エリカ、転生。 作:gab
私にとって世界とはこの家の中と庭の一部。
三歳になって、そろそろちゃんとした運動を始めたい。
この世界は、「念」があるんだもん。あんなオサレな能力、使いたいに決まっている!
それに、今がいつかわからないけど、ここは危険な世界なんだ。しっかり戦えるようになっておかなくては。
あとさ。ゴン達がクリアしたあとのゲームがどうなるのか、よくわからないんだよね。
原作では、クリア後のここがどうなるのか、明記されていなかったと思う。
もしかしたら、誰かがクリアしたらそこで終了かもしれない。
クリア後も続けるにしても、プレイヤーはいったん全員『排除(エリミネイト)』とか使われて外へ放り出される可能性だってある。
つまり、いつまでもここにはいられないってこと。
ここほど念の修行に適している場所はない。ここを出ていくまでに、せめて“発”を作り上げるところまではいかなくちゃね。
今がいつなのかわからないんだけど。三歳児としてはさ。今年って何年? って聞けないのよ。つらいところだ、うん。
なので、タイムリミットがわからないまま、私は体力作りのため、日夜家じゅうを走り回って遊んでいる。
子供の頃の運動量が、大人になった時の運動神経の良さに関わってくるって、前世で聞いたんだよね。
記憶が戻ってからは、できるだけ家じゅうを走り回り、転げまわり、歌いながら踊ったりと、精一杯の運動をしてきた。
今はラルクが朝の大運動会に付き合ってくれるから、スピードも上がった気がする。
階段だって齢三歳にして走りあがれる。素晴らしい。
日々の努力が報われると嬉しい。
そろそろ本気の修行も、していくべきだと思うのだ。
その前に。
私の特典。固有スキルをまだ試していない。
私の能力は二種類の転移だ。
短距離だけど自在に飛べる、『ステップ』。
転移先を最高9ヶ所しか設定できないかわり、どれだけ遠くても飛べる『ジャンプ』。
まずはステップから試してみよう。
そういえば、これって魔力だか気力だかを消費するんだろうか?
三歳児の身体で、大丈夫かこれ?
ちょっと怖いから、超近距離で練習だ。
部屋には私とラルクしかいない。
今なら練習しても、部屋の中で飛べばお母さん達にバレることはないね。
よし。
ほんの少し先を見て。
距離およそ1メートル。うん。あそこだ。あそこに飛ぶぞ。
飛ぶぞ。飛んじゃうぞ。
いけ。
……イメージを固め、(ステップ)。
ふいっと身体から何かが抜けた。そして、私の身体は1メートル先へぽすんと座っていた。
おお。やった。成功だ。
「ふぎゃっ!」
おっと、ラルクが驚いて飛び起きた。背中の毛が逆立ってる。
いきなり瞬間移動されたらそりゃ驚くよね。
「びっくりしたね、ごめんごめん」
よしよし、なでりこなでりこ。
イメージはつかめた。気力か魔力か、念でいうところのオーラか、それの減りも心配するほど多くはない。
もうちょっと飛んでみるか。
今は進行方向へ身体の向きは変わらずそのまま飛んだけど、次は飛んだ先でこちらへ向くようにと考えて飛んでみる。
イメージして、(ステップ)。よし! 成功。
さすが特典です。すげー便利っす。感謝してるぜ、担当者さん。
なんどか部屋の中を行ったり来たりしているうちに、ものすごく……ううん、もんのすごおおっく、疲れてきた。
あ、オーラ切れだわ、これ。
ふらふらと倒れ込むと、ラルクが心配してにゃっ! て言いながら飛びついてくる。
宥める余裕もなくて、ラルクを抱きしめて、そのまま寝た。
目が覚めるとベッドの中だった。
お母さんかメリーさんが様子を見にきて、お昼寝したと思ってベッドに運んでくれたんだろう。
心配したのか、ラルクが枕元に座ってこちらを覗き込んでた。
この子、ほんと賢い。
お礼を言っていっぱい撫でた。
やっぱりまだオーラが少ない。
でもこれから修行していけばオーラ量も増えるよね?
ってか、私、オーラ使ったわけだけど、念、わかるようになった?
今さっき、身体から出ていったものを、今は回復したものを、感じ取れる??
静かに、身体の奥に意識を向ける。
なんとなく、“ある”っていうのがわかる。
これ、転移の練習を繰り返せば、念能力の目覚めも早いかもしれん。
それに、ここは念能力者のための世界、グリードアイランドの中だ。アイテムから何から、念能力で作られたものがいっぱい溢れている。
そう、今私の傍で丸くなって寝ているラルクも、念で生み出されたもの。
彼らに触れて生きている私なら、きっと成長も早い、かも?
やべえわ、これ。
ちょっとうきうきしてきた。ぐふふふふ。
念がわかるようになったらお母さんに本格的に教えてもらおう。
お母さんはちょくちょく肉を取ってくる。買ってるんじゃなくて狩っている。だから、きっとそこそこ強いと思うんだよね。
あと、原作でのビスケの修行シーン。多少は覚えているから、あれも参考になるかも。 よし、やる気になってきた。
考えなくちゃいけないことはいっぱいある。
いいかげん、お母さんやお父さんのこともちゃんと知りたい。
それに、私がこれからどう生きるべきか。
お金や世間的身分のことを考えると、ハンターになるのは必須だと思うんだ。
でもそれでその先は?
