小猫が慌てて帰宅した理由を語るには時間を少し遡る事になる。
家を出ていつもの慣れ親しんだ地元の商店街へと向かっていた。
強引に連れてこられ多少不服そうに頬を膨らませていた小猫だが、商店街特有の和気あいあいとした雰囲気、揚げたてのコロッケや惣菜の匂いに尻尾があれば高速で振っている顔になる。
「一誠先輩」
「あまり食いすぎるなよ」
「・・・ありがとうございます」
「もう買ってきたのかよ」
首根っこを離した途端一陣の風が走り、作りたての食べ歩ける惣菜を紙袋一杯に買い終えていた。
熱々のコロッケを人齧りし「はふはふ」と白い蒸気を口から零しながら美味しそうに頬張っていく。
その光景を見ている周りの一般人達はこぞって小猫の買った商品を買っていく。一種のプロパガンダになっているようだ。
「そんなに食って大丈夫か?」
「
「小猫が言うならそれでいいが・・・おっと、おやっさん牛のバラ八○○g貰えるか」
「あいよ!ちょっとまってな!」
肉のショーウィンドウを凝視して注文した店は駒王町では定番の精肉店だ。
実家で育てている牛、豚を直で卸しているため値段も安く新鮮で美味しい。スーパーよりは多少高いが、それを吟味しても美味さは格段にこの店の方が高く有名だ。
そこの店主のおやっさんは御歳六八でありながら、現役を退く気は無いようで看板店主になりつつある。
「今日は可愛い彼女を連れてるのかい?」
「こいつか?いや、彼女じゃ・・・・・・」
商店街では距離感の近い会話など日常茶飯事で、昨日何食べたからドラマの話、近所のとある人の噂まで数多い。その中で一番返答に困る質問がおやっさんからかけられた。
まず家族がいないのは知れ渡っているので妹は通じない。
では、彼女か?となるがそれにしては身長差がありすぎる。否定をしたとして同棲しているのは事実、彼女では無く家族でも無い。それなのに同棲。どう説明したらいいものかまるで分からない。
「あぁ。うん・・・そうだな彼女だな」
「違います。全然ちょっとも違います」
「おっ、照れてるようだねぇ。フゥーフゥーお熱いね!!特別にサービスしたるよ」
「せんきゅーおやっさん」
口では勝てないと悟り横っ腹を小刻みに殴り続ける小猫の事を気にもとめず、財布から代金分の金を取り支払って肉を受け取る。
薄い皮のような何かで包まれた二つの肉の塊を確認しグッと親指を突き立てる。
おやっさんもそれに応え親指を突き立てる。
増えた二人分の調理もしなければいけないので、世間話をし続けるわけにも行かず早々に切り上げ次の目的地──八百屋へと向かう。
肉屋から数十歩進んで反対側にある店で野菜の品揃えは抜群。さらには無農薬をに拘る徹底ぶりをしているので、身体に安心の食材が立ち並ぶ。
「お!いつものメイドのお姉ちゃんじゃなくて、可愛い彼女連れなんだねぇ今日は」
店の奥のレジ横の扉から出てきたのは顔中がシワだらけのおばあちゃん店主だ。
商店街が始まった直後から店を開いていたらしく、ここら一帯の顔役すら務める重要な人物である。
「外に出てきて腰は大丈夫なのかよ。前それでぎっくり腰やったろうが」
「いつまでも年寄り扱いはやめとくれ。香苗はいつまでたっても──」
杖を突きながら慎重にあるくおばあちゃんだが、曲がった背を縦に伸ばす行動で腰に激痛が走る。
「あ・・・・・・やっぢもうた」
「だからアレだけ動いちゃダメって言ったでしょおばあちゃん!」
ぎっくり腰の痛みで漏らした声にいち早く反応したのは、暖簾の向こう側から暖簾を割って入ってくる一人の女性だ。
年齢は二五歳と本来ならどこかの会社に勤めるなり、起業するなり明るい年代であるのだが何故かこの店に勤めていた。
大見得切って言えることでは無いがこの場とはとても似合わない。
腰に巻いた新品のエプロンに、店名が刺繍された半袖の服。
まだ居酒屋に勤めてますと言われた方が納得出来る。
「ごめんね一誠くん、おばあちゃんが迷惑をかけたみたいで」
「いや、そうでも無いぜ。こうやって眼福な光景に巡り会えたんだからな役得ぞんだ」
「あっはははは!!私にまだそんな事を言ってくれるのは君ぐらいだよ!!そっちの彼女さんと仲良くね」
「ちち、ちが」
「私はおばあちゃん連れて裏で寝かせてくるから、店内の商品勝手に見てて」
行くよ。と手馴れた様子でおばあちゃんを担ぎあげ裏へ連れていく。
上腕二頭筋に力を込めればここいらの男では到底叶うことのない領域の筋肉が盛り上がる。それにより六○少しの体重のおばあちゃんであっても簡単に持ち上げられ、楽々と暖簾を潜って裏へ連れて行く。
初めてこの店に訪れた人はこれに驚くが一誠は百は超えるほど見飽きているので気にもとめず居る。
隣で固まる小猫は狐につままれたような顔をしている。
「ふ・・・・・・ん、キャベツにニンジン、キュウリか」
気を取り直して食材達を見ていく。
どれも煌びやかに輝きその新鮮さを訴えてくる。
「どれも美味しそうですね」
「そりゃな、ここいらでは一番品質の高い店だからな。そうそう悪い物に当たる事はねぇよ。何か食いたい物はあるか?」
「ピーマン食べたいです」
「了解、これで大体献立は決まりつつあるな」
