エリカ、転生。   作:gab

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音楽ハンターの仕事

 

1999年 8月 11歳

 

 神字の勉強に一区切りをつけた。

 まだまだ基礎だけしか覚えていないけど、これは何年もかかる勉強だから焦ってもしかたないしね。この勉強が進めば自在に念具を作ることもできるようになる。修行あるのみだ。

 

 師匠との繋がりができたから買えるものは買うけどさ。次生以降も自分の欲しい念具を作れるようにしっかり知識を身に付けなきゃいけないもんね。

 

 また落ち着いたら勉強を再開することにして、まずはお仕事の時間。

 そろそろハンターとしての仕事もやっておきたいんだよね。

 

 

 ハンター専用サイトで、音楽ハンターとしての初めての仕事を受けたのだ。

 行き先はカキン国。

 

 カキン国は英里佳のいた世界でいうところの中国をモデルとしたような国だ。奥地には少数民族の自治領がいくつもある。

 その中のひとつ、マーフォア族の秘祭が今回の仕事。

 

 マーフォア族は山に囲まれた盆地に暮らしていて、トウモロコシ畑を耕し、竹細工や刺繍、銀細工が得意な民族だ。色とりどりのとても華やかな民族衣装を身に着けている。

 

 

 

 真夏の夜に、虎の力を借りて邪気を払う“ほむら祭”という祭りが執り行われる。

 そこで演奏されるのが二胡だけで奏でる“ほむら”という曲だ。

 

 その曲をぜひ聴きたいのだ。

 秘祭だから期間中は部族以外の立ち入りが禁止される。ハンターの仕事として受けなくてはこの場にいられなかったんだ。

 

 

 呪いに侵された村娘が二胡を奏でて最期の時を待っていると洞穴から虎が出てきて、虎が吐いた浄化の炎が村娘の呪いを打ち破ってくれた、というのが祭りの発端になっている。

 

 

 二胡を演奏するのは独身の十代女性達で、そのまわりをたいまつを持った少年たちが踊る。

 

 たいまつを持つ少年が虎、少女が村娘役ということだ。

 

 斎場となっている場所の奥へ進むと崖に洞穴があって、そこからは普段は滾々と湧き水が溢れている。気温が30度を超えた満月の日の夜にだけ湧き水が止まり、中に入れるようになるのだそうだ。

 

 洞穴の中には一年間水に浸された岩から採れる苔があり、その苔を虎が食べにくる。

 虎といっても普通の虎じゃない。ワートタイガーという種類の魔獣だ。

 

 苔には幻覚作用があり、その苔を食べたワートタイガーは二胡の音に合わせて一晩中踊る。

 

 これが秘祭となっている理由は魔獣を刺激しないためともうひとつ、この幻覚作用のある苔を奪いに密猟者が来ることがあるからだ。それから祭りを守るのが仕事。

 

 洞穴が開いている時間が短く、ほとんどの苔は虎が食べてしまうため獲れる苔の量も少ない。実入りがさほど見込めないから密猟者も小遣い稼ぎの弱い奴らがほとんどだ。

 たまにワートタイガー狙いの奴や、洞穴を破壊してでもというような乱暴な者も現れる。そのためのハンターの守りだ。

 

 

 

「頑張ろうぜ、エリカ」

 

「初仕事だね。しっかりやろうね、ダン」

 

 ハンター試験以来半年ぶりの再会だ。

 そろそろハンターとしての仕事をしてみようと思ってネットを探していた時にこの二胡の祭りを見つけて、ちょうどダンと電話で話す機会があり、彼も誘ったのだ。

 

 ダンもあれから地力をあげるための修行をしていたらしく、初仕事同士となってしまった。

 

 ハンターにはなったけど、私達はまだ社会に出たばかりの子供で、知らないことの方が多い。そういう新人プロには最初は手慣れた誰かと組ませてくれるのだとか。

 今回もベテランハンターがリーダーとして雇われているから、しっかりと基礎を学んでこいと言われた。

 

 自然保護区での半年間もいろんなことを学んだけど、あれは野営や狩りの勉強。それから集団生活での下っ端仕事だ。

 でもこれからは違う。プロハンターってことは上位の仕事も必要になる。

 

 現場を知るものに教わるのは当然だよ。

 がっつり吸収してやんよ、と気合じゅうぶんで挑んだ当日、ベテランハンターとはじめて顔を合わせた。

 

 見上げるほどの長身。キャスケット帽を目深に被り、そのツバから切れ長の鋭い目が覗いている。股のあたりまで届くストレートの長髪は金髪。びっくりするほど長い脚。

 

 唖然と見上げた。

 

