一先ずあのままあそこに居るのは分が悪いと一度離れる事にした。
ビルの屋上から降りても歩くのはひたすらな裏路地。
野生の猫が行き交い、腐敗した食べ物の臭いが充満している。明かりは月の明かりのみで薄暗く先が見えない。
「ふぁあぁ・・・疲れましたぁ」
「そうか?まぁ貧弱なアーシアちゃんじゃあ仕方ないか」
「だ、大丈夫です!もっと行けます、さぁ行きましょうそうしましょう」
ガッツポーズをして笑顔を向けてくるが空元気なのは目に見て取れる。
小一時間行き着く宛もなくひたすらに歩き続けている。
休憩を一回もしてこなかったので彼女も限界のようだ。後々の事を踏まえればここで休むのが得策と判断する。
「少し休むか確かあっちに公園があった」
「えっですけど」
「良いんだよ俺っちが疲れたんだ、ほれ休むぞ」
首を傾げながらキョドるアーシアの手を握り強引に引きずって近場の公園へと向かう。
近場の公園に辿り着くとあまりにも殺風景な公園に疑問を持った。
木々は根っこから上がなぎ倒されていて、ブランコやジャングルジムなど公園にあるべき遊具がキレイさっぱり消え去っている。
実はここが昼間の一誠とレイナーレの戦闘した公園なのだとフリード達は知るよしがなかった。
公園に残っている木の長椅子に腰をかけ、水を勢いよく飲んでいるアーシアを尻目に寝転がって空を見上げる。
暦で言えば春に差し掛かった頃。
冬はとうに過ぎたと言えどまだまだ日が沈むと肌寒く感じる。二人の衣類には防寒作用のある魔法が組み込まれているのであまりその寒さを感じないが、一度でも脱げばその寒さに身を震わせる事になるだろう。
「さてさてどうしたもんかね・・・食い扶持はないし、家も無いし、金だってありゃしねぇ・・・・・・教会に通帳なんか置くもんじゃないな」
せっかく度重なる傭兵生活で稼いだ一億が今では悪魔に回収されておじゃん。
割に合わないとボヤくことしか出来ない。
「はぁ・・・」
「ダメですよため息は。ため息をすると幸せがその分逃げていくと言いますから」
「そうもうされてもねぇ・・・だったらアーシアちゃん今いくら持ってるのさ?」
「あっ・・・えっと、その・・・・・・これだけ・・・」
か弱い細い指に挟んで差し出すの黄色と橙色の間のような色合いの貨幣。
日本円にして五円だ。五円だった。
「ぷぎゃぁ」
「笑いましたね今!」
「いやぁぁ笑って何かぷぷぅいませんよ」
「絶対笑いました!このいけず!スカポンタン!」
「ん?今言った言葉の意味知ってるのか?」
「意味ですか?意味があるんですか?」
「もちもち、確か貴方の事を殺してやるって意味だったぜ」
「えっ、そんな私は」
「うっそ。騙されすぎだぜ!!ギャハハハハ!!」
疲労困憊だったアーシアの心底の笑顔を作り出した。
フリードのおちゃらけた態度が絶望に染まりそうだったアーシアの最後の防波堤にして、精神回復の二つの意味を持っていた。
横になっているフリードの頭の横にアーシアは腰を下ろして一緒に空を見上げる。
満天の星空。
大都会の進んだ科学技術では霞んで見えづらいこの星空も、夜になってみれば案外見えるもんなんだなと感心する二人。
二人の間には平穏な一時が流れる。
清流が山を下るように穏やかに、春風が頬を撫でる心地良さのように、暑い日に飛び込む海のような清々しさがあった。
この時がずっと続けばいい。続くのならば好き嫌いは言わない、贅沢は言わない、だからどうかこのままと、星々に願う。しかし、その願いは聞き届けられなかった。
「おやおや随分と楽しそうだな」
「ッ──!何もんだ!」
声に反応しいち早く飛び起きたのはフリード。
声に込められた異様なまでの冷徹で邪悪な気配に肌を刺激され身体が防衛体制に入る。
声のする方に身体を向けさり気なくアーシアの前に立って視線を切る。
