必要なものを買い足したり周辺地理覚えたり路線覚えたり・・・あとやっぱり東京の地下鉄は魔境だな!
S09地区は、街の中心を走る大通りを起点に大小様々な路地が、まるで蜘蛛の巣のように伸びているのが特徴である。いくつかの道は自動車や大型車両が通ることができるくらいの広さはあるが、大多数はよくて一方通行、もしくは小型車両以下の狭い道だ。よってこの町での主な交通手段は、街の中心を走るバスか二輪、そして徒歩である。
そんな少々狭い道を抜けた先にある喫茶 鉄血の前に、どこをどうやって通ってきたのか一台のサイドカーが姿を表す。そこそこのサイズのそれから運転手らしき男性が降りると、サイドカーに乗る女性をエスコートするように手を差し出す。
「着きましたよ、お嬢様」
「・・・・・・・・」
が、何故か女性はその手を取らず、プイっとそっぽを向いて歩き始める。やや大股で歩くその雰囲気は、わかりやすく怒っていた。
カランカラン
「いらっしゃいませ・・・・あら、スケアクロウじゃありませんか」
「お久しぶりです代理人」
「今日はお一人ですか?」
「・・・・・いえ、彼も一緒です」
「?」
現れた女性・・・スケアクロウの様子が普段と違うことに首をかしげる代理人。その後ろを見ると、そんな彼女が専属ボディーガードとして雇っている傭兵、レイが困ったような顔で入ってくる。まぁおそらく、雇い主の機嫌を損ねるようなことがあったんだろう。
「何があったかは聞きませんが、とりあえず一度落ち着いてみては?」
「・・・・わかりました、ではコーヒーを」
「あ、俺も同じもので」
「かしこまりました」
二人ともコーヒーを注文し、しばらく待つ。こういう時、いつもならばここで仕事やプライベートの話があったりもするのだが、今日はそれがないどころかスケアクロウに関してはレイの方に見向きもしない。
怒っているのは一目瞭然だが、それでも険悪な関係になってしまっているわけではないようで、レイの方を気にするようにチラチラと見ている。
「お待たせしました・・・・喧嘩も構いませんが、程々にですよ?」
「いや、そういうんじゃないんだけどな・・・」
「・・・・・いただきます」
微妙に重い空気の中、二人はそれっきり無言でコーヒーを啜る。いつのまにかレイは店に置いてある新聞を広げ、スケアクロウはその様子をちょっと怒ったふうにして見ている。まぁきっと、聞けばくだらないことが原因なのだろう。
さてそんな様子でしばらくし、二人とも何杯かお代わりもした頃、ふとレイは新聞を置き電話を手に店を出た。直前に聞こえた内容だと、しばらくかかりそうだ。
「ふぅ・・・・で、何があったんですか?」
「・・・・・聞かないんじゃなかったんですか?」
「姉としてのお節介ですよ・・・・・素直になれない妹のための、ね」
そう言ってクスクスと笑う代理人に、スケアクロウは胡散臭そうに顔をしかめる。おそらく姉としてのお節介という言葉に嘘偽りはないのだろうが、それ以外にも少々この状況を楽しんでいるように感じられるのだ。かつてより表情が増え明るくなったことを喜ばしく思うべきか、憎たらしく思うべきか。
「サービスでケーキをお付けしますから」
「・・・・・はぁ、わかりました。 ではお話ししますわ」
これはおそらく終わらない追求だろう、そう判断したスケアクロウは渋々話すことにしたのだった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「・・・・・私って、魅力ないんでしょうか」
「・・・・・・・・・・」
数分後・・・体感的には数時間にも及ぶ苦言、もとい惚気話を聞かされた代理人は黙って自分用のコーヒー(超深煎り)を用意し、聞き耳を立てていた客たちも次々とブラックコーヒーを注文し始める。
さて、話をまとめてみると・・・・・なんのことはない、ただ乙女がヤキモキしているだけの話だ。
スケアクロウ本人は未だにそうではないと言い切るのだが、彼女がレイに好意を抱いているのは周知の事実である。そんなわけでほぼ毎日のようにレイにべったりでご満悦だったスケアクロウだが、ある時事件が起きる。
それは約一ヶ月前の2月14日・・・そう、バレンタインである。その日さも当たり前かのようにスケアクロウはお高いチョコを用意し、レイに渡した。ところがここで一悶着起きる。
『それ、いくらだ?』
デリカシーの欠片もない・・・とはいえこれには理由がある。スケアクロウは事あるごとにレイにプレゼントを渡そうとする節があり、それはまぁイイものをプレゼントするのだ。ところがレイの立場で見れば相手は雇い主、契約報酬をもらっている身でさらに何かを渡されると、嬉しさよりも何か裏があるんじゃないかと不安になったりするらしい。
そんなこんなのショックな出来事があってもとりあえず受け取ってもらい、さらにその一ヶ月後。
『なぁ、先月のお返しなんだが・・・・・』
『え? じ、じゃあ・・・・』
『あれと同じ値段のやつならプラマイ0にできるよな?』
