エリカ、転生。 作:gab
1999年 9月 11歳
私だけ抜けて帰るのが寂しくてカイトのお腹に抱き着いて泣いた。背が高いから私が抱き着くとちょうど胃のあたりに顔がいくのだ。
カイトは笑いながら頭をぽんぽんしてくれて「またおいで」と言ってくれた。
ダンとも拳を突き合わせ、スピン達にももみくちゃにされて別れてきた。
このままここで過ごすのが一番楽しいのはわかってんだけど。それじゃカイトを救えないもん。
カイトのお腹に顔をうずめ、誰にも聞こえないよう「絶対助ける」って自分に誓う。みんなの兄貴を、動物好きな好青年を、ピトーなんかにやらせるもんか!
9月8日。カイト達と離れてサヘルタ合衆国へ戻ってきた。
奥地にいて携帯が繋がらなかったから、やっとゴンへ電話をかける。
9月に入ってから毎日毎日影を隠れ家へ送り、ネットのハンター専用サイトをチェックし続け、ヨークシンシティで何が起きているか確認していた。
マフィアが内々で処理しているものはたとえハンターサイトであっても探し出せず情報が少なくて、やきもきしながらゴン達の無事を祈っていた。
幻影旅団メンバーが死んだという偽情報も見た。切り刻まれた死体の画像があがっててエグかった。
ゴンからのメッセージが届いたときにはほっとした。
予定どおりちょっと遅れると連絡をして私がヨークシンシティに着いたのは、オークションが終わったあと、9月10日夕方のことだった。
オークションが終わったあとならパクノダはもう死んでいるし、クロロはクラピカの能力で念が使えない状態なはず。
それに幻影旅団はもうヨークシンシティを出ているよね。
あんな危ない集団には絶対会うつもりなんてない。キメラアントへ次の照準を定めた今、蜘蛛に関わっているヒマはない。
「久しぶり!」
ゴン、キルアとハイタッチで挨拶。
「おせえぞ、エリカ。こっちはいろいろあったんだからよ」
「うん、電話で聞いてびっくりした。幻影旅団と戦ったんだって? なんて危ないことをするのよ、マジで。二人とも怪我がなくてよかった。で? クラピカやレオリオは?」
「もう昨日帰っちゃったよ」
「そう。入れ違いになっちゃった。ハンターの仕事でカキン国の奥地に行ってて電波が繋がらなくて。残念」
クラピカやレオリオにも久しぶりに会いたかったけど安全には変えられない。しかたないよ。
「んで? お前ほんとにあのゲームを持ってるんかよ」
「うん。すごいよ、これは。私はここで念の修行をしたからね」
オークションはちゃんとバッテラさんが落札したらしい。
アリシアさんの怪我はもう治っているから力の入れ方がかわるかと思ったけど、そういえばバッテラさんって彼女が元気になったら二人だけの慎ましい生活をおくる気だったんだっけ。
財産を喰い潰しても気にしないバッテラさんが原作通りしっかり7本全部押さえたみたいだ。
ひとつめは原作通り旅団に奪われたらしいけど。
グリードアイランドについての情報を私から得たキルアがミルキに連絡することがなく、原作とは違ってミルキがオークションに参加しにこなかった。
そのおかげで高額で競りあう相手がおらず、オークションでの値段はどの回も300億行かずに落札できたみたい。原作よりはかなり費用が浮いたと思う。
「へえ。じゃあまたプレイヤーがいっぱい増えるね。
ゴン、これがお父さんの手がかりなんでしょう? きっとハンター試験で知り合った私が持っていたことも何かの縁だよね」
「ほんとに貰っていいの?」
「そのことなんだけど。ごめん。やっぱりゲーム機は譲れない。条件があるの」
ゲーム機は私の隠れ家に設置して二人はそこからログインしてもらうこと。
年明けには私も参加するかもしれないこと。
クリア報酬のひとつを私に選ばせてもらうこと。
それを対価として、ゲームを使ってもいい。
そう提案した。
「ゴンはべつに報酬が欲しいわけじゃなくて、ゲームに入ってジンの手がかりを見つけたいんでしょう?」
「うん」
ゲームはいろんな便利だったり面白い効果があったりするアイテムを100種類集めることでクリアできて、クリアした者はそのアイテムの中から3つだけ選んで現実世界へ持ち帰ることができるのだと説明する。
その3つのうちのひとつを私への報酬とする。残りの二つは二人で使ったらいい。
ゴンが『同行』と『聖騎士の首飾り』を持ち出せなきゃ意味がないもの。
「どう?」
