Kiss you   作:賀楽多屋

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ヤミヤミ回です。
ただし、今回はカップリングではありません。
割と残酷描写が多いので、お気をつけください。


DQ2 ハーゴン×ムーンブルク王女

『ねぇ。───、私にも、キスで呪いを解いてくれるような王子様が現れるかしら』

 

 

 此方は、いつも私に惨いことばかりを口にする。

 

 その可愛らしい花弁のような唇を縫い合わせてしまえば、此方の無垢なお戯れを聞かなくても済むのかと、私はいつも本気で考えた。

 

『私、こう見えてもお姫様じゃない? だったら、その様な相手が居たとしても全く可笑しなことじゃないわ』

 

『ねぇ、私の騎士様・・・?』

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 どうして、こんなことになってしまったのだろう。

 

 激しく動く心臓が痛い。それでも、走らなければ、生きられない。

 

 背後に聳え立つムーンブルクの象徴である、白亜の城が豪炎に包まれて崩れていく。

 

 誉高き青色の屋根を持つ尖塔の周りを、数えるのも億劫になるほどの羽を持つ魔物の大軍が取り巻いている。それが蜂が自分達の巣を守るように、巣から飛び出てきている有様に似ていた。

 

 魔物に蹂躙されて、人々の嘆き声が木霊する城下町を駆け抜けることしか出来ない己が情けなくて、流してもしようがない涙が次から次へと溢れてくる。

 

 踏みしめる煉瓦道も、割れていてとても走りにくい。

 鼻をつくのは、硝煙と噎せ返るような血の匂いだ。

 

 民のものなのか、魔物ものなのか。

 

 ───それすらも、確かめられない矮小な自分がこの国の王女だなんて、嫌な話だわ。

 

 

「ママー! パパー! 何処にいるのー!?」

 

 何も出来ずに、ただ逃げることしか出来ない自分を呪っていると聞こえてきた子供の幼い泣き声。すぐ近くに両親が居ないのか、その声は何度も両親の所在を問うている。

 

 きっと、この国は今、そんな子供達で溢れかえっている。魔物達の大侵攻で、離れ離れになってしまった国民達を思うと胸が張り裂けそうだが、今の逃げることしか出来ない王女には、出来ることなどない。

 

 けども、だけども。

 

 王女は、城下町の入口へと真っ直ぐ向かっていた足を、別の方角へと向ける。

 

 その方角は、瓦解した家々が連なっている住居地区がある方だ。

 

 行ったところで何になるというのだ。冷静なもう一人の自分が、愚かな正義心を宥めようと語りかけてくる。

 

 

 だが、その効果は無かったようだ。

 

 役立たずな王女は、両親を求めて彷徨う悲痛な叫び声に向かって走っていた。

 

 城下町にも炎の魔の手は伸びていたようで、視界の至る所で火が燻っている。瓦礫の山からちろりちろりと炎の舌が遊ぶように姿を見せる。そして、その瓦礫の口から黒煙が、王女の邪魔をするように吹き荒れた。

 

 だが、それでも、幼い鳴き声を頼りに王女は走り続けた。

 

 割れた煉瓦の破片を踏んで転けそうになったり、運悪く鉢合わせてしまったドラキーにバギをぶっ放したりしながらも王女は地を蹴って駆ける。

 

 そして、四苦八苦しながら足を動こし続けた王女は、ついに前方に目を擦りながらも、両親を探して顔を忙しなく動かしてる少女を発見する。

 

 

「君! こっちへおいで!」

 

 少女を呼ぶために出した声は、血の味がした。

 

 黒煙を吸い込んだり、走り続けたことによって喉が傷んでしまっているらしい。

 

 少女の耳に王女の声は届いていたようで、なきべそかいた少女の顔が向けられた。

 

 そして、変わり果てた姿ではあるが、祭典の時などに見る王女の姿を確認したことによって、少女の顔が安堵したように笑う。

 

「王女様ー!」

 

 ムーンブルク王国では、先祖返りの魔法使いと名高い王女様。そんな偉人の登場に少女は、安心しきってしまったらしい。

 

 少女は無邪気な笑顔を浮かべて、王女の元へと駆け寄ってくる。そんな少女を迎えようと王女も手を伸ばした。

 

 ───しかし、その手はついぞ最後まで握られることは無かったのだ。

 

 黒煙の向こうから飛んできた、予期せぬメラミが少女の体を覆った。

 

