エリカ、転生。 作:gab
1997年 12月 まだ9歳
カストロさんと一緒にゲームを始めて、ひと月たった。
私はマサドラ近くにポイント4を設置して夜はガーデン。早朝にマサドラまでカストロさんを迎えに行く。
早朝のマサドラ、アントキバ間ランニングから始まり。
朝食後は岩石地帯で岩掘りの修行。
ここは“周”の習熟にちょうどいい。岩掘りは全身の筋肉をバランスよく使うし、モンスターが襲ってくるから“円”や“凝”は欠かせないし。
素晴らしい修行場所だ。
念修行経験まだ半年のカストロさんはオーラが尽きるのも早い。
“絶”で身体を休めてまた岩掘り。
その後組み手。“堅”と“硬”、“流”の修行。攻防力を超高速で移動させて戦うのが理想だ。
原作どおりヒソカ戦を再来年の春と考えるなら、来年前半には“発”を完成させておかなくちゃいけない。
それに念能力者との戦いの経験も必要だ。
“発”は千差万別。
対戦相手の系統や攻撃方法を戦いながら見抜いて対処したり、“隠”や“流”を効果的に使う、念能力者ならではの駆け引きを身につけなくては、とてもじゃないがヒソカには対抗できない。
GIのプレイヤーで強い奴と対戦ができればいいんだけど。
強いと言われて思い浮かぶのはゲンスルーだ。たぶんダントツで強い。でもこれは論外。ボマーだもん。
ビスケはまだ来ていない。ツェズゲラはもういるのかな?
ゴリラの、なんだっけ? ゴレイヌだ。彼はゴン達と一緒の選考会でGIに来たから彼もまだか。
ゲンスルーがいい奴なら修行相手に最適なんだけどな。
やっぱりここを出るのを遅くとも半年後、その後は修行しながら天空闘技場の試合で念能力者との戦闘経験を積んでもらって。
うん。原作よりはレベルが上がっているはず。“発”も原作みたいな無駄な能力は作らないだろう。“制約”や“誓約”についてもちゃんと理解しただろうし。
大丈夫だと思おう。
ホームには一度影を送ってみた。直接ホームへジャンプさせるのは危険だからマサドラから走ってもらう。
中には誰もおらず、ぐしゃぐしゃに壊されたテントや椅子、食器が散乱したままだった。
でも一度知られた拠点はもう使うわけにはいかない。何かを仕込まれているかもしれないからテントの残骸にも触れずそのまま帰ってきた。
お父さん達が整えたいい隠れ家だったのに。……悔しいけど、諦めるしかない。
私の、弱さを実感した。
『名簿』が手に入った時に使わせてもらって『大天使の息吹』を調べた。3枚とも取得済みとなっていて、原作通りハメ組が手に入れているんだろうと思う。
私を襲ったのはハメ組だったのかな。もうどうでもいいけど。
もう「ルナ」を探している者はいないだろう。
そんなことを考えながら修行を重ね、カード集めも並行している。
カストロさんとここに来た当初はプレイヤーとのカードバトルもやってみた。
まだカード自体それほど持っていないから取られて悲しいものもないし、一度くらい経験しておこうかと。
カードバトルに慣れておらず、スペルカードもほとんど持っていない私達だ。けちょんけちょんにやられた。
バインダーの中身が石ころだらけになってカストロさんが憤慨していた。
もちろん、指定カードを集めはじめてからはカードバトルなんてすっぱりやめたよ。
実際、仕掛けてくる側は自分達は『聖水』や『暗幕』なんかで守っていたり、石ころやカスモンスターカードでフリーポケットを埋めていて、純粋に勝負を楽しむような相手じゃない。
だからプレイヤーが攻撃を仕掛けてきたら半径20mから急いで飛びのいて距離を取り、逃げながら小石を投げて威嚇したりして追い払っている。
ただし、プレイヤー狩りがくれば戦う。
ゲンスルークラスの奴は滅多にいないから余裕だ。カストロさんの対念能力者の戦闘訓練に多少貢献してもらえた。
そして問答無用でカードをすべて奪う。
私達のカードは増え(ほとんどカスばかりだけどたまにアタリを持っている奴がいるんだよ)、カストロさんの経験値にもなる。カモだね。
その後は、カストロさんが威圧バリバリで散々脅しておく。
殺すつもりはないから解放するしかない。捕まえてもGMが対処してくれるわけじゃないんだもん。
「二度とやるな」と脅すしかないよね。
モンスター退治も、指定カード集めも、やりだしたら結構楽しい。
お母さんと一緒だった頃は私が弱すぎた。
一人の時は気持ち的にも余裕がなかった。
今は純粋に楽しんでいる。
カストロさんは話しやすいし、楽しい。
熱くなるタイプだから、クエストの悪役NPCに本気でキレて、「貴様に人の心はないのか、このゲスめ!」とか叫んだり、キングホワイトオオクワガタを採った時に少年のような笑顔を浮かべたり、彼もじゅうぶん楽しんでいる。
クエストもやってみると、適正な実力が伴ってさえいれば楽しめる要素がふんだんに盛り込まれていて、「ゲームを楽しんでほしい」というジンの言葉がよくわかる。
日々修行とカード集めをして過ごすと、自然と念能力への理解と習熟が深まっていった。
カストロさんに毎日教わることで体術の技術も飛躍的に伸びた。
郡狼戦でわざと長を倒さず、狼おかわりマシマシエンドレスコースを楽しんだり、タイムアタックで撃破数を競ったり、そんな遊びもやってみた。
カストロさんの修行の方も順調だと思う。
“発”についても考えがまとまりつつあるようで、充実した表情を浮かべていることがある。
あんまり自信持ちすぎたらまた驕り高ぶって失敗しそうだから、時々いさめている。
なんだか年の離れた兄のように面倒をみてしまう。「君は私のおかんか」と言われることもしばしばだ。
1998年 1月 まだ9歳
年が明けた。
カストロさんの天空闘技場の試合のためにいったん外に出た。
港までの道を余裕で進み、所長を倒して外へ。
私も観戦のため一緒にログアウト。スペルカードはすべて売り払い、お金カードは倉庫へしまう。
以前のようにスペルカードのためにログイン状態を維持しなくていいのは心情的に凄く楽だ。
家から(ジャンプ)で天空闘技場へ向かって試合を申し込む。翌々日には試合があり、これも余裕で勝利していた。
カストロさんは久しぶりの外だから2,3日休暇ということでわかれ、私も買い物やもろもろの作業をして過ごした。
情報収集のために隠れ家に詰めている影がネットで、「今年のハンター試験は合格者なし」のニュースを見た。
ヒソカだ。ということは、やはり来年? 来年がゴン達の受ける試験ってことだよね?
