エリカ、転生。 作:gab
1998年 4月 まだ9歳
さあ。
思いのほか楽しくて実入りのあった半年を過ごした。
次の目標は、ハンター試験だ。
来年に向けて、ハンター試験を見据えた修行が必要だよね。
6時間以上のランニングをさせられたり、飛行船から山に飛び降りて卵を取ってきたり、危険なしかけいっぱいの塔を攻略したり。
けっこう大変なんだよね、あの試験。
ランニングの時間を長くしよう。
地下道を走る間だれも脱落者が出てなくてレオリオが実力不足を実感するって描写があったから、たぶん走る速さはそれほどじゃない。んで、それを延々ってこと。
体力はあるからまったく問題ないはずなんだけど。
ヒソカやイルミみたいな危険人物もいるんだし、気を抜いちゃいけないのがつらいところだ。どちらかというと体力より気力の勝負だ。
2次の料理。
丸焼きするんだよね、確か。
私ってGI育ちだから本物の生き物を殺して内臓処理する手順を知らない。食べ物もなにもみんなカードだったんだもん。
殺すことは多分問題ない。すでに4人殺している私に、いまさら“生き物の命が……”なんて葛藤はない。
ただ、GIのモンスターは血がでなかったもんね。
返り血を極力受けないように攻撃する方法も、食料とするために状態のいい死体にする方法も、血抜きの仕方も解体の仕方もしらない。
仕留める時も注意が必要だよね。
内臓を痛めると糞尿とか漏れ出して肉がダメになるだろう。それに一番美味しい部位をそうと知らずに吹き飛ばしちゃったらだめだし。
戦い自体も不安だ。
攻撃して血がどばっと飛び散ったら目に入れば戦いにくいし、なにより(ステップ)に差し障る。私にとって視界を確保するのは生命線なんだ。
それに血のりって結構ぬるぬるしているから動きづらいかも。足元が滑って転ぶかもしれない。
そうだ。
武器の手入れの方法も知らないや。
わあ、知らないこといっぱいだ。
やばい。2次が一番の難関かも。
早めに気付いてよかった。
大丈夫。まだ時間はある。
ハンターになればサバイバルな生活が必要になることもあるだろうし、早めに覚えておいたほうがいいよね。
これからの人生でも、転生先でも、きっと役に立つしさ。
まず狩猟と処理の練習だ。
このHUNTER×HUNTERの世界は、英里佳だった頃の日本と変わらないほど文化的科学的に発展している。
だけど都会を離れると自然はまだまだ多い。
野生動物や、GIにいたモンスターみたいな凶暴な野獣もたくさんいる。魔獣だっている世界だ。
そういう場所へ行って狩りの練習をしてこよう。
えっと。続きね。
寿司はおいておいて。飛行船から山に飛び降りるやつ。あれもまあ問題ないかな。
山から地面に飛び降りる練習くらいしておく?
