エリカ、転生。 作:gab
さっと地図に目を落とす。
『忍びの地図』はどこにいてもリアルタイムのホグワーツの情報を表示してくれる。(あ、もちろんガーデンは別だよ。ガーデンで地図を開いても誰の名前も表示されない)
よかった。まだいる。
「詳しい説明はあとにしますね。証拠が帰ってしまう前に、まずこちらをご覧ください」
「これは?」
『忍びの地図』の存在を知らなかったルシウス叔父様が怪訝な表情で地図を覗き込んだ。
「この地図は『忍びの地図』と言いまして、ホグワーツに今いる人たちの名前が表示される魔法具です。実際に動く通りに足跡と名前が移動します」
私がこの地図を持っていることを知っていたシリウスはともかく、リーマスさんは学生時代の自分達の作品がいきなり出てきて驚いている。ルシウス叔父様は珍しい魔法具に興味津々だった。
三人が注目するなか、私は校長室の場所を指さした。
「ここは校長室です。アルバス・ダンブルドア、イゴール・カルカロフ、オリンペ・マクシーム、ルード・バグマン、バーテミウス・クラウチの名が並んでいます。競技場から5人で一緒に戻ってきて、校長室に入ってから動いていません。『第一の課題』が無事終わった慰労会と、次の打ち合わせを兼ねて夕食会でも開いているんじゃないでしょうか」
私の言葉に皆が頷く。三校の校長と魔法省の対抗試合担当者二人というメンバーが会食や打ち合わせをしていてもおかしくはない。しごく当然のことだろう。
「次に……ああ、いました。大広間を見てください。生徒達と教授が夕食を摂っています」
私は地図を動かして1階の大広間が見えるように広げなおしながら話を続ける。
「『忍びの地図』は真実の名前を表示します。動物もどきで動物の姿を取っていても、ポリジュースで別人に成りすましていても、透明マントなどで隠れていても、本来の名前が出てくるんです。去年ウィーズリーのペットのネズミがピーター・ペティグリューだと気付いたのも、先ほどリータ・スキーターがコガネムシに化けているのに気付いたのも、この地図のお陰です」
グリフィンドールとハッフルパフのテーブルにはほとんど人がいない。きっとそれぞれ、寮で盛大にパーティを開いているんだろう。
「問題なのは教職員テーブルです。中央のダンブルドア校長の席は当然空席ですが、その横、スネイプ先生の横です」
セブルス・スネイプに並んだ名前を見て、みなが息を呑む。そこに書かれていた名前は。
「バーテミウス・クラウチ?」
「なっ、さっき校長室にいたはずじゃ」
シリウスが唖然と呟いて地図を見直す。校長室にはやはり今も「バーテミウス・クラウチ」の名前がある。
「なるほど。だが、なぜバーテミウス・クラウチが二人いるんだ? ……っ! まさか」
ルシウス叔父様が驚いて息を呑む。
「お気づきになりましたか叔父様。ええ。バーテミウス・クラウチが二人いるなら、もうひとりはバーテミウス・クラウチ・ジュニアしかありえません。死喰い人で、アズカバンで死んだはずの、彼の息子です」
「まさか」
「彼はアズカバンで死んで埋葬された記録があります。もしかしたら、誰かとすり替わってこっそりアズカバンから脱獄したんじゃないでしょうか」
シリウスはいきなり立ち上がった。“敵”がわかったのなら今すぐ捕まえようと考えたんだろう。直情的なシリウスらしい動きなんだけど、まだまだ話は終わっていないし、第一今動くのは悪手すぎる。私は必死で彼を押し留めた。
「シリウス、話はまだ終わっていません。今はハリーは安全です。きっとグリフィンドール寮で祝勝パーティ中です。グリフィンドール寮全員がハリーを祝って、彼に注目している。この上なく安全ですから、まずは話をしましょう」
「シリウス、私もそう思う。私達はまず知らなくてはいけない。ハリーを守るためにもね」
リーマスさんが柔らかな物言いでシリウスを宥める。さすが。きっと学生時代もこうやって長年シリウスとジェームズを宥めてきたんだろうな。今もさっと地図のグリフィンドール寮の場所を開いて、わちゃっと集まる名前の中心にハリーがいることをシリウスに見せている。
ルシウス叔父様と私の顔も見て、シリウスはやっと冷静になったのか、一言「すまない」と言うと、もう一度大広間の「バーテミウス・クラウチ」の名を見ながら息をついた。
