エリカ、転生。   作:gab

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天空闘技場

1995年 6月 7歳

 

 やっと7歳になった。

 影分身のおかげで飛躍的に修行は捗った。

 “堅”の修行に“硬”で殴ってもらうような、修行の相手がいてこそできるものもあるからね。影さまさまです。

 体力も付いたし、打たれ強くもなった。オーラを操る技術もかなり滑らかになったと思う。

 

 ただね。モンスターとの戦いは慣れたけど、スペルカード集めをしている手前、プレイヤーとの接触を極力さけている現状では、対人戦のスキルがつかないんだよね。

 影分身と組手はしてるけど、あれって自分だし。癖なんて知りつくしてる。

 

 戦いの勘を鍛えたい。

 対人戦の経験を積まなきゃ、お母さんの仇が討てないもの。

 

 

 私は、新たな修行場所を決めた。

 

 お母さんの隠れ家があるあの大陸にだけは、今の私でも行ける。

 んで、あの大陸には、天空闘技場がある。

 

 対戦相手には事欠かない場所だよね。

 ついでに、お金も貯められる。私ってお金を持っていないからね。お母さんが少し残してくれているけど、やっぱりいろいろ買いたいものがあるもん。

 それに外でお金ができれば日用品はぜんぶ外で買って倉庫へ入れて持ち込めば、GIのカード売却のお金は全部スペルカードに費やせる。

 

 (ポイント5)のサンドラ街へ飛ぶ。

 ここへ来るのはたったの二度目だ。

 

 そこからは列車に乗って移動。

 まだ7歳になったばかりで、見た目には一人歩きは危険っぽいけど、今はもうそこそこの相手なら負けないほどには強くなった。

 あの時みたいにどきどきなんてしない。

 もし誘拐されそうになったら返り討ちにして、逆に身ぐるみ剥ぐ程度はできる。

 

 これから天空闘技場で大人と戦おうってんだ。その道中程度で怯えてなんていられないよね。

 

 自信を持って列車に乗った。

 声をかけてくる人もいたけど、何の問題もなく天空闘技場へついた。

 

 近くの公園で(ポイント5)のサンドラ街を“天空闘技場”に上書きする。

 

 あ、夜はちゃんとホームへ帰るよ。

 卵を温めなきゃだし。メリーさんやラルクも心配するしね。

 

 

 

 翌日、朝から天空闘技場へ向かい、受付を済ませる。

 200階に上がるまでは念能力は使わないのがルールだ。それにポイント先取制のルールだから、大怪我をせずに勝敗が決まる。

 だから安心して対人経験を積めるってことだ。

 

 受付で「エリカ・サロウフィールド」で登録を済ませる。

 受付番号を渡されて、呼び出しを座って待つ。

 それほど待たされることなく、放送によって私の番号が呼ばれた。

 

「1405番、508番は第三リングへ」

 

 

 リングにあがると、客から失笑とヤジが飛んでくる。

 私の初めての対戦相手は背の高い筋肉モリモリマッチョな男だった。粘つくニヤニヤ笑いで私を見下ろす。

 体格差は確かに脅威だけど、岩石地帯のモンスターの威圧に比べれば遊びみたいなもんだ。

 

「今日はアタリだぜ。済まねえな、お嬢ちゃん。これに懲りたらさっさとママんとこに帰んな」

 

 7歳だもんね。いいカモにしか見えないんだろう。

 おかげで油断してくれていて、私はありがたいよ。こいつなら私でも余裕で勝てる。

 

 さくっと倒してしまいたいところだけど、私は対人戦の修行に来たのだ。一発で終わらせたら修行にはならない。

 ふざけたセリフを無視して指を前にだして、ひょいひょいと誘うと、マッチョ男は簡単に激昂して殴りかかってきた。

 ギリギリの線で避ける。見極めて、冷静に。焦らず、驕らず。

 避ける。避ける。避ける。

 

「ふざけやがって。うりゃっ!」

 

 今までになくスピードの乗ったキックがきた。そこそこいいキックだ。マッチョの体重移動をそのまま利用してその足を払い、後ろへ向いた身体を蹴り上げた。

 ひゅるひゅると回転しながら飛んでいったマッチョは壁にあたってそのままダウン。

 

「1405番、10階へ」

 

 アナウンスが響く。

 どっと沸いた客に手を挙げて応えて、私はリングを降りた。

 

 1階のファイトマネーで買ったジュースは、やけに美味しく感じられた。初勝利いぇい!

