エリカ、転生。   作:gab

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プレイヤーに、なりました

 

 

 

 悲しくても悔しくてもどんなに泣いても、もうお母さんは帰ってこない。

 

 ゲーム機のそばに倒れていたお母さんの手には、指輪が嵌っていた。

 ゲーム内で死んだら指輪は失われてしまうはず。

 

 もしかしたらお母さんは、プレイヤー狩りに襲われて瀕死の重傷を負ったけど、『離脱』のカードで外へ逃げることはできたんじゃないか。

 でも怪我が酷くて、逃げた先の自分の隠れ家で息を引き取った。

 

 外で死ねばセーブデータは残ると原作でもゲンスルーが言ってた。つまり、お母さんのデータはまだ生きている可能性があるのだ。

 

 外に出たからフリーポケットの中身は失われたけど、指定ポケットの中身は残っている。

 お母さんの残してくれた、財産だ。

 

 

 

 お母さんが帰ってこなかったのは10月の3日。

 『離脱』を使ったのも、おそらくその日。今日は13日だから今日中にも失格となってバインダーの中身が全部消えてしまう。

 

 だから私がお母さんのデータを引き継いでログインしようと思っている。

 10日の制限時間にぎりぎり間に合ったのは、お母さんからの贈り物に思えた。

 

 それに……バインダーにはプレイヤーが遭遇した他プレイヤーのリストが記録されている。最後に追加されたリストが、お母さんを殺した奴らの可能性が高い。

 

 もちろん、その前にどこかですれ違っていたかもしれないから、絶対に最後の4人がそうだとは言えないけど、リストの後ろから確認していけば、いつかはお母さんを殺した奴らに会える。

 

 プレイヤー狩りは奪ったカードを自分のバインダーにしまうのだから、指輪を外してくることはない。だからお母さんのリストの中に、絶対にいるはずなんだ。

 

 向こうも、殺したはずのお母さんの名前が復活すれば、何某かのリアクションをとるんじゃないだろうか。

 何人も殺していて、お母さんの名前すら憶えていないかもしれないけど。

 もし、お母さんの名前がログインしていることに気付いてもう一度襲ってきたら。

 

 その時は、私の力全部使って戦うつもりだ。

 

 

 

 

 転移ポイント2の隠れ家へジャンプする。

 前回には気付きもしなかったけど、部屋の中はお母さんの血で汚れていた。錆びくさい臭いと鼻につく生ぐさいすえた臭いが混じっている。

 胸を貫いた穴から流れた血がカーペットに広がっている。今は乾いてどす黒い色になっていた。

 

 私が持っていたメモ帳も落ちていた。覚えていないけどあの時お母さんを抱き上げるのに手放したのかもしれない。

 

 お母さんの姿を思い出してまた泣きそうになったけど、ここで泣いているヒマはない。

 後でもう一度来て、掃除をしよう。メモ帳を拾い上げポケットにしまう。

 

 

 今は、ログインだ。

 

 ゲーム機を眺める。

 4スロットのうち、ひとつだけにロムカードが刺さっていて、データが生きていることを示している。

 これがお母さんのセーブデータだ。

 やっぱりお母さんは『離脱』でログアウトしてからここで死んだんだ。

 

 今はログアウトしているからロムカードの横のボタンが消えているけど、私がゲームに入ればこのボタンが点灯するんだろう。

 

 お母さんの指輪を付け、ゲーム機に向かい、“練”をする。

 次の瞬間、無機質な空間にいた。

 島を出る時に通った場所とそっくりだけど、ここはおそらくゲームスタートのチュートリアルの場だ。

 先日のナビゲーターと瓜二つの女性が迎えてくれた。

 

「おお。あなたはもしやルナ様では?」

 

 なるほど。再ログインの時には登録の名前を聞かれるんだね。

 ってか。ルナってお母さん、偽名なんだね。しかもちょっと安直。ルミナがルナなんて。

 

「名前を変えても、リストは消えませんか?」

 

「消えないわ」

 

「ルナをリストに入れている相手から見たらどうなりますか?」

 

「新しい名前で表示されるわね」

 

「では、ルナのままでお願いします」

 

 プレイヤーに私の名前まで教えてやる必要はない。ルナのままで行こう。

 

 

 

 ナビゲーターの指さす先にある扉を抜けると外に出た。

 

