エリカ、転生。   作:gab

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超一流ミュージシャン

 

 

1996年 9月 まだ8歳

 

 9月15日、アントキバの月例大会にゴン達は来なかった。

 原作はまだか?

 

 って月例大会にゴン達が来たら予定に間に合わないじゃん。その年の1月にハンター試験なんだから。

 その前に原作の時系列を知らなきゃ。

 何かヒントはなかったっけ?

 

 

 

1997年 3月 まだまだ8歳

 

 やはり、想いの強さに比例するのだろう。

 音楽以外にも幅が広い能力だと考え始めてから『超一流ミュージシャン』への理解が進んだのか、それから1年もたたずに卵が孵った。

 

 卵がぽわんと割れて、ほわほわとした靄が私にすぅっと吸い込まれる。

 今までイメージしてきたものが、なんとなく、形になったような気がした。

 

 ワタクシエリカ。目出度くも『超一流ミュージシャン』となりました。

 

 バイオリンでも、ギターでも、サクソフォンでも、マンドリンでも、ピアニカでも、曲を演奏できる。

 五線譜の書かれたノートに、さらさらと楽譜を書く。

 簡単な旋律の、母を想う心を込めた、私作曲の歌。

 

 大丈夫。ちゃんと書けるし、演奏できる。

 

 ……少し不安なのだ。

 スキルカードの効果は外へも影響する。だけど指定カードの影響は外へは持ち出せないのではないか。

 

 だけどね。

 3歳から始めて8歳と9ヶ月。ほぼ6年越しのマインドコントロールだ。私は自分が超一流ミュージシャンだと信じている。いや、確信している。

 それにさ。今まで何度も外に出ているんだよ。

 卵の効果が外に出たとたんに切れるなら、外へ出るたびに卵の効果が切れているはず。

 

 でも、ちゃんと卵が孵った。

 だから大丈夫。

 この能力は、持ち出せる。そう信じている。信じる。信じる時、信じれば。って信じろ。うん。信じる。

 

 楽譜を眺める。シンプルながら、優しい旋律だと自分でも思う。

 愛する気持ちが溢れている。

 これは、名曲のはず。

 

 この紙は店で買った本物。念能力で作られたものじゃない純正の紙だ。書き込んだペンも純正のペン。楽譜はそとへ持ち出せる。

 じゃあ五線譜に綴られた私の楽曲はログアウトすれば消えるのか?

 そんなわけはない。

 

 今私はこれを名曲だと思っている。

 じゃあログアウトすればこの曲を駄作と考えるようになる?

 そんなわけもない。

 

 それに、私はメリーさんが超一流アーティストの腕で作ってくれた服を着て外の世界を出歩いている。どこに行ってもカフェやショップなどで目敏い女性におしゃれな服だと褒めてもらえる。

 メリーさんの能力で作られた物は外に持ち出せている。

 

 ブティックでも大絶賛だ。

 今でも季節ごとに数着ずつお店に子供服を納品している。つまり、彼女の才能はちゃんと花開いているのだ。

 だから問題ない。

 

 

 今、ログアウトして、私の頭にある旋律は、私の身体に染みついた演奏能力は消えるのか。

 

 ……ここで疑ってはいけないのだよ。

 念は想いだ。想像を創造するのだ。

 私はミュージシャンなのだ!!

 

 よし。

 

 ってことで、ちょっくら外へ行ってきます。

 

「(天空闘技場ジャンプ)」

 

 ギターケースを抱えて、天空闘技場の傍に転移しました。

 

 公園に移動して、手に持った楽譜を眺める。うん。ちゃんと読める。

 ギターケースからギターを取り出し、弾いてみる。

 

 

 公園の広い空に、ギターの音が響く。

 私の音を聞いておくれ。

 

 心を込めて、音を奏でる。

 お母さん。

 精一杯の愛情を注いでくれたお母さん。優しくてきれいでおちゃめで師匠だったお母さん。メリーさんと名コンビだったお母さん。

 

 お母さんの子供に生まれて、幸せでした。

 お母さん、届いてますか? エリカの音楽です。超一流ミュージシャンエリカの、貴女を想う曲です。

 

 想いが膨れ上がって、爆発しそうだ。

 

 曲が終わり、最後の旋律が公園の空に消えていく。

 

 

 

 

 ……うん。大丈夫。弾ける。

 

 私は、ちゃんとミュージシャンだ。

 グリードアイランドの外へ出ても、私はちゃんと『超一流ミュージシャン』だ!