 少女の背中に当てられたメラミがあっという間もなく、少女の全身を舐め尽くす。自分の変化に気付いた少女が、劈くような悲鳴を上げた。

 

「あ、あづいよぉぉおおおっ!」

 

 火をどうにか消そうと少女は藻掻く。

 だが、全く効果は見られず、その少女の悲惨な様は、熱さからではなく、痛覚から逃れようと身をよじっているようにも見えた。

 

「熱い! 熱い熱い熱い熱いよぉぉおおお!」

 

 目の前で少女が焼かれている。

 全身を覆う魔法の炎が、少女を逃さんと燃え盛り、みるみる間に肌が炭素化していって黒くなる。

 

 しかし、あらん限りの少女の叫び声を前に、王女は動けずにいた。

 

 この視界に映る光景が、信じられなかったのだ。

 

 火に包まれながらも、王女なら自分を助けてくれると信じて疑わない少女の請う目から、目を離すことが出来ない。

 

 

「たすけ・・・お、じょさ・・・ま」

 

 最後の賭けだとばかりに、黒くなった少女の手が王女に伸ばされる。

 

 それでも、少女の手はあと数歩のところで、王女には届かない。

 

 

 そして、脳や心臓まで焼き切られたのか、少女がその場から崩れ落ちた。最早、人間とは思えない姿で道の上に転がる少女を、王女は見つめる事しか出来ないでいる。

 

「あ、あ・・・・・」

 

「嗚呼、漸く見つけましたよ。王女様」

 

 王女の言葉にもならない震えた独白に被さるように紡がれたのは、邪悪に満ちた声音で発せられた言葉だ。

 

 声に促さられるように少女の骸から顔を上げた王女の視界に映るのは、幅のあるローブを着た人型のシルエット。

 

 そのシルエットは、距離が近くなってくるにつれ、異形さが目につくようになってきた。

 

 ギョロリと動く黄ばんだ目玉と口に生え揃った牙は人外的としか言い様がない。

 青白いを通り越して、真っ青に染った顔色はどう見ても人間ではなかった。

 

 こちらに向かってくるものが、魔の者だと認識した瞬間に、王女の眼差しが鋭さを帯びる。

 

「貴方、魔物ね」

 

「如何にも」

 

 流暢に人の言葉を喋る魔物に戸惑いが残るが、魔物だと分かれば倒すまで。

 

 王女は腰に差していた杖を抜いて、その魔物に何時でも魔法を唱えられるように構える。

 

 しかし、魔物は王女の臨戦態勢を見ても、余裕綽々といった体でさらに言葉を連ねた。

 

「先ずは、ご挨拶を申しあげましょうか。我が名は、ハーゴン───この国を、滅ぼす者です」

 

 ニヤリと、人間の如く嫌らしくハーゴンは笑う。

 

 ムーンブルクを滅ぼすのは己だと語ったハーゴンに、王女はこの惨劇を引き起こしたのが、目前でせせら笑う魔物だと察した。

 

「あ、貴方が、こんなことを!」

 

 王女の頭は、はち切れんばかりの怒りでいっぱいだ。ハーゴンの背後で崩れゆく尖塔に、否応がなしにムーンブルク王国の終わりを突き付けられる。

 

 この魔物が、ムーンブルク王国を壊しに来た。

 

 昨日までは、隣の誰かと笑い合えたこの国を。

 父親が、これからもますます発展させようと意気込んでいたこの国を。

 

 

 ───私の唯一の祖国を、この魔物は、私の大切な人諸共に葬りさろうとしている!

 

「バギ!」

 

 杖の先端から流れ出る呪文の文言が、ハーゴンを取り囲み、それが風の渦巻きとなる。

 

 バギの中心にいるハーゴンは、その無数の風の刃によって切り刻まれたはずだが、しかしローブに僅かの穴を作っただけで、魔物自体は無傷であった。

 

 そのことに絶望を覚えた王女の顔から、怒りで沸き立っていた血が引いていき、彼女の肌は人形のように真白くなってしまった。

 

 

「魔法が、効かないなんて・・・・・・」

 

 あと王女が覚えているのは、対象を眠らせる魔法『ラリホー』と幾つかの補助呪文だけである。

 

 ───だとしても、試してみるしかない・・・!