「今回祭事の保護のまとめを務めることになったハンターだ。カイトと言う。普段は生物調査のためにここにきているんだがな、お前達の臨時講師と言ったところか」

 

 ……カイトだ。

 かっこよくて、強くて、ゴンがハンターを目指すきっかけの人で、キメラアント編で死んじゃう、あのカイトだ。

 あのカイトが、目の前にいる。

 

「……おい、どうした?」

 

「っ! すみません。ハンターのエリカ・サロウフィールドです。よろしくお願いします、カイトさん」

 

 私が唖然とカイトを見て硬直していた間にダンの自己紹介は済んでいたみたい。急いで名乗る。

 

「カイトでいい。俺たちは対等な立場だ。敬語もいらない。同じプロハンターとして、いい仕事をしよう」

 

 

 そうだった。カイトがカキン国にいたこと忘れてた。二胡のことしか考えてなかったや。

 

 カイトはアマチュア6人と組んでこの国の生物調査の仕事をしているらしい。

 各地を回って新種の生き物を見つけ出すのが仕事。

 

 ちょうどこの近くを調べていたところでこの秘祭の事を聞き、ワートタイガーの踊りを観たくて仕事を受けたのだとか。

 大型の生き物が好きで、会うのが楽しみだと頬を緩めた。

 

 カイトが連れている6人も強くはないけど、それぞれ得意分野があって動物好きで、気のいい人ばかりだった。

 11歳のプロハンターにはみんな驚いたみたいだ。

 打合せの間に、みんなとも打ち解けられた。

 

 

 

 面倒見のいいカイトのそばにくっついて段取りを学ぶ。

 顧客側との折衝、現場での人の使い方、連絡の伝達方法、簡単なハンドサイン、トラブルの際の対処方法など、細かいところまで実地で教えてくれた。

 

 人に使われる側じゃなくて、人を使う側の仕事。

 生活習慣の違う民族と付き合う上での注意点。

 知るべきことは多い。

 

 自治領は広く、それぞれがカバーする範囲はかなり広くなってしまう。

 目が届きにくい場所へ設置する効果的な鳴子の使い方も教わる。

 

 

 祭りは夕刻から翌朝の日の出まで続く儀式だ。

 

 夕刻から少女達による二胡の演奏が始まる。これは曲と演者を変えながら日の出まで続く。

 二胡の音を途切らせないことが儀式の大切な部分らしい。

 

 侵入者があっても、演者を驚かせるような騒音を立てずできるだけ静かに倒さなくてはいけない。

 

 集落の奥にある斎場へ誰も近づけないこと。

 大きな音を立てさせないこと。

 

 カイト、ダン、私。アマチュア6人。集落全体をカバーするには厳しい人数だ。

 警備を斎場付近のみにして、カイトが斎場を守り、私とダンは遊撃として侵入者がくればそれに対処することになった。

 

 しっかり頑張ろう。

 

 

 

 斎場を囲む柵の外。

 物見やぐらに登って祭りを見る。

 

 少女達の奏でる二胡の調べが夕焼けの竹林に広がっていく。日が落ちてそろそろ少年達の出番だ。

 虎が現れるのは満月が中空に差し掛かるあたり。それまでは少年達が虎の代わりを務める。

 

 美しい二胡の音が竹林を揺らし、少年の持つたいまつに火が灯されようとする頃。

 “円”に反応があった。10人か。多い。強そうなのが2人。あとの残りはそこそこ。二手に分かれて近づいてくる。さっそく覚えたハンドサインをダンとカイトに送る。

 

 この時間に入ってくるものは敵しかいない。問答無用で倒せと言われている。殺しても生かしても構わない。

 無理に捕えようとして怪我をするつもりはない。実力が拮抗している相手は捕えるよりも殺す方が楽なんだもん。

 

 

 祭りの邪魔をさせるつもりはない。

 この祭りは二胡の音が途切れてはいけない。他の騒音も祭りの夜に相応しくない。

 できるだけ離れた場所で静かに無力化しなくては。

 

 

 ダンと分担を決める。強いのをそれぞれひとりずつ。あとは個別で。

 

 ステップが利かない闇は私の天敵だ。夜は瞬間可動範囲が著しく落ちる。少しでも日のあるうちに殺しきろう。時間との勝負だ。舌打ちしながら走り出す。

 オーラの強い相手目掛けて一気に駆け寄り跳びあがると“硬”で固めた右足で蹴りを放つ。相手の男は腕でガードした。

 

「ちっ、ガキが――」

 

 うるさい黙れ。神聖な二胡の音を遮るな。口を開く間を与えず攻撃する。

 今まで仇以外の人間を殺したことはなかった。でももうこれが私の仕事なんだ。殺しも厭うつもりはない。

 

「サンガ――」

 

 おっと。宣言が必要な“発”か。手刀を喉に叩きこむ。吹き飛んだ男に追いすがろうとした瞬間、後ろから殺気を感じて咄嗟に“堅”で固めつつ回避する。パシュンと言う音とともに銃弾が頬すれすれに飛んでいった。

 そうだった。1対1じゃなかった。他にも侵入者がいたんだった。

 

 バッグから石を取り出し“周”で侵入者目掛けて投げつける。竹が割れる音が響く。付近にはあと3人。どいつも銃を持っているようで散発的に銃声が響く。

 だから二胡の音を遮るな不心得者!

