エリカ、転生。 作:gab
早贄の村のあと、襲撃を受けたり、麻薬工場に巣くったキメラアントを殲滅したりしながら奥へ進む。
行先は原作でみた地形を参考に場所を特定した。たしか原作では広大な平地を崖上から見下ろしていた。そこが蟻の巣だ。
検問所の係員にそれらしき場所を地図に記してもらっているのだ。
移動するに従い、地面はわずかに登り坂になっていて、赤土色の荒野にぽつぽつと森や川があり、その付近に村がある。
しばらくのぼると植生がかわり、高地らしい植物がみられるようになってきた。
途中にあった村はすべて生存者はなく、壊された家の周りに襤褸切れのような遺骸が倒れている。
餌として持って帰ることすらしなかったのか。
残虐にも、殺したり壊したりすることだけを楽しんだんだろう。
集めた遺骸を燃やす。買い求めた油が役に立った。人肉の燃える嫌な臭いが漂う。このまま放っておいて腐れば伝染病のもとになるのだから燃やすのが正解なんだ。
やるせない想いがつのった。
「ひでえことしやがる」
キルアが吐き捨てるように言った。
「人と混ざったことで残虐になってるんだな」
カイトの言葉にも憤りが込められている。
「そう言われると、キメラアントと人間と、どっちがバケモノかわかんなくなるね」
ゴンの言葉にみんな思わず頷いた。
そうだね。
キメラアント自身は食事のために餌を穫るだけだったんだ。残虐なのは人間のほうだ。
バケモノは、人間だ。
2日後。
そろそろ夕暮れが近づくころ。私達は森にいた。森とは言っても木々の密度はあまり高くはない。
ぼつぼつと間隔を開けて木が生えている。
カイトより先に私が気付いた。
ピトーの“円”に触れるわけにいかないから私達の50メートル前を先行して歩いていたビリカが気付き、消えることで情報を知らせてくれたのだ。
「あった。ピトーの“円”だ」
そっと呟く。カイト、ゴン、キルアの緊張が高まる。
「敵は、念を知ったようだな」
「……うん」
やるせなさに唇を噛んだ。
兎モドキのキメラアントは確実に殺したのに。
ピトーが原作通り“円”を使っている。
誰か念能力者から情報を仕入れている可能性が高い。
ハンター協会から送られてくるハンターはまだ来ていないから、私達の前に入国したキメラアント探索の幻獣ハンターか、もともとこの国にいた念能力者が被害にあったんだろう。
そしてその戦いでキメラアントの誰かが念能力を覚え、捕まえた“レアもの”から念能力についての情報を得た。
ピトーはすでに“円”を使っている。
やはりこの辺りの流れは原作と変わらないのか。
その森を抜けた先は切り立った崖になっていた。
ここまで少しずつ登り坂が続いていたからか、私達は小高い崖の上にいる。
眼下には赤茶けた山に囲まれた広い盆地があった。
その中央に、大きな蟻塚がある。キメラアントの巣だ。
「あれが巣か」
眼下に広がる広大な平原の中心に聳え立つアリの巣。ピトーの“円”に触れないよう注意しながら、それぞれ“絶”で気配を殺して慎重に巣を窺う。
「ここからバズーカで一発かませないかな」
「いや、そんなもので死ぬのは下っ端だけだろう」
「でも女王もいるんだろ? 王が生まれる前に女王を殺せれば……」
そうなればあとは掃討戦だけだ。ピトー以外の護衛軍がまだ生まれていないはずだから卵が孵る前に殺せればかなり楽な戦いになる。
「エリカのステップであそこまで行けるか?」
「大丈夫。飛べる。隠密仕様のダブルにポイント設置してもらう?」
「……やめておこう。虫はオレ達よりずっと気配察知に優れている。あせりは禁物だ」
原作でも思ったけど、ここで爆弾を使えたらもう少し話は早かったのに。
だけどあの巣には蟻の兵隊が山ほどいる。
今巣を壊してしまうと結局王が生まれた後と同じように兵隊蟻が巣分かれする。
原作でネテロ達がやっていたように王が生まれるまでにある程度は数を減らしておかなきゃ、一斉に拠点から解き放たれたアリのせいで、周囲の被害がとんでもないことになってしまう。
