二人は一人の若い男に殺された。
しかし、殺した男も自殺に見せかけて殺されていた。私が推理できたのは殺した者がいるということだけ。犯人までは特定できず、今も迷宮入りだ。
数日後、私達は狭川夫妻の遺体と一緒に日本へ帰った。
それからまた数日経って、私は狭川夫妻の葬式へ向かい、有希子はその途中で雑誌の記者に捕まり、やむを得ず出席を見送った。
その日は寒い雨の日で、傘を打つ雨粒が重たく感じた。
葬式の会場へ入ると、真っ先に黒髪の少年に目が行った。変装の上手い妻と一緒に過ごしているから、その髪が上から被せているものだと分かる。
学校の制服だろうか、濃い藍色のブレザーを着た、落ち着いた様子の少年の横顔は随分と大人びている。全く表情を崩さず、視線は真っ直ぐ棺の方に向ける彼から感情は読み取れない。
「あれって、工藤優作さんじゃない?」
彼に目を奪われていると、そんな声が聞こえてきた。作家として、また世界的な大女優を口説きおとした男としても、私はよくも悪くも有名だ。
周りの視線が私に集まる。
こうなることは何となく予想はしていたから、足早に彼らの前を過ぎる。人と目を会わせれば、面倒なことになるので、前を見て室内の奥へ向かった。
二人の遺体に花を添えて、彼らの一人息子である聖君に目を向ける。
彼は一つ頭を下げ、私も頭を下げた。
彼と目が合って
「君が聖君だね。」
「そうですけど。」
...ほんの数秒間であったが、言葉がでなかった。私は沢山の人間に会ってきたからわかる。
彼は、この世の中で一番“完璧”だ。
容姿は言うまでもなく、表情、しぐさ、声のトーンに至るまで、全てが計算されているかのようだった。
言い方は悪いが、こんな子を道端に捨てるようにした彼の両親の気が知れない。
「...聖君、今日から私が君の父親だ。」
自然と私の口から出た言葉だった。
それからは早かった。無理矢理ではあったが、彼の親類に『聖君を両親から託された』と軽い(?)嘘を交えながら、聖君を引き取ることを了承させた。
調べてみると、狭川夫妻は世界を暇なく飛び回るようなワーカーホリックだったために、貯金の多さは馬鹿にならない。
そんな大金に惑わされず、聖君に愛情を注げるような人間はこの部屋には見当たらなかったので、私は正しい判断をしたと思う。私達なら、この子に愛情というものを教えてあげられると思った。
「聖君、君のことはご両親から聞いている。辛かっただろうと思う。でも、これからは私と妻の有希子を家族だと思って、十二分に甘えて欲しい。ご両親は─────」
ここで私は正直に、彼に両親の死因を告げた。あまり良い事だとは思わなかったのだが、聖君の様子を見て、正直に話して踏ん切りをつけて欲しいと思ったからだ。
「.....綺麗ですね。」
ボソッと彼の口から出た言葉に私は困惑した。
「何がだい?」
「工藤さん程の人でなければ、若い男が自殺ではなく殺人だということは分からなかったでしょう?他人に分からないような“もの”を作るなんて凄いですよね。...いや、そんなことを言うなんて不謹慎でしたね。すみません。」
その時から、その後聖君といる中で、私達は彼を新一と生活させるべきではないと思った。
聖君は人や物や事柄を、美しいか美しくないかで見る。
道徳的な感情はある。
しかし、犯罪を紐解く探偵か、謎を創作する犯罪者かを問えば、彼は後者だ。
私達夫婦は、芯の強い実の息子より、不安定な新しい息子、聖君を見守ることを決めた。
ありがとうございました。