 

「ら、ラリホー!」

 

 一か八かで掛けてみたラリホー。

 これで眠ったら、儲けものだ。己の天運を信じて、祈るように唱えた呪文は、杖先から桃色の渦を巻いて放たれる。

 

 だが、王女は天に見放されてしまったようだ。

 

 ラリホーが効かなかったようで、ハーゴンが余裕の表情を崩すことはなかった。

 

 ───これが、ムーンブルクの先祖返りの有様か。

 

 周囲からは魔法については褒められたことしかなかった王女の初めての挫折であった。

 

『きっと、そなたは良い魔法使いになるだろう』

 

 いつもポムポムと頭を撫でて、王女を励まし褒めてくれた父王は、あの崩れ落ちた城の中に残してきてしまった。

 

 魔物の大軍から王女を逃がし、その場に居残った父王が生き延びている確率なんて考えたくもない。

 

 ───折角、お父様が命を懸けて、救ってくださった命なのに。

 

 

 悔しくて、また涙が出た。

 

 なんにも出来ない自分がこの世で、一番愚かしい。

 

 

 どうして、父王ではなく、王女が生き残ってしまったのか。

 

 

 しかし、王女の心中とは裏腹に、ハラハラと頬に涙の跡を沢山つけながらも、ハーゴンを見据え、気丈に立っている王女のその姿は、傍から見れば、神話の一節のように神々しかった。

 

 そんな王女の姿に触発されたのか、ハーゴンは王女に止めを刺すのではなく、やおら口を開き始めた。

 

「王女様は、キスで呪いを解いてくれるような王子様を信じますか?」

 

 不意にハーゴンから、訳の分からないことを問いかけれた。

 

 王女は、馬鹿にしているのかとハーゴンを怒鳴りつけてやりたかったが、そのハーゴンでさえ何処か神妙な顔をして王女の返答を待っているような気がしたのだ。

 

 そんなハーゴンの様子に、王女も狂わされてしまったのだろう。

 

 

「そうね、今の今まではそんな御伽噺、意識もしなかったわ。だけど、そう。私は今、王子様では無いけども、勇者様を待っている。何百年前かにお姫様の危機を救ったという───勇者様を」

 

 

 ムーンブルクの祖は、世界の危機を救った勇者の子供だ。

 

 ドラゴンから囚われのお姫様を助け出し、その後にお姫様と国を興した勇者様は、史実によれば存在していた。

 

 

 だったら、僅かでも希望のある話ではないか。

 

 私は王女。この国のお姫様だ。

 お姫様のピンチを勇者様が助けてくれるというのならば、今が正に助け時だろう。

 

 

「フハハハハっ! そうか、そなたは勇者を求むか。キスで呪いを解く王子ではなく、危機を救ってくれる勇者を!」

 

 何が可笑しいのか、突如ハーゴンが笑い出す。

 

 鮫のように生え揃った牙の付いた口を大きく開けて、さも面白いものを見たと言わんばかりに笑うハーゴンに、王女も精一杯口の端を上げた。

 

「ええ。残念ながら、王子様と違って勇者様は存在するわ。確率はゼロじゃないもの」

 

「そうか、そうか。だが、私は生憎と王子も勇者も大が付くほど嫌いでな。万が一現れたとしても、そこの小娘のように炭にしてやろう」

 

 手に携えている杖を少女の骸に向けて、そう宣うハーゴンに王女の目元がぴくりと動いた。

 

 少女をこんな目に合わせたのは、自分だとこのハーゴンは自白したのだ。

 

 王女に助けてと手を伸ばした少女の願いを手折ったのは、この魔物であったのだ。

 

「貴方、どうしてそんな残酷なことができるの!? 他の魔物と違って、貴方は人間と言葉が交わせるのに・・・どうして!!」

 

「それには、とても簡単な回答を返すことが出来るだろう。私は、人間が嫌いだ」

 

 その場から動かなかったハーゴンが、ついに話しながら王女の方へと歩みを始めた。

 

 まるで、その辺を散歩するかの如く、軽い足取りで王女との間にある距離を詰めてくるハーゴンを前にして、だが王女は一歩も動けないでいた。

 

「───人間をこの世から、消したくなるほどにな」

 

 逃げなければと思うが、結局はハーゴンが迫ってきても、王女は後退出来なかった。最後の抵抗とばかりに、王女はすぐ近くにあるハーゴンの顔を、目に焼き付けるように睨み付けた。

 

 これが、親の仇。

 少女の仇。

 国民の仇。

 祖国の仇。

 