そして、シリウスは思い出したように語りだした。
「アズカバンでクラウチ・ジュニアはわたしの房に近い独房に入れられた。その日が暮れる頃には、母親を呼んで泣き叫んだ。二、三日するとおとなしくなったがね……みんなしまいには静かになったものだ……眠っているときに悲鳴を上げる以外は……」
シリウスがつらいアズカバンでの日々を思い出したのか、生気のない真っ暗な目をした。彼が冤罪のために貴重な二十代の日々を不当に摺り潰されたことを改めて感じ、労し気に皆が彼を見つめる。シリウスはふっと表情を戻すと話を続けた。
「一年ももたずにあの子はすっかり弱ってしまった。死が近づくとディメンターがそれを嗅ぎつけて興奮するからすぐにわかる。
クラウチは魔法省の重要人物だから、奥方と一緒に息子の死に際に面会を許された。彼の独房に夫婦で入っていったんだ。やがて、奥方を半分抱きかかえるようにしてわたしの独房の前を通り過ぎていった。奥方はどうやらそれから間もなく死んでしまったと聞いた。おそらく、入れ替わったとするとあの時だな」
「奥方と入れ替わったってことかい? ではあのクラウチが息子の脱獄を手助けしたのか」
「あの冷血漢が息子を助けるために法を犯したと? 妻を身代わりにしてまでか?」
「それは、もしかしたら御病気で死期を覚った奥方が、最期の頼みとして息子と入れ替わって彼を助け出すよう願ったのかもしれませんね」
「だがクラウチはずっと苛烈なまでに正義を貫こうとしていた。まさか息子と共に死喰い人になるとは思えない」
「この夏頃からクラウチの様子がおかしいと言われていたな」
「魔法省でも幽鬼のように顔色が悪いと聞いたぞ」
「息子に服従の呪文でもかけられているのか」
「ああそうだ、エリカ。この、教職員テーブルのバーテミウス・クラウチは、誰になっているんだ?」
「マッドアイ-ムーディです」
「ムーディが? あのムーディーに死喰い人が成り代わっているというのか」
「エリカはムーディがクラウチだと何時気付いたんだ?」
「数日前です、叔父様。御覧になればわかりますが、地図はホグワーツ城すべてを網羅しています。階層ごとにページも分かれていて多いですし、全校生徒がうぞうぞと動き回るんです。なので、気付くのが遅れてしまって」
学生時代、地図を使っていたシリウス達は納得の表情だった。
「最初にマッドアイ-ムーディの名前がバーテミウス・クラウチだと気付いた時、もしかしたら『不死鳥の騎士団』と魔法省が対ヴォルデモートの何かを計画しているんではと思ったんです。マッドアイ-ムーディもバーテミウス・クラウチも、どちらもごりごりの反死喰い人ですから。
姿を隠してホグワーツで調べ物をしたいクラウチと、自分がホグワーツに居ると油断させて、魔法省内部を調べたいムーディが入れ替わっているのかと思ったんです。
あるいは、もしかしたら彼らも、私達とは別の線から帝王の計画を知って、それを阻止するためこっそり乗り込んできたのか、またはダンブルドアの『不死鳥の騎士団』と闇祓いが協力しているのかとも考えました」
そう。クラウチの名があっても、普通はそう考える。
マッドアイは何人もの死喰い人を捕まえた歴戦の闇祓いで、クラウチ氏は自分の息子すら厳しくアズカバンへ放り込んだ無情さで知られている。
彼らが互いに時折すり替わりながら、ヴォルデモートの計画を阻止しようとしているのではないか、と考察したほうが自然なんじゃないかと間違った推理を披露しておく。
「ですが、今日、『クラウチさんが来られているならマッドアイ-ムーディは本人に変わったのか』と地図を見て……」
「ああ、それでバーテミウス・クラウチが二人いることに気付いたんだな」
「ええ。クラウチ・ジュニアはうちの両親と一緒にロングボトム夫婦を拷問して廃人にまで追い込んだひとりです。それで、闇祓いではなく、死喰い人だったんだと気付きました」
シリウスも、ルシウス叔父様も、リーマスさんも厳しい表情で考えこんでいる。
「そういえば、リータ・スキーターが以前に書いた記事で、ムーディがホグワーツに出発する前の晩に空騒ぎを起こしたと書いていたな」