 

 吹き飛ばした男が立ち上がる。身体の周辺にナイフをいくつも浮かばせている。操作系か、具現化系か?

 

 ナイフを浮かべた男と、周りから狙ってくる銃を持つ3人。

 

 スコップを取り出す。

 普通の拳銃と能力者のナイフならナイフのほうが危険だ。毒やしびれ薬が塗ってあるかもしれないし、操作系なら刺されると何某かの効果があるかもしれない。

 

 全身を“堅”で守り、ナイフに注意して身構える。

 

 背の高い竹林は見通しが悪い。どこから攻略すべきか……

 

 取り囲んだことで優位にたてたと見たのか、にやにや笑いの男が竹藪から姿を現した。

 なんて……なんてラッキーなの。自分から姿を見せてくれるなんて。

 全身が見えた瞬間男の後ろへステップ、スコップで首を飛ばす。薄闇の中、どす黒い鮮血が舞った。まずは一人。

 

 馬鹿みたいに乱発する銃の射線から隠れている場所はすぐわかる。ステップすらいらない。走り寄って一人。また一人。

 ステップを見せてしまったんだもん。確実に殺しておかなくちゃ。

 

 残った男目掛けて飛ぶ。途中竹を掴んで姿勢を変え、かかと落とし。よし。全員殺した。

 

 四人の死骸を集めているとダンが近付く。

 

「こっちは4人やったよ。そっちは?」

 

「3人。あとはばらけてオレの“円”から外れた。追えるか?」

 

「残り3人だね。ダンは斎場へ戻って。囮かもしんないし」

 

「おう。頼んだ」

 

「まかされた」

 

 

 強いのは倒したから残った奴らでは斎場へ行くことはないだろう。

 集落の外へ向かって走れば“円”に3人の気配を見つけた。

 

 ばらばらに走りさる3人を追う。竹林は視界が狭い。満月の光は笹に遮られところどころ蟠るように夜の闇が広がっている。

 “円”で敵を捉えつつ、ひとりひとり確実に倒していく。

 

 

 一仕事終えて斎場へ戻る。

 すでに日はとっぷりと暮れ、大きな満月が姿を見せている。書き割りみたいに綺麗な月だ。

 

 二胡の演奏にあわせ、少年達がたいまつを振りながら複雑な足運びで周囲を回って歩く。緩やかな動作にたいまつの火がゆらゆらと揺らめき幻想的な空間を作り上げている。

 

 

 夜半。

 満月が中空に差し掛かる頃、洞穴からの湧き水が止まった。

 水によって閉ざされていた空間が開く。

 苔の匂いにワートタイガーがやってくる。虎は苔を食べるために洞穴に入っていった。またたびを食べた猫のように機嫌のいい虎が穴から出てくれば祭りのクライマックス。

 

 

 演目がかわった。

 土着神と虎に奉納するために奏される“ほむら”だ。

 

 二胡の奏でる“ほむら”に合わせ、少年はたいまつを揺らす。円を描いて歩む足運びはより複雑で力強い。

 たいまつの火に照らされ、巨大な虎が舞う。

 

 二胡の哀愁を感じさせる深い音色がゆらゆらと動く炎に溶ける。“ほむら”の楽曲はさざ波のように心の奥に染み入ってくる。

 幻想的な風景だ。

 

 

 少女達はお世辞にもプロ並みとはいえない腕だ。

 だけど、この二胡の奏でる“ほむら”は聴く者の心の奥底にある原初の記憶のようなものを揺さぶる。

 自然への畏れ、生への渇望、死の恐怖。

 

 

 虎の魔獣は踊る。時折り「よいさ、ほらさ」と軽妙な掛け声が聞こえる。そう言えば魔獣って話せるんだっけ。

 楽しく、妖しく、おおらかに、しなやかに。

 

 

 気が付くと泣いていた。

 二胡の調べも、少年の動きも、満月の美しさも、炎の揺らめきも、虎の舞もすばらしかった。

 

 

 夜半の襲撃がなくてほんとうによかった。こんな素敵な時間を邪魔されるなんて許せないところだった。

 

 