 

 喜びを噛みしめていると、ふいにちゃりん、と音がする。

 足元に置いたギターケースに小銭が入っている。

 

 へ? と前を向けば周りに人だかりができていて、私の演奏に聞きほれていた。涙ぐんでくれている人すらいる。

 そのうちの誰かがギターケースに小銭を入れてくれたみたい。

 おお。これは嬉しい。私の音楽が評価された。

 

「ありがとうございます!」

 

 嬉しくって、次の演奏を始める。

 今度は明るい歌を。踊りだしたくなるような楽しい曲を。

 

 聞いておくれ。私の音楽を。

 楽しんでおくれ。私の歌を。

 曲を奏でる喜びが、弾けるパッションとなった。

 

 前世のアニメソングの明るくて楽しいやつをどんどん演奏する。

 ギャラリーの笑顔に、私も胸が熱くなった。

 

 30分ほどで演奏を終え、みんなに礼を言ってチップを貰う。ギターケースを埋めるじゃらじゃらした小銭を、にやにやしながら眺めてしまう。

 

 天空闘技場で戦えばこの数万倍は稼げるんだけれど。この小銭は格別に嬉しかった。記念になるものでも買おう。

 

 

 楽器屋に寄り、子供サイズの楽器で手頃なものを何種類も選び、それから山ほどの楽譜、音楽CDやDVDなどを買い漁る。いろんな楽器の練習は必要だもんね。

 おひねりでもらった小銭で何を買おうかと街をウロウロしていると、スワロフスキーのお店を見つけた。

 可愛らしいキーホルダーがいろいろある。

 初演奏記念だ。これにしよう。スワロフスキーのパンダ。すごく可愛い。

 ギターケースに取り付けると揺らめくたびにキラキラ光る。うん。満足。

 

 さあ。おうちに帰ってメリーさん達とパーティだ。次は『超一流パイロット』も狙ってみようかな。

 

 

 

 リビングで演奏して、みんなに聞かせる。

 メリーさんは手を叩いて喜んでくれ、ラルクは曲に合わせて飛び上がって楽しんでくれた。

 

 夜、お母さんにも葉書で報告する。

 

「お母さんへ

 

 エリカです。無事『超一流ミュージシャン』になりました。

 外へ出て、公園で演奏してきました。

 お客さんが集まって、チップをいっぱい貰いました。記念にキーホルダーを買ったよ。

 

 お母さんにも聴いてほしいです   エリカ」

 

 

「おめでとう! エリカ。

 きっと素晴らしい演奏だったんでしょうね。

 お母さんも聴きたかったわ。

 

 歌はエリカの支えになってくれるわ。

 楽しい時だけじゃなくて、寂しい時や悲しい時も音楽を奏でて心を癒してください。

 

 貴女の、幸せを祈っています   ルミナより」

 

 

 

 

 

1997年 4月

 

 対人戦の経験はだいぶ培われたけど、まだまだ足りないと実感する毎日だ。

 もっと強くなる方法はないものか。

 

 誰かに教えを請うか。

 8歳少女に実戦的なコツを教えてくれる奇特な武闘家はいないものか……

 

 

 

 そんなこんなで日々を暮らしていると、ひょんなことから、原作の時間軸を知ることとなった。

 200階の対戦カードに「ヒソカ対カストロ」の名を見つけたのだ。

 これは、カストロがぼろ負けして念を覚える戦いじゃないか。

 

 なんとかチケットを買って試合を見る。

 武芸者としては強いカストロも、念を知らないままでヒソカに向かえば結果は見えている。

 

 大怪我をして倒れたカストロが、係員の手によって運び出されていく。

 ヒソカの戦いは、アニメで見たとおり、トリッキーで、華があって、毒々しくて、試合運びが秀逸だ。向き合った瞬間から、すべてが彼の手の内だった。

 彼は魅せる戦い方を知っていた。

 彼の死のダンスを、恐ろしいと思いながらも、やっぱり綺麗だと思った。

 

 

 これでカストロは念の存在を知ったわけだ。

 えっと。

 カストロがヒソカに負けて死ぬのってゴンが天空闘技場にいる時だ。

 ということは、今、原作2年前? 違う?