ルシウス叔父様が思い出したようにそう言った。
「そうか。記事ではムーディのいつもの過剰防衛だと面白おかしく書かれていたが、その時に本当に襲われていたのだとすれば」
「その時に入れ替わったんだろう。クラウチ・ジュニアにな」
「ポリジュースならマッドアイ-ムーディは、彼に囚われたまま今も生きているはずですよね。生きた彼の髪が必要なんですから」
「おそらく奴のトランクの中だろうね。『検知不可能拡大呪文』のかかった場所は『忍びの地図』では表示されないから」
地図の欠点を知っているリーマスさんが説明を加えた。
それから、みなで意見を出し合った。
原作を読むと、シリウスは脱獄犯として逃げ回りながらも、日刊予言者新聞の記事や人々の噂を精査してちゃんといろんなことに気付いていたことがよくわかる。マッドアイ-ムーディが襲われたこととか、バーサ・ジョーキンズのこととかね。
ブラック家当主になり、方々に情報網を張り巡らすことができるようになった今のシリウスや、ルシウス叔父様、リーマスさんが揃っていて、私の誘導もあれば、原作で知るところの事実をほぼ正確に推察することができた。
つまり。
・ヴォルデモートが潜伏していると噂のあるアルバニアへ旅行に行き、そのまま行方不明になっているバーサ・ジョーキンズは、ヴォルデモートに捕まり、様々な情報を拷問の上聞き出された。おそらく彼女はもう生きてはいないだろう。
・バーサ・ジョーキンズはクラウチ氏の部下だから、クラウチ邸に匿われているクラウチ・ジュニアのことを知っていたかもしれない。
・クィディッチ・ワールドカップの時、クラウチ家が購入した貴賓席にクラウチ・シニアは一度も行かず、しもべ妖精のウィンキーだけが席にずっといた。闇の印を打ち上げた者の使った杖のそばにウィンキーがいたことも含めて考えると、貴賓席には姿を隠したクラウチ・ジュニアがいたのではないか。
・ヴォルデモートはホグワーツで三校対抗試合が開催されることや、クィディッチ・ワールドカップのこと、今年度の『闇の魔術に対する防衛術』の教授がマッドアイ-ムーディだということも踏まえて、計画をたてた。
・マッドアイ-ムーディはホグワーツに赴任する前日にクラウチ・ジュニアに強襲されて、彼と入れ替わった。ムーディはトランクに捕らえられて、ポリジュースの素材のため、今も生きている。
などなど。
「だが、奴らは何がしたいんだ? ハリーを殺すなら今日は絶好の日だったのに」
シリウスが考えながら口を開いた。ハリーの今日の敵はドラゴンだけじゃなかったのだと今頃になって顔を青ざめさせている。
「夏にハリーが見た夢では『ハリーを捕まえて何かをしようとしている』という話だった。殺しては意味がないのやもしれん」
ルシウス叔父様がそう言った。
「つまり、ハリーをどうにかして誘拐しようとしているってことかい?」
リーマスさんが訊ねる。
「帝王は復活しようとしています。おそらく、復活のために何某かの儀式が必要なんじゃないでしょうか?」
「それにハリーが必要ということか」
「必要って? 生贄にでもするってことかい?」
「闇の魔術に生贄はつきものだな」
実際には生贄じゃなくて、復活の素材にハリーの血がいるってことだけど、大した違いじゃない。
「でも、儀式をホグワーツでできるわけないですよね。なら、クラウチ・ジュニアは、帝王のいるところへハリーを生きたまま連れていかなくてはいけない」
「奴はハリーを外へおびき出す方法を考えているのか」
「おそらく、なんですけど」
私がそう言うと、彼らは揃ってこちらを見た。
「先週末、ホグズミード休暇だったんですが、ムーディがハグリッドと密談していたんです。ハグリッドを説得しているように見えました。その夜、ハリーはこっそりハグリッドからドラゴンを見せてもらった。
ドラゴンのことは実はシリウスから聞いていたハリーも、課題当日よりも前に実際のドラゴンの迫力を目の当たりにできたことはとても有効だったと思います。おそらくムーディは『ハリーにドラゴンを見せてやれ』と唆したんじゃないでしょうか。
他にもムーディはハリーにかなり親身にアドバイスを送っています。
ムーディはハリーを勝たせようとしている気がするんです」
