エリカ、転生。 作:gab
リビングのソファに座り、メリーさんがホットミルクに蜂蜜を垂らしたものを渡してくれる。
そうして私の横に座って抱き寄せてくる。
私はメリーさんの毛皮にもたれかかるように抱き着きながら、ミルクを飲んだ。
ラルクは膝から離れない。
お母さんが死んだあとも、こうやって三人で過ごしたなあ。
かたき討ちを二人済ませたあとも、こうしてくれた。
いつの間にか寂しい時や辛い時の三人の定位置になってしまったみたいだ。
「ありがと、メリーさん、ラルクも。ちょっと落ち着いた」
泣きすぎて腫れているだろう目元で、二人に笑いかける。
移動スペルで空から飛んで降りてくる奴らの顔を確認する余裕はなかった。
だけど、マサドラで追いかけてきた男の顔はハッキリ見た。
あいつは覚えている。何度かプレイヤー狩りとして襲ってきて撃退してカードを全部取り上げた奴だ。
お母さんの仇以外を殺すつもりはなかったから、もう二度と来ないでと言いおいてその場を逃げ出すしかなかった。でも私の子供ボディでは“二度とやるなよ”なんて脅かしても全然効かないからそれからも何度か襲ってきたんだ。
仲間と一緒に襲ってきた時もあった。それでもカストロさんの教えのおかげでなんとか撃退していた。
今度は十人も集めたのか。
その度にいろいろ恫喝されたけど、「独りでスペルカードを集めて何をしている?」とか聞かれたから私の反応を確かめてたのかな?
もしかしたらこんな子供に撃退されたことを根に持って仕返しする機会を窺っていたのかもしれない。
私ってそうとう恨まれてたんだな。
それとも『大天使の息吹』を手に入れる手順だと知っていたのか。
自分で集めるのは手間だから、私が集め終わるまで待ってた?
何を取得しようとしているのか聞き出すため、拷問しようと思ってた?
どっちにしても、あのタイミングは一番痛いタイミングだった。
擬態を解いたのを『盗視』で知ったのか。
襲ってくるプレイヤー狩りを撃退してカードを奪うこともあったから、私の持つ指定カードは増えていた。それと『擬態』させたスペルカードが入っていて、いったい私がどこまでスペルカード集めが進んでいるのか、判断がつかなかったんだろう。
いや、スペルカードの何を集めているのかもわからなかったのか。
だから、擬態を解くのを待った。すべてが揃ったら交換のために擬態を解くんだからそこでわかるだろうと。
必要なスペルカードだけで44枚だ。フリーポケットはいっぱいになる。他のカードは持てない。移動カードは持ってない可能性が高い。
それに『離脱』すればフリーポケットはすべて空になってしまう。
あいつらは私の目的がスペルカードだと知っていた。
何年もかけて集めたカードを失いたくないから、外へ逃げることは躊躇うだろう。自分の命と莫大な報酬を秤にかけて、ぎりぎりまで外へ逃げ出す決心がつかない。
大人数で囲めば、捕まえられるとふんだわけだ。
ああ。
マサドラに人が張っていなかったのは、集めたスペルカードをどうするか知らなかったとか?
イベントのフラグだとはわかっても、それがカードショップでの交換だと知らなかった?
はあ。
考えてももうどうしようもない。
スペルカードを集めていることを知られていたんだから、こうなることも予想しておくべきだった。
強くなった気で、うまくやれてるつもりで、浮かれてた。
ほんと、バカだった。
「でもさ! 考えてみれば、私ってすっごくラッキーだったよ!」
空元気だって元気だ。
万事、明るくなくっちゃ。
家族に心配かけるなんて、だめだめだよ。
元気を出せ、エリカ。のん気を出せ、エリカ。
強くなるためにはね、元気力とのん気力が必要なんだよ。
これ英里佳時代に知り合った沖縄のおばあの受け売り。
私の状況を聞いたらきっとおばあなら『なんくるないさー』って笑うと思う。
「家族も屋敷も、みんなガーデンにあるもん!
ここの引っ越しが終わってて、本当に良かった!」
メリーさん達がまだホームにいる間に襲ってこられていたら、どうなっていたか。
考えるだけで身体の震えがとまらない。
立ち上がって「ブック」を唱えてバインダーを見せる。
指定ポケットにある原本の『大天使の息吹』とフリーポケットの複製品『大天使の息吹』2枚。
「ほら。ちゃんと『大天使の息吹』を手に入れたもん。
逃げながらでもちゃんと交換したし、ちゃんと複製もできた。
そして、怪我もなく逃げ切れた。
私は、ラッキーだった!