『・・・・・は?』
傭兵とはどこまで行っても金勘定なのかと呆れたくらいだ。それ以上にそこそこの勇気を出して渡したものをなんとも思っていない感じが気にくわない。
というわけでそれから一週間ちょっと、事務的な事以外一言も話していないのだった。
「もちろん彼が傭兵で、金銭のやりくりに苦労していた過去は知ってます・・・・・けど、私がそんな裏を持つような人物に見えるのでしょうか?」
「それは・・・・・・」
「まったくだ! こんな美人のねーちゃんを悲しませやがって!」
「同じ男として嘆かわしいぜ!」
「ミセス鉄血、俺たちゃあんたの味方だ!」
本人がいないのをいいことに、周りで聞き耳を立てていた客たちが騒ぎ始める。
ちなみにミセス鉄血とはスケアクロウの通り名であり、もともとは『人形は誰かの所有物』という当時の風潮からのあだ名だったのだが、ここ最近はレイと合わせて『夫婦』のように見られることからそう呼ばれている。
「大丈夫ですよスケアクロウ、あなたは十分魅力的ですから」
「そ、そうですわね! やっぱりレイが少し鈍いだけ」
「ですが、口に出さなければ伝わらないことだってあります。 彼からすれば、あなたが勝手に怒っているだけにも見えるかもしれませんよ」
重ねて言うが、レイは傭兵だ。契約と報酬の上での人間関係であり、スケアクロウとの関係もそれに当てはまる。スケアクロウは彼を全面的に信用しているが、レイからすれば雇い主と雇われである。
当然、信頼していると言っても雇い主としてだろう。
「で、ですが・・・なんと言えば・・・・・・」
「そこは難しいところですが・・・・一言『好きです』と言ってみるのは?」
「なっ!? そ、それではまるで告白みたいではありませんか!?」
そうだよ、と心の中で一致する客と従業員。というかやっぱり、自分の感情がソレだとは気づいていないようだ。
「わ、私はただ、普段のお礼に渡したいだけで・・・・」
「本当にそれだけ?」
「・・・・で、できればこれからも一緒にいて欲しいと・・・」
「一緒に、ってのはどこまでのことなんだ?」
「ぷ、プライベートでも・・・・とか・・・・・」
「「それは間違いなく『恋』だ(よ)」」
「しれっと混ざらないでくださいマヌスクリプト、ゲッコー」
こういう話には目ざとい二人に詰め寄られるも、なおも認めたがらないスケアクロウ。代理人も意外だと思ったのが、スケアクロウはもしかしたら鉄血一純粋な娘なのかもしれない。
あれこれ思い浮かべてはうぅ〜っと唸りながら赤くなるスケアクロウ。そしてタイミングがいいのか悪いのか、長電話を終えたレイが店内に戻る。
「まったく、どれだけ勧誘されてもグリフィンの指揮官なんて・・・・あれ、どうしたんだスケアクロウ」
「ふぇっ!? ななななんでもありませんわ!?」
「ちょうどいいとことに来たなレイ、どうやら彼女から話があるらしぞ」
「はひっ!?」
「え? どうした?」
もはや逃げ場なし、背水の陣どころか溺れる一歩手前である。先ほどまでとは違う雰囲気のスケアクロウに例も首をかしげるが、まぁ何か不満があるのなら言ってもらおうと思っていた。
「う、うぅ〜〜〜〜!」
「・・・・・スケアクロウ?」
「〜〜〜〜はうっ!?」ボフンッ
「スケアクロウ!?」
ハイエンドモデルの電脳を持ってしても整理がつかなかったのか、オーバーヒートを起こしてその場に倒れ込んでしまった。ただならぬ様子に慌てて抱き起こすレイだが、故障ではないという代理人の判断でホッと胸を撫で下ろす。
「で、結局何が言いたかったんだ?」
「ふふ、それはまた本人から聞いてください」
「とりあえず、一人の女の子として話を聞いてあげるといいよ」
「え? 男の俺に相談していいことなのかそれ?」
「鈍いな・・・・まぁいい、とりあえず言う通りにすればいいさ」
相変わらず頭の上に「?」を浮かべるレイだが、とりあえず気絶したスケアクロウをサイドカーに運ぶ。気を失っている間にお姫様抱っこをされていたと知ったらどんな顔をするのか、と一人面白そうに微笑んでいた代理人は、去り際のレイに一言だけ伝えた。
「・・・・・その娘のこと、よろしくお願いしますね」
「? あぁ、任せとけ」
おそらく大した意味なんて伝わっていないのだろうが、それでも構わない。代理人はレイたちが去った後を見つめ、ふとウェディングドレスを纏った彼女の姿を想像して、クスッと笑うのだった。
end
いかんいかん、この調子だと週一投稿も危ういぞ(4作品も連載しておいて今更)
まぁ失踪はしないつもりです。もし続けられなかったら活動報告で書きますので笑
では、今回のキャラ紹介
スケアクロウ
今回で恋する乙女にランクアップ。相手は鈍感朴念仁だけど頑張れ!
レイ
悪気があるわけじゃない、ただ傭兵稼業の癖みたいなもの。
これ以上スケアクロウを悲しませるならタコ女ぶつけるぞコラァ!
代理人
可愛い妹の可愛い悩みにちょっと調子に乗る。
マヌスクリプト
面白そうだったからつい
ゲッコー
同上