「反応は中々、十分及第点に値するな。贅沢を言うならば声をかける前に反応して欲しいところだが」
目の前の男は優雅にフリードの行動に点数と改善点を述べ始めている。
男から発せられる邪悪な気は依然衰えるところを知らず逆に上がっているようにすら感じる。
その気配は悪寒としてフリードの全身を駆け巡る。鳥肌は相手の危険性を告げ、肉体は恐怖から震え始める。
勝てない──いや戦うことすら不可能。
野生の勘とも呼べる能力でその考えを打ち出してからの行動は早かった。
懐からくすねていた閃光弾を地面へ投擲。
黒のローブでアーシアと自身を覆い隠して閃光が炸裂したと同時にアーシアを抱えてその場から急いで退避する。
「キャッ」
「喋んなよ、舌噛むぞ!」
その声に余裕はない。
どんなピンチでも消えることのなかったおちゃらけさが掻き消え、焦りが露骨見えている。
それでもなおフリードの脳内は的確に逃げ道を計算し逃走を開始する。
閑静な住宅街の隙間と隙間を縫うように通り去り、アクロバティックな動きでビルとビルの合間を蹴り上がる。
逃走開始から十分が経過した。額から流れる汗は量を増し大雨にうたれたかのような状態だ。
疲労から恐る恐る後ろに振り向くと着いてきている気配はない。
逃げ切った。そんな安堵はすぐさま消される。
「人間にしては身体能力が高いな。魔術を使っている形跡がない・・・ふむ、何か力を隠しているな少年」
「先回りされたッ!」
「生憎と私は君達を驚かせるつもり──」
「このッッ!!」
アーシアを肩に担ぎあげ、手榴弾を二個取り出し口でピンを抜き男へ投擲する。
腕の裾から紐を伸ばして反対側のビルに紐の先の返しの部分を引っ掛け爆発する前に飛び蹴る。背後では二個分の手榴弾の爆発。大量の爆風がフリードの背中を押し五M以上離れた反対側のビルへ辿り着かせる。
息乱れる中目下に視線を送る。さすがにあの程度で倒せたとは思えなかったからだ。
爆風で上がった粉塵が風で消され視界良好になった頃にはそこに誰もいない。
「次は耐久性だ」
「ッ!!」
いつの間にか回り込んで待ち構えていた男の蹴りがフリードを捉える。
深く突き刺さる蹴りに骨が悲鳴を上げ何本かが断末魔を上げた。口周りは血化粧を施され十階のビルから下の裏路地へと吹き飛ぶされる。
高速で地面に落ちる中咄嗟の判断でアーシアを上に放り、自身の身体を先に叩きつけてから自然落下するアーシアを受け止める。
「うぅ舌噛みました・・・」
「一人で逃げるか?」
「えっ」
「死ぬ気で俺っちが時間を稼ぐ、だからこの路地を抜けて逃げるんだ。さすがに人通りの多い所で襲ってくるとは思えないからな」
上空で身構える男に鋭い眼光を向ける。
二人で逃げようとすればアーシアのお守りで迎撃ができない。ならばと彼女を逃がす事で戦闘をできるようにして、一人だけでも逃がせればと。
しかし、無情にもその考えは男の一手で壊される。
「残念だがここ一帯には結界を張っているよ。確かに人通りは少ないがこれ程の音を出せば気づかれるだろう?だと言うのに一向に人が来ない、おかしいとは思わなかったのかね」
翌目を凝らしてみれば薄く何かの膜が覆っている事が分かった。
目の前の男は戦闘をしながら繊細なコントロールで薄く強靭な結界を展開していた。それが意味するのは、
「勝てねぇなこれ」
必死に傷を癒すアーシアを尻目に今できる最前の手を考える。
逃げるのは不可能。では戦う?いや武器がない。せめて刃物──剣があれば善戦はできるはずだ。
絶対的に剣がない。今残っている装備は閃光弾一つだけ、これでは勝てない。
「クソが!アレを使えって事かよ」
「アレ?ですか」
治療を施すアーシアが立ち上がったフリードに疑問を投げかける。
「まだアーシアちゃんには話して無かったな。まぁ俺も使いたくないから黙ってたんだけどな・・・俺の後ろにいな、その方が安全だ」