 

 

 

 

 

 

 スケジュールが決まってきた。

 朝起きて影を生み出すと、ランニング。

 朝食後、基本はグリードアイランドで修行とカード集めをして過ごし、週に2日ほど天空闘技場へ来て対戦する。

 

 影にオーラを分配しているから、念能力者としては使えるオーラ量が少ない。でもここの戦いにオーラはいらない。

 戦闘の勘を養うため、できるだけ近接戦を仕掛けるようにしている。小さな身体では一発喰らうだけで場外まで飛んでしまうから、必死で躱す。

 回避能力と戦闘勘はかなり鍛えられたと思う。

 

 さすがにこういう場所へくる選手達だ。

 それなりに戦い慣れている奴が多くって、慣れないうちは簡単にフェイントに引っ掛かってカウントを取られてしまった。

 念能力者な私からすれば彼らの打撃程度でひどい怪我を負うことはない。けど殴られるのはやっぱり怖い。

 

 いろんなタイプの選手と試合ができたことは私の成長につながったと思う。

 引き出しを多くすることができたんじゃないかな。

 

 天空闘技場で売っている熟練者同士の戦いのビデオをいろいろ買って帰り、研究もした。

 

 勝ったり負けたりしながら徐々に上を目指してすすんでいく。

 

 それに、勝負度胸もついた。

 ヤジにも慣れたし、ブーイングにもにっこり笑って手をふる余裕もでてきた。

 

 むさくるしい男共が多いなか、美少女選手エリカちゃんはすぐに人気者になった。

 私の試合には、だみ声で「えりかちゃあああん」なんて掛け声がかかるくらいには人気者だ。

 

 階層が上がればファイトマネーも増える。

 それに人気があがると賭け金もあがる。毎回自分に賭けてその配当金も貰っているから、ファンは大事だ。歓声には笑顔で応えている。

 なんだったら歌ってもいいのよ? あ、いりませんか、はい。

 

 

 現金が増えるのはありがたい。

 今までお金がなくて買えなかったものを、山ほど買えるんだから。

 

 私には倉庫があるから、外で食料品や日用品を山ほど買い込むことができる。天空闘技場のファイトマネーを生活費にあてられるから、GIでカードを売って得たお金は、ぜんぶスペルカード購入につぎ込めるもの。

 

 生活用品と武器だけじゃないよ。

 楽器や、メリーさんに作ってもらう服用に布や糸、ボタンなども各種買い漁る。

 足踏みミシンも買った。

 絵も描きたいかもしれないから、キャンパスや絵の具ももっと買おう。

 なんたって、メリーさんはアーティストなんだから。

 

 そうなのだ。

 メリーさんがとうとう『超一流アーティスト』になったのだ。

 

 なんかもうね。すんごい変わった。

 洋服のデザインセンスがものすごいことになった

 

 今までも可愛い服だったんだけど、なんて言うのかな。ぱっと見て、「お母さんに作ってもらったんだね」って感じの洋服ってわかるかな。

 身体にちゃんとあってるんだけど、デザインが流行とはまったく違って少しやぼったい感じ。ハンドメイド感が溢れるみたいな。

 

 それが、アーティストになってからは違う。「どこで買ったの?」って聞きたくなる洗練されたデザインになった。

 いろんな種類の雑誌を各種取り揃えて最新のものを買って渡してあるから、メリーさんがそれを見ていろんなテイストのものを考えてくれるようになった。

 

 一度、ブティックで着ている服を絶賛されて、メリーさん作の子供服を数枚置いてもらうことになった。

 次に行ったときに聞くと、すぐ売れたらしい。

 売り上げとしてもらったお金はメリーさんに渡した。

 

 小銭入れを両手で宝物のように抱きしめるパンダの姿が可愛らしかった。自分の作品を、身内じゃない相手に認められるのは、純粋にその能力を評価してもらえたということ。

 ものすごく嬉しいことだよね。

 

 何か記念品を買ってこようか? と聞いたら、もっと布や糸が欲しいという。そんなの必要経費じゃん。当然買うのに。

 これはメリーさんが、メリーさんのために使ってほしいの。

 

 そう言うと、メリーさんは少し悩んで、雑誌に載っていたティーセットを爪で指さした。

 英里佳時代の世界にあったウェッジウッドみたいなブランドのちょっと高価なセットだ。

 うん。わかった。買ってくるね。いい茶葉も買おう。

 これはメリーさんのものだよ。美味しい紅茶を飲んでね。

 

 メリーさんは両手を頬にあてて喜びの表情を浮かべると、照れたようにはにかみながら小さく頷いた。

 なんて可愛らしいのこのパンダ。

 

 以来、時折りその店に子供服を卸すことになった。

 タグに付けるブランド名は「メリー」。マークはもちろんパンダだ。

 

 

 お料理も飾り付けがすごくよくなった。

 大皿に盛るだけでもセンスが光る。

 

