比企谷八幡のあり得ない六花生活   作:生焼け肉

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八幡がいなくなった後

冬香side

 

 

お兄様が飛び降りた………お兄様が死んでしまった………私は里の外の川まで見に行きましたが、お兄様が流れ着いた形跡はありませんでした………あれから私の見る世界は色を失いました。何色もない、白と黒の世界。赤も青も黄も緑も無い、ただの白黒の世界。お兄様がこの里とこの世界から去って2週間が過ぎましたが、今でも夢に出てきます、お兄様と楽しく過ごしていたあの日々……とても幸せな日々が。そして、それを切り裂くかのようにお兄様が崖から飛び降りる瞬間で目が覚めます。

 

人間は覚えていたくない、忘れたいと思う記憶程、強く頭の中に残り、記憶としてあり続けます。私のこの記憶は一生残ったままになるでしょう。お父様とお母様も私に気を使って優しくして下さいますが、私の中でお兄様という存在が失った事は、誰にも埋められない程大きな穴となっています。この穴は誰にも埋める事はできないでしょう。出来るとすれば………お兄様だけです。

 

 

冬香sideout

 

ーーーーーー

 

 

ーーー梅小路家・夕食ーーー

 

 

梅小路父「………」

 

梅小路母「………」

 

冬香「………」

 

 

梅小路家の食卓の様子なのだが、いつもなら会話も弾み、楽しみながら食事をしているのだが、八幡が崖から飛び降りてからは夕食には笑顔が消え失せ、暗く重苦しい空気が続いている。

 

 

冬香「………ご馳走様でした。」

 

梅小路母「……冬香、そんなに残して大丈夫なの?」

 

冬香「食欲が無くて……すみませんお母様。それと、梅小路家の秘術について模索したいので。」

 

梅小路母「そ、そう……頑張ってね。」

 

冬香「はい。では、失礼致します。」

 

 

冬香は挨拶をした後に戸を閉めて食事をする空間から去っていった。両親も分かっていた。今の冬香には喜怒哀楽の表情や感情が全て消え失せてしまっている。この2週間、冬香は遊ぶという事を一切しなくなり、その時間を全て梅小路家の秘術の研究に費やすようになってしまった。たった5歳の子供がである。大切な存在の喪失感や虚無感を忘れるには何かに没頭していなければすぐに思い出してしまうからであろう。

 

 

梅小路母「……当主様、何とかなりませんか?」

 

梅小路父「俺だって出来ればあの冬香を治してやりたいさ。だが、冬香の心にはすっかり大きな穴が開いてしまっている。俺たちでは埋めきれない程の大きな穴が。」

 

梅小路母「八幡くんが崖から飛び降りてからは、里の様子は落ち着きましたが、次は私たちの感情が不安定になっています。特に冬香と梅堂家が。」

 

梅小路父「あぁ……一人息子を失った辛さは耐え難いものだ。想像も出来ないくらい辛く苦しいに違いないだろう。掟とはいえ民を、しかも子供すら守れないとはな………俺は里の長失格だな。」

 

梅小路母「あなた………」

 

 

梅小路父(冬香には元に戻ってもらいたい。あの時のような笑顔の眩しい冬香に。だが、それが叶う事は限りなく不可能と言っても良いだろう。式を使って八幡くんに化けさせるか……いや、こんなのダメだ。八幡くんさえ居てくれれば、この状況を打破する事が出来るのに………)

 

梅小路母(最近は食事の量が減っただけでなく、会話の数も減りました。そして食事が終わると、決まって部屋に引きこもり、秘術の研究をしています。あの子だってまだ外で遊ぶ年頃、それなのに術の研究をしているなんて……見ているだけで心が苦しくなります。あぁ、誰かあの子を助けて……)

 

 

ーーー梅堂家ーーー

 

 

梅堂父「………母さん、また八幡にお供えか?」

 

梅堂母「え?……あ……そ、そうね!あの子は野菜のかき揚げが好物だったから。」

 

梅堂父「……そうだったな。八幡は母さんの作る揚げ物が好きだったからな、きっと喜ぶだろう。」

 

 

あれから梅堂家は八幡がいなくなった事により、機能しなくなっていた。梅小路の秘術についても当主から『落ち着くまでは研究は保留にしていい。好きに生活すると良い。』と言われていた為、今は2人揃って普通の生活をしている。

 

精神の安定にどのくらいの時間を有するかは不明だが、今の母親の様子を見る限りでは、まだまだ時間が必要なのが分かる。現在梅堂両親も農作業に没頭しており、出来る限りあの時の惨劇を思い出さないようにしている。

 

 

梅堂母「ねぇあなた、やっぱり……八幡は死んでしまったのかしら?」

 

梅堂父「………その話はしない方向にしようって決めただろう。どうしてそんな事を聞くんだ?」

 

梅堂母「だって……頭に浮かんでしまうのよ。もしかしたら八幡が生きているかもしれないって。あの子は賢い子だからもしかしたらって……」

 

梅堂父「……だからといってたったの7歳の子が大自然に逆らえるわけがない。八幡が仮に生きていたとしても、何らかの後遺症が残るだろう。俺だって八幡が生きているかもしれないって思いたいが、それを思うと余計に辛くなってしまう。だからもう考えるのはやめた。八幡は死んだ、もう帰ってくる事はない。そう思うしかない。」

 

梅堂母「………そうよね。」

 

 

2人も八幡の死を受け入れながらこれからの人生を歩んでいくのだろうが、息子の死というのはあまりにも残酷で心に大きな傷を残すものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして八幡がこの里から消えて8年が経った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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