「いいんじゃね? どのみちこれしか方法はねえんだし。100億もするゲームをタダで貰うよりはずっと納得できる内容じゃんか」
「そうだね。ゲームに入れればいいんだし。使わせてもらえるのならそれでいい」
「んで? なんで一緒に行かねえの? 来年ってなんだよ」
「神字の修行が中途半端なの。もうちょっと形になってからじゃないと」
よく考えたらさ。ゴン達のクリアって難しいと気付いたのだ。
まずゴン達が自力で集めたのって50種くらいだけだった。
『離脱』と交換ってのは私がやっちゃったから、数が減っているかもしれない。まあ脱落者はいくらでもいたから、あのあとまた増えているかもだけど。
それと。
今のバッテラさんがクリア報酬の懸賞を取り消すことはない。
だから、ツェズゲラやゴレイヌがリタイアすることはないってことだ。
原作ではリタイアした彼らからカードを譲ってもらったことで99枚になり、ゲーム内容に習熟していた面々がログインしていない(ゲンスルーは捕まっててクイズに参加できなかった)からゴンが繰り上がりで最高点を取れた。
いろんな状況が重なってゴン達がクリアできたんだ。その前提が崩れてしまっている。
彼らには絶対にクリアしてもらいたいのだ。
どうしても欲しいアイテムがあるから。
私の倉庫に同じものが入っているけど外に出せば消える。まっとうにクリアして手に入れる必要があるわけだ。
だから今年中はできるだけ修行に励んで力を付ける。
そして、キルアのハンター試験後に一緒にログインして、なんとしてもクリアする。
そのつもりで動くことにしたのだ。
ゴン達は今すぐにでもゲームに出発できるらしい。
バッテラさんの選考会は今日らしい。原作ではその日の夜にヨークシンシティを出て列車で移動。夜中のうちにログインしていた。
時差もあるから微妙なんだけど、これから食事でもして時間を潰せば、おそらく同じくらいの時間にログインできるはずだ。
大丈夫。ゴンは主人公だ。強運の持ち主だ。
多少ずれても、きっとビスケに出会えるはず。
ここでご都合主義を使わずいつ使うんだよ。お願い管理者サマ。頼むよ。
夕食を一緒に取り、春に天空闘技場で別れてからの出来事を互いに話す。
カキン国で見た秘祭の話や、神字のこと。もちろんカイトの名前は出さない。
ゴン達は念修行とヒソカにナンバープレートを叩き返した時のこと。
クジラ島の夏休みのことを。
頃合いを見計らい店を出る。
「じゃあ。前に教えられなかった私の能力で、行く?」
「あの転移するやつ?」
「うん。ステップとジャンプって言うんだ」
「へえ!」
「転移ってすげえな。どこでも行けて便利じゃん」
キルアの言葉に「どこでもってわけでもないんだよ」なんて答えつつ人込みを避けて隠れる。“絶”になって気配を絶ったところで二人を両手に持ち上げて(隠れ家、ジャンプ)。
薄暗い家の中にいきなり飛んだことで驚いた二人が声をあげた。
「すげえ! すげえぞエリカ」
「ほんと!」
家の鍵を渡し、場所の説明もしておく。
ここはずっとゲーム機用に隠れ家として使っていた場所で、今はホームコードくらいしか置いてない。
誰にもここの場所は教えてないから安心してゲームに行ってね。
あ、場所はパドキア共和国のルドルノンからロープウェイで山を登ったところだよ。とか。
「リッカ」のロムカードは今日のために抜いておいた。いずれ私もまたログインするつもりだから。
「やっぱりエリカも行かない?」
「だな、一緒にやろうぜ」
ぐぐ。誘ってくれるのはすごく嬉しい。心惹かれる。
でも……
「ごめん。今は神字の勉強がものすごく中途半端なの。今年中には形にしたいと思ってるから」
「残念」
「あ、そうだ。キルアは来年の一月のハンター試験、受けるんでしょ?」
「おう」
「次はきっと受かるよ。合格したら連絡くれる? その時に私も一緒にゲームに入りたい」
「当然受かってみせるさ。まあ電話すらあ」
ゲームに吸い込まれていく彼らを見送る。
ちょっとついていきたい誘惑にかられたけど、私はまだ中途半端だ。“発”がまだだし。それに最初のうちのゴン達の修行は一緒にいても私の修行にはならない。
それにゴン達に私が口出ししていると師匠がいると思ったビスケが接触してこないかもしれないもん。ビスケなしに彼らの成長は見込めない。
来年までになんとか強くなる。