 ケーキ類はもうね、天才パティシエって感じだもんね。

 

 木材で部屋の小物を作ったり、いろいろ楽しみながら創作にいそしんでいる。

 

 

 私の『超一流ミュージシャン』はまだか。

 未だに毎日毎日三時間の卵タイムを続けている。

 

 私は温め始めたのが3歳で、毎日3時間ミュージシャンになる夢を願い続けることが体力的にも想像力的にも難しかったからか、まだまだ掛かりそうだ。

 お母さんの買ってくれたピアニカをぽろぽろ弾きながらイメージトレーニングに励んでいる。

 

 

 

 夕食後のリビング。

 ソファーに座って卵を手に持つ。膝にはラルク。

 

 私は深く深く『超一流ミュージシャン』について夢想する。

 

 演奏家になってがっぽがっぽというのもいいし、旅の途中で路上演奏して小銭を稼ぐのも楽しそうだ。

 それに、音楽に国境はない。

 次の転生でもきっと活かせるだろう。

 

 悲しむ人達を励ましたり、お祭りに花を添えたり、戦いに赴く武人を鼓舞したり、喜びの時を演出したり。

 

 

 そう。想像は創造。イメージすれば、それに近づく。

 念能力で作られた卵。

 これっておそらく操作系能力。卵を温める者の心理や脳細胞を操作して、才能を開花させているんじゃないかな。念によるマインドコントロール。

 つまり、私が、「超一流ミュージシャンになれば、こんなこともできる」と信じれば信じるほど効果が高いはずなのだ。

 

 “ミュージシャン”って言葉は広い。

 曲を作るのか、演奏するのか、歌うのか。誰かに楽曲を提供してプロデュースするのもミュージシャンだ。

 超一流であるためには流行に敏感だし、流行を作る者でもあるだろう。

 

 人を感動させる言葉を紡げる。

 クラシックもシャンソンもレゲエもブルースも、なんでもできる。

 超一流ミュージシャンならどの楽器も奏でられて当然だし、耳もすごくいいはず。

 

 

 歌がうまい。声がいい。人の心に響く声を持っている。

 アジテーターにもなれるかも。

 音楽ライブでのアジテーターもそうだけど。もう一つの意味ね。扇動する者ってこと。

 心に響く声で、心に響く言葉を紡げば、人を動かすこともできるだろう。

 

 特質系は操作系も得意分野なのだから、音を使った発も考えてもいいかもしれない。

 音を出しやすい武器を作って、超音波みたいに攻撃するとか、小さな音を出して精神攻撃したり。バフデバフにも音は有効だ。

 

 私の演奏を聴いた敵を眠らせたり、敵愾心を弱めたり、私に対して友好的な気持ちにさせたり。

 音を聞いた相手の三半規管を刺激して平衡感覚を狂わせたり、眩暈を起こさせたり、昏倒させたり。

 

 ドラクエの“ハッスルダンス”や“癒しの歌”みたいなものも。

 聞こえる者全部に効果があると、敵味方すべてにかかってしまうから円と組み合わせるとか、あるいは神字か何かでお札のようなものを作って、それを持っている者だけに効果を発揮するとか、持っていないものだけを攻撃するとか、そういうのもありだ。

 

 そう言えば、原作ヨークシン編に出てくるクラピカの用心棒仲間に、他人の心音を聞いて心理状態や嘘がわかったり、他能力者に操作されていないかどうか等を判別できる奴がいたっけ。

 あれも『超一流ミュージシャン』の耳を持ってすれば可能なのでは?

 

 耳がいいという意味では遠くの音を聞き分けたり、足音で個人を判定したり、音と円を組み合わせてソナーみたいにすれば円の効果が高まるかも。

 ほんと。念はイメージだ。

 

 私はこの音楽の才能を必ず手に入れる。

 たくさんの歌を歌って喜びを表現し、悲しみを癒し、愛を高まらせ、怒りを鎮める。

 心の豊かになる音楽を、みなに聞かせたい。

 

 

 

 

1995年 9月

 

 お母さんの仇に動きがあった。

 影分身の報告によると、どうやら弱い二人と強い二人で別行動になったようだ。

 

 このチャンスを逃すつもりはない。

 ……決行だ。まずは弱い方の二人を狙う。

 覚悟は、もう、とっくにできている。

 

 

 出会いの街アイアイ。

 二人は先月からここに入り浸っている。

 

 毎日毎日疑似恋愛に明け暮れているらしい。

 バカな男だと心底蔑みながら、じっとその時を待つ。

 