だからね。私は大丈夫だよ。ありがと、メリーさん、ラルク」
ホームがどうなっているのか、怖くて見に行けない。
あそこを襲ってくるかもしれないってことは危惧していたことだ。だけど。実際に襲われるとその衝撃と恐怖は酷かった。
……こわかった。
数日間はガーデンの中でふて寝して過ごした。
ホームの状態がどうなっているのか見るのが怖くて、プレイヤー狩りの男達と遭遇するのが怖くて。
ガーデンを出る気にならなかった。
やっぱりあの人数で来られると、怖い。
転移能力がなければ、どうなっていたか。ほんと、怖かった。
ほんとは行きたくなかったけど、天空闘技場へはちゃんと行った。
失格になって唯一の稼ぎ場所がなくなると困る。カストロさんとの約束もあるし。
お金がなくちゃ生きていけないもんね。
カストロさんとの稽古もやった。
「ちっとも身が入ってないぞ」と怒られたけど。
ガーデンに入った「ルナ」の状態ってどうなっているのか。
指輪側の認識としてはガーデンはGI内だ。
だけど、実際のGIから見るとどうなっているのか。不安になって、ゲーム機を見に隠れ家に飛んだ。
「ルナ」のロムカード横のボタンは消えている。ログアウト状態だ。
つまり、「ルナ」は十人ものプレイヤー狩りに狙われながら『大天使の息吹』3枚を手にして外に逃げ出した奴だということ。
……『大天使の息吹』に交換したことは気付かれた?
わからない。あの瞬間に『透視』しなきゃわかることじゃないよね?
きっと今頃あいつらはルナの大捜索中だろう。
コケにされたと激昂しているかもしれない。
ログインするのは危険だ。アントキバのログイン小屋前はきっとルナのログイン待ちがいる。
ホームも張っているよね。
GIから逃げ出して8日。
あと2日がタイムリミットだ。
どうしよう。
どうするのが最善か。
うーん。
どうするのが一番いいのか、安全と恐怖とお金と意地とお母さんへの想いと、様々なことを天秤にかけ、悩む。
もしかするとこのままゲームオーバーもありえる。
なら――
その前に、グリードアイランドの中でひとつ、やり終えていないことがある。
それを終えなきゃ、ゲームから出るわけにはいかない。
私は今まで精一杯の努力をしてきた。影分身のおかげで、人よりもずっとたくさんの経験を積めたと思う。
カストロさんにもずいぶん筋がいいと褒めてもらった。
うん。大丈夫。
今を逃すともうできないかもしれない。
――お母さんの仇、残りの二人を、殺す。
前回二人を殺してからすでに2年が経つ。
私は残り二人の動向をいつも注意深くチェックしていた。
どうやら彼らはもともと仲間だったわけじゃないらしく、二人の死を気付いてもいなかった。リストは●になっているのに気にしてもいないらしい。
幻影旅団もゲンスルー達も、悪人のくせに仲間思いで身内にはいい奴だったけど、こいつらはただのクズなだけだ。仲間同士ですらこんなものか。
だから、私は心置きなく、彼らに挑んだ。
まず複製品だけで変装した影を2人、ポイントABへそれぞれ送り出す。
私の今のジャンプポイントはポイント5に天空闘技場をいれてから変わっていない。
GI内はいつでも走って移動できるようになっていて、上書き用のABCもほとんど使うことがなかった。
だから今はいつでもあいつらを倒せるよう、襲撃を踏まえたポイントにABCを設置してある。
Aはギャンブルの街、ドリアス。
標的の二人はこの半年ほどずっとここに暮らしている。
カジノの用心棒をしながら時折りプレイヤーを狩り、ギャンブルと酒に金をつぎ込んでいる。
目を離している間に移動していないことを祈るばかりだ。
Bは前の二人を殺した場所。
森の奥にあるちょっとした開けた空間で、多少騒いでも誰にも気付かれない場所だ。
Cは凶暴なモンスターが多数徘徊する危険地帯。
殺した死体を捨てに行く場所。
しばらくして二人とも戻ってきた。
標的はまだドリアスにいた。よかった。これで奴らが移動していればまた探し出す手間がかかった。また『レンタル秘密ビデオ店』を見るか、指輪をつけて『同行』か『磁力』で向かわなきゃいけなかったかもしれない。そのスペルカードは持っていない。それにマサドラはきっと奴らが張り込んでいるだろうからショップへ買いにいくこともできない。
それに指輪をつけてGIに入ったとたん大勢がすっ飛んでくるだろう。
考えるだに、果てしなく手間だった。
ドリアスにいてくれてありがとう、だ。
B地点も、近くに人影もなく、問題なさそうだ。
C地点は確認の必要なし。ここの安全は気にしない。影が行って捨てるだけだから。
よし。今日こそ、決着をつける。
……1人目は詳しく描写する必要もないほど、簡単だった。
ただの、前回の焼き直しだ。
