩いて教室を出る。
教室を出て、下校口から校舎を出て校門へと足を向ける。すると視界の隅で人を見つけた。
制服を来ていることから同じく高校生だと分かるが、駒王学園の物ではなく近場の別の高校だろうと結論づける。
黒髪は光に照らされ手入れが行き届いているのか妖艶な色を放つ。僅かにテカるリップも禁断の果実のような力を感じた。
「あっ、やっと出てきた」
「俺に用か?随分と珍しいな」
「はいそうです。兵藤一誠君、好きです付き合ってください」
少女は頭を低く下げて告白をしてきた。
一誠としては断る理由はない。それこそ美人に言い寄られて悪い気もしないので「付き合おう」と返答する。
その日人生で初めて彼女が出来、それを生徒会室から見ていた一人の乙女を奇声を上げて気絶する事件が発生したと言う。