エリカ、転生。 作:gab
1997年 7月 9歳
7月になった。
何度かカストロさんと落ち合って互いに教えあうようになって2ヶ月。
今まで自己流だった体術が、彼のおかげでずいぶん動きが洗練されてきたと思う。ひと月に一度程度のつもりがお互い有意義すぎて週に一度は会うようになっていた。
カストロさんの念修行の進みもいい。もともと武人である彼は精神集中法にも長けている。
“纏”も“絶”も“練”もすぐに習熟していった。
天空闘技場でのヒソカとの戦いが4月。ちょうど3ヶ月の猶予期間が終わる時期になった。
当初の予定では棄権して1階から始めるつもりだったんだけど、この2ヶ月の念修行の仕上がりはかなりいい。
応用技はまだ何も教えてないけど、200階にいるそこそこの奴になら大丈夫だと思う。
ヤバい“発”だと思えばすぐに降参するという約束を交わし、先日試合を行ってきた。
4月のヒソカ戦での負けを見て舐めた新人狙いが対戦相手に申し込んできたおかげで楽勝だった。
次の試合は10月だ。それまでには応用技も全部できるようになってるんじゃないかな。
そして今日、「水見式」を執り行った。
原作通り、強化系だ。
「カストロさん、貴方は強化系ですね。カストロさんに向いた、いい系統です」
「強化と言うと身体強化かね?」
「ええ。それに五感を強化したり、武器を強化したりですね。俊敏性や耐久性、柔軟性といったステイタスも高めることができます。攻め、守り、癒しを一番効率よく補強できる系統ですから、武闘家には一番あっている能力です。
それに強化系の“発”の特殊効果は顕在オーラの最大値の上限を超えることができるんです。
攻撃力は六系統一番です」
六性図を書いてみせ、強化系100、放出系、変化系が80%の習得率だと説明する。
それから各系統の能力についても詳しく紹介。
そして、自分の不得意分野である具現化や操作系で“発”を作るとメモリを喰い潰してしまうことをくどい程説明する。“発”は一度作れば決して消せないため軽々しく作ってはだめだと言い聞かせる。“制約”や“誓約”の重要性も。
これをしっかり言っておかねば。
原作での彼の失敗なんだから。
ついでに、私が先天的に転移能力を発動させてしまっていて、もう攻撃に効果的な“発”を作ることは難しいことも話す。
ほんとは違う。私の“発”は影分身とガーデン関連と倉庫だけだ。
まだメモリは残っている。かなり容量を使ったからもう大規模な能力を作れるほどじゃないかもしれないけど。
でも、これについてはまったく後悔していない。どちらも今後の人生、次以降の人生でも大きく役立つものだから。
それに影分身も転移も攻撃にも使えるからね。
修行をつけてもらう時に(ステップ)を見せていたから、私の能力については彼も知っていた。
「先ほどの六性図の説明だと、君のステップは放出系ということになるのかい?」
「そうですね。人の能力、系統や“発”について聞くのはマナー違反ですが、カストロさんだけ系統を知られているのはフェアじゃないですから、私も言いますね。私は特質系です。カストロさんの強化系は私のもっとも不得意な分野です」
「……ヒソカは、何だと思う?」
「トランプやゴムのようなものを飛ばしていることから放出系だと思うかもしれませんが、あれは変化系や具現化系を使っていると思います。
おそらく念を粘着質な物質に変えて、戦いながらいろんな場所へ貼り付けているんだと思います。それを使って身体を引っ張り上げたり、相手を束縛したり、自分が攻撃しやすい場所へ引き込んだりしています。
かなりトリッキーで対応が難しい技ですね」
ほんとは知ってるけど言えないから少しぼかして話す。バンジーガムとかドッキリテクスチャとか言いそうで怖い。注意しながら説明した。
それから。
カストロさんの顔を見つめて、しっかり話す。
「カストロさん。強化系は強いです。渾身の一撃の威力は、どの系統にも勝ります。
しかし、強化系タイプの人は得てして猪突猛進で、自負心が強く、直情的です。
カストロさんも覚えがありませんか?」
そう言うと、思い当たる節がありすぎるのか、彼は目を泳がせた。
「そういうタイプは、搦め手に弱いです。ヒソカは、強化系の性格そのものなカストロさんからすれば天敵のような存在ですよ。
変化系や具現化系、操作系、そして特質系。こういった能力は非常に危険な“発”があります。
ものによっては、一度能力を受けてしまうともう取り返しのつかないものも多いです。
いいですか?