独りになったところを見計らって影が拉致して(ジャンプ)で邪魔の入らない場所へ移動。バインダーを出した瞬間取り上げ、指輪も抜き取り、影と本体で囲んでたこ殴り。
前よりは時間もかかったし、なんどか危うく蹴られそうにもなった。ひやりとする瞬間もあった。
けど影と一緒に取り囲んで手足に抱き着き抑え込み、殴りつけることでやがて力尽きた。
たいした“発”を持っていないことは『レンタル秘密ビデオ店』で見たから知っていたけど、その“発”すら使う間もなくやられた。
最後の1人が影の(ジャンプ)で連れられてくる。
一番強い奴だ。
着地と同時にするりと拘束をとかれ、お母さんの死因となった抜き手を使われて影の一人が消えた。地面に装備や服がばらばらと落ちる。
「なんだてめえら!」
……こいつだ。こいつがお母さんを。
殺気が溢れる。影も“わたし”だ。誰も彼もが、こいつを殴り殺すと目をぎらつかせている。
一斉に動いた。
影Aが(ステップ)で背に飛び乗り右手を固定。
影Bは前から左腕を中心に抱き着き抑え込む。
影Cが“周”で強化したスコップで腕を切り落とす。
影Dは影Bごと前からスコップを突き刺す。
同時に私が後ろから影Aごとスコップで殴りかかる。
味方ごと攻撃することで不意を付けた。あとはひたすら殴る。殴る。殴る。
……荒い息をつき、血だまりに沈む男を見る。
終わった。
お母さん――
私は、私達は、お母さんの仇を、全員、殺したよ――
私は四人殺した犯罪者だ。
だけど、元気に生きてます。
反省なんてしない。だってこいつらはお母さんを殺したんだから。
他のプレイヤーのことも何人も殺していた。
私は、平気だ。
そう言えば、転生の部屋で“転生する身体は精神的にも強くなっている”と説明を受けた気がする。
戦いの多い世界へ行くのだから、生きるために動物を狩ったり、人と殺しあったりすることもあるからだろう。
だから私も、罪悪感に苛まれることもなく過ごしているのか。
……私って、もしかしたらもう狂ってしまっているのかもしれない。
バインダーを取り出し、『大天使の息吹』を3枚とも倉庫へしまう。
使わなかった『擬態』と『堅牢』も同じく。
バインダーの中は、これでカラになった。
隠れ家に飛び、指輪を填めて「ルナ」のロムカードを抜き取る。データと共に指輪も消えた。
ゲーム機もしばらくは倉庫へ収納。
これで「ルナ」はいなくなった。
『大天使の息吹』を持っていることを知られているかもしれない状態でゲームを続けるなんて、危険すぎる。
無理してプレイヤーでいる必要はないんだ。
だって、大天使サマはガーデンでもちゃんと微笑んでくれるんだから。
だから、いったんプレイヤーであることを止めることにした。
プレイヤー狩りの奴らはまだ「ルナ」とその仲間を探しているだろうけど、もうすぐログインの有効期限が切れる。
もしあいつらの狙いが『大天使の息吹』だったのなら、『名簿』も調べているよね?
なら、ルナが消えて10日でまた『名簿』で調べれば『大天使の息吹』は枚数0枚になる。
ずっと動向を調べている奴らなら、あの日の10日後にはきっとそれを調べる。
そうすれば、せっかく『大天使の息吹』を3枚とも押さえたくせに、追いかけられて怖くなった子供は何もかも捨てて逃げだしたんだと思うんじゃないかな。
私が44枚のカードを使ったことでまたカードショップには全種類のスペルカードが売り出されるんだし。
取得方法を知らなかったとしても、スペルカード40枚全種揃えてカードショップへ行けば何かが起きると知ったわけだ。
知っていたかいなかったか、どちらにしてもこれであいつらが40種類を集めて『大天使の息吹』を取得する。
バッテラさんの恋人はどうするか、もう少し考えることにする。
ガーデン内でなら正常に『大天使の息吹』を使えるんだから、なにがしかの方法を考えるさ。
せっかく手に入れたんだもん。報酬は絶対もらってみせる!
GI内のポイントを一つ残しておいて、その時だけGIへ連れていってもいい。
……『大天使の息吹』の枚数制限を喰らって『引換券』になっちゃうか?
ガーデン内に部屋を作って、そこへ連れてくるって手もある。密室にしておけば出られないし、ここがGIかそうでないか、わかるわけないんだから。
危険な奴をガーデンに入れるつもりはないから、相手を見て考えよう。
ほんとはさっさとバッテラさんに連絡を取りたい。
今のところ私って戸籍無しの年齢一桁の小娘なわけだ。
だから、アポを取ろうとしても詐欺扱いされて、バッテラ本人まで連絡がいかない可能性が高いと思う。
だから。
ハンターになる。
ハンターになればそれで世間的な信用を得ることができるから。
それから、天空闘技場でも少しは名が売れるようになっていきたい。そうすれば、私の名でバッテラさんにアポが取れるようになるだろうから。
次の目標はハンター試験だ。