手間だけど、巣を爆破するくらいで死なない強さを持っているんだ。
「カイト」
ゴンがつぶやく。自分でもわかってるんだろう。結局“堅”を3時間維持させるというお題は果たせなかったから。
カイトの名を呼ぶゴンの言葉には、血を吐くような悔しさが滲んでいた。
でもこれできっとまたゴンは強くなる。自分の力が及ばないことを実感したんだもん。
「オレ、弱いことがこんなに悔しいなんて思わなかった!」
吐き捨てるように呟いたゴンの言葉。キルアも悔しさに唇を噛んでいる。
「約束どおりだ。やれ、エリカ」
「うん。ポイントA設置“ピトー”」
ポイントを設置し、二体の影を生み出す。
ビリカはゴンとキルアを持ち上げ、後方へジャンプ。彼らはそこでピトーの姿をひと目見てからホテルへジャンプで戻る約束をしている。
シリカは“隠”プラス“絶”で気配を殺している。ヤバくなった時のカイトの避難役だ。
私はシルヴィアを顕現させた。
(ポップ)
小窓を開き、いつでもステップでガーデンへ逃げ込めるよう準備も済ませた。
そしてカイト達には内緒だけど、ガーデンには影が二体、いつでも飛び出せるようスタンバイしている。
これが怖がりエリカの、子兎エリカの戦い方だ。逃げ隠れすることに注力して修行してきたんだ。
私はカイトに向かって頷いた。
“気狂いピエロ”の誓約に沿うため、カイトへ向けて殺気を飛ばす。
カイトは手を何度も握りしめ、力を溜める。
私を敵とみなして、“気狂いピエロ”の能力を発動させる。
彼の手に力が集まり、武器が生み出された。ピエロも空気を読んだのか、いつもの騒がしいしゃべりは控えめに一言だけ口に出した。
「死ぬなよ相棒」
「ったりめーだ」
カイトの手には5のマークの付いた剣二本。左右に一振りずつ構えて調子を確かめるように数度振り下ろす。
彼が願ったとおりの得物だ。
「大当たりだぜ、相棒」
ピエロへそう呟いたカイトはすたすたと前へ進む。ピトーの粘つく“円”を睨み、踏みつけるかのようにそこへ足を入れた。
私も“隠”を重ねた“円”を広げる。ビスケに鍛えて貰った今の私の“円”は120メートルを超えた。ピトーの“円”に重なるとぞわぞわと身体の奥から震えがあがる。……怖い。
しばらくするとシリカが「ピトーが出てきたよ」と声を上げた。
巨大蟻塚の半ばほどにある出口から小さな影が出てきてこちらを窺っている様子が私にも見えた。
獲物を見つけたピトーの気配を感じ、一層の恐怖が湧き上がる。
強敵を前にピリリと張り詰めた緊張が全身にいきわたる。
想像以上に強いオーラを感じ、息を呑んだ。
心臓を鷲掴みされたような圧迫感。
危険を察知した本能が、逃げろ逃げろと警戒音を鳴らし続ける。
でも、逃げない。
逃げない。
何のために今まで修行してきたんだ、エリカ。
私は、逃げない。
恐怖を、想いの力でねじ伏せて前を向く。
アドレナリンがドバドバ抽出されて、逃走本能と闘争本能が激しく反発し、やがて頭の中が戦闘に向けて再構築されていく。
――ああこれがより強い敵を求める彼らの見ている世界か。
「っ、来ます」
シリカが叫ぶ。
一足で私の前へ戻ったカイトが構える。両手に持つ剣でシュッ、シュッと風を切り裂きながら、低く腰を落として。
好戦的にニヤリと口角を引き上げた。
誘うように“円”を広げる。あからさまな存在感を放つ“円”はピトーを挑発しているようだ。
……うまいな。さすがカイト。
私もシルヴィアを構えた。大きく息を吸う。
この場にいる中で一番強いのはカイトだ。
ピトーの目的はカイト。
ピトーの視線はひたとカイトへ向けられたまま数瞬のうちに飛んできた。
あっという間もなく私の“円”にピトーが入る。
――今だ。
肺いっぱいに溜め込んだ空気を――
ピトーを斃すという想いを――
私の魂を――
めいっぱい込めた一撃を――
ただこのひと吹きに籠める!