ハンターになって? それでどうするのか。何をしたいのか。
そういうことも考えていかなきゃ。
それに、原作にどう関わっていくのか。
もし、関わるとするなら、どう整合性をとっていくのが、ベストなのか。
早く大きくなりたい。
まだ3つ。すぐに眠たくなるし、頭が重くて走るとこけるし。
お母さんいないと寂しくなっちゃうし。
はあ……もう、寝る。
……ひらめいた。
体術や念の修行を始めるために、念がわかるようになったら、転移をお母さんに見せよう。
それの方法も、考えなきゃ。
ひと月たった。
やっと、なんとなく、身体の周りをもやもや取り囲んでいるものが見えてきた。
よっしゃ!
わ た し は 念 に め ざ め た ぞ お !
いやあ、最初は身体の中のオーラを感じてもね、もうね、そよとも動かないんだよ。
で、転移の時に、身体から抜けるオーラを感じ取って、それと似たものを身体の中から探して、と考えつつ、瞑想にふけることひと月。
瞑想すれば、3歳児の身体が高確率で昼寝へ移行してしまって、亀の歩みのような進み具合だったけど、やっと、やっと念を感じ取れるようになった。
いやあ、長かった。
確かゴンとキルアって一週間か二週間か、とにかくめっちゃ早かったはず。
ちくしょー。主人公は違うね。才能が違うね。
私だって、“その世界で必要とされる才能を十全に引き出せる素地を持って生まれて”きたわけだよ。
なのに、ひと月。
集中力の続かない三歳児の身体で念を覚えられたんだから、これでもじゅうぶんなのかもしれないけどね!
うっし。
念が使えるなら、次のステップへ進んでもいいよね。
お母さんとメリーさんが、今の時間は庭で野菜の手入れをしているとわかっている。
やるなら、今だ。
このひと月、考える体力があるときに、いろいろ検討してたんだ。
どうするか。
……もう一度、シミュレーションしてみる。――大丈夫。
いけるぞ。
さあ、エリカ。貴女は、女優よ!
私は壮大な決意を持って、一階へ降りる。
ダイニングを通りすぎ、キッチンを抜けると、庭へ出る扉がある。
けど、ここは今、閉まっている。ドアノブは、三歳児には手の届かない高さだ。
あ、行けないと思ったら、理解しているのに悲しくなる。幼女の我慢のきかなさを甘くみるなよ。
寂しい思いを噛みしめながら、扉をあきらめ、サンルームへ移動。
そこから、庭が見える。
ちょうどお母さんが『豊作の樹』から果物をもいで、メリーさんが持つ籠へ入れているところだった。
サンルームにいる私。庭で果物採りをしているママとメリーさん。
私達の間を阻む、一面のガラス戸。
「おかあさん、おかあさん」
ガラスをばんばんと叩いてお母さんを呼ぶ。
でもね、お母さんだって忙しいんだもんね。とうぜん、お母さんはちらっとこちらを見つつも、作業を継続。
「ちょっと待っててね、エリカ」
お、ここだ。
寂しい気持ちがぐぐぐっと盛り上がってきましたあ。
これはアピールに最適だ! よし、飛べ、飛ぶんだ私!
サンルームから庭はガラス戸で区切られているだけで、しっかり視界に入っている。
単距離転移、余裕です。
ということで、ほい、(ステップ)。
お母さんの足に抱き着くように飛んでみせた。
「え、エリカ!」
お母さん、びっくりしすぎ。メリーさんも持ってた果物をバラバラ落として驚愕の表情……らしきものをしている、みたい。パンダだけれど。
「エリカ今どうやったの? どうやってここまで来たの?」
焦りすぎてちょっと詰問風になってたので、三歳児の精神がビビってる。んで秘儀、子供啼き。
「うっ、うっ、うええええん。おがあざんのぞばにいだがっだのおおおお」
「ああ、怖がらせてごめんね。お母さん、怒ってないのよ、ごめんごめん」
お母さんは抱きしめてくれました。
宥めながら、どうやってここへ来たのかと尋ねるお母さんに、私はしっかり抱き着きながら、こう答えた。
「あのね、あっちに行きたい! って思ったら行けたの」
「エリカ……この子に寂しい思いをさせちゃったかしら。念もまだ教えてないのに、“発”を作っちゃうなんて」
はい、計画通り。
そうなんだよ。
お母さんに、転移能力を説明するのに、“発”って説明するしかないんだもん。
だけど、修行を積んで、“発”を考えるような年頃になるまで転移ができないのは、ほんとに不便。
だから、子供の寂しい心が母親の傍へ行くために無意識で作り上げた“発”だ、というのが、一番、いいわけに良かったんだよね。
これでお母さんと一緒に修行場所へ飛んでいけるようになるからさ。
おかげで、私が念能力に目覚めたことも、しっかりお母さんにわかってもらえた。
やっと一歩、先へすすめたかな。