本格的にカード集めをし始めるのがその頃のはずだから、それからでじゅうぶん間に合う。
とにかく。
ゴン、キルア。楽しんでしっかり強くなっておいてね。ビスケによろしく。
ゴン達を見送り、ルドルノンの街へ移動する。
半年かかったけど注文しておいた建物がすべて完成したと連絡を受けたから。
物流センター跡地の巨大な建物に入り、倉庫番を務めてくれたオジサンに礼を言って鍵をもらう。
時々工事の進み具合を見に来たり、食料品や精密機器、金銀インゴットみたいな高額商品を受け取りに来ていたから何度か顔を合わせていたんだけど、実直そうなオジサンで丁寧に作業してくれていてすごく助かった。
また何かあれば頼みますと言って帰ってもらう。
シャッターを閉め、これで私一人となった。
さてと。
念のため“円”で安全確認。工場内どころか、付近には誰もいないことを確認してそっと息をつく。
「よし」
当初予定ではうちの屋敷の左右にアトリエと音楽堂を並べるつもりだったんだけど、こうやって出来上がったものをみると思っていたより背が高い。
うーん。並べると二階建てのうちの屋敷が圧迫感を感じてしまうかも。
それに横幅も広い。建物の間を通れるように通路分を開けて3つ並べると中央の広場の幅より広くなる。
悩んだ結果、屋敷の奥、菜園や花畑よりも奥に余裕を持たせてアトリエ、図書館、音楽堂と並べて設置することにした。
うちのガーデンは円形だから、建物も中央に向かって弧を描くように若干ずらせて設置する。
ガーデンの中心は公園にしようという当初の予定通り、メリーさんがこつこつ外枠を作っている。レンガと石を敷き詰めて遊歩道を作り、中は芝生みたいにしたいのだとか。
庭にある『豊作の樹』や『不思議ケ池』、『酒生みの泉』も公園に移動させてもいいかもしれない。そのほうが景観もよくなるし。
公園は細長い楕円形。ちょっと運動場のトラックみたいな形をしている。
昔、丸太に柄物ハンカチで作った旗の場所には、メリーさん作のオブジェが建っている。
(ポップ)で外から見た時に目立つよう派手な色合いの看板をメイド服を着たパンダが持っている。その足元にはじゃれつくように猫がいる。
控えめに言って、めちゃくちゃ可愛らしい。
屋敷と菜園のスペースの横にはまた燻製小屋もしまうつもりだから、余裕を持たせてもっと奥。屋敷のちょうど後ろ正面になる場所にまず図書館を収納した。がつんとオーラが吸い取られる。
さすがにこのサイズを収納するとオーラ消費がすごい。残量を考えていったん休憩。
“絶”でオーラ回復につとめながら考えた。
これからどうやっていくか。
キメラアント編に首を突っ込むつもりは全然なかった。でもカイトに会っちゃったんだもん。もう知らぬふりはできない。
時間がない。
やれることを精一杯やろう。
あと買い物ももっとしておこう。特に食事。NGLで移動中食べやすいものをいっぱい。敵を呼び寄せると怖いから匂いがあまりなくて手で掴んで食べやすいものがいい。
おにぎりやサンドイッチ、ホットドッグ、ハンバーガーその他。飲み物もペットボトルをたくさん買っておこう。
……そうか。
NGLの監視員がいなくなればジャンプも使い放題なんだから疲れた時や夜はどこかへ戻ってくればいいのか。
今までゲーム置き場やホームコード置き場としか使ってなかった隠れ家をNGLでの宿泊先に提供してもいい。
そうすれば夜は安心して寝られる。
となれば隠れ家にも生活用品をもっと置いておくべきだね。
人が住んでいない建物は傷むのが早い。
ここはもう10年以上誰も住んでいない。そのうえライフラインもほとんど使っていない。
影が常駐するようになって風を入れたり傷んだ箇所を修理してはいるけど。
使ったことがないお風呂とかトイレとか排水関連も一度チェックしておいた方がいいかも。キッチン周りも。
もし修理が必要ならアトリエとかを建ててくれた建築屋さんに依頼しよう。湿気が少なく地震もないこのあたりは家の持ちはいい方だからそれほど時間もかからずに修繕できるよね。
……工事の人が来る間はゲーム機は隠しておかなきゃ。
その間は私が神字を習っているサヘルタのマーリポスに借りてるフラットに置けばいいや。
みんなが泊まるならベッドも買わなきゃだね。
ゴン、キルア、ダン、カイト、と私? 二人ずつ相部屋にしてくれればじゅうぶんかな。私はガーデンに帰ってもいいんだし。