カストロさん、貴方は強い。だからこそ心配なんです。余裕をかまして、『初撃は譲ってやろう』とか言っちゃうタイプでしょう?」
たらりと汗を流して苦笑いを見せる彼。自分でもわかっているようだ。
どんなに幼くても、儚げな美女でも、ひょろひょろの気弱そうな男でも、“発”によってはあくび交じりにカストロさんを殺すことができる。
相手を見て油断するのは厳禁。念能力者には問答無用で必殺技を叩きこまなければ死ぬ。
そこを理解してほしい。
「初めて会ったあの時。体術でいえば私の方がずっと弱かった。でも、あの時ですら私は一瞬で貴方を殺せた。わかりますか?」
「ああ、念を知った今ならわかる。君の一撃で、私は死んでいただろう」
「それを忘れないでください。8歳女児にでも負ける可能性がある。決して相手を見くびらない。“発”は受けない」
「わかった」
「ほんとですよ?
たとえば操作系には、他者を操作してしまう者もいるんです。勝手に身体を乗っ取られて自殺させられたり、家族や恋人を攻撃させられたり、犯罪に利用されたりしますよ。
具現化系でいえば、捕えられれば強制的に“絶”になって逃げられなくなる檻を作ったり、念空間に閉じ込めたり。
他にも能力を不能にさせたり、五感を狂わせたり。精神を操ったり。
“発”は受けたらそれで終わりなものがたくさんあるんです」
想像して怖いものがあったんだろう。
頬を引きつらせて何度もうなずくカストロさんを不安な顔で見つめてしまう。
今は納得してるけど、プライドの強い彼がちゃんとやれるんだろうか。
大人の男に頭ごなしに言ってもしかたない。
これからもちょくちょく説明して認識を変えてもらわなきゃだな。
「この水見式のグラスですが、これからもこうやってやってみてくださいね。自分の能力を見つめなおす機会にもなりますよ。変化が顕著になるまで続けてください。
ではそろそろ応用技の説明に入りますね。まずは“凝”。これは“練”の応用で、“練”で高めたオーラを目に集め――」
指先に念で文字を書いて、それを読ませる。
「……っと、見えた。数字の3だね?」
「戦いの場において、“凝”を怠ると痛い目をみます。戦いの基本技です。いつでも一瞬で“凝”ができるよう――」
「次に“隠”。これは“絶”の応用技です。“発”などで半実体化しているオーラを相手から見えにくくします」
先ほどと同じように指先に念で文字を書いて、それを読ませる。
「見えましたか?」
「……いや。見えない」
「先ほどとは違い、今回は“隠”を使ってます。“凝”と“隠”。習熟度の高いほうが勝ちます」
「なるほど」
「たとえばヒソカは、あのゴムのようにしたオーラを戦場のいたるところに付けて戦っていました。そして、その中に、“隠”で隠したものも紛れ込ませています。
普通のゴムのオーラを“凝”で避けたつもりでも、いつの間にか“隠”で隠したオーラで囲まれた場所へ誘導されていた、なんて可能性もありえます」
「……なるほど」
「カストロさんはまだ“発”を作ってませんが、おそらく強化系、あるいはそれに放出系か変化系を加味したもので考えると思います。
たとえば放出系で念の刃を飛ばしたとして、いくつも飛ばす刃に“隠”で隠したものも加える。そんな使い方もあるでしょう。
カストロさんの技『虎咬拳』の虎の牙や爪を強化して、その先が伸びるような“発”を作ってそれを“隠”で隠すというのもありますね」
「ふうむ。なかなか奥が深い」
「では“隠”のやり方を説明しますね。これは“絶”の応用なので、――」
その日、“隠”はなかなかコツがつかめないのか、習得までいかなかった。
