エリカ、転生。   作:gab

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大天使の息吹

 

「まず最初に申し上げておきます。

 私はグリードアイランドの中で生まれ育ちました。あの場所は私のふるさとなんです。

 ゲームはクリアあってこそ。ですからぜひプレイヤー達にはゲームクリアを目指してほしいと願っています。

 ですので、今までどおりバッテラさんの懸賞は続けてほしいんです」

 

 今のプレイヤーがいなくなると困るし、新しいプレイヤー達もちゃんと来てもらわないと困る。

 

「私が提供するものは『大天使の息吹』だけです。

 『魔女の若返り薬』は一刻を争うものじゃないですよね? ですので、それはクリアしたプレイヤーから買い取ってあげてください」

 

 それが、仁義でしょうしね、と続ける。

 

 そうしないとゴン達のクリアに差し支えるもん。

 ゴンは私のゲーム機を使うけど、原作でゴンと同時期にログインした実力者達がゲームに入れないとクリアは難しいと思うんだ。レイザー対決とか特に。

 

「確かに、『大天使の息吹』さえあれば彼女は助かる。今はそれだけでもじゅうぶんだ」

 

 バッテラさんもそう回答した。報酬を受け取れないとなったらプレイヤー達がどんな反応を示すのか、想像できたんだろう。

 

「ですので、私への報酬はカード一枚分と、クリアを待たずに結果を出せたという、早期解決のボーナス分だとお考え下さい」

 

 彼らは知らないことだけれど、原作ではクリアが間に合わず恋人は死んじゃうのだ。それを考えると、私の価値はぐぐぐっとあがる。時間との戦いなんだもんね。

 

「君は何を望むのかね?」

 

「まず戸籍を用意していただけませんでしょうか。

 先ほども申し上げたとおり、私はグリードアイランドで生まれ、両親は私がまだ幼い頃に亡くなりました。私には正式な戸籍がないんです」

 

「ふむ。私の本拠地であるサヘルタ合衆国であれば問題ない」

 

「ありがとうございます。次にこの件について誰にも漏らさないことを明文化してください。ゼノンさんや執事さん、それに先ほどここにいた方も含めて。

 とくに私の能力についてと、グリードアイランドのアイテムをクリアなしに使ったなどと決して漏らさないように守秘義務契約を結んでいただきたい」

 

「当然の処置だな。問題ない」

 

「あとはお金を500億ジェニー。以上です」

 

「ふむ。それだけでいいのかね? もう少し吹っ掛けてくるのかと思っていたが」

 

「クリアデータの懸賞金が500億。私はそのうちの一つだけです。ですが、この一つはバッテラさんの一番欲しいものであり、そして現状では誰も用意できない品です。

 患者の症状によってはクリアが間に合わず亡くなってしまう可能性だってあります。

 

 今この瞬間も、その方は苦しんでらっしゃる。

 その方が負っている痛みや苦しみを一刻も早く取り除いてさしあげること。それができるんです。

 私の『大天使の息吹』には500億以上の価値があります。

 

 ですが。

 私はプロハンターになりました。お金はこれから自分の手で稼げます。

 

 これは私の……亡くなった母への鎮魂の儀式です。懸賞金と同じ金額を、私は手に入れたい」

 

 

 お母さん。

 私との生活費のため、私の言葉を信じてスペルカード集めを始めたお母さん。

 

 所長すら倒せない力量のお母さんは、たった一人で私を守ってくれた。

 弱いのに、強い人だった。

 

 4歳のあの時。『離脱』が手に入ったあの時、足手まといの役立たずな私を見捨ててひとりで外へ出ればよかったんだ。

 若くてきれいなお母さんなら、独りでならじゅうぶん生活できただろうに。

 

 私は、愛されていた。

 

 

「いいだろう。

 では、支払いは彼女を治してもらって、このホテルへ戻った時で構わないかね?」

 

「もちろんです。お願いします」

 

 謝礼金、受け渡し時期、それから今回の件について、私の素性や能力、商談内容などすべてを秘匿することをしっかり契約に盛り込んだ。

 

 

 ゲーム内の『大天使の息吹』は今はハメ組が押さえているはず。少なくともカストロさんとログインしていた1年前にはもう限度枚数分すべてが押さえられていた。

 原作よりも彼らの取得が早かったのは、私がいたせいだろう。

 