地面を痛めず着地する練習。
3次の塔攻略。
建物の中は(ステップ)の逃げ場が少ない。私にとって苦手なフィールドだ。
でもさ。ゴンが壁をぶち破ってたよね。
念能力者じゃなかったゴンが破壊できる壁でしょ? 私なら大丈夫だ。いざとなれば下に下に床を抜いておりていけばいいか。
それか新人潰しの彼を追い出してゴン達といっしょに行くか。
そうだ。塔の屋上に降りたときにまず中継地点ポイントを設置しておいて。
塔の中で危険を感じれば屋上に戻ればいい。あとは地面を見て(ステップ)。これでおしまい。
転移は便利すぎるから、試験官に「このあとの試験では使用禁止」くらい言われる可能性はある。
ほんとうは最終テストの対戦でステップを使いたかったんだけど、無理することはないもんね。
4次。無人島でのサバイバル。
これは簡単。ネームプレートは弱い奴三人から取ればいい。
プレートを取ればあとは時間いっぱいまでガーデンにいれば問題ない。
……もし3次でステップを見せたことで転移を使用禁止にされたら、ここでガーデンに入るわけにいかないよね。そうなれば我慢してサバイバルか。
これも慣れてない。やったことないもん。
私、5時以降家の外にでたことありません。野営なんて言わずもがな。
GI内の宿屋はノーカンね。
アウトドアも経験しておくか。狩猟の修行と一緒に体験できそう。
5次の対戦。これも、まあ勝てる。ステップを使えなくても、相手によっては勝てる。
その頃のゴンやキルアならきっと勝てるし、他の相手も……ハンゾーは体術に長けてるから念なしでは難しいか。
ヒソカやイルミと当たったら……あきらめよう。
でもさ。原作どおりならキルア一人が失格になってくれるから、普通にしていれば合格はできるはず。
あと、これが最大の問題。
まだ誰にもあってないけど、他の転生者がいるかもしれない。
転生者ならきっとこの試験に合わせて受験しようと考える人が多いと思うんだ。
危険だけど内容を知っているんだもん。
それに原作主人公達に出会って仲良くなれるチャンスだし。試験は原作介入にいいタイミングなんだよね。
ゴン達はここから飛躍的に成長していく。ついていけば一緒に強くなれそうだし。
原作キャラと恋愛できるかもだし。
原作にいなかった私みたいな子供がいれば確実に目立つ。オリ主やりたい奴なら襲ってくる可能性もある。どんな固有スキルを持っているかわからない奴だ。要注意だよ。
怪しい奴がいればモブに紛れて静かにしていよう。ゴン達には極力接触しない方向で。
ゴンと知り合いたいけど、でも転生者を敵に回してまで仲良くなりたいわけじゃないもん。
私ってだいぶ修行が進んでいると思うんだ。
たしかに天才なゴン達と体術の修行を一緒にさせてもらうのは勉強になるだろうけど、でも、それだけだ。
グリードアイランドはカストロさんのおかげで楽しめたし。
最初はゴン達と友達になってグリードアイランド編からついてまわりたいって考えてた。
でも、いろいろ経験してきて、その想いはもうない。
ハンター試験後バッテラさんの恋人を治して報酬をもらえば、もう原作に関わらなくてもいいんだよね。
だから試験でゴンと友達になってグリードアイランドの話を少ししておいて。
クジラ島でゴンがゲームの存在を知ったときに私に連絡してくれれば、ゴンにゲーム機を譲ればいい。
あとは、好きに生きよう。
よし!
だいたい決まったな。
スローペース長時間マラソンになれること。
つぎに、野生動物の倒し方、血抜きや解体の練習。返り血を受けない倒し方も覚えなきゃ。
焼くんだから火の用意も必要か。火起こしって木の枝を擦って付けるの? マッチ持って行っていいんだよね?
薪とかも用意しておいた方がいいね。
がんばろう。
と、考えたものの……
狩猟のほうはどうやっていいかわからない。
普通に山に登って野生動物を殺してさ、その動物が保護されているとか、その場所が禁猟区だとかだったら困るじゃん。
とにかくできるところからと、修行を続けつつ、ランニングは始めた。
ゆっくり長くってやつ。でも飽きた。だめだこれ。
6時間走っても息も切れない。何の修行にもならないのに時間がかかりすぎる。これはヤメ。
サバイバル生活を始めると動けなくなるだろうから、その前にしっかりお金を稼いでおこうと、天空闘技場へはよく足を運ぶようになった。
半年のカストロさんとのGI生活は、確実に私を強くしてくれた。
時間を置いたためにまた1階から始めることになったけど、今度は順調に勝ち上がり、あっという間に190階へ到達した。
今は(本当なら)負け知らずだ。200階に行くとファイトマネーがもらえなくなるから、わざと負けて190あたりをウロウロしているけど。
200階層へ行くつもりは全然、ない。
いろいろ買ったために減ったお金をこのふた月ほどで取り戻し、誕生日が近付く頃には持ち金は30億ほどになった。
そろそろここも終了でいいかもしれない。
天空闘技場のシステムは一度失格になればまた1階から始めることになり、その後またもう一度失格になればもう登録すらさせてもらえなくなる。
ここでやめるともう次からはこんな安定したお金儲けの場所がなくなってしまう。
そう考えるともったいなくて、次の行動に移すまではここで儲けさせてもらおうと思っている。
1998年 6月 10歳
誕生日を迎え、私は10歳になった。
やっと、やっと二桁になったぜ。まだまだ子供だけどさ。日本なら小学四年生あたり?