「今日まとめて二つ教えましたが、どちらも基本がおろそかになっては効果も見込めません。“纏”“絶”“練”の練習も引き続き行ってくださいね」
「わかった。今日の話も素晴らしかった。では、次は私の番だな」
「ええ。よろしくお願いします。師匠」
「では型の復習から始めようか。まず――」
また数週間後と言って別れて帰ってきた。
カストロさんの教えはためになる。
独りで反復練習していると型がちょっとずれていくところがあって、それを厳しく教えてもらった。
カストロさんとの修行の数日後。
「やったーーーー!!!!」
大声で叫ぶ。
やっと、やっと完成した。
ハメ組より先にスペルカードを全種類40枚揃えたぞー。今まで擬態以外のカードを使わなかったおかげだろうか。
バーチャルリアリティーGIが完成してからフリーポケットを圧迫していたお金やもろもろのアイテムなどのカードはすべて倉庫へ入れている。
スペルカード以外は個数チェックがないから気にせず倉庫へしまえるわけだ。
そのおかげで45枚のスペースをめいっぱい使えるようになった。
スペルカード最後の二枚は、また路上生活をしているプレイヤーに声をかけて『離脱』と交換を持ち掛けた中にあった。
全種類40枚と『堅牢』『擬態』をもう1枚ずつ。『複製』を2枚。
これが揃えなくちゃいけない枚数なのだ。
ホームのテントに座り、フリーポケットに残っている余分なスペルカードとお金を倉庫へ入れる。スペルカードを倉庫へ入れるのは心配だけど、今はフリーポケットを44ヶ所空けなくちゃなんだもん。しかたないよね。
メモ帳と照らし合わせて指定ポケットに入っているカードをフリーポケットへ移動させる。
そして、指定カード『聖騎士の首飾り』を取り出して「ゲイン」。
首に装備すると、フリーポケットのカードの擬態が外れて本来の姿に変わっていく。
もう一度、数をチェック。
ちゃんと40種と『堅牢』『擬態』『複製』2枚がある。
まず40枚のスペルカードを『大天使の息吹』と交換して、『複製』を使って2枚のコピーを作る。
複製品は倉庫へしまうつもり。
複製でも現物と同じように使えるからね。いつか何かあった時の、私や家族のための保険だ。
原本は指定カードに『擬態』して『堅牢』で守る。
『複製』を倉庫へ収納するから、私の所持枚数は1枚だけになる。
これなら残りの2枚は他のプレイヤーがちゃんと手に入れることができる。クリアを目指さない私が独占するわけにはいかないもんね。
だけどせっかくの全回復アイテムだもの。予備を置いておくに越したことはない。
だから倉庫へしまうってわけね。
ハメ組はどこまで進んでいるんだろう? もう活動はしているはずだよね。
カード集めに苦労しているのかな。
これから私が一挙に44枚も使用するから、もしかするとこのあと揃う者も出てくるかもしれない。
きっと原作どおり残りの二枚はハメ組が押さえるんだろう。
バインダーをひらりひらりと捲って眺める。
長かった……
やったよ。お母さん。
『聖騎士の首飾り』を首から外し倉庫へ収納。指定ポケットに入っているものもすべて倉庫へしまう。フリーポケットは今44枚入っていて入れる場所がないし、今後GI内で倉庫から出さなければゲインされたアイテムと同じ扱いで、GI側では何の問題もない。
指定ポケットをすべて空けるのはあとで『複製』を使うため。『複製』は“指定ポケットカードからランダムに1枚を選んで複製する”って効果だから、大天使だけにしておくと確実に大天使をコピーしてくれる。
よし、これでマサドラへ行って『大天使の息吹』と交換してもらうぞ!