 ゲーム内で天使の数が変わらないことを不審に思うものもいるかもしれない。

 だけどバッテラさん達がここで天使を使ったことを誰にも言わなければ、秘密はもれない。

 

 自分でも綱渡りだと思っているけど、これしか方法を思いつかなかったんだからしかたない。

 

 三人で契約書を交わし、しばらく話をして待っていた。

 やがて扉があき、ガラガラという音に振り向けば、女性を乗せた移動式ベッドが運び込まれるところだった。

 人払いをしているため、ベッドを運び入れたのは先ほどの執事さんだ。気遣わし気に傍についている。

 

「……この方が?」

 

「ああ、事故のあと、彼女はずっと眠り続けているんだ。もう12年になる」

 

 愛おし気に女性の頬を撫でるバッテラさんの目は切なく細められている。

 ベッドに横たわる女性は目立った外傷はなく、ただ眠っているだけのように見える。でもその姿には生気がなく、危うい儚さを感じさせる。

 彼がそっと触れた彼女の腕には、生命維持のため何本もの管が刺さっていた。

 

「治ります。きっと。すぐに話もできますよ」

 

「そう願っているよ、私も」

 

「彼女の名前を教えてください」

 

「アリシアだ」

 

 私達は決意もあらたに互いに頷きあった。

 

「すぐに戻ってきていただくつもりですが、目覚めてすぐに動かされると混乱されるかもしれません。それにバッテラさんも話す時間が必要でしょう。

 戻りは向こうで休んでからということで、こちらで待つ方にも言っておいてくださいね。心配をかけるといけませんから」

 

 バッテラさんは執事に500億を用意しておくことや、自分がいない間のことについていくつか指示をだすと、私に向き直った。

 

 私は、みんなを見回す。

 

「では、ゼノンさんと執事さんはここで待っていていただけますか? あちらの部屋は少し狭いですし、アリシアさんも男性の方に寝間着で起き上がる姿を見せるのはなんでしょうから。

 先にバッテラさん。次にアリシアさんをお連れします。その順番でいいですか?」

 

 本当は護衛も着いていきたがるだろうけど、私のいない間に扉を開けて外に出られると嫌なのだ。

 そのために一度飛んで部屋を見せたということもある。

 

「ああ、頼む」

 

「では、参りましょう」

 

 緊張の面持ちのバッテラさんを抱き上げる。10歳の子供に抱き上げられ、恐る恐るしがみつくしぐさがちょっと可愛い。と、考えつつ、ジャンプ。

 

 部屋を見回すバッテラさんをおろす。

 先ほどアリシアさんを待つ間に、飛んだ先がどのような部屋かゼノンさんから説明を受けていたから、話通りの部屋の風景にバッテラさんは安心したようだ。

 

「じゃあすぐにアリシアさんを連れてきますから。ベッドの用意頼みますね」

 

「あ、ああ」

 

 ホテルに戻ると、アリシアさんに近づく。

 すでに点滴やほかもろもろの管が外され、動かせるようになっている。

 執事さんが深々と頭をさげた。

 私もそれにこたえる。

 

 アリシアさんを細心の注意を払って抱き上げる。

 動かさないよう注意しながら、部屋へとジャンプした。

 ベッドのカバーをはがして待っていたバッテラさんと視線を交わし、そっとベッドへ横たえる。

 

 その後ポケットから(というふりをして倉庫から)指輪を取り出す。

 

「ブック」

 

 指輪を装備してバインダーを出す。『大天使の息吹』は既に指定ポケットに入れてある。

 

「じゃあ始めますね」

 

「頼む」

 

 緊張のあまりバッテラさんの声がかすれている。手を握りしめ、祈るようにこちらを見ていた。

 

 『大天使の息吹』を取り出した。

 

「行きます!」

 

 『大天使の息吹』をアリシアさんへ向ける。緊張の一瞬。

 今までの苦労が走馬灯のように蘇る。

 

 治れと祈りを込めて叫んだ。

 

「『大天使の息吹』ゲイン」

 

 カードに描かれたものよりももっと美しい天使が現れた。神々しい光を帯びた天使は呼び出した私を見ている。

 よかった。ちゃんとガーデンでも大天使が現れた。

 

「わらわに何を望む?」

 