 

 一年違うと大違いなのだ。原作の前の年の試験はヒソカが大暴れして合格者がなかったはず。そんな試験に行ったら、私も死ぬ。

 もっと決定的な話はないのか。

 

 とにかく、2年か3年かで原作なのはわかった。

 私ももっと強くならなきゃ。

 

 

 

 ……カストロ。

 彼に、声をかけてみるとかどうだろう?

 

 だって。彼は念を知った。でも彼が知ったのは“念”という言葉と、自分の身体から湧き出るもやが見えるようになったこと。それだけだ。

 私が念を教える。

 彼は、私に戦い方を教える。

 

 グリードアイランドの修行と並行していることもあり、そのうえ、対人戦修行のため3分をめいっぱい使うつもりで戦っているから負けも多い。

 未だに150階の壁を超えられない8歳の女の子の話を、カストロは信じるだろうか。

 

 とにかく話してみるしかないよね。

 

 受付のお姉さんに聞いてみると、カストロは病室から個室に戻されていまは寝ているらしい。

 

 少し落ち着いた頃に部屋を訪ねてみよう。

 

 

 

 数日後、カストロの個室へ向かった。

 

 どきどきしながらノックをすると、中から「どうぞ」と声がかかる。

 軽く心の中で気合を入れて、そっと扉を開けた。

 

「はじめまして、カストロさん。お時間よろしいでしょうか?」

 

「これは小さなお嬢さん。私に何か用かな?」

 

「先日の試合、見ました。残念でしたね」

 

「ああ、その話かい?」

 

「いえ。カストロさんが知った“念”について、話ができればと思いまして」

 

「……君は、それを知っているとでも?」

 

「はい。カストロさんはご自分の身体を取り巻くもやもやとした液体みたいなものが、今見えてますよね?」

 

「ああ。これが“念”なんだろう?」

 

「いえ、それは“念”という能力の大元です。オーラと言います。生命エネルギーそのもののことで、オーラ自体はどんな人でも持っています。

 それを自在に操り色々なことをすることが念能力と呼ばれるものです。そして、私はそれをもう5年以上前から知っています。

 では……」

 

 垂れ流しにしていた状態から一瞬で“纏”をする。そして“絶”、それからもう一度“纏”。

 身体に均等に纏われたオーラを見たカストロさんが、感嘆の声をあげた。

 

「これは……なるほど。これは素晴らしい。君はまだそんなに若いのに、ずいぶんと手慣れているようだね」

 

「ええ。この状態を“纏”と言います。念の基礎の基礎です。これをキープすることで肉体が頑強になり、常人よりも若さを保つことができます。

 先ほどの、まったくオーラが出ていない状態は“絶”です。気配を消したり、疲労を癒します。

 カストロさんはまだオーラが見えるようになっただけで、念についてはまだ赤子同然です。“念”は複雑で繊細な能力です。ヒソカに再挑戦したいのなら、これから正しい修行が必要になります。

 そこで、カストロさんに質問します」

 

「なんだね?」

 

「貴方には、“念”を正しく覚えるための伝手が、ありますか?」

 

「なるほど……君なら、それを正しく教えてくれると、そう言いたいのかね?」

 

「ええ。“念”は強力で危険。しかも誰にでも習得可能な技術ゆえに、厳しく情報を制限されています。

 武闘家の道場でもすべての門下生に“念”を教えることなど、まずありえません。厳選した極少数の者にだけ、その技術を授けるのです。

 ヒソカは超一流の念能力者です。

 正しい知識もなく、彼に打ち勝つのは難しいでしょう」

 

「君は、代わりに私に何を望むのかね?」

 

「格闘技の技術を教えてください。私はあなたに“念”を教え、あなたは私に格闘技を教える。私達は対等な関係を築けませんか?」

 

「……考えさせてくれ」

 

「ええ。こんな小娘に言われてすぐに信じられるとは思っていません。カストロさんも、よく調べてみてください。……ひと月後、またご連絡させてもらいます」

 

 とりあえずサワリはこれでいいかな。

 カストロさんと連絡先を交換しあった。外に出るようになって購入したプリペイド携帯の番号を教えておく。

 