ホームを出ようと立ち上がった瞬間だった。
ひゅーんって音が聞こえてきた。
え? 移動系スペル?
ホームは天井があって移動系スペルでは入ってこられない。
“円”で外を窺うと、『同行』を使ったのか大勢のプレイヤーがホームの入り口前に一斉に飛んできたのがわかった。
特定された!
どうしよう。スペルカードがエラーになるからガーデンには入れない。
バラバラと走り込んでくる足音が聞こえる。
っ! しかたない。
「アントキバ、ジャンプ」
まずアントキバへ逃げた。
どうしようどうしようどうしようどうしよう。
プレイヤー狩りだ。“円”で感じた数は十人ほどもいた。戦っても勝ち目はない。
あいつら、私が全種類揃えるのを待ってたんだ。
ああ! もう。あとちょっとだったのに。せめて大天使に変えてからならガーデンにも外にも逃げ出せるのに。
どうすればいい? どうやれば助かる?
悩んでいる時間を敵は待ってくれない。
またひゅーんという音が聞こえてきた。またやってきた。追いかけてくる。
「港、ジャンプ」
近付いてくる影が見えた瞬間飛んだ。
これであいつらは二回『同行』を使った。あと何枚持っている?
次はどこへ飛べばいい? ホームは危険だ。誰かが残って張っている可能性もある。
ひゅーん。
また来た!
えっと、えっと、どうする。どうするどうするどうするどうする。
ええい。
「アントキバ、ジャンプ」
何人か残っているかもと思ったけど、誰もいなかった。
よかった。
ええっと。
時間がない。どうしよう。
何か、何かないか、何か何か。
っ! そうだ。
倉庫を見る。さっきじゃまになった余分のスペルカードをしまった。あれに『再来』か『同行』があれば……あった!
倉庫から『再来』を取り出す。
「『
初めて使った移動スペルがこんな状況とは……
幸運なことに先回りしている者は誰もいなかったようだ。
マサドラの街へ駆け込み、カードショップへ走る。
カードショップでスペルカード40枚を『大天使の息吹』へと交換してもらう。
急げ、急げ、急げ急げ急げ急げ。
やった!
ひゅーん。
ああ! もう来た。
『大天使の息吹』を受け取り指定ポケットへカードを入れながら店を出る。
「いたぞ! あそこだ!」
「『
彼らの手が伸びる前に、私は空へと飛び立った。
着いた先は私がまだ行ったことのない街。
どこに着いたかはわからない。別に、どこでもいい。
とにかく、やるべきことを!
「ブック」
バインダーを出して『複製』のカードを取り出す。
「『
指定ポケットに『大天使の息吹』しかないため、複製されるのも当然『大天使の息吹』だ。
複製したものはフリーポケットへしまい、もう一度『複製』。
「『
ひゅーん。
来た! でももう遅い。
「(ポップ、ステップ)」
ガーデンへと飛び込んだ。
「ふぁぁぁぁぁぁぁああああ、こわかったあああ!!!」
ガーデンの中央、旗のそばに寝転がって叫ぶ。
ちょーこわかった!
マジ怖かった!
緊張が解けて恐怖が蘇ってくる。
「うわぁー!! あああああ!!!!」
もう、叫んでないと何かが壊れそうだ。
パタパタと足音が聞こえる。メリーさんが私を見つけて走り寄ってきたようだ。
転げまわって叫んでいる私をわたわたと気遣いながら抱きしめ、髪を撫で、また抱きしめ、をぅをぅと悲しそうな声で鳴く。
いつの間にかラルクも来ていて、何とか私にしがみつき顔を覗き込もうとしている。
ラルクを抱きしめ、メリーさんの温かい毛皮にしがみついてギャン泣きした。