治療をやめさせて背後に匿う。
それが一体何を意味するのかアーシアと男は分からない。ただ、フリードが何かをするのだと言うこと。
「へっ、行くぜ!来いよォぉ!俺っちの
天に右手をかざす。
──途端、薄暗かった路地裏は極光に包まれ太陽以上の光を放つ。
暗闇から突然の光に男は目を覆い隠し、光が収まった頃に光の中心点だった場所を見れば異様な武器を持ったフリードがいた。
右手に持つのは大剣──全長二〇〇CMはある長大剣。フリードの身長を遥かに超えるそれを右手一つで持ち上げている。
さらに、刀身は白銀の輝きを撒き散らし、突風が吹き荒れている。
それ以上に男は驚くべきポイントがあった。
(神器だと・・・だが、そんな神器見たことが無い!なんだそれは)
まだ二人は知らないが男は神器を研究する組織の幹部だ。そのため全ての神器の情報を知っている。だと言うのに、男の知らない神器がそこにあった。
データに一切ない摩訶不思議な神器。それでいて放つオーラは
「くかかか!奥の手を隠していたのか、合格だ!貴様こそ我が部下に相応しいぞ!!」
「そりゃどうも、けど部下にはなれねぇぜ。何故ならアンタはここで死ぬからな!──掻き毟れ!」
短い
大剣にまとわりついていた突風が渦巻き状に直上、男の元へ飛ぶ。そして、風はまるで空間を毟るかのように世界の悲鳴が轟く。
「面白い、其の一撃拳で受けよう!」
奥の手として力を隠していたのは男も同じ。黒のスーツの背中は部分を大破させて黒い翼を四対四で展開。
一誠にちょっかいをかけた下級堕天使レイナーレとは違い、正真正銘の最上級堕天使にして、聖書にその名を連ねるコカビエルがその本性を表した。
拳一つに魔力を集中させて擬似的な鎧を装備。高度で言えば神の雷でさえ防げる程、最強の盾である。それを攻撃に使えば威力は明確。耐えられるものなどいない。
「なッ──」
しかし、フリードの攻撃には小細工は通用しない。
突風と激突した途端に鎧は砕け散り存在を消失、咄嗟に危ないと肩を外して起動を逸らしたが小指が巻き込まれ消えた。
消えた小指の断面を見れば刃物で切られたとか、燃やされたなどではなく、空間が存在が消されたと言った方が的確だと分かるほど細胞に傷がない。
「その神器・・・この空間を消すのか。いや違うな、それにしてはおかしい。それはこの世の理を犯す行為だ、あの神がそんな事をするはずがない・・・となると、吸収した?」
無数の選択が散りばめられその正体を的確に掴む事ができない。
だからこそか、血が滾るのは。
生まれてから幾許かの年が立ち未知は無くなった。
未知が無くなれば残るのは無知。
つまらない、面白くない、価値がない。それを埋めるため戦争を今一度起こそうと決めた。
その前戯、前座として用意されたのが未知の神器だったのか。あぁ、神よ俺を作りし神よ。感謝しよう──この怠惰なる日常の崩壊を。
「余計にだ!貴様を屈服させるとしよう」
「出来るもんならしてみろやぁ!掻き毟れッッ!」
先程と同じ攻撃。逆巻く突風が空間を削りながら飛んでくる。
それが何なのか解析したい気持ちが高まるが、今は二の次。翼を羽ばたかせ空中で軌道を変えながら回避する。
もちろんフリードはそれに対応し回避する軌道上に突風を放る。
その思考を長年生きてきて培った経験からくる勘でさらに起動を変えて回避する。空中戦闘が主ではないフリードに取っては全てが後手に回っている。
いくら放てど当たる気配は微塵もない。
(けっ、最初から遊んでたってか。確かに勝てないとは思ってたがよ、こりゃ絶望的だな。降参するって手も・・・昔の俺っちならその選択をしたんだけどな。ホント嫌いだぜアーシアちゃんよ)
諦めようとする度にチラつくのは今にも泣きそうなアーシア。
両手を身体の前で交えて祈るその姿は正しく聖女にほかならない。神に裏切られ惨めに蔑まれたとしても彼女は願うのだフリードの勝利を全ての元凶たる神に。