「私が今暮らしている場所は電波が届きにくいので、電話には出られないかもしれません。もし何かありましたらメッセージを残しておいてください。こちらから折り返し連絡しますから」

 

 

 

 ではひと月後、と言って、私達は別れた。

 カストロは原作で、自分の系統も知らずに“発”を作っていた。きっと調べる術がなくて手探りで修行したんだろう。

 だから、きっと私の話に乗ってくれる、はず。

 

 もし彼がだめなら、どこかの道場にでも通うとするか。

 

 

 

 

 

1997年 5月

 

「やあ、来てくれて嬉しいよ、エリカ君」

 

「はい、私もですよ、カストロさん」

 

 ひと月後。

 私達は待ち合わせて、公園のベンチに並んで座った。

 

「君の言うとおりだった。“念”について知っていそうな相手をいくつかあたってみたが、あまり情報は集まらなかった。天空闘技場の200階以上を主戦場にしている奴にも声をかけたが、君がひと月前に話してくれた情報ほど明確な答えをくれた者はいなかった。

 認めよう。君に“念”を教えてもらいたい。私も君に私の持つ技術を正しく伝えることを約束する」

 

「ありがとうございます」

 

 カストロさんの身体を確認すると、ひと月前よりもずっと綺麗な“纏”をしていた。

 

「ずいぶん“纏”が綺麗になってますね。ちゃんとした説明をしてませんでしたが、さすがです。ですがまだ均等になってませんから、これを均等にして維持することを心掛けてください。

 次に“絶”ですが、これはわかりましたか?」

 

「いや、少し難しくてね。どうしてもムラがでるんだ」

 

「そうですね。オーラは身体中にある精孔から外に出ています。コップが身体中にあって、それが全部蓋が開いている状態を想像してください。その蓋を閉めることをイメージして……」

 

 絶についての説明をして、そのあとは“練”。

 そして必殺技の“発”。

 “念”の基本である四大行について、詳しい解説を述べる。

 

「はい、当面はこの“纏”“練”“絶”をくり返し練習してください。“纏”の状態を維持し、それを滑らかに一瞬で“絶”へ繋げる。“絶”は気配を消したり、疲労を癒す効果もあります。怪我の回復も早くなります。

 この3つは基本中の基本です。

 これの修行を疎かにしては先へ進んでもいい結果は生まれません」

 

「わかった。君の話はとても有意義だったよ。あの日声をかけてくれたことを感謝する。エリカ君」

 

 そのあと休憩を挟み、カストロは私の修行を見てくれた。

 体術の基本的な動作を教えてもらい、それの反復練習を続けるよう指示された。

 

 その後、組手もしてもらった。

 

「基礎はちゃんとしているようだが、動きが単純すぎる。視線がバレバレだ。ほら、足元がお留守だぞ」

 

 カストロさんがアドバイスを入れつつ足払いを繰り出す。150階では経験できない鋭さだった。

 

 最初、カストロさんは8歳児な私にかなり手加減していたけど、私は念能力者の打たれ強さをこんこんと説明した。

 “硬”で岩を軽く殴って粉砕させるのも見せたことで、念の恐ろしさを改めて感じたようだ。

 それからは本気で殴ってくるようになった。

 

 

 

 お互い有意義な一日を過ごし、今日は解散となった。

 またひと月後に会おうと約束を交わす。

 

 カストロさんは天空闘技場を出てアパートを借り、修行に専念するつもりらしい。原作どおり二年かけて念を覚えてまた200階まで行くんだろうか。

 

 私は時折り天空闘技場で経験を積むつもりだ。試合に来るときは時間があれば見てあげると約束してもらった。ありがたい。

 

 

 まだ2回会っただけの付き合いだけど、カストロさんはすごく誠実な人だとわかった。教え方も丁寧だし、少女に教わる立場になっても真摯だ。

 原作の試合で見せたプライドの高さと、強化系能力者特有の猪突猛進なところを何とかすれば、もっと強くなれるだろう。

 

 せっかく知り合ったんだし、何とかヒソカに殺されないようにできないものか。

 

 それに、彼と知り合えたことは、私にとっても幸運だった。

 専門的な体術を教わるまえにお母さんが死んでしまったから、私には体術の知識が抜けている。

 それを彼が補ってくれた。

 

 いい師匠ができた。

 

 

 


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