うん。
私も受けよう。
あと1年だ。1年でどこまで成長できるか。
影分身がある。人よりはずっと有利なはず。
まだ1年先の話だけど、12月になったら忘れずに試験の申し込みをしなくては。
1998年 4月 まだまだ9歳
半年の修行を終え、カストロさんとグリードアイランドの外へ出る。
想像していた以上に楽しくて、想像していた以上に実入りのある、充実した半年だった。
「カストロさん、ありがとうございました。カストロさんのおかげで楽しく過ごせましたし、いい修行になりました。
それに集めた指定カードももらっちゃって、もうしわけないです」
「いやいや、もともと“ここで得られるものは求めない”が約束だったからね。それにログアウトする私にはもう必要のないものだ。
私のほうこそ、君が誘ってくれなければここにはこれなかった。
いい体験ができたと思う。まずは上々の成果だろう」
「そうですね。今月も天空闘技場の試合ですね」
「ああ。それが終わればじっくり“発”を完成させるつもりだ。しばらくそれに専念したい。手ごたえを感じているんだ。ぜひともこれを完成させたい」
「くれぐれも、」
「得意系統で、だろう? わかっているよ。君には世話になった。礼を言おう」
「わたしもです。ありがとうございました」
「奴との戦いは、見てくれるかい?」
「もちろんですとも。試合決まったら連絡くださいね」
「ああ、必ず」
天空闘技場近くの公園で、雑踏の中へ消えていくカストロさんの背中を見送る。
二十代の青年と9歳の少女。
見た目にちくはぐな二人は、それでも対等な相手だった。
彼に、情も湧いた。
ヒソカに殺されてほしくない。
でも、彼は、系統を知らずに“発”を作ったあの原作の彼じゃない。強化系の彼の能力に見合った強い“発”を作ると思う。
だけど彼はまだ念に目覚めて2年。伸びしろは、まだある。
ヒソカはきっと“おもちゃ”の成長を喜び、もう少し先まで見てみたいと思うはず。
彼がヒソカに勝つのは残念ながら望み薄だけど、この試合で殺されることはない。……と、思いたい。
頼むよヒソカ。
「美味しそうすぎて、つい壊しちゃった♥」とか言わないでよ、ほんと。
……彼は戦いたがっている。覚悟もしっかり持っている。
殺されるかもしれないから戦うのはやめようなんて、武闘家に言っていいセリフじゃないよね。
――原作みたいに、今後の成長が見込めないと思われたら興味を失い殺される。
――強かったら楽しんで殺される。
強いけど、あとでもっと美味しくなるから待つよ。って位置をキープしないと。
んで、他の“おもちゃ”にヒソカの興味が移るのを待つ。
たとえばクロロとか?
ヒソカとクロロって戦ったのかなあ。私が知っている原作では、クロロの除念がまだだったし。GIから除念師が出ていくところまでは知ってる。あのあと、約束だから戦ったのかなあ。
どっちが勝ったんだろう……
まあいいや。カストロさんのことは、もう私にできることは全部やったもん。
……頑張って欲しいな。
ちなみに、今回、指定カードの要らないものとスペルカードはすべて売り、お金や物品は倉庫へ入れてログアウトした。
カストロさんのデータはログアウト時にロムカードを抜いて削除。このゲーム機はのちのちゴン達を誘うつもりだから、スロットは空けておかなきゃだもん。
その後私はまたログインして、今はアルケアという街の宿屋に長期宿泊の状態だ。こじんまりと小さな街で宿代も安く、プレイヤーの数も少ない街だ。
長期連泊してもそれほどお金がかからないし、必要な指定カードは倉庫へしまっている「リッカ」のバインダーは、プレイヤー狩りが襲ってくるほどの収集量はない。
それにここに滞在する影はほとんど部屋から出ないから安全だ。
部屋にホームだったポイント1を設置して、毎日影がここで待機してくれている。
ロムカードを抜けばもうバインダーは使えない。バッテラさんとやり取りするためにはプレイヤーであると思わせなきゃだめなんだもん。
だからせめてバッテラさんとの交渉が終わるまではプレイヤーでいようと思っている。
それにここでなくては買えないものもあるしね。
マサドラにはうちの屋敷に使っているような、トイレや排水や照明など、便利な生活用品念具が多いのだ。
ガーデンでまた建物を建てる時に使えるもの。今あるお金で買えるものは買い漁った。
グリードアイランドの中は念能力者が修行しやすい環境が整っているから。ここは当面残しておくべきなんだよね。