 生涯忘れるものか。

 この命、果てたとしても。

 幽霊として、この世を彷徨い、必ずやこの魔物を呪い殺してみせる。

 

 王女の怨嗟の睨みを受けて、ハーゴンは笑う。

 

「なぁ、王女よ。貴様、この場で死んでも、死にきれんだろう。ならば、私と一つ賭けをしないか」

 

 まるで、王女の心中を読み取ったようにそう話しかけて来るハーゴンに、王女がその先を促すように目で問う。

 

 ハーゴンは思ったよか、素直に王女の催促を受けて言葉を続けた。

 

「王子様とやらのキスで、本当に呪いが解けるかどうか───否、お姫様の窮地を前に、王子様が現れるかどうか」

 

「───え?」

 

 

 次の瞬間、何を思ったのかハーゴンが王女の両肩を掴んだ。目まぐるしい急な展開についていけない王女が、抵抗する間もなくハーゴンは、王女の額に口付けた。

 

「さぁ、王女様。私に見せてくれ。人間が生み出した幻想の力とやらを」

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

『来てくれたの、───。どう? 似合うかしら?』

 

 部屋に入ると、真っ白なドレスに身を包んだあの方が、普段はしない化粧を施した顔で私を出迎えた。

 

 鏡台に映る己を恥ずかしそうに見つめて微笑むその姿は、天女が降臨したのかと勘違いしたくなるほどに美しく、目の毒だ。

 

 方や、訪れた私と言えば、いつもの騎士服である。相手の国までの凱旋には付いていけず、留守を仰せつかっている私は、普段から着込んでいる騎士服で事足りるのだ。

 

 

『それにしても、私が結婚だなんて・・・。王女なんだから、しないのも変な話だけれども、やっぱり自覚がないわねぇ』

 

 今日、嫁いでいかれると言うのに、この御方とくればいつもの調子だ。退屈そうに椅子の上で足を組んで、両腕を纏う手袋に「変な感じがする」と文句を言っている。

 

『あの国の王子は、政治の手腕もさることながら、武道もかなり嗜んでおられるようです。姫様の相手に相応しいお方ですよ』

 

 

『貴方は本当に、いつまでたってもその調子ねぇ』

 

 彼女は、突拍子なく私に呆れた一瞥を向けてくる。

 なので、私もその度に、同じものを彼女に向けることにしていた。

 

『姫様もお変わりございませんよ』

 

『本当、いつまでたっても堅物だわ』

 

 やはり、私が打ち返すと、決まりきった文言が飛び出てきたので、『姫様が自由過ぎるのです』と、いつもの定型文を言う瞬間を見計らっていた。

 

 しかし、さすがに今日ばかりは、その定型文におまけが付いていたのだ。

 

『───残していくのが、心残りなほどに』

 

 

 滅多に聞くことの出来ない、彼女の沈んだ声に『姫様』

 としか私は、呼べないでいた。

 

『分かってるわよ。流石に、相手に悪いわ。子供の頃からの騎士を連れていくなんてねぇ。でも、貴方が居ないだなんて、退屈だわ』

 

 何故、この御方はいつまでも私を苛むのだろう。

 

 もう手を取る事も叶わない立場になられ、会おうと思っても会えないほどに遠くに行かれるのに、最後まで私の気持ちを掻き乱す。

 

 

 嗚呼、どうして、私は騎士と言うだけで姫様に本当の気持ちを告げることを許されていないのだろうか。

 

 嗚呼、どうして、あの王子は、王子と言うだけで、会ったこともないくせに姫様と生涯を共にすることが出来るのだろうか。

 

 

 

『結局、呪いを解いてくれるような王子様は、現れなかったわね』

 

 

 ポツリと零された姫様の言葉に、自然と下がっていた頭が上がる。

 

 姫様のルビーのように艶やかな瞳が、残念そうに陰っているのを見て、私の心も萎んでいくようだ。

 

『どんな呪いを解いて欲しかったのですか?』

 

 私の記憶では、彼女に掛けられた呪いなど無かったはずなのだが。

 

 姫様は、発言の意味が分からないと縋るように見詰める私にあやすような微笑みを見せて、その呪いの正体を告げた。

 

 

『王族という呪いよ』

 

 

 

 




今回は、捏造しか書いてませんのでアウトですね。

でも、ムーンブルク王女とのカップリングじゃないので、お目こぼしされることを願いたい。

ハーゴンも色々あったのでは(デタラメ)運動ってことで。

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