 片方が店を出て独りになった。

 酔ってふらふら歩き路地に入った瞬間、影分身2人が近くに(ステップ)で飛びよる。1人が背中に飛び乗って抱き付き声を出せないよう口を押さえたまま、もう一人がまとめて抱き上げ、かねてより決めていた対決の場へ(ジャンプ)。

 無事分断に成功した。

 

「何だこのくそガキめ。ブック」

 

 わめきながらバインダーを取り出したところに、影分身2人と(ステップ)で囲んで一斉に“周”をしたスコップで殴りつける。

 ついでにバインダーと指輪も取り上げた。

 

「ぐあっ、や、やめてくれ。た、たすけてくれ」

 

 怒鳴り声がだんだん弱くなって、哀れっぽい命乞いにかわる。

 それでも。

 殴る。

 飛び散る血にも、泣き声も、手の感触にも。

 

 私の心が揺れることはなかった。

 

 

 数分後、血だまりの中に男の死骸が転がっている。

 指輪を装備していないから、この男の身体はゲーム機のもとへ転移されない。

 ゲーム機の横に死体があれば、仲間にばれてしまうからね。

 

 きんと冷えた心のまま、その死骸を見つめていると、もう一人が影に抱き上げられて連れてこられた。

 

「うわっ、え? ファッズ? おい、どういうことだ くそっ、ブック!」

 

 二人目もわめいているうちに問答無用で殴りかかる。その先はさっきの男と変わらない運命を辿った。

 

 死骸はまた(ジャンプ)でモンスターが蔓延る危険地帯まで捨てに行く。指輪は殺す前に奪ったからか消えなかったから、山あいに投げ捨てた。

 

 仇は、あと二人だ。

 

 

 

 仇からとりあげたバインダーから、スペルカードの空きがなんと3枚も埋まった。

 卑劣な行為をして集めただろうカード、私がかわりに使わせてもらうよ。これがバッテラさんの報酬に繋がるんだ。

 

 今回の襲撃に、影4人と私。全部で5人が参加した。

 身長で子供なのはバレバレなんだけど、全員それぞれ別の服を着て、顔は帽子や目出し帽、マフラー、マスクなどでしっかり隠してある。

 しかも3人は『ホルモンクッキー』で男の子になっている。骨格が男女で違うからね。

 そのうえで服を重ね着したり、パッドやタオルで体形をごまかしたり、靴に詰め物をしたり、できるだけ別人に見えるように工夫を凝らした。

 子供ギャング5人組だ。

 

 目撃者はいないだろうけど、あとで『レンタル秘密ビデオ店』で彼らを調べるかもしれないもの。

 私が調べたみたいにリストから「ルナ」を見つけ出されれば変装はあまり意味はないのだけれど、そこまでされなければ大丈夫だろう。

 見つかった時はその時だ。

 襲いに来るならこい。戦ってやる。

 

 

 ちなみに、影には実物の武器を持たせてある。

 手持ちの装備であれば分身するときに一緒に複製してくれるんだけど、過度の衝撃で消えちゃうから武器としては使えないんだよね。

 それに素手でも、念能力者相手に殴りかかると分身のほうが殴った衝撃で消えちゃうから。

 実体のある武器を持たせるしかないのだ。

 

 分身のゾンビアタックなんてすると、敵の足元に武器だけがぽつぽつと残ることになるってわけ。

 使い捨てと割り切って、鉄棒とかスコップ、こん棒、ナイフなんかをいろいろ倉庫につっこんである。

 

 

 彼らを捕まえて警察に突き出すことはできなかった。

 だって『レンタル秘密ビデオ店』で知ったことは警察で証言できないんだもん。

 それ以外には何の証拠もないのだ。7歳の、それも戸籍のない少女の言葉を誰が信用してくれるだろう。

 

 それにここのGMはプレイヤーの闘争についてなんら対応してくれない。

 

 だから、殺すしかなかった。

 『レンタル秘密ビデオ店』で確かめたんだもん。私は彼らのやってきたことを知っている。

 カードを奪い取るために何人ものプレイヤーを拷問したり、嘲笑いながら殴りつけている姿を、私は見た。

 

 だから、殺すしかなかったんだ。

 

 

 だから。

 私は、後悔しない。

 

 

 

 

 血まみれで家に帰ると、メリーさんが悲し気な表情で出迎えてくれた。

 そのままお風呂へ連れていかれ、久しぶりにメリーさんに身体を洗ってもらう。

 爪の長い、肉球のあるメリーさんの手は驚くほど繊細に動く。

 

 撫でるように洗われ、ベッドへ運ばれる。

 その夜はメリーさんとラルクに寄り添われて眠った。夢は、見なかった。

 

 

 

 




誤字報告ありがとうございます。

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