今年のガーデンでの誕生日会は、私の演奏もあってすごくにぎやかになった。
影も含めたカルテットの演奏会はメリーさんやラルクにも楽しんでもらえた。
私の生活はあれからすごく変わった。もう、劇的に。
朝目覚めるとガーデンへ入り、影を数体呼び出す。
影達は担当にわかれてそれぞれジャンプして移動したり、ガーデン内で修行したりしはじめる。
指輪管理担当の影はGIの宿へ。情報収集担当は隠れ家に行って、そこでパソコンを使う。
楽器の演奏や、戦闘ビデオを見て研究したり、いろんな情報をまとめたりするものはガーデン内。
私は新しい修行場に通っている。
今はほとんどの時間をここで過ごしている。朝晩に数十分ずつガーデンへ行き、家族と会ったり、影を吸収してまた新しく出したり。そういったもろもろの他はそこに寝泊まりだ。
そう、外泊しているのだよ、私は。
それもアウトドア真っ盛りなところで。
「師匠、薪割り終わりました!」
「じゃあ次は水汲みな。あとお前の師匠じゃねえから。俺の師匠だから」
「はいはい。じゃあ水汲み行ってきます!」
「ステップ使うなよ」
「わかってますよ、小姑ですね、ダン」
「うっせーよ。さっさと行け」
「はいはい」
「はいは一回」
「はーい、はい」
「ムカつく!」
アウトドアでサバイバルしながら狩猟の修行をしたい。
けど、どうやればいいのか、とっかかりすらわからない。
悩んだ私は、前にジャポンで知り合ったディアーナ師匠に相談した。
ハンターになったらアウトドア生活も必要だと思うがまったく無知だから勉強したい。狩猟生活にいい場所はないかって。
師匠は、ちょうど今遺跡調査のためにテント生活をしているから、よかったらこっちにこないかい? って誘ってくれたのだ。
もちろん二つ返事でお願いした。
GIの港経由で指定された港へ飛び、出迎えてくれた師匠に促されるまま調査団がチャーターしている飛行船に乗って、海を越えた別の大陸にあるキャンプ地へ連れていってもらった。
着いたところは、その国の重要自然保護区で“カンチョリ自然公園”という場所らしい。
まるでサバンナみたいな場所だった。
そして、ここでテント生活をしながらサバイバルの基本から狩猟の仕方までいろいろなことを教わっている。
師匠はほとんど遺跡にいるか調査団の人との話し合い、テントの中にいても調べ物に没頭していて、私の相手をしてくれるのは師匠の弟子、ダン君だ。
私より3歳年上の13歳。
覚えているかな、私に師匠がくれた念具。
これってもともと“弟子に渡すために作らせた”って言ってたものを私が先にもらったわけだよ。
はじめて紹介された時に師匠がそれをぽろっと漏らしたから、彼がすっかり拗ねて。
もちろんもうそんなのは1年も前の話だから、彼も今では私のものと同じ念具を付けている。
でも当時9歳の一度会っただけの他人に先を越されたというのは悔しかったらしい。こんな貴重な念具を渡すということは、師匠がそれだけ私の実力を認めたってことだから。
それに正式に弟子入りしているわけじゃないのに、私が「師匠」と呼ぶのが気に入らない。
私にはお母さんやカストロさんという師匠がいた。だからディアーナ師匠は門下にいれるつもりはない。だけど今回教わる間は師匠と呼びなさいと言ってくれたわけだ。
なんていうのかな。お母さんを取られたくない子供のようで、彼の嫉妬がちょっとこそばゆい気がして、あんまり腹もたたない。
それに、文句を言いつつも、ちゃんと説明はしてくれるし、理不尽な意地悪はされたことがない。