ベッド、ソファやテーブル、食器、カーテン、各部屋のチェストや小物もいるか。
ガーデン内じゃないからメリーさんや小人達にセッティングを手伝ってもらえない。影と一緒に頑張ろう。
よし。とりあえず水回りを確かめて。まずはそれからだ。
バッテラさんからもらったお金はまだ使い切ってない。さすが500億。大型オサレ建造物3つにプレハブ、貯蔵庫、楽器もろもろ買い漁ったくらいじゃ使い切れない。
金銀インゴットも買ったけど、一度に大量購入は難しくて1億分も買えていない。
キメラアント戦で死ぬかもしれないのだ。最悪を想定してできるだけ次に持ち越せるものにしておくべきだよね。
音楽堂の練習室全室にもスタンウェイのピアノを入れようか。
オーラの回復を待って次にアトリエ。
いかにも近代美術館っぽいおしゃれな形をしている。張りだした二階ベランダの曲線がすごくいい感じ。一枚ものの巨大なガラス窓が解放感を演出している。
メリーさんもきっと喜ぶよね。
また回復を待って次は音楽堂。
音楽堂と言ってもそんなに大きなものじゃないよ。ホールも客席20席そこそこのアットホーム感あふれるコンサートホールだ。
うちって家族3人と影が10人くらいだから、それ以上の大きさの建物はいらないんだよね。
その代わり練習室は影が複数人同時に使えるよう防音個室を10室作ってもらった。
大型コンテナは美術品、日用品、文具や書籍類、建築資材などそれぞれの施設のそばに収納。
中には買い溜めたもろもろが入っているから、建物にしまうもの以外はこのままこのコンテナを倉庫がわりに使えばいい。
プレハブ小屋をガーデンの邪魔にならない少し離れた場所へ収納。前にバッテラさんを招待したプレハブ住宅の横。
ここにはグランドピアノやバイオリン、サクソフォンなどの高価な楽器が入っている。パソコン類やプリンタも。
グランドピアノは楽しみだ。ちょっと弾いてみたいけど、今は時間もないしガーデンに入ってからのお楽しみにしよう。あとで音楽堂のホールに移動させるつもり。
残りの燻製小屋とお酒の貯蔵庫は菜園の横に設置。
がらんと何もなくなったセンター跡地を見回す。
建物があった場所は基礎ごと地面がごっそり消えている。あとでここも穴埋めしておかなきゃだ。
ここも使い勝手がいいんだけど。あとで何かに使えないかな?
中に建ててもらった建造物群がなくなっていることを知られるわけにはいかないから人を呼べないんだけど。せっかくの広い空間だからなあ。
私の修行場所に使ってもいいか。
まあまた後で考えよう。数年経ってほとぼりが冷めたらまた新しい建物を作ってもらうのもアリだしさ。
よし。収納完了です!
ステップでガーデンへ入ると、メリーさんが乙女のような可愛らしいしぐさでアトリエを見上げていた。ラルクが新しくできた建物のまわりを興奮ぎみに走り回っている。
「どう? メリーさん」
声をかけると感極まったメリーさんが抱きしめてきた。嬉しそうに私を抱きしめて何度もターンするパンダ。
私も嬉しくって一緒に踊りだす。空気を読んだ影がバイオリンで演奏を始めた。
「アトリエに入れるものは奥のコンテナにがっつり入ってるからね。あとでチェックしてね。他にも欲しいものがあればどんどん言ってよ?」
うんうんと何度も頷いてまた私を抱きしめて、アトリエを見上げて、メリーさんは挙動不審なくらいに興奮している。ここまで喜んでもらえると私もすんごく嬉しい。
図書館にはまだ何も入ってない。これからあのコンテナにある本を全部運び入れるのかと思うと大変だけど、楽しみでもある。
今はキメラアント戦に向けて修行が一番だから、それを乗り越えてからのことだね。
視聴覚室も音楽室同様に防音個室を10室並べている。影が一斉にメディアチェックとかするかもだからね。
どの部屋にも最新の映像設備と各種ゲーム機、DVDやビデオのプレーヤーが設置してある。
シアタールームは客席20席ほどの大画面ホームシアター。座り心地に拘ったソファが並んでいる。
これでシークレットガーデンに欲しかったものは一応揃った。
まだまだ欲しいものはあるけど。
今は余裕がない。またこれを乗り切ってから考えればいい。
メリーさんはアトリエができたからこれから楽しみも増えただろう。ラルクは私とメリーさんがいれば幸せそうだし。遊ぶ場所はいっぱいあるし。
家族サービスもちゃんとできて、私は幸せだよホント。
次の更新は30日です。