ピトーに向かい衝撃波を吹き鳴らした。
硬直し、ぐらりと揺れたピトーの身体が制御を失い、ぎゅるぎゅると地面を削りながら滑る。気を失わせるところまでいかなかったがダメージは与えられたようだ。
次の瞬間、カイトが跳んだ。
ガキン!
鋼鉄同士を打ち鳴らしたかのような硬い音が響き、カイトの攻撃を腕で受け止めたピトーが目をらんらんと輝かせる。
カイトを見上げ、そしてその視線は私へと動く。
「君は……君たちは、強いね」
溢れんばかりの喜びと殺意が籠められた言葉だった。私は何も言わず後ろへと下がった。
ピトーはカイトを見据えながら、私の存在も無視できない。ちらっと私を見るピトーの姿に、カイトがお前の相手はオレだとばかりに私への視線を遮り立ち位置を変える。
ピトーは猫耳と鼻、そして爛々と輝くその目から血を流しながら立ち上がった。シルヴィアの衝撃波の傷跡か。
少しだけ足がもつれた。が、すぐに何もなかったかのように構える。
次の瞬間、二人は動く。
――ガキン!
ピトーの爪とカイトの剣が打ち合わされ、固い音が響く。
間近で鍔迫り合いとなった二人は互いに見つめあう。どちらも壮絶な笑顔を浮かべていた。
ピトーは両手の爪、足、しっぽ、噛みつき、すべてを使って猛攻を加える。対するカイトも二本の剣を自在に操り、すべての攻撃を受けきっているのがさすがだ。
激しい攻防の中、衝撃波の怖さを知ったピトーは私への注意も怠らない。私という異分子がピトーの全力をカイトに向けさせない。
ピトーの殺気を全身に浴びる恐怖を必死でいなして身構える。
大きく後ろに飛び退ったピトーがチっと舌打ちしたかと思うと次の瞬間、私にピトーの爪が迫った。
飛びのきながらステップで移動。滑り込むように着地を済ませる。もう一度シルヴィアを啼かせようとしたが、その前にカイトが動いた。
私の前に飛び込んできたカイトが、走り抜けざま剣を振るう。
高く宙を舞った右手。
二本の剣を構え油断なく見つめるカイト。
血の噴き出る肩をもう片方の腕で押さえ、蹲るピトー。
両者の間に、鈍い音をさせて腕が地面に落ちる。
原作漫画を彷彿とさせる絵だ。
ただし――宙を舞う腕の主は、変わった。
感慨深くてため息が漏れた。
私のやることはこれで終わり。
あとは。
カイトとピトー。ふたりだけの時間だ。
彼らの戦いは長時間に及んだ。
ピトーの腕が落ちた後、私は少しさがって二人の邪魔をやめた。シルヴィアも消してただ見守る。
ピトーも、カイトも、互いのことしか見ていない。すでにここを死地と定めたふたりは想いのまま、今のすべてを出し尽くすかのように戦っていた。
キィン、キィンと剣戟の音が夕陽に染まる森に響く。
目まぐるしい攻防は、さして戦闘狂でもない私の胸にまで滾るような熱い炎を灯した。
彼らの命をかけたやり取りを。
私は瞬きすら忘れて見守っていた。
満身創痍のピトーが倒れた。
静かにカイトが近付く。
「ッ……強いなあ……た……たのしかった……」
満足げに呟く。
「お前も強かったぜ」
カイトはそう言うとピトーの首の上で剣を構えた。
「生まれ変わったら、またやろう」
カイトの言葉は愛のささやきのようだった。
「……いい……ね……つぎは……ま……け……な……」
そのまま剣が突き入れられる。
壮絶な笑顔を浮かべて呟くピトーの瞳から光が失われる。開ききった目は濁ったビー玉のようで、うつろに空を見つめていた。
感想ありがとうございます。『待ってた』のお言葉、とてもとても嬉しかったです。
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