割り振られる仕事も私の修行になることだけだ。
世話好きで性格もいい。
最初のわだかまりが消えると、すぐに私達は仲良くなった。
今は、私も遠慮なく言い合える相手ができて、すごく毎日が楽しい。なにげにエリカたん初めての同年代のお友達だ。あ、友達第一号はカストロさんだ。年上だけど。
水汲みの仕事は、私の身長よりも大きな甕を満タンにまで貯めること。みんなの飲用水だから大事な仕事だ。
キャンプ地はこの調査のために作られたスペースで井戸はない。
数キロ離れた場所に保護区管理センターという建物があって、そこにある井戸から水を貰っている。
井戸につくと釣瓶を落として引き上げる。水汲みってけっこうな重労働なんだよね。
水桶いっぱいに水を入れて両手にそれぞれ下げ、走って戻る。
走り方が悪ければ水がこぼれて、キャンプ地についた時には半分ほどになってしまう。
そうすると何度も水汲みにいかなきゃだめで、上手に水をこぼさず戻れたらそれだけ水汲みの回数は減る。
だけど溢さないよう慎重に歩きすぎれば1回の往復にかかる時間が延びる。
走る速さと水汲みに往復する回数。どちらも大事ってわけね。
一滴も水を溢さず素早く持ってこれればそれだけ仕事は早く済む。
最初、6時間かかりました。7年選手の念能力者がこの体たらく。
今はやっとコツを掴んで3時間切ったところ。すごく体幹が鍛えられたと思う。バランス感覚も鋭くなった。今までの修行とはまた違った部分が鍛えられている。
でもダンはもう1時間でできる。ちくしょう。今に追い抜いてやる。
「お? 早くなったなあ、やるじゃねえか、エリカ」
「うん。やっとペースが上がってきた。これからだね」
「昼食ったらすぐ出るぞ」
「あ、うん。わかった」
まだ私が水汲みに時間がかかっちゃうから、お昼の準備は免除してもらっている。
……ついでに言うなら、お昼にかかっちゃって昼食用に水がずずっと取られるから余計に時間がかかっているってのもあるんだよね。
テントに用意してくれたお昼をありがたく食べた。うん。自然の中で食べる料理は美味しい。
少し休んで立ち上がる。今から猟にいくのだ。気合が入る。
壁に掛かった大きなリュックを手にとり、準備する。あ、そうだ。これ見てもらおう。
「ダン、昨日手入れした解体用ナイフ、見てくれる?」
「ん、貸してみ……まだちょっと甘いな。ほら、見てみろ、このあたり、ちょっと曇ってんだろ?」
「あ、ほんとだ。もう、今度は自信あったのになあ」
GIでは武器を使ったことがなかったからね。体術の修行もモンスター退治もみんな素手だった。
武器といえばあいつらを殺した時につかったスコップくらいか。
あと岩掘りにも使うから、私の一番慣れた武器ってことになる。スコップさまさまだ。
ここでも倒すのは素手だけど、捌くのにナイフがいるから、それの手入れ方法を教わっているんだ。
解体に使うナイフは動物の脂ですぐに切れなくなる。マメで丁寧な手入れが必須なのだ。
だいぶうまくなったつもりでも、まだまだだ。先は長い。ほんと。
「今日はこのまんまでいいだろ。行くぞ」
「うん」
「じゃあ行ってきます、師匠」
「行ってきます、師匠」
返事はない、ただのしかばねの……じゃなくて。没頭しちゃうと声も聞こえなくなるんだよ。師匠って。
でも「隙あり!」って殴りかかると没頭したまま殴り返される。理不尽。
まあほっておいても危険はないから、私達はそのままテントを後にした。これから昼の猟の時間だ。