買うべき物の洗濯を終えたがまだ裏から帰ってこないのでひとまずレジに全て置き、隅にある二つのパイプ椅子を勝手に展開して座る。
一誠は適当に捕まえてきたがこの二人にはそこまで深い仲は無い。
友達の友達と言った具合の微妙な関係が一番表しているだろう。
そのためかいざ、話す番になれば二人は黙ってしまう。
人混みが消え無人の商店のような静けさのある中、ここの店にだけは活気と言うか会話があった。
「一誠先輩この際だから聞きたい事があります」
先陣を切ったのは何と小猫の方からであった。
「なんでも聞いてくれていいぜ。彼女、趣味、性癖、その他諸々何でも話す所存だ」
「でしたら・・・先輩の力についてです。他人と比べ圧倒的に異常で強力な力・・・・・・怖くは無いんですか?」
「怖い?怖いね・・・そんな事考える暇もなかったな。記憶を失って途方に暮れながらこのばかげた力だけが、自己の証明になってた。
飯を食うために他社を蹴落す。雨風を凌ぐために他人を殴り飛ばす。昔はそんな荒れた生活をしてたよ。日本の救助隊に見つかって帰国するまではな」
それは語られることの無かった一誠の昔話だった。
父と母親が元からいない存在として記憶は合理性を求め、他人とは違う秀でた暴力を得た少年。その話を聞く限り彼の起源はここにあったのかもしれない。
傍若無人なまでの自由主義。
覇道を歩む絶対的自信。
快楽のためにどこまでも求める戦闘狂。
その全てがこの時の何も無い状況で生き抜いてきた経験から来ている。そう考えれば納得がいくのだ。
「その後は施設の闇を暴いて、転々としてたな。まぁ最後はパッとしないな、他人に救われて尊重をするという事を覚えた」
「尊重?・・・尊重してますか?」
明らかに相応しくない言葉が飛び出た事に首を傾げ不思議そうな顔をする。
「ヤハハハハハ!!俺ほど尊重って言う言葉が似合う奴はいないぜ?確かに小猫にはまだ分からないだろうけどな」
突然ドアを蹴破ったり、悪魔に喧嘩を売ったり、許可を求めず連れ出す。そこのどこに尊重があるのか一切わからない小猫は問題児だったという事を思い出す。
彼の気まぐれに理屈はないし理由はない。ただただ自分が楽しめるか否かなのだと。
「もしそれが分かるなら私は相当異常だと思うので遠慮します」
「お前が拒否しても俺が強引に渡すから安心しろ」
「安心できないから言ってるのですが」
何を言っても無駄だと半ば諦め流れに逆らわず従う事にする。
「てな感じが俺の昔話だな。で、これを聞いて何か納得できたか?無駄話をするために選んだ話題なわけでもないだろ」
「む、そこまで分かってたのにわざわざ話してくれたんですね」
「人の嫌がることしたくないことをするのが俺の専売特許なんでね、ついつい口が動く」
小猫が思ったのは両親を失う現場を目の前で目撃し、復讐のために得た力で暴走し失踪した姉。まるで一誠と同じような過去を経験した唯一無二の家族の話だ。
「・・・まだ話しません。もう少ししたら話す勇気も湧くと思います」
「ならそん時まで待つとするかなっと・・・いい加減遅いから様子を見るか」
わざとらしく話の話題を逸らす一誠。
それは彼なりの優しさなのかもしれない。その不器用なまでの優しは確かに小猫の心の氷を溶かしていた。
表と裏を繋ぐ暖簾を割り顔だけを突っ込んで声を出す。
「おーーーい、いい加減会計をだな」
無反応。物音一つすら無く小猫の呼吸音がよく目立つ。
(あ?呼吸音?普通そんなの目立つわけがないだろ、車の音やら鳥やらで・・・)
異常なまでの静寂に疑問を抱きながら耳を澄ます。
するとやはりだ、聞こえるべきはずでない小猫の小さな呼吸音が無音世界の中でよく聞こえてくる。
百歩譲って鳥程度なら確かに居なくてもおかしくはないが、道路に面してるこの商店街で車の音が聞こえないのは明らかにおかしすぎる。
慌てて小猫の横をとおりすぎ店を出て左右を見渡す。
道端にはカバンやら食べかけのコロッケが落ちていて、人っ子一人誰もいない。
途端に背後に寒気が走る。
今までに感じた事の無い寒気、その発生源は──
「小猫!!!」
「キャッ──」
椅子に座ってた小猫の手を掴んで後方へ投げ捨てる。
すると、メキメキと音を立てコンクリートで出来た天井が裂け始め、一誠目掛けて雪崩のように襲いかかる。
「そんなのが俺に効くかよ!!」
降り注ぐ瓦礫を蹴って殴って破壊して安全を確保していく。
一分に及ぶ崩落の被害も一誠の周りだけ何も無かったかのように綺麗な有様だ。
「いやいや端からそれは知ってたんだけどなぁ、やっぱり登場シーンはハデにいかないとな!」
ビルを倒壊させた張本人であろう青年の声が頭上から聞こえてくる。
急速に飛来するそれは巨大な白銀の剣が地上に突き刺さり、その上に白髪を揺らす顔なじみが降りた。
「やっほー一誠くん。俺っちのことを覚えてるかな?」
「随分と早い再開だったなフリード」
あの時の神父様──フリード・セルゼンが不敵に笑って剣に跨っていた。
つい先日意気投合し友になれたと思っていたのだが天は問題児に友を作ることは許さなず、不倶戴天の敵としてフリードを差し向けてきた。
そんな彼の襲撃も不敵な笑みを浮かべて迎え撃つ。