 アントキバの近くの草原だ。

 つい1年ほど前まで、頻繁に修行しに来ていた場所。今は朝のランニングの到達地点にしている場所。

 こちら側から見る景色はこうなっているのか。

 

 見渡す限りの大平原。10月のからりと晴れた空はどこまでも高く、冷たい風が身体を撫でる。

 遠くから隠れて観察する不躾な目を無視して移動する。木の陰に入ったところで家までジャンプした。

 

 

 

 

 家族に迎え入れられリビングルームに座り、呪文を唱える。

 

「ブック」

 

 手の中に生まれた本の感触。

 今までは、私にはできなかったバインダーの操作。

 やっとできるようになった。

 

 バインダーを開くと、お母さんの集めたカードが並んでいる。

 必要なのはスペルカードなのだけれど、ログアウトしたために今はフリーポケットはカラだ。

 だけど――

 

 指定ポケットのページを捲って眺める。

 

 お父さん達が生きていた頃に集めたカードは必要なものはアイテム化し、それ以外は生活費に消えた。

 私達は修行とスペルカード集めしかしていないから、そのあと指定カードは増えていない。

 今、家にある、アイテム化されているカード。

 たとえば『美肌温泉』、たとえば『メイドパンダ』、たとえば『アドリブブック』。

 うちの家にあるものと同じカードがバインダーにあれば、それは偽装したスペルカードなのだ。

 

 メモと見比べる。

 擬態したスペルカードの数も間違いない。

 

 お母さん、ありがとう。

 ちゃんと残してくれて。

 

 私、絶対スペルカード集めを続けるから!

 絶対、絶対、『大天使の息吹』を手に入れて大金をもらってやる!

 

 

 

 決めた。

 『大天使の息吹』を取得して、バッテラの恋人を助け、報酬を手に入れる。

 お母さんの集めたカードの残りを、私が集める。

 お母さんが始めたことを、私が続ける。

 

 そして。

 メリーさん、ラルク。大切な家族。

 それから。

 グリードアイランドの便利なアイテムに溢れた我が家。

 お父さんやその仲間が、丹精込めて建ててくれた家。

 家族の思い出のいっぱい詰まった、庭にはお母さんのお墓もある、この家。

 

 この家を、家族を、ガーデンへ連れていく。

 これごと、全部、手に入れる。

 もう、何も、奪われない。

 

 

 

 これが、私の目標。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無事プレイヤーになれたことをお母さんに葉書で報告した。

 翌朝、お母さんから返事が届く。

 

「よかったわね。これでエリカも自由にカードが使えるようになるわ!

 よく頑張ったわね、エリカ。でもね。クリアしなくてもいいの。修行を楽しんで。

 

 大きくなるまで傍にいれなくてごめんね。

 いつか外へ出てハンター試験を受けなさい。身分証明書になるから。

 一人にしてごめん。愛しているわ。

 

 エリカは、好きに生きてね。」

 

 最後に語られていた我が子への想いに、今まで育ててくれた優しい母親への愛情があふれる。

 

 

 

 

 

 お母さんがひとりいないだけで、家がすごく広く感じる。

 誰も彼もが、沈んだ表情で、ただ、生きていた。

 

 灯りの消えたような、息をするのもつらい毎日だったけど、私達はただひたすらに、今までと同じように日常を繰り返す。

 

 毎晩の卵も変わらず。

 お母さんしか飲まなかったお酒も、変わらず汲んで。

 果物の収穫もちゃんとやった。

 修行も教えられたメニューをたんたんとこなす。

 

 リビングでソファに座る時も、寝る時も、私達はいつもみんな引っ付いていた。

 抱き寄せるメリーさんの腕が、寄り添うラルクの体温が、私を生かしてくれた。

 

 塞ぎがちな私を気遣ったラルクが、ある夜、サーベルタイガーになって私の前に現れた。

 私が昔、図鑑を見て一番喜んでいた姿だ。

 ラルクは勇ましく咆哮をあげ見せつけるように目の前をくるくるまわる。

 私を気遣って元気付けようとしてくれているのか。

 

 あの幸せだった4歳の誕生日を思い出して。

 

 可愛くって嬉しくって悲しくって悔しくって。

 どうしようもなく愛おしくて、抱きしめて泣いた。

 

 

 

 

 

 




※プレイヤーネームを変えた時のリスト表示がどうなるのかは私の想像です。

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