 朝方、上機嫌な虎が空に向かって咆哮をあげる。口から炎がぼわっと舞い広がった。離れた私達にまで熱気がぶわりと飛んできた。

 腹がビリビリするような咆哮と今の炎には、何か強くて清い力があった。

 

「よき調べ、よき舞じゃった。かんろかんろ」

 

 そう言葉を発すると虎は一息で崖上に跳びあがっていた。一度こちらをゆっくり見回すとふいっと森へ消えていく。

 

 

 

 朝焼けの斎場にはテーブルが並ぶ。祭りの終わりを告げる料理が出された。

 

 ライチ、ゆで卵、白桃団子、わらび餅団子、餡掛け肉団子。

 丸いものをいろいろ食べて厄を落とすのだとか。

 

 私達も一緒に食べさせてもらえた。

 

「おつかれ」

 

「ああ」

 

「すごかったね」

 

「感動しました……」

 

「美しかった」

 

「ヤバかったです」

 

 

 みんな感動していて語彙が貧しい。

 白桃団子を口に放り込む。うん。来てよかった。“ほむら”も素晴らしかった。帰ったらガーデンで練習しよう。

 

 

 

 

 

 

 マーフォア族の仕事を終え、しばらくカイト達と過ごした。

 ダンも一緒に生物調査の仕事を手伝わせてもらう。

 

 今までに見つけた新種の録画を見せてもらったり、変わった動物の話を聞いたり、小動物が用意した餌を食べる姿をじっと観察したり、罠サルの複雑な罠に感心したり、刺激に満ちた楽しい日々だった。

 

 カイトの仲間のアマチュアハンター達も、生物に詳しかったり分析能力に優れていたりとそれぞれが得意な分野があって尊敬できる人達だ。

 

 それに。カイトはすごい。

 動植物に対する深い造詣、大型魔獣への飽くなき愛情、プロハンターとしての知識。どれも尊敬できる。

 強さだって、ダンと私の二人一緒に相手ができるほどだ。

 目つきの悪さからとっつきにくそうに思えるのにものすごく面倒見のいいお兄さんで。

 

 

 8月が終わる頃には、ダンも私もすっかりカイトが大好きになっていた。

 まるでお兄ちゃんみたいに頼りがいがあって。

 

 

 ……カイトと過ごす日々の楽しさに影を落とすように、時々生首になったカイトの夢に魘される。

 アリの訓練用にツギハギの身体を操作され、勝手に戦わされているカイトの姿に飛び起きる。

 

 

 9月にはヨークシンシティで約束がある。

 そろそろここの楽しい時間も終わりにしなくちゃいけない。

 

 そう考えていたある日、ダンはこのままカイトの仕事が終わるまで付き合うつもりだと聞かされた。

 ……おうふ。ブルータスお前もか。

 

 ダン、お前か。やっぱりダンがオリ主だろ。私は普通に地味に生きているのに。

 なんでダンがそうやって危険なところに行っちゃうんだよ。

 

 ……カイトと一緒にってことはいずれゴン達とも合流するのかな。

 そしてキメラアント編へダンも行っちゃう?

 

 ゴンとキルアは助かった。カイトは死んだ。

 じゃあダンは? ダンは助かるの? それとも……

 

 

 カイトを死なせたくない。ダンだって死なせたくない。

 どうすればいいのか。

 

 

 

「エリカ。何を悩んでいる?」

 

 時折り考え込む私に気付いていたのか、カイトが声をかけてきた。

 

「……」

 

 言えないよね。キメラアントに殺されるからNGLには行かないでって。

 

「何を悩んでいるのかは知らんが、自分の思うようにすればいい。助けがいるなら言ってくれ。俺たちは仲間だ。俺でよければいつでも力になる」

 

 

 ちょっと。なんでそんなことを……なんでそんなかっこいいこと言っちゃうのよ。

 

 

 

 

 

 

 カイトを助けることはできないかな。

 

 ピトーとの戦いのあの瞬間。ゴンやキルアがいなければカイトは死ななかったんじゃないだろうか。

 ゴンを守るために片手を犠牲にしてしまったから。

 あれさえなければカイトなら勝てなくとも逃げ切れたんじゃないだろうか。

 

 ……ゴン達についていって、ピトーがくればゴンとキルアとダンを抱き上げてジャンプすれば。

 逃げられさえすれば。

 

 

 

 カイトはこのカキン国の仕事は来年の4月末までの契約だと言っていた。

 つまり、キメラアント編はその後ってことだ。

 

 それまでに……考えよう。

 私のできることを。やれるだけのことを。

 

 

 




更新遅れてすみません
ストック切れまして次話まだ書きあがってません。3日ほどお待ちくださいませ

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