「お願い大天使。アリシアさんを治して」

 

「お安い御用。ではその者の体、治してしんぜよう」

 

 私の言葉に、天使は重々しく頷き、アリシアさんへ向けてふっと息を吹きかける。

 

 ……息の詰まるほどの数秒間は、何時間にも感じられるほどの緊張感だった。

 

 仕事を終えた天使が天に帰っていくと、アリシアさんの様子が変化していく。

 

 止まっていた時間が動き出すように、彼女の生気が増していく。身体が柔らかな厚みを帯び、青白い顔には赤みがさした。

 かさついた肌が艶を増し、くすんだ髪が色を取り戻す。

 

 そして、アリシアさんの瞼がぴくりと動き、やがて静かに目を開いた。

 

「おお、おおおお、アリシア、ああ、何ということだ。私は夢を見ているのか!」

 

 バッテラさんが感動のあまりアリシアさんの手を握るとその手に何度も口づけを落とす。

 

「どうしたの? そんなに泣いて」

 

 かすかな声だったけど、バッテラさんを見るアリシアさんの目はとてもやさしかった。

 

 

 少しの間二人にしようと、私は扉をあけて部屋を出た。

 

 

 

 

 

 

 数分後、落ち着いたバッテラさんに呼び戻されて部屋へと入る。

 真っ赤に目を腫らしたバッテラさんから熱烈な感謝の言葉をうけ、事情を知ったアリシアさんにも礼を言われた。

 ロマンスグレーと美女のカップル、アリだと思います!

 

「バッテラさん、若返りましたね」

 

 ほんとに若返ったんだもん。

 

 何年も目覚めぬ恋人を持つ苦悩に満ちた老人は、元気になった恋人の姿に希望と喜びを取り戻した。

 もう、それだけで表情から肌のハリまで如実にかわったもの。

 内側から生命力があふれ出したようだった。

 

「彼女と12年ぶりに会話ができて、私はもう……もう」

 

「よかったです。ほんと。アリシアさんも、今まで辛かったぶん、お二人のこれからの人生を、楽しく暮らしてくださいね」

 

 

 その後、問題発生。

 

 大切な彼女を取り戻せたバッテラさんが、プレイヤーには違約金を払い懸賞をやめてもいいかもしれない、なんて言い始めた。

 

 バッテラさんの話によると、もともと結婚したら引退して、財産も会社関係者に譲り、二人だけで慎ましやかな生活をするつもりだったらしい。

 余分なものはいらないのだ、と。

 

 気持ちはわかる。だけど、バッテラさんにはぜひとも懸賞を続けてもらいたいのだ。

 だってビスケがこないとゴン達の修行に差し障る。

 

 前は原作なんてどうでもいいなんて思ってたけど、今はもうだめ。だってゴンやキルアはもう、私の友達だもの。

 彼らがビスケの助けなしにあのゲーム内で生き残れたかというと不安しかない。

 

 なんとしても懸賞を続けてもらわなくては。

 

「そうおっしゃるんじゃないかなって思ってましたので、少しこちらに用意しておきました」

 

 ささ、どうぞ。とテーブルの上のものを見せる。

 

「うちはゲーム内にありますから、アイテムをいくつか使ってるんです。

 バッテラさんやアリシアさんが二人だけの慎ましい生活を望んでいらっしゃることはよく理解できます。ですが、贅沢のためではなく、健康で穏やかな生活に役立つものがあるんです。

 『魔女の若返り薬』は当然として。

 他にもおすすめなのは『豊作の樹』ですね。毎日ランダムにいろんな果物が成ります。どれも美味しくて、そのまま食べてよし、絞ってジュースにしてもよし、ケーキにしてもよし。メニューの幅が広がること請け合いです。毎日新鮮なビタミンを取るのは健康の秘訣ですよ。

 これはうちで作ったフルーツタルトです」

 

 さあ、家事万能メイドパンダ、メリーさんの手作りケーキを堪能するがいい。

 

「それから、私は飲んだことがないんですが、これが『酒生みの泉』の水を汲んでおくと一週間でできるお酒です。毎回味が違うんですが、どれも美味しくて毎回楽しめると母はお気に入りでした。母が死んで誰も飲んでいませんが、今でもこうやって作ってるんです」

 