「勝たせてどうするんだ? 優勝賞金を奪おうってわけじゃないだろう?」
「いや、闇の魔術に関して言えば、生贄は強き心を持つ者がいいとか、喜びの絶頂で死んだ心臓を使うとか、若くて無垢な魂がいるとか、いろいろあるからな」
ルシウス叔父様のえげつない言葉に思わず眉をひそめたけど、その考察は言われれば納得してしまう説得力があった。
「動くなら最後の課題の日だな」
「優勝して成長を遂げた時に、行動を起こすということだよね」
「逆に言えば、それまではクラウチ・ジュニア扮するムーディがハリーを守ってくれるってことです」
「だがそこまで待つ必要はない。ハリーの命がかかっているんだ。今すぐ奴を締め上げて……」
シリウスが今にも飛び出していきそうな勢いでそう言った。急いで宥める。
「シリウス、落ち着いてください。儀式の方法や場所がわかれば、こちらが罠をしかけることだってできるんですよ」
「そうだシリウス。儀式の場所には帝王が必ずいる。帝王を斃す絶好の機会なんだ」
「だがルシウス。ハリーを危険に曝してまで奴らの計画に乗ってやらなくてもいいだろう」
「いやシリウス。奴らの計画を利用すれば、儀式のためにその場にいる死喰い人も一網打尽にできるんだよ」
「リーマスさんがおっしゃる通りです。それに計画が漏れたと気付けばクラウチ・ジュニアはハリーを無理やり連れだそうとするか、その場で殺そうとするかもしれない。
彼らが計画通り進んでいると信じている間、ハリーは安全なんですよ。その方が私達も安心して動けます」
私達の言葉に、シリウスも納得はしたようだ。名付け子が心配だけど、生贄になるまではハリーが安全だということも理解できる。
「できれば最後の課題までに奴らの計画の詳細を知りたいですね」
彼らも、帝王の計画通りに進ませ、儀式の場所をこちらが急襲することが、一番有効な手だと考えた。
そして、私が考えたように、『クラウチ・ジュニアを捕まえて真実薬で情報を吸い上げ、尋問の事実を忘れさせ、その間の記憶をただの日常だったと思い込ませる』ことが理想的だが、技術的に難しいと悩んだ。
「いっそのこと、クラウチ・シニアの方を押さえるのはどうかな」
リーマスさんが他の方法を思いついた。
「服従の呪文で従わされているなら、それを解いてやれば話は聞けるか」
「ある程度の情報を知っているかもしれませんね」
「だがあの疑り深い帝王は何度も服従の呪文を重ね掛けしそうだぞ。計画がうまく進んでいると思わせるには、服従の呪文から解放されたクラウチをまた奴らのもとへ返さねばならん。そこでまた服従させられれば私達のことも知られてしまう」
そこでバレる可能性もある。
だからと言って、クラウチ・シニアをそのまま保護すると、逃げ出したクラウチ・シニアから情報が漏れたと気付いた彼らが計画を前倒しにしてハリーを襲うかもしれない。
どうすべきかいろいろと話し合い、意見を出し合った。
とはいえ、向こうの計画ではおそらく『第三の課題』の時が決行の日だろうから、こちらはまだ時間がある。
それまでは、気付いていることを向こうに覚られないよう、注意深く相手の隙を狙いつつ、こちらは分霊箱のことに注力すべきだという話になった。
リーマスさんは、この機会に、そろそろがっつりこちら側に引き込むことになった。
私は学校を抜け出してきているから、あまり時間がない。今日のところはこれで解散することとして、大人達はこれからマルフォイ邸へ戻って、分霊箱の話や、今までやってきたことなどをリーマスさんに話すらしい。
リータ・スキーターの入った瓶はルシウス叔父様が持って帰ることになった。何かに使うのか、そのまま魔法省へ突き出すのかは、しばらく考えるらしい。
ちなみに、リータ・スキーターがコガネムシだとわかったのは、『忍びの地図』を見てルシウス・マルフォイの名前にぴったり寄り添うようにリータ・スキーターの名前があったので、近づいてみたら叔父様の肩付近に止まっているコガネムシを見つけて、虫の動物もどきだとわかったと説明。
ホグワーツは虫が多いから毎年虫よけスプレーを用意していて、コガネムシならスプレーが効くだろうと思い、叔父様方をここで待つ間に、瓶に『割れない呪文』をかけて準備しながら到着を待ったのだと話した。