「最っ高にやな気分だよ!」
「その割には笑っているがね!!」
「知るかよそんな事、イラついてイラついて仕方がねぇんだよ!!!」
身は加速した。時早く、刻早く、素早く。
肉が剥がれようとも、血を巻き散らそうとも、骨が折れようとも、後ろには彼女がいるのだから問題は無い。
祈る彼女の手から飛び立つ聖なる光は傷つく大事な人の元へと飛びその速度にて傷つく彼の傷を癒す。
例えどんなに怪我をしたとしても自分がいる。私が絶対に生きてさえいれば治すだから、生きてと。その願いがこもった遠隔治療。神器の力を十二分に使えている証拠にほかならない。
ただ、惜しかったのはフリードが神器に慣れていない事だった。
▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽
一時間に差し掛かる激闘。
裏路地は人がいなかったことが幸いし人体的被害は出ていないが、建物は不自然に抉れていたり砕け散ったりしている散々な有様。
その一角に全身についた傷から血を垂れ流す男がいた。
その男は背中に展開していた翼をしまい、片膝を着くように崩れる。
傷の度合いは様々だが、血を流しすぎた。これでも回避した方なのだが人間特有の生への執着による力に押され、想定以上の傷を負った。
乱れる息のまま瓦礫に崩れふす加害者に語る。
「やっと大人しくなったか」
「全身の骨ボロボロのやつにそれを言うのかよ・・・あぁくそ、超痛てぇ」
「我慢しろ貴様が抵抗しなければこうはならなかった」
「抵抗しなければ殺したくせによく言うぜ」
指先一つすらピクリとも動かない身体に呆れながらも、未だに戦闘続行の意思は消さない。そうすれば食われるのを本能的に察知しているからだ。
「安心しろもう殺しはしない。何、大事な戦力をこんな所で失う訳にはいかないのでね」
「戦力ね・・・・・・アーシアちゃんもあんなんだし、敗者の俺に選択肢は無いか」
瓦礫に埋もれた体制からでも見えるのは息を荒くし上気した頬で倒れるアーシアだ。
完全に神器の使いすぎで
もうフリードも戦えずアーシアも治療は行えない。
完全な負け、満を持して奥の手をだして起きながら負けた。
「だっせえな俺・・・」
「そうかな?君は随分とカッコイイと思うよ、何せ愛する女を守ったのだろ?命をかけて」
「愛する?そんなんじゃねぇよ、ただそいつを見てるとイラつくだけだ。勝手な憶測で決めんなコラ」
「そうか、それすまない。で、君はどうするのかな?今回の戦いに免じて逃げるのならば見逃そうと思うが・・・」
それは最後の確認だ。
ここまでの強者をここで狩っては将来の楽しみが減るので誘いを断るのならば傷を治して逃がす考えだ。
ここで選択を誤ればこの先の道が決まる。それは薄々フリードも感じていた。間違えられない、間違えれば将来的に死は確定的。
「後ろ盾も必要だし、金もいる。あぁ住む場所もいるな」
「全てこちらで用意しよう」
「アーシアちゃんにはさ、こんな穢れた俺から離れた方がいいと思うんだよね」
「善処はするが結局は彼女の意思しだいだ。無理矢理変えるのは君の考えに反するだろ?」
震える声で言葉を紡ぐフリードは今の受け答えで決心した。
「アンタの部下になるぜ・・・旦那」
「そうか、そうか。有能な部下を持てて感激だ」
傷まみれの二人は笑う。
コカビエルは人間界の中でもトップクラスの強者を。
フリードは生きていくための最低条件を。
互いが互いの利を叶えるための協力関係がこの場で提携された。これにより、フリードの人生は大きく変化する。
それが茨の道であろうと獣道であろうと構わない。
今のフリードにとっては全てがどうでもいい。アーシアが無事に過ごせるならばそれでいいのだと、未だに分からぬ自分の心にそう告げた。