 酒瓶3本にはそれぞれ違うお酒が入っている。プレゼンに相応しいものをメリーさんに選んでもらった。

 

 アリシアさんはケーキとカットフルーツに目を見開き、バッテラさんは三本の酒瓶から飲み比べては旨いとうなっている。

 うんうん、うまいだろう。

 つまみに果物チップスをどうぞどうぞ。

 

「あと、おススメしたいのは『美肌温泉』ですね。毎晩30分の入浴でお肌がすべすべになります。念能力の修行を続けていると毎日生傷が絶えないんですが、これのおかげで傷跡のひとつもありません。疲れもすっきりとれます。

 バッテラさんが少しでも長く健康でいられるように、このお風呂はおすすめします。

 天然かけ流しの広々とした温泉ですから、お二人でゆったり入るのもいいんじゃないでしょうか」

 

 格闘家の怪我しやすい脛やら腕をチラチラ見せる。

 

「おふたりで晩酌を楽しみたいなら『酒生みの泉』、ティータイムを楽しんだりデザートに凝るなら『豊作の樹』、美容と健康のために『美肌温泉』。それにアリシアさんにはもう一度使ってしまったのでもう使えませんが、バッテラさんの為に『大天使の息吹』を用意しておくのもアリでしょう。平和で穏やかな暮らしのために、考えてみてもいいんじゃないですか?」

 

「君の話し方は本当に10歳とは思えないな」

 

「よく言われます。でも、6歳で母を亡くして、そこから自分の力で生きてきたんです。大人にもなりますよ」

 

 ……という話をし、バッテラさんとアリシアさんも、クリア報酬のカードを使うことを考えてくれたようだった。

 

 

 

 

 あ、そうだ。

 これも言っておこう。

 

「あの、バッテラさん。ご存知だとは思いますが、今ゲーム内で“ボマー”というプレイヤー狩りがいるんです。誰がボマーかわからないんですが」

 

「ああ、もちろん、それは報告を受けているよ」

 

「今活動しているプレイヤーのほとんどがバッテラさんのゲーム機からログインしているメンバーなんです。他はゲームから逃げ出すことすらできないくらい弱い奴しかいません」

 

「何を言いたいのかね」

 

「つまりですね。ボマーもバッテラさんの契約プレイヤーの可能性が高いってことです。念のため、ゲーム機のある場所へはバッテラさんもアリシアさんも行かないようにされた方がいいかと思います」

 

 原作でボマーが暴れる時、ログアウトした場所で警備員とかを殺しまくってた。ツェズゲラがバッテラさんを逃がしていたような描写があったはず。

 せっかく助けたんだから、ひょんなことで死んでほしくないもんね。

 

「わかった。気を付けよう」

 

 まさかそんな、って顔をしながらも、一応は頷いてくれた。

 私にできることはこれくらいかな。よし、アフターサービス終了。

 

 もう一度、ぜひこのままクリアを目指してほしいと言い添えておく。

 

 

 

 

 帰りは元気になったアリシアさんとバッテラさんを両腕に持ち上げて一緒に転移した。

 

 ホテルへ戻れば、部屋の一角にいくつものジュラルミンケースが積み重ねて置いてあった。500億すげえ。

 もう一度、今回のことについては秘匿するということを念押しする。

 ジュラルミンケースを数回にわけて転移して(ドラポケとか見せる必要ないもんね)運び出し、最後にもう一度挨拶をすませる。

 戸籍や身分証は後日用意でき次第ホームコードへ連絡をくれるらしい。

 

 私は彼らの前から転移で消えた。

 

 

 終わった。

 

 アリシアさんを助けることができた。

 これは原作ではできなかったこと。それを達成できたことに、満足感と一仕事終えた脱力感を感じる。

 

 お母さんが集め始めた4歳の頃から6年。

 4歳から始めた『大天使の息吹』取得への長い道のり。今日やっとそのゴールをこの手にした。

 長かった。

 

 

 お母さんの仇は取った。

 ガーデンに家族や屋敷を収納できた。

 『超一流ミュージシャン』になった。

 ハンターになった。

 『大天使の息吹』を手に入れ、バッテラさんの恋人を治して報酬を貰った。

 

 当初の目標だったものはこれですべて達成できた。

 私は、やり